CBL本「竹取物語」(絵巻・原題不明)


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書誌情報
・江戸初期、1630年代の写か
・本文は流布本第2類、島原本に次いで出現した貴重な写本としての伝本
・また、所々にあるイ本校合は武藤本(流布本1類1種・室町末期(1592年)写)の特徴を示す
・翻刻は「甦る絵巻・絵本 チェスター・ビーティー・ライブラリィ所蔵 竹取物語絵巻」(勉誠出版、2008年刊)掲載の詞書写真によった
・複数箇所の錯簡はなるべく原態に復した
・完全に手を加えない翻刻データの公開はこれが初である
・なお、この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

・本文の改行は実際の改行と同じである。「」」記号は詞書の区切りを示す。
・和歌の字下げや傍記本文などはなるべく元のままに記した。
・変体仮名は全て現行の仮名文字に改めた。
・漢字は字形の近い異体字がフォントで再現可能な場合はそれに従い、不可能な場合は現行の字形で翻字した。
ただし、ルビのうち、
1 [ママ]は「誤字の疑いがあるがそのままに翻字したこと」、
2 [?]は「摩耗するなどして判読に苦しむが推定される文字」(本文も[ ]で囲った)
を示す。
・燕の子安貝の段は後世(幕末か)に正保本で補写されたものとみられるため、ゴシック体のフォントで示した。注意されたい。


 

〈上巻ここから〉

いまはむかし竹とりのおきなといふものありけり

山にましりて竹をとりつゝよろつのことに

つかひけり名をはさかきの宮つことなんいひけるその

竹の中にもとひかる竹なん一すちありけりあやし

かりて(よイ)りてみるにつゝの中ひかりたりそれを見

れは三すんはかりなる人いとうつくしうてゐたり

おきないふやう我朝こと夕ことにみる竹の中におは

するにてしりぬ子になり給ふへき人なめりとて

手にうち入て家へもてきぬめの女にあつけて

やしなはすうつくしきことかきりもなしいとおさ

なけれは手はこに入てやしなふ竹とりのおきな

竹をとるにこの子をみつけてのちに竹をと

るにふしをへたてゝよことにこかねある竹を見

つくることかさなりぬ

〈欠落〉

月はかりになるほとによきほとなる人になりぬ

れはかみあけなとさうしてかみあけさせ裳き

すちやうのうちよりもいたさすいつきやしなふ

このちこのかたちのけさうなること世になく屋の

うちはくらきなくひかりみちたり翁心あやしく

くるしき時もこの子をみれはくるしきこともや

みぬはらたゝしきこともなくさみけりおきな

竹をとることひさしくなりぬいきをひまことの

物になりにけり此子いとおほきになりぬれは

名をみむろとのいむへのあきたをよひて

つけさすあきたなよ竹のかくやひめとつけつ

このほと三日うちあけあそふよろつのあそひを

そしける

 

