新井本『竹取物語』(復元版)


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書誌情報
・奥書:「もむけとゝせあまりふたとせ/なかつきころうつす ながとき」
 =文化十二年九月(1815年10月)に、「ながとき」(”永時”?、詳細不明)が書写した事を示す
・石川県金沢の旧家より出現した後、大阪の古書店「村井」を通じて横山重が入手し、新井信之に寄贈したという(横山重『書物捜索 下』より)
 新井は1944年に夭折し、その後は中田剛直、その関係者の蔵となり、現在は非公開
・本文は古本系 古本系唯一の写本としての伝本であり、今井似閑の校合した三手文庫本よりも良質な本文であるとされる
・この本文データは クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

・このデータは、新井本での7資料対校結果を踏まえ、一箇所の誤読を修正
[17b] からうして[な]き給ふ → からうして[か]き給ふ
し、書写者の見せ消ちなどをすべて取り入れ、親本の本文を復元したものである
訂正の片仮名はすべて平仮名とした
また濁点は親本にはなかったものと考えられるため除去した
・したがって原態については上記ページをご参照いただきたい

●凡例

[Na/b]:第N丁オモテ(a)・ウラ(b)を示す

□:原本欠字(空白)を示す

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[1a]
いまはむかしたけとりのおきなといふものありけり野
山なるたけをとりてよろつの事につかひけり名
をはさるきのみやつこといひけるそのたけの中に
もとひかる竹ひとすちありあやしかりてよりて見る
につゝの中ひかりたりそれをみれは三すんはかりなる人
いとうつくしうてゐたりおきないふやう我あさこと
ゆふへに見るたけの中におはするにてしりぬ子になり給
へき人なんめりとて手にいれていゑにもてきぬめのをんな
にあつけてやしなはすうつしきことかきりなしいとお
さなけれはこにいれてやしなうたけとりのおきななを
竹をとるにこの子を見つけてのちとる竹にふしをへたて
てことにこかねある竹見つくる事かさなりぬかくておき
なやう\/ゆるらかになり行このちこやしなうほとにすく\/
とおほきになりまさる三月はかりやしなうほとによき

[1b]
ほとなる人になりぬれは かみあけなとさうして かみあけさす もきせ ちやうのうちより
もいたさす いつきやしなう このちこのかたちの けうらなる事世になく 屋のうちは く
らきところなく ひかりみちたり おきなの 心ちあしく くるしき時も この子を見れは 
くるしきこともやみぬ はらたゝしきことも なくさみけり おきな 竹をとる事 ひさしく
なりぬ いきをゐ まことの物になりにけり この子 いとおほきになりぬれは この子の名
を みむろのあきたをよひて つけさす あきた なよたけのかくやひめとつけつ □□の子
一日うちあけ\/あそふ よろつのあそひをそしける おとこは 上下えらはす よひつとへ
て いとかしこくあそふ せかいのをのこの あてなるも いやしきも いかて このかくや
ひめを えてしかなとそ をとにもきゝめてゝ そのあたりのかきにも いゑのとにも をる
人たに たやすく見るましき物を よるは

[2a]
やすくゐもねす やみの夜に いてゝも あなをくしり かいはみ まといあへり かゝると
きよりなん よはいとはいひける 人のを□□せぬところに まといありけとも なにのしる
しあるへくもなし いゑの人ともに 物をたにいはんとて いひかゝれと ことともせす あ
たりをはなれぬきみたち 夜をあかし 日をくらせる いとおゝかり をろかなる人は よう
なきありきは よしなかりけりとて こすなりにけり そのなかに なをいひけるは 色この
みといはるゝかきり 五人 おもひやむ時なく よるひるきけり その名ともは いしつくり
の御こ くらもりの御こ 右大臣あへのみあらし 大納言おほとものみゆき 中納言いその神
のまろたふ この人たちなりけり 世中におほかる人をたに すこしもかたちよしときゝて 
見まほしくする人ともなりけれは かくやひめをえまほしくて 物もくはすして おもひつゝ
かのいゑにゆきて たゝすみありけと かいあ

[2b]
るへくもあらす ふみをかきてやれとも 返事もせす わひうたなと かきをこすれと かひ
なしとおもへと しも月しはすのふりこほり みな月のてりはたゝくにも さはらすきけり 
この人\/ ある時は 竹とりをよひいてゝ みむすめをくれ給へと ふしおかみ てをとり
て のたまへと をのかなさぬ子なれは 心にもしたかはす なといひて 月ひをすこす か
ゝれは この人\/ いゑにかへりて ものをおもひ いのりをし くわんをたてすれとも 
おもひやむへくもあらす かくおもひいふ事やます さりとも つゐにおとこあらせさらんやは
とおもひて たのみをかけたり あなかちに 心さしを見らんとす これを見つみて おきな
かくやひめにいふやう 我この仏 へんけの人と申なから こゝらおゝきさまて なておほし 
やしなひたてまつりつ 心さしおろかならすは おきなの申さむ事は きゝ給てんや とい
へは なに事をかは の給むことは うけ給はらさらむ

[3a]
へんけの物にて侍けむ 身をもしらす おやとこそ おもひたてまつれといふ おきな うれ
しくも のたまふ物かな おきな とし七十にあまりぬ けふあすともしらす この世の人は
女は おとこにあふことをす そのゝち かとひろくもなり侍る いかてか さてことなくて
はおはせん かくやひめいはく なんてう さる事かし侍るへきといへは へんけの人といふ
とも 女の身をもて おきなのあらむかきりは かくても いますらんかし この人人の と
し月をへて かくのみいましつゝ の給ふことを おもひさためて あひ給ねといへは かく
やひめいはく よくもあらぬかたちを ふかき心さしをしらす あた心つきなは のちくやし
き事もあるへきをと おもふはかりなり 世のかしこき人なりとも ふかき心さしをしらて 
あひかたしとなむおもふといふ おきないはく おもひのことくもの給かな そも\/ いか
やうなる心さしに あひ給はむとおほすらん 心さしおろかならぬ

[3b]
人\/にこそあむめれ かくやひめのいはく なにはかりの心さしをみむとか いさゝかなる
事なり 人のみこゝろさしは ひとしかんなり いかてか これか中に おとりまさりはしら
む 五人のひとの中に ゆかしき物を見せ給はむに 御心さしまさりたりとて つかうまつら
むと そのおはすらむ人に 申給へといふ よき事なりとうけつ やう\/ 日くるゝほとに
れいのことく きあつまりぬ あるいはふゑをふき あるいはうたをうたひ あるいはしやう
かをし あふきをうちならしなとするに おきないてゝいはく かたしけなく きたなき所に
とし月をへて物し給 きわまりてかしこまり申 おきな いのち けふあすしらぬを かくの
給ふ 君たちにも よくおもひさためて つかうまつれと 申もことわりなり いつれも お
とりまさるおはしまさねは さためかたし ゆかしくおもひ侍るものゝ侍を 見せ給はむに 
御心さしのほとは見ゆへし つかうま

[4a]
つらむ事は それになむさたむへき といへは これ よきことなり 人の御うらみ事 ある
ましといふ 五人の人\/も よき事なりといへは おきないりて かくやひめにいはく 石
つくりのみこには ほとけの御石のはちといふ物あり それをとりて給へ くらもちの御子に
は ひんかしのうみに ほうらいといふ山あんなり そこに しろかねをねとし こかねをく
きとして しろきたまをみとしたる木あり それひとえた おりて給はらむ いまひとりには
もろこしにあむなる ひねすみのかわきぬを給へ おゝともの大納言には たつのくひに 五
いろにひかるたまあむなり それとりて給へ いそのかみの中納言には つはくらめのもたる
こやすかい ひとつとりてたまへといふ おきな かたき事ともにこそあむなれ このくにゝ
ある物にもあらす かくかたき事をは いかて申さむといふ かくやひめのゝたまはく なに
かかたからむといへは おきな ともあれかくもあれ 申さむとて

[4b]
いてゝ かくなむ この物をなむ きこゆるやうに 見せ給へといへは みこたち かんたち
めきゝて おいらかに このあたりよりありきそとやは の給はぬといひて からうしてみな
かへりぬ なをこの女見ては よにあるましき 心ちともなんしけれは てんちくにある物も
もてこぬ物かはと おもひめくらして いしつくりの御こは 心のしたくある人にて てんち
くに ふたつとなきはちをは 八千里のほと ゆきたりとも いかてか とるへきとおもひて
かくやひめのもとには いまなむ てんちくゑ いしのはちとりにまかるときかせて 三年は
かり やまとのくに とをちのこほりにある山てらに ひんつるのまへなるはちの ひたくろ
にへすみつきたるをとりて にしきのふくろにいれて つくり花のえたにつけて かくやひめ
のいゑに もてきて見せけれは はちのうゑにも文くしたり ひろけてみれは かく也
 うみ山の みちに心は つくしてき ないしのはちの なみたなかれき

[5a]
かくやひめ 光やあると とはかりみるに ほたるはかりの ひかりたになし
 おく露の ひかりをたゝそ やとさまし おくら山まて なにたつねけん
とて返していたす はちをかとにすてゝ この御こ うたのかへしをす
 しら山に あへはひかりの うするかと はちをすてゝも なけかるゝかな
とよみて入たり かくやひめ 返しせすなりぬ みゝにもきゝ入さりけれは いひわつらひて
かへりぬ かのはちをすて 又いひけるをきゝてそ おもひなけきをは はちをすつといひけ
る くらもりの御子は こゝろたはかりある人にて おほやけには つくしのくにゝ ゆあみ
にまからむと いとま申て かくやひめには たまのえたとりに まかるといはせて くたり
給はんに つかうまつるへき人は みななにはまて 御おくりしけり みこいとしのひて 人
もあまた いておはしまさて ちかうつかうまつる人とものかきりして おはしましぬと 人
にはしらせ見せ給て 二日はかりありて こきかへり給ぬ かねてこそ みなおほせられたり
けれは そ