おとこはうけきらはすよひつとへていとかしこく

あそふせかひのおのこあてなるもいやしきもいかて

このかくやひめをえてしかなみてしかなとをとに

きゝめてゝまとふそのあたりのかきにも家の戸に

もおる人たにたはやすくみるましきものをよる

はやすきいもねすやみの夜にいてゝもあなを

もとめかひまみまとひあへりさる時よりなん夜はひ

とはいひける人のものともせぬにまとひあり

けともなにのしるしあるへくもみえす家の人と

もにものをたにいはむとていひかゝれともことゝ

もせすあたりをはなれぬ君たち夜をあかし日

をくらすおほかりをろかなる人はよ(うイ)なきあり

きはよしなかりけりとてこすなりにけりその中

になをいひけるはいろこのみといはるゝかきり五人

おもひやむときなくよるひるきけりその名とも

石つくりの御子くらもちの御子()()臣あへのみむらし

大納言大伴のみゆき中納言いそのかみまろたり

この人々なりけり世中におほかる人をたにすこし

もかたちよしときゝてはみまほしうする人とも

なりけれはかくやひめをみまほしうてものもくはす

おもひつゝかの家にゆきてたゝすみありきけれと

かひあるへくもあらす文をかきてやれとも返事も

せすわひうたなとかきてをこすれともかひなしと

おもへと霜月しはすのふりこほりみな月の

てりはたゝくにもさはらすきたりこの人々ある時は

竹とりをよひいてゝむすめをわれにたへとふしお

かみ手をすりの給へとをのかなさぬ子なれは心にも

したかはすなんあるといひて月日すくすかゝれは

此人々家にかへりてものをおもひいのりをし願

をたつおもひやむへくもあらすさりともつゐにおとこ

あはせさらんやはとおもひてたのみをかけたりあな

かちに心さしをみえありくこれを見つけて翁

かくやひめにいふやうわか子のほとけ(へん)()の人と

申なからこゝらおほきさまてやしなひたてまつる心

さしをろかならすおきなの申さんことはきゝ給ひて

んやといへはかくやひめなにことをかの給はんことはうけ

給はらさらん變化のものにて侍けん身ともしらす

おやとこそおもひたてまつれといふ翁うれしくも

の給ふものかなといふおきなとし七十にあまりぬ

けふともあすともしらす此よの人はおとこは女に

あふことをす女はおとこにあふことをすそのゝちなん

門ひろくもなり侍るいかてかさることなくてはおはせん

かくやひめのいはくなんてうさることかし侍らんといへは

變化の人といふとも女の身もち給へりおきなの

あらんかきりはかうてもいますかりなんかし此人々の

とし月をへてかうのみいましつゝの給ふことを思ひ

さためてひとり/\にあひたてまつり給はねと

いへはかくやひめいはくよくもあらぬかたちをふかき

心をしらてあた心つきなは後くやしきこともあるへ

きをとおもふはかりなり世のかし([ママ])人なりともふかき

心さしをしらてはあひかたしとなんおもふといふおきな

いはくおもひのことくもの給ふかなそも/\いかやうなる

心さしあらん人にかあはんとおほすかはかり心さしをろか

ならぬ人々にこそあむめれかくやひめのいはく何

はかりのふかきをかみんといはんいさゝかのことなり人の

心さしひとしからんやいかてか中におとりまさりはしら

ん五人の中にゆかしきものをみせ給へらんに御心さし

まさりたりとてつかうまつらんとそのおはすらん人々

に申給へといふよきことなりとうけつ日くるゝほと

れいのあつまりぬあるひは笛をふきあるひは

うたをうたひあるひはしやうかをしあるひはう

そふき扇をならしなんとするにおきないてゝい

はくかたしけなくきたなけなるに年月を

へてものし給ふこときはまりたるかしこまりと申す

翁のいのちけふあすともしらぬをかくの給君たち

にもよくおもひさためてつかうまつれと申もことはり

なりいつれもをとりまさりおはしまさねは御心さしの

ほとはみゆへしつかうまつらんことはそれになんさたむへき

といへはこれよきことなり人の御うらみもあらましと

いふ五人の人々もよきことなりといへはおきないりて

いふかくやひめ石つくりの御子には仏の御石のはち

といふものありそれをとりて給へといふくらもちの

御子には東のうみにほうらいといふ山ある也それにしろ

かねをねとしこかねをくきとししろき玉をみ

としてたてる木ありそれ一枝おりて給はらんといふ

いまひとりにはもろこしにある火ねすみのかはきぬ

を給へ大伴の大なこんにはたつのくひに五色に

ひかる玉ありそれをとりて給へいそのかみの中な

([ママ])にはつはくらめのもたるこやすのかひひとつ

とりて給へといふおきなかたきことゝもにこそ

あなれこの國にあるものにもあらすかくかたき

ことをはいかに申さんといふかくやひめなにか

かたからんといへはおきなとまれかくまれ申さん

とていてゝかくなんきこゆるやうにみたまへといへ

は御子たち上達阝きゝておいらかにあたりより

たになありきそとやはの給はぬといひてうむし

てみなかへりぬ

 

なを此女みすは世にあるましきこゝちのしけれは

天竺にあるものももてこぬ物かはとおもひめくらし

て石つくりの御子は心のしたくある人にて天ちく

に二となきはちを百千万里のほとゆきたり

ともいかてかとるへきとおもひてかくやひめの

もとにては今日なん天ちくへ石のはちとりに

まかるときかせて三年はかり大和國とをちの

郡にある山てらにひんつるのまへなるはちのひた

くろにすみつきたるをとりてにしきのふくろに

入てつくりはなのえたにつけてかくやひめの家

にもてきてみせけれはかくやひめあやしかりて

みるにはちの中にふみありひろけてみれは

うみ山のみちに心をつくしはてないしの

はちのなみたなかれきかくやひめひかりやあると

みるにほたるはかりのひかりたになし

をく露のひかりをたにそやとさまし小くら

やまにてなにもとめけんとて返しいたすはち

を門にすてゝ此うたの返しをす

しらやまにあへはひかりのうするかとはちをす

てゝもたのまるゝかなとよみていれたりかくやひめ

かへしもせすなりぬみゝにもきゝいれさりけれはいひ

かゝつらひてかへりぬかのはちをすてゝ又いひける

よりそおもなきことをははちをすつとはいひける

 

くらもちの御子は心たはかりある人にておほやけには

つくしのくにゝゆあみにまからんとていとま申て

かくやひめの家には玉のえたとりになんまかると

いはせてくたり給につかうまつるへき人々みなな

にはまて御をくりしてける御子いとしのひてと

のたまはせて人もあまたいておはしまさすちかう

つかうまつるかきりしていて給ぬ御をくりの人々

みたてまつりをくりてかへりぬおはしぬと人にはみ([?])

給て三日はかりありてこきかへり給ぬかねてこと

みなおほせたりけれはその時一のたからなりけるかち

たくみ六人をめしてたはやすく人よりくましき

家をつくりてかまとをみへにしこめてたくみらを

入給つゝ御子もおなしにこもり給てしらせ給

たるかきり十六そをかみにくとをあけて玉の枝を

つくり給かくやひめのたまふにたかはすつくりいてつ

いとかしこくたはかりてなにはにみそかにもていてぬ

舟にのりてかへりきにけりと殿につけやりていとい

たくくるしかりたるさましてゐ給へりむかへに人

おほくまいりたり玉のえたをはなかひつに入て物おほ

ひてもちてまいるいつかきゝけんくらもちの御子は

うとんけのはなもちてのほり給へりとのゝしりけり

これをかくやひめきゝてわれはこの御子にまけぬへ

しとむねつふれておもひけりかゝるほとに門を

たゝきてくらもちの御子おはしたりとつくたひ

の御すかたなからおはしましたりといへはおきなあひ

たてまつる御子のたまはくいのちをすてゝかの玉の枝

もちてきたるとてかくやひめにみせたてまつり

給へといへはおきなもちて入たり此玉のえたに

ふみそつけたりける

いたつらに身はなしつとも玉のえたをたをら

さらに(たゝイ )かへらさらましこれをもあはれともみす

をるに竹とりのおきなはしりいりていはくこの

御子に申給ひしほうらいの玉の枝をひとつの

ところあやまたすもておはしませりなにをもちて

とかく申へきたひの御すかたなからわか御家へもより

給はすしておはしましたりはや此御子にあひつかう

まつり給へといふにものもいはてつらつえをつきて

いみしくなけかしけにおもひたりこの御子いまさへなにかと

いふへからすといふまゝにえ([ママ])にはひのほり給ぬおきな

ことはりにおもふこの國にみえぬ玉の枝なりこのたひ

はいかてかいなひ申さん人さまもよき人におはすな

といひゐたりかくやひめのいふやうおやのゝ給ことを

ひたふるにいなみ申さんことのいとおしさにとりかた

きものを申つるにかくあさましくもてきたることを

ねたくおもひおきなはねやのうちしつらひなとすお

きな御子に申やういかなるところにか此木は候けんあ

やしくうるはしくめてたきものにもと申御子こたへて

の給はくさをとゝしのきさらきの十日ころになには

より舟にのりてうみの中にいてゝゆかんかたもしらす

おほえしかとおもふことならて世中にいきてなにかせんと

おもひしかはたゝむなしき風にまかせてありくいのち

しなはいかゝはせんいきてあらんかきりかくありきて

ほうらいといへらんやまにあふやとなみにこきたゝよひ

ありきてわか國のうちをはなれてありきまかりしに

ある時はなみあれつゝ海のそこにも入ぬへくある時には

風につけてしらぬくにゝ吹よせられておにのやうなる

もの出きてころさんとしきある時にはきしかたゆく

すゑもしらすうみにまきれんとしきある時にはかて

つきて草のねをくひものとしきある時はいはんかた

なくむくつけくなるものきてくひかゝらんとしきある

時にはうみのかひをとりていのちをつくたひの空に

たすけ給へき人もなきところにいろくのやまひをし

てゆくかた空もおほえす舟のゆくにまかせつかくうみに

たゝよひて五百日といふたつの時はかりにうみの中に

はつかにやまみゆ舟のうちをなんせめてみるうみのうへ

にたゝよへる山いとおほき()てありその山のさまたかくうる

はしこれやわかもとむるやまならんとおもひてさすかに

おそろしくおほえて山のめくりをさしめくらして二三日

はかりみありくに天人のよそほひしたる女山の中

よりいてきてしろかねのかなまるをもちて水をくみ

ありくこれをみて舟よりおちてこの山の名をなにと

か申とゝふに女こたへていはくこれはほうらいの山

なりといふこれをきくにうれしきことかきりもなし

此女にかくの給はたれそととふわか名ははうかんるり

といひてふとやまの中にいりぬその山みるにさらに

のほるへきやうなしその山のそはひらをめくれはよの

中になき花の木ともたてりこかねしろかねるりい

ろの水山よりなかれいてたりそれにはいろくの玉の

はしわたせりそのあたりにてりかゝやく木ともたてり

その中にこのとりてもちまうてきたりしはいとわ

ろかりしかともの給しにたかはましかはとこのはな

をおりてまうてきたるなり山はかきりなくおも

しろし世にたとふへきにあらさりしかとこの枝を

おりてしかはさらに心もとなくて舟にのりぬをひ

かせふきて四百よ日になんまうてきにし大願

力にやなにはよりきのふなんみやこにまうてき

つるさらにしほにぬれたる衣をたにぬきかへなてなん

きつるとのたまへはおきなきゝてうちなけきてよめる

くれ竹のよゝのたけとりのやまにもさやは

わひしきふしをのみみしこれを御子きゝてこゝらの

ひころおもひわひ侍る心はけふなんおちゐぬるとの

給て返し

わかたもとけふかはけれはわひしさのちくさのかす

もわすられぬへしとの給ふかゝるほとにおとことも六

人つらねて庭にいてきたり一人のおとこふはさみに

ふみをはさみて申つくもつかさのたくみあやへの

うちまろ申さく玉の木をつくりつかふまつりしに

五こくをたちて千よ日に力をつくしたることすく

なからすしかるにろくいまた給はらすこれを給て

わろきけこに給はせんといひてさゝけたり竹とり

のおきな此たくみらか申事はなにことそとかたふき

きゝをる御子はわれにもあらぬけしきにてきもき

えゐ給へりこれをかくやひめきゝて此たてまつる

ふみをとれといひてみれはふみに申やう御子の君

千日いやしきたくみらともろともにおなしにかくれ

給てかしこき玉の枝をつくらせ給てつかさも給

はんとおほせ給ひきこれをこのころあんするに御つま

とおはしますへきかくやひめのえうし給へきなり

けりとうけ給て此宮より給はらんと申て給

はるへきなりといふをきゝてかくやひめのくるゝまゝ

におもひわひ心ちわつらひつるもひきかへておきな

をよひとりていふやうまことにほうらいの木かと

こそおもひつれかくあさましきそらことにてあり

けれははや(とくイ)かへし給へといへはおきなこたふさたかに

つくらせたるものときゝつれはかへさんこといとやすし

とうなつきおりぬかくやひめの心ゆきはてゝありつ

るうたのかへし

まことかときゝてみつれはことのはをかされる

玉の枝にそありけるといひて玉の枝もかへしつ竹とり

のおきなさはかりかたらひつるかさすかにおほえてねふ

りおり御子はたつもはしたゐるもはしたにてゐ給

へり日のくれぬれはすへり出給ぬかのうれいを申た

くみをはかくやひめよひすへてうれしき人ともなり

といひてろくいとおほくとらせ給ふたくみらいみしく

よろこひおもひつるやうにもあるかなといひてかへる

道にてくらもちの御子ちのなかるゝまて調させ給ふ

ろくえしかひもなくてみなとりすてさせ給てけれは

にけうせにけりかくてこの御子は一生のはちこれに

すくるはあらし女をえすなりぬるのみにあらす天下

の人のみおもはんことのはつかしき事との給てたゝひとり

ふかき山へいり給ぬ宮つかささふらふ人々みな手を

わかちてもとめたてまつれとも御しにもやし給けんえ

みつけたてまつらすなりぬ御子の御もとにかくし給はん

とてとしころみえ給はさりけるなりこれをなん玉さ

かなるとはいひはしめける

 

右大臣安倍のみむらしはたからゆたかに家ひろき

人にそおはしけるそのとしきたりけるもろこし舟の

わうけいといふ人のもとにふみをかきて火ねすみのか

はといふなるものかひておこせよとてつかうまつる人の

中に心たしかなるをえらひて小のふさもりといふ

人をつけてつかはすもていたりてかのもろこしにをる

わうけいにこかねをとらすわうけい文をひろけて

みて返事かく火ねすみのかはきぬ此國になきもの

なり音にはきけともいまたみぬものなり世にある

ものならは此くにゝもゝてまうてきなましいとかたき

あきなひなりしかれとももし天ちくより玉さかに

もゝてわたりなは長者のあたりにとふらひもとめんに

なきものならはつかひにそへてかねをはかへしたて

まつらんといへりかのもろこし舟きけりをのゝふさ

もりまうてきてまうのほるといふ([ママ])事をきゝて

あゆみとうする馬をもちてはしらせむかへさせ

給ふ時に馬にのりてつくしよりたゝ七日にのほり

まうてきたる文をみるにいはく火ねすみのかはきぬ

からうして人をいたしてもとめてたてまつる今の

世にもむかしの世にもこのかはゝたはやすくなき物なり

むかしかしこき天ちくのひしりこのくにゝもてわたり

て侍ける西の山寺にありときゝをよひておほやけ

に申てからうしてかひとりてたてまつるあたひの

金すくなしとこくしつかひに申せしかはわうけいか物

くはへてかひたりいま金五十両給はるへし舟のかへ

らんにつけてたひをくれもしかね給はらぬならはかは衣

のしちかへしたへといへることをみてなにおほすいまかね

すこしにこそあなれかならすをくるへしうれしくして

をこせたるかなとてもろこしのかたにむかひてふしお

かみ給このかは衣をいれたるはこをみれはくさくのうる

はしきるりをいろへてつくれりかは衣をみれはこむ

しやうの色なり毛のすゑには金のひかりしさゝき

たりたからとみえうるはしきことならふへきものなし

火にやけぬ事よりもけうらなることならひなし(むイ)

かくやひめこのもしかり給にこそありけれとのたまひて

あなかしことてはこにいれ給ふてものゝ枝につけて御

身のけさういといたくしてやかてとまりなんもの

そとおほしてうたよみくはへてもちていましたり

そのうたは

かきりなきおもひにやけぬかは衣たもとかはきて

けふこそはきめといへり家の門にもていたりてたてり竹

とり出きてとりいれてかくやひめにみすかくやひめ

のかはきぬをみていはくうるはしき皮なめりわきて

まことのかはならんともしらす竹とりこたへていはくと

まれかくまれまつしやうしいれたてまつらん世中にみえ

ぬかはきぬのさまなれはこれをとおもひ給ね人ないたく

わひさせ給たてまつらせ給ひそといひてよひすゑ

たてまつれりかくよひすへてこのたひはかならすあは

んと女の心にもおもひおりこの翁はかくやひめのやもめ

なるをなけかしけれはよき人にあはせんとおもひはかれ

とせちにいなといふことなれはえしひぬはことはりなり

かくやひめ翁にいはく此かはきぬは火にやかむにや

けすはこそまことならめとおもひて人のいふこ([ママ])

まけめ世になきものなれはそれをまことゝうたかひ

なくおもはんとの給ふ猶これをやきて心みんといふおき

なそれさもいはれたりといひて大臣にかくなん申といふ

大臣こたへていはくこのかはゝもろこしにもなかりける

をからうしてもとめたつねえたるなりなにのうたかひ

あらんさは申ともはやゝきて見給へといへは火の中に

うちくへてやかせ給にめらくとやけぬされはこそ

ことものゝかはなりけりといふ大臣これをみ給ひて

かほは草のはのいろにてゐ給へりかくやひめはあな

うれしとよろこひてゐたりかのよみ給けるう

たのかへしはこに入てかへす

なこりなくもゆとしり(せイ)はかは衣おもひのほかにを

きてみましをとそありけるされはかへりいましにけり世の人々

あへの大臣火ねすみのかは衣もていましてかくやひめに

すみ給ふとなこゝにやいますなととふある人のいはく

かはゝ火にくへてやきたりしかはめらくとやけにし

かはかくやひめあひ給はすといひけれはこれをきゝて

そとけなきものをはあへなしといひける

 

大伴のみゆきの大納言はわか家にありとある人めし

あつめての給はくたつのくひに五色のひかりある玉あ

なりそれとりてたてまつらん人にはねかはん事を

かなへんとの給をのこともおほせのことをうけ給て

申さくおほせのことはいともたうとしたゝしこの玉た

はやすくえとらしをいはんやたつのくひの玉はいかゝ

とらんと申あへり大納言の給ふて([ママ])のつかひといはん

ものは命をすてゝもをのか君の仰ことをはかなへんと

こそおもふへけれこのくにゝなき天ちくもろこしの物

にもあらす此国のうみ山よりたつはおりのほるものなり

いかにおもひてかなんちらかたきものと申へきをのこ

とも申やうさらはいかゝはせんかたき事なりとも仰

ことにしたかひてもとめにまからんと申に大納言見

はらゐてなんちらか君のつかひと名をなかしつ君

の仰ことをはそむくへきとのたまひてたつのくひ

の玉とりにとていたしたて給この人々のみちのかて

くひものにとのうちのきぬわたせになとあるかきり

とりいてゝそへてつかはす此人々ともかへるまていも

ゐをしてわれはをらん此玉とりえては家にかへり

くなとのたまはせけりをのく仰うけ給てまかり

出ぬたつのくひの玉とりえすはかへりくなとの給へは

いつちもくあしのむきたらんかたへいなんすかゝる

すきことをし給ことゝそしりあへり給はせたるもの

をのくわけつゝとるあるひはをのか家にこもり([ママ])

あるひはをのかゆかまほしきへいぬおや君と申とも

かくつきなきことを仰給ことゝ事ゆかぬものゆへ大納言

をそしりあひたりかくやひめすへんにはれい(のイ)やうには

見にくしとの給てうるはしき屋をつくり給てうる

しをぬりまきゑしてかへし給ひて屋のうへにはい

とをそめていろくにふかせてうちくのしつらひには

いふへくもあらぬ綾をりものにゑをかきて間ことに

はりたりもとのめともはかくやひめをかならすあはん

まうけしてひとりあかしくらし給ふつかはしゝ人は

よるひるまち給ふにとしこゆるまてをともせす心もと

なかりていと[([?])]ひてたゝとねり二人めしつきとして

やつれ給てなにはのほとりにおはしましてとひ給ふ

ことは大伴の大納言とのゝ人や舟にのりてたつころし

てそかくひの玉とれるとやきくととはするに舟人

こたへていはくあやしき事かなとわらひてさるわ[([?])]

舟もなしとこたふるにをちなきことする舟人にもある

かなかくいふとおほしてわかゆみのちからはたつあらはふと

いころしてくひの玉はとりてんをそくくるやつはら

をまたしとの給て舟にのりてうみことにありき給

にいと遠くてつくしのかたのうみにこき出ぬいかゝ

しけんはやきかせ吹て世界(せかい)くらかりて舟を吹もて

ありくいつれのかたともしらす舟を海中にま([ママ])

入ぬへく吹まはしてなみは舟にうちかけつゝまきいれ

神はおちかゝるやうにひらめくかゝるに大納言はまとひて

又かゝるわひしきめをみすいかならんとするそとのたまふ

かちとりこたへて申こゝら舟にのりてまかりありくに

またかくわひしきめをみすみふね海のそこにいら

すは神おちかゝりぬへしもしさいはひに神のたすけ

あらは南の海にふかれおはしぬへしうたてあるぬしの

みもとにつかうまつりてすゝろなる死をすへかめるかなと

かちとりなく大納言これを聞ての給はく舟にのりては

かちとりの申ことをこそたかき山とたのめなとかく

たのもしけなく申そとあをへとをつきてのたまふ

かちとりこたへて申神ならねはなにわさをかつかう

まつらんかせふき浪はけしきに神さへいたゝきに

おちかゝるやうなるはたつをころさんともとめ給ゆへ

にやはやてもりうのふかするなりはや神にいのり

給へといふよきことなりとてかちとりの御神きこし

めせおほけなく心をさなくたつをころさんとおもひ

けり今より後は毛すち一すちをたにうこかしたて

まつらしとよことをはなちてたちゐなくくよはひ

給こと千たひはかり申給ふけにやあらんやうく神なり

やみぬすこしひかりて風はなをはやく吹かちとりの

[いは([??])]くこれはたつのしわさにこそありけれ此吹風は

よきかたの風なりあしきかたのかせにはあらすよき

かたにおもむきて吹なりといへとも大納言はこれを

きゝいれ給はす三四日吹て吹かへしよせたり(はま)

みれははりまのあかしの濱なりけり大なこん南

海の濱に吹よせられたるにやあらんとおもひて

いきつきふし給へり舟にあるおのことも国につけた

れともくにのつかさまうてとふらふにもえおきあかり

給はてふなそこにふし給へり松原に御むしろし

きておろしたてまつるその時にそ南海にあらさり

けりとおもひてからうしておきあかり給へるを

みれは風いとをもき人にてはらいとふくれこなた

かなたこれをみたてまつりてそ国のつかさもほう

ゑみたるくにゝおほせ給てやうくになはれて家に

入給ぬるをいかてかきゝけんつかはしゝおのこともまいり

て申やうたつのくひの玉をえとらさりしかはとの

へもえまいらさりし玉のとりかたかりしことをしり

給へれはなんかんたうあらしとてまいりつると申

大納言おきゐての給はくなんちらよくもてこすなり

ぬたつはなる神のるいにこそありけれそれか玉をとらんとて

そこらの人々のかいせられなんとしけりましてたつを

とらへたらましかは又ともなくわれはかいせられ

なましよくとらへすなりにけりかくやひめおほぬす

人のやつか人をころさんとするなりけり家のあたり

たに今はとをらしをのこともゝなありきそとて家

にすこしのこりたりけるものともはたつの玉をとらぬ

ものともにたひつこれをきゝてはなれ給ひしもとの

うへははらをきりてわらひ給ふいとをふかせつくり

しやはとひからすのすにみなくひもていにけり世界

の人のいひけるは大伴の大納言はたつのくひの玉やと

りておはしたるいなさもあらすみまなこ二にすもゝのやう

なる玉をそゝへていましたるといひけれはあなたへかた

といひけるよりそ世にあはぬことをはあなたへかたとは

いひはしめける〈上巻ここまで〉

〈下巻ここから〉

たけとり物語下

中納言いそのかみのまろたかの家につかはるゝ

をのことものもとにつはくらめのすくひたらは

つけよとの給ふを承りてなにの用にかあらんと

申こたへての給ふやうつはくらめのもたるこやす

貝をとらんれうなりとのたまふをのこともこたへ

て申つはくらめをあまたころして見るたにもはら

になきものなりたゝし子うむ時なんいかてかいたす

らんと申人たに見れはうせぬと申又人の申やう

おほいつかさのいひかしく屋のむねにつくの

あなことにつはくらめはすをくひ侍るそれにまめな

らんをのこともをひて罷りてあくらをゆひあけてう

かゝはせんにそこらのつはくらめ子うまさらん([ママ])扨こそと

らしめたまはめと申中納言よろこひ給ひておかしき

事にも有かなもつともえしらさりけりけう有事

申たりとの給ひてまめなるをのことも廿人はかり

つかはしてあなゝひにあけすへられたり殿より使

ひまなく給はせてこやすの貝とりたるかとむかはせ

給ふつはくらめもひとのあまたのほり居たるに

おちてすにものほりこすかゝるよしの返しを申

けれは聞給ひていかゝすへきとおほしわつらふにかの

つかさの官人くらつ丸と申おきな申やうこやす貝とらん

とおほしめさはたはかり申さんとて御前にまいり

たれは中納言ひたひをあはせてむかひ給へりくら

つまろか申やうこのつはくらめくやす貝はあしく

たはかりてとらせ給ふなりされはえとらせ給はし

あななひにおとろくしく廿人上りて侍れはあれて

よりまうてこす([ママ])せさせ給ふへきやうは此あなゝ

ひをこほちて人みなしりそきてまめならん人一人を

あらたにのせすへてつなをかまへて鳥の子うまん間に

つなをつりあけさせてふとこやす貝をとらせ給ひ

なはよかるへきと申中納言の給ふいとよき事

なりとてあなゝひをこほし人みな帰りまうてきぬ

中納言くらつ丸にのたまはくつはくらめはいかなる

時にか子をうむとしりて人をはあくへきとの([ママ])

くらつ丸申やうつはくらめ子うまんとする時は尾をさ

さけて七度めくりてなんうみおとすめる扨七度めくらん

おりひきあけてそのおりこやす貝はとらせ給([ママ])と申

中納言よろこひ給ひて万の人にもしらせ給はてみそ

かにつかさにいましてをのこともの中にましりてよるを

ひるになしてとらしめ給ふくらつ丸かく申をいといたく

よろこひての給ふこゝにつかはるゝ人にもなきにねかひをか

なふる事のうれしさとの給ひて御そぬきてかつけ給ふ

つさらによさり此つかさにまうてことの給ふてつかはし

つ日暮ぬれは彼つかさにおはして見給ふに誠つはくらめ

すつくりくらつ丸申やうおうけてめくるあらこに

人をのほせてつりあけさせてつはくらめのすに

手をさし入させてさくるに物もなしと申に

中納言あしくさくれはなき也とはらたちてたれ

はかりおほえんにと我のほりてさくらんとの

給ひてこにのりてつられ上りてうかゝひ給([ママ])るに

つはくらめおをさけていたくめくるにあはせて手を

さゝけてさくり給ふに手にひらめる物さはるときに

我物にきりたり今はおろしてよおきなしえたりと

の給ひてあつまりてとくおろさんとてつなをひき

過してつなたゆる則([マ)(マ])まのかなへの上にのけ

さまにおち給へり人々あさましかりてよりてかゝへ

奉れり御目はしらめにてふし給へり人々水を

すくひ入奉るからうしていき出給へるにまた

かなへの上より手とり足してさけおろし

奉るからうして御こゝちはいかゝおほさるゝと

とへはいきの下にて物は少覚ゆれとこしなんう([ママ])

かれぬされとこやす貝をふとにきりもたれは

うれしくおほゆる也まつしそくしてこゝのかいかほ

見んと御くしもたけて御手をひろけ給へるにつは

くらめのまりをけるふるくそをにきり給へるなり

けりそれを見給ひてあなかひなのわさやとの給([ママ])

けるよりそ思ふにたかふ事をはかひなしと云

けるかひにもあらすと見給ひけるに御心ちも

たかひてからひつのふたに入られ給ふへくもあらす

御腰はおれにけり中納言はい([ママ])いけたるわさし

てやむことを人にきかせしとし給ひけれとそれを

やまひにていとよはくなり給ひにけりかひをえとらす

なりにけるよりも人のきゝわらはん事を日に

そへておもひ給ひけれはたゝにやみしぬるよりも

人きゝはつかしく覚え給ふなりけりこれをかく

やひめ聞てとふらひにやる哥

 年をへて波立よらぬすみの江の

 まつかひなしときくはまことか

とあるをよみてきかすいとよはき心にかしら

もたけて人にかみをもたせてくるしき心ちに

からうしてかき給ふ

 かひはかくありけるものをわひはてゝ

 しぬるいのちをすくひやはせぬ

と書はつるたえ入給ひぬこれを聞てかくや

ひめ少しあはれとおほしけりそれよりなん

少しうれしき事をはかひありとは云ける

 

さてかくやひめかたちの世ににすめてたきことを

みかときこしめして内侍なかとみのふさこにの給お

ほくの人の身をいたつらになしてあはさなるかくや

ひめはいかはかりの女そとまかりてみてまいれとの給ふ

ふさこうけ給てまかれり竹とりのおきなかしこま

りてしやうしいれてめの女あへり内侍のたまふ

やうおほせことにかくやひめのかたちいふにおはす也

よくみてまいるへきよしの給はせつるになんまいり

つるといへはさらはかく申侍らんといひて入ぬかくや

ひめにはやかの御つかひにたいめ([ママ])し給へといへは

かくやひめよきかたちにもあらすいかてかみゆるへき

といへはうたてものたまふかな御門の君の御つかひ

をはいかてかをろかにせんといへはかくやひめのこたふる

やうみかとのめしてのたまはんことかしこしともおもはす

といひてさらにみゆへくもあらすむめるこのやうに

あれといと心はつかしけにをろそかなるやうにいひ

けれは心のまゝにもえせめす女内侍のもとにかへり([ママ])

いてゝくちおし([ママ])このおさなきものはこはく侍る

ものにてたいめ([ママ])すましきと申内侍かならす

みたてまつりてまいれとおほせことありつるものを

見たてまつらてはいかてかかへりまいらん國王のおほせ

ことをかさに世にすみ給はん人のうけ給はりたまはて

ありなんやいはれぬことなし給そとことはをはつかしく

いひけれはこれをきゝてましてかくやひめきくへくも

あらす國王のおほせことをそむかははやころし給ひ

てよかしといふ此内侍かへりまいりてこのよしをそう

すみかときこしめしておほくの人ころしてける心そ

かしとの給てやみにけれとなをおほしおはしまし

てこの女のたはかりにやまけむとおほしておほせ給ふ

そうすれはみかとにはかに日をさためてみかりに

いて給ふてかくやひめの家に入給てみ給ふに

ひかりみちてけうらにてゐたる人ありこれなら

んとおほしてちかくわたらせ給ににけているそてを

とらへ給へはおもてをふたきて候へとはしめよく

御らんしつれはたくひなくめてたくおほえさせ給て

ゆるさしとておはしまさんとするにかくやひめ

こたへて奏すをのか身は此くにゝむまれて侍ら

はこそつかひ給はめいといておはしましかたくや侍

らんとそうすみかとなとかさあらんなをいておはし

まさんとて御こしをよせ給にこのかくやひめ

きとかけになりぬはかなくくちおしとおほしてけに

たゝ人にはあらさりけりとおほしてさらは御ともに

はいていかしもとの御かたちとなり給ひねそれを

みてたにかへりなんとおほせらるれはかくやひめもと

のかたちになりぬみかとなをめてたくおほしめさるゝ

ことせきとめかたしかくみせたてまつる宮つこ

まろをよろこひ給ひさてつかうまつる百官人々

あるしいかめしうつかうまつる御門かくやひめをとゝ

めてかへり給はむことをあかすくちおしくおほし

けれはたましゐをとゝめたる心ちしてなんかへら

せ給ける御こしにたてまつりてかのか(のちにイ)くやひめに

 かへるさのみゆきものうくおもほえて

 そむきてとまるかくやひめゆへ

御かへり事

  むくらはふしたにもとしはへぬる身の

  なにかは玉のうてなをもみむ

これをみかと御らんしていとゝかへり給はん空もなく

おほさる御心はさらにたちかへるへくもおほされさりけれと

さりとて夜をあかし給ふへきにあらねはかへらせ

給ぬつねにつかうまつる人をみ給ふにかくやひめの

かたはらによるへくたにあらさりけりこと人より

はけうらなりとおほしける人のかれにおほしあはす

れは人にもあらすかくやひめのみ御心にかゝりてたゝ

←前行「にも」の「に」との間にアリ。「わ」の変体仮名のようにも見えるひとり()みし給ふよしなく御かたくにもわたり

なむちかもちて侍るかくやひめたてまつれ

かほかたちよしときこしめして御つかひをたひ

しかとかひなくみえすなりにけりかくたいくしく

やはならはすへきとおほせらるおきなかしこまり

て御返事申やうこのめのわらはゝたへて宮つかへ

つかうまつるへくもあらす侍るをもてわつらひ侍り

されともまかりておほせ給はむと奏すこれを

きこしめしておほせ給なとか翁の手におほしたて

たらんものを心にまかせさらんこの女もしたてまつり

たるものならはおきなにかうふりをなとか給はせ

さらんおきなよろこひて家にかへりてかくやひめ

にかたるやうかくなむみかとのおほせ給へるなをや

はつかうまつり給はぬといへはかくやひめこたへて

いはくもはらさやうの宮つかへつかうまつらしと

おもふをしゐてつかうまつらせ給はゝきえうせなん

すみつかさかうふりつかうまつりてしぬはかり也

おきないらふるやうなし給ふつかさかうふりもわか

子をみたてまつらてはなにゝかはせんさはありとも

なとか宮つかへをし給はゝ([ママ])さらむしに給へきやう

あるへきといふなをそらことかとつかうまつらせ

てしなすやあると見給へあまたの人の心さし

をろかならさりしをむなしくなしてこそあれ

昨日けふみかとのゝ給はんことにつかむ人きゝやさ

しといへは翁こたへていはくて([ママ])かのことはとあり

ともかゝりともみいのちのあやうさこそ大なるさは

りなれはなをつかうまつるましきことをまいりて

申さんとてまいりて申やう仰のことのかしこさに

かのわらはをまいらせんとてつかうまつれは宮つかへ

にいたしたてはしぬへしと申宮つこまろか手に

うませたる子にもあらすむかし山にてみつけたり

かゝれは心はせもよの人にゝすそ侍と奏せさす御門

([ママ])せ給宮つこまろか家はやまもとちか([ママ])なりみ

かりみゆきし給はんやうにてみてんやとの給はす

宮つこまろ申すやういとよき事なりなに心もな

くて侍らんにふとみゆきして御らんせられなんと

給はすかくやひめの御もとにそ御ふみをかきてかよ

はせたまふ御かへりさすかにゝくからすきこえかはし

給ておもしろく木草につけても御うたをよみて

つかはすかやうに御心をたかひになくさめ給ふほとに

三年はかりありて春のはしめよりかくやひめ月

のおもしろふいてたるをみてつねよりも物おもひたる

さまなりある人の月のかほみるはいむことゝせいしけれ

ともともすれは人まにも月をみてはいみしくなき

給ふ七月十五日の月に出ゐてせちにものおもへる

けしきなりちかくつかはるゝ人々竹とりの翁に

つけていはくかくやひめれいも月をあはれかり給

へとも此ころとなりてはたゝことにも侍らさめりいみしく

おほしなけくことあるへしよくくみたてまつらせ

給へといふをきゝてかくやひめにいふやうなむてう

心ちすれはかくものをおもひたるさまにて月を見

給ふそうれしき世にといふかくやひめみれはせけん心

ほそくあはれに侍るなてうものをかなけき侍るへ

きといふかくやひめのあるところにいたりてみれは

なをものおもへるけしきなりこれをみてあ(かイ)ほと

けなにことおもひ給ふそおほすらんことなにことそといへ

はおもふこともなしものなん心ほそくおほゆるといへ

はおきな月なみ給そこれを見給へはものお

ほすけしきはあるそといへはいかて月をみて

はあらんとてなを月出れは出ゐつゝなけきおもへり

ゆふやみにはものおもはぬけしきなり月のほとに

なりぬれはなをときくはうちなけきなとすこ

れをつか([ママ])ものともなをものおほすことあるへしと

さゝやけとおやをはしめてなにことゝもしらす

八月十五日はかりの月に出ゐてかくやひめいとい

たくなき給ふ人めもいまはつゝみ給はすなき

給ふこれを見ておやともゝなにことそととひ

さはくかくやひめなくくいふさきくも申さむと

おもひしかともかならす心まとはし給はんものそと

おもひていまゝてすこし侍りつるなりさのみや

はとてうちいて侍りぬるそをのか身はこの

くにの人にもあらす月のみやこの人なり

それをなんむかしのちきりありけるにより

この世界にはまうてきたりけるいまはかへるへ

きになりにけれはこの月の十五日にかの

もとのくによりむかへに人々まうてこむすさ

らすまかりぬへけれはおほしなけかむかかなしき

ことをこのはるよりおもひなけき侍なりと

いひていみしくなくをおきなこはなにてう([ママ])

ことの給ふそ竹の中よりみつけきこえたりし

かとなたねのおほきさおはせしをわかたけたち

ならふまてやしなひたてまつりたるわか子を

なに人かむかへきこえむまさにゆるさんやと

いひてわれこそしなめとてなきのゝしること

いとたへかたけなりかくやひめのいはく月の宮

この人にてちゝはゝありかた時のあひたとてかの

國よりまうてこしかともかく此くにゝはあまたのとし

をへぬるになんありけるかの國の父母のこともおほえす

こゝにはかくひさしくあそひきこえてなれたて

まつりいみしからん心ちもせすかなしくのみあるされ

とをのか心ならすまかりなんとするといひてもろ

ともにいみしくなくつかはるゝ人々もとしころ

ならひてたちわかれなんことを心はへなとあて

やかにうつくしかりつることを見ならひてこひ

しからんことのたへかたくゆ水のまれすおなし

心になけかしけなり

 

此ことをみかときこしめして竹とりか家に御つかひ

つかはさせ給御つかひに竹とりいてあひてなくことか

きりなしこのことをなけくにひけもしろくこしもかゝ

まりめもたゝれにけりおきなことしは五十はかりなり

けれともものおもふにはかた時になん老にけりと見ゆ

御使おほせことゝて翁にいはくいと心くるしくもの

おもふなるはまことにかとおほせたまふ竹とりなくく

申此十五日になん月のみやこよりかくやひめのむかへ

にまうてくなるたうとくとはせ給ふ此十五日には

人々給りて月のみやこの人まうてこはとらへ

させんと申御つかひかへりまいりて翁のありさま

申てそうしつることゝも申をきこしめしての給ふ

一めみ給ひし御心にたにわすれ給はぬにあけくれ

みなれたるかくやひめをやりてはいかゝおもふへき

㙒イ彼十五日つかさくにおほせて(ちやく)使()(せう)(/\)(たか)(つら)

おほくにと云人をさして六衛のつかさあはせて

二千人の人を竹とりか家につかはす家にまかりて

ついちのうへに千人屋のうへに千人家の人々い[([?])]

おほかりけるにあはせてあけるひまもなくまもら

すこのまもる人ともゆみやをたいしてお(もイ)やの

うちには女ともを番にをきてまもらす女ぬり

こめのうちにかくやひめをいたかへており翁も

ぬりこめの戸をさして戸くちにおりおきな

のいはくかはかりまもるところ天の人にもまけん

やといひてやのうへにおる人々にいはく露ももの

空にかけらはふといころし給へまもる人のいはく

かはかりしてまもるところにはりひとつたに

あらはまついころしてほかにさ([ママ])むとおもひ侍る

といふおきなこれをきゝてたのもしかりおり

れき([ママ])ゝてかくやひめはさしこめてまもりたゝ

かふへきしたくみをしたりともあの國の人

にはえたゝかはぬなりゆみやしていられしかくさし

こめてありともかの國の人こはみなあきなむす

あひたゝはんとすともかのくにの人きなはたけき

心つかうまつる人もよもあらし翁のいふやう御む

かへにこん人をはなかきつめしてまなこをつかみ

つふさんさかゝみをとりてかなくりおとさんさかし

りをかきいてゝこゝらのおほやけ人にみせてはち

をみせんとはらたちおるかくやひめいはくこはたか

になのたま([ママ])やのうへにおる人とものきくにいとま

さなしいますかりつる心さしともをおもひもし

らてまかりなんすることのくちおしう侍けり

なかきちきりのなかりけれはほとなくまかりぬ

へきなめりとおもふかかなしく侍なりおやたちの

かへりみをいさゝかたにつかうまつらてまからんみち

もやすくもあるましきに日ころもいてゐて

ことしはかりのいとまを申つれとさらにゆるされぬ

によりてなんかくおもひなけき侍るみ心をのみま

とはしてさりなんことのかなしくたへかたく侍([ママ])

なりかのみやこの人はいとけうらに老もせすなん

おもふこともなく侍なりさるところへまからんする

もいみしくも侍らす老おとろへ給へるさまをみ

たてまつらさらんこそこひしからめといひて

おきなむねいたきことなし給そうるはしきす

かたしたるつかひにもさはらしとねたみおりかゝる

ほとによひすきてねのときはかり([ママ])家のあたり

ひるのあかさにもすきてひかりたりもち月の

あかさを十あはせたるはかりにてある人のけのあ

なさへみゆるほとなり大そらより人雲にのり

ておりきてつちより五尺はかりあかりたる

ほとにたちつらねたりこれをみてうちとなる

人の心ともものにおそはるゝやうにてあひたゝ

かはむ心もなかりけりからうしておもひをこして

ゆみやをとりたてんとすれとも手にちからもな

くなりてなへかゝりたり中に心さかしきもの

ねむしていむとすれともほかさまへいきたれは

あれもたゝかはて心ちたゝ([ママ])にしれてまもり

あへりたてる人ともはしやうそくのきよらなる

事ものにもにすとふ車一くしたりらかいさし

たりその中にわうとおほしき人家に宮つこ

まろまうてこといふにたけくおもひつる宮つこ

まろもものにゑひたる心ちしてうつふしにふせり

いはくなむちおさなき人いさゝかなるくとくをお

きなつくりけるによりてなむちかたすけに

とてかたときのほとゝてくたしゝをそこらの

としことそこらのこかね給て身をかへたるか(こイ)

なりにたりかくやひめはつみをつくり給へりけれは

かくいやしきをのれかもとにしはしおはしつるなり

つみのかきりはてぬれはかくむかふるをおきななき

なけくあたはぬことなりはやいたしたてまつれと

いふ翁こたへて申かくやひめをやしなひたてま

つること廿よねんになりぬかたときとのたまふに

あやしくなり侍ぬ又ことゝころにかくやひめと申人

そおはすらんといふこゝにおはするかくやひめは([ママ])

きやまひをし給へはえいておはしますましと

申せはそのかへりことはなくてやのうへにとふ車を

よせていさかくやひめきたなきところにいかて([ママ])

久しくお([ママ])せんといふたてこめたるところの戸

すなはちたゝあきにあきぬかうしともゝ人はなく

してあきぬ女いたきてゐたるかくやひめとにい

てぬえとゝむましけれはたゝさしあふきてなき

おり竹とり心まとひてなきふせるところにより

てかくやひめいふこゝに心にもあらてかくまかるに

のほらんをたに見をくり給へといへともなにしにかな

しきにみをくりたてまつらんわれをいかにせよ

とてすてゝはのほり給ふそくしていておはせね

となきてふせれは心まとひぬふみをかきをき

てまからんこひしからんおりくとりいてゝみ給へとて

うちなきてかくことはゝこの國にむまれぬると

ならはなけかせたてまつらぬほとまて侍らて

すきわかれぬることかへすくほいなくこそおほえ

侍れぬきをくきぬをかたみと見給へ月の

いてたらん夜はみをこせたまへ見すてたて

まつりてまかるそらよりもおちぬへき心ち

するとかきをく天人の中にもたせたる

箱ありあまのはころもいれり又あるはふしの

くすりいれりひとりの天人いふつほなる御く

すりたてまつれきたなきところのものき

こしめしたれは御心あしからんものそとてもて

よりたれはわつかなめたまひてすこしかた

みとてぬきをくきぬにつゝまんとすれは

ある天人つゝませす御そをとり出てきせんと

すそのときにかくやひめしはしまてといふ

きぬきせつる人は心ことになるなりといふもの

一こといひをくへきことありけりといひてふみ

かく天人をそしと心もとなかり給ふかくやひ

めものしらぬことなの給そとていみしくしつ

かにおほやけに御ふみたてまつり給あはてぬ

さまなりかくあまたの人を給ひてとゝめさせ

給へともゆるさぬむかへまうてきてとりいて

まかりぬれはくちおしくかなしきことみやつかへ

つかうまつらすなりぬるもかくわつらはしき身

にて侍れは心えすおほしめされつらめとも心つ

よくうけ給はらすなりにしことなめけなるもの

におほしめしとゝめられぬるなん心にとゝまり

侍りぬとて

  いまはとてあまのはころもきるおりそ君を

あはれとおもひ出ぬるとてつほのくすりそへて

頭中将よひよせてたてまつらす中将に天人

とりてつたふ中将とりつれはふとあまのは衣

うちきせたてまつりつれはおきなをいとおし

かなしとおほしつることもうせぬこのきぬつる

人はものおもひなくなりにけれは車にのりて

百人はかり天人くしてのほりぬそのゝちおきな

女ちのなみたをなかしてまとへとかひなしあの

かきをきしふみをよみきかせけれとなにせん

にかいのちもおしからんたかためにかなにこともようも

なしとてくすりもくはすやかておきもあから

てやみふせり中将人々ひきくしてかへり

まいりてかくやひめをえたゝかひとめすなり

ぬることこまくとそうすくすりのつほに御文

そへてまいらすひろけて御らんしていといたく

あはれからせ給てものもきこしめさす御あそ

ひなともなかりけり大臣上達阝をめしてい

つれの山か天にちかきととはせ給ふにある人そう

すするかの國にあるなるやまなんこのみやこも

ちかく天もちかく侍るとそうすこれをきかせ給ひて

  あふこともなみたにうかふわか身にはしなぬ

くすりもなにゝかはせんかのたてまつるふしのく

すりに又つほくして御つかひに給はす勅使には

月のいはかさといふ人をめしてするかのくにゝ

あなるやまのいたゝきにもてつくへきよしおほせ

給峯にてすへきやうをしへさせ給ふ御ふみ

ふしのくすりのつほならへて火をつけてもやす

へきよしおほせ給ふそのよしうけ給てつはものと

もあまたくして山へのほりけるよりなんその山

をふしの山とはなつけけるそのけふりいまた

雲のなかへたちのほるとそいひつたへたる

〈下巻ここまで〉