[5b]
の時 ひとつのたからなりける かたちたくみ六人を めしとりて たはやすく 人 よりく
ましきいゑをつくりて かまとを 三へにしてこめて たくみらをいれ給つ みこも おなし
所にかくれゐて しらせたまへるかきり 十二方をふたき かみにくちをあけて たまのえた
をつくり給 かくやひめのゝたまふやう たかはすつくりいてつ かしこくたはかりて みそ
かになにはに出ぬ ふねにのりて かへりにけりと とのにつけやりて いといたく くるし
かりてゐ給へり むかへに人 おほくまいりたり たまのえたは なかひつにいれて 物おゝ
いて もてまいる いつかきゝけむ くらもりの御子は うとむけのはなもちて のほり給へ
りとて のゝしりけり これを かくやひめきゝ給て 我はこのみこにまけぬへしと むねつ
ふれておもひをり かゝるほとに かとをたゝきて くらもりのみこ おはしたりとつく た
ひの御すかたなから おはしましたりといへは おきな

[6a]
あひたてまつる みこのたまはく いのちをすてゝなむ かのたまのえたとりて まうてきた
る かくやひめに とくみせたてまつり給へといへは おきな もて入ぬ このたまのえたに
ふみそつけたりける
 いたつらに 身はなしつとも たまのえに たをらてさらに かへらましやは
これをも あはれとも見てをるに 竹とりのおきな はしいりていはく みこに申給し ほう
らいのたまのえたを ひとつの所あやまたす もちておはしませり なにをもちてか さらに
とかく申へき たひの御すかたなから 我いゑへも より給はすして おはしたり はやみこ
に あひつかうまつれといふに 物もいはて つらつへをつきて いみしう なけかしけにお
もひたり このみこ いまさへなにと の給へきならすと いふまゝに えんにはいのほり給
ぬ おきなことはりにおもふ このくにに 見えぬさまなる たまのえたなり このたひは 
いかてか い

[6b]
なひ申さむ 人さまも よき人におはすなと いひゐたり かくやひめのいふやう おやのゝ
給ふ事を ひたふるに いなと申さむことの いとをしさに なりかたき物を かくあさまし
く もてきたることを ねたくおもふ おきなは ねやの中を しつらいなとす おきな み
こに申やう いかなる所にか この木はさふらひけん あやしくうるはしく めてたき物にこ
そと申 みこ こたへてのたまはく さいとゝしの十日ころより なにはよりふねにのりて 
うみの中にいてゝ いかむかたもしらす おほえしかとも おもふことならて 世中にいきて
かいなし かせにまかせてありく いのちしなは いかゝせん いきてあらむかきり かくあ
りきて ほうらいといふなる 山はありやと うみにうきたゝよひありく 我くにのうちをは
なれて まかりありきしに あるときには なみあれつゝ うみのそこにいりぬへく ある時
は 風につきて しらぬくにゝ ふきよせられて おにのやう

[7a]
なる物いてきて ころさむとしき ある時には きしかた行さきも見えぬ うみにまきいれん
としき あるときには かてつきて くさ木のねを くひものにはしき ある時には いはむ
かたなく むくつけゝなる物いてきて くいかゝらんとしき あるときには うみのかいをと
りて いのちをつく ある時には さるたひのそらに たすけ給へき人もなき所に 色\/の
やまひをして ゆくかた そらもおほえす かへらむ所 いつかたおほえす ふねのゆくにま
かせて うみにたゝよひ 五百日といふ たつのときはかりに うみの中に わつかに山みゆ
ふねのうちをなむ せめて見る うみのうへに たゝよへる山 いとおほきにてあり その山
のさま たかくうるはし これや もとむる山ならむとおもひて さすかに をそろしくおほ
えて 山のめくりを さしめくらかして 三日はかり 見ありくに 天のよそほひしたる山女
やま中よりいてきて しろかねのかなま

[7b]
りをもちて 水をくみありく これを見て ふねよりおりて この山の名をは なにと申そと
とふ をんな こたへていはく これは ほうらいの山なりといふ これをきくに うれしき
事かきりなし このをんな かくの給ふは たれそととふ わか名はこらんなりといひて や
まのなかにいりぬ その山をみるに さらにのほるへきやうなし そのやまの そはひらを見
あくれは 世中になき はなの木ともあり こかね しろかねのみつ 山よりなかれいてたり
それには 色\/のたまのはしわたせり そのあたりに てりかゝやく木ともたてり その中
に このとりてまうてきたるは いとわろかりしかとも のたまひしにたかはす このはなを
おりて まうてきたるなり 山はかきりなくおもしろく 世にたとふへきにあらさりしかと 
このえたをおりてしかは さらに なにのこゝろもなくて ふねにのりて おひかせふきて 
四百よ日になん まうてきにし 大くわんのちかえにやありけん なにはにふ

[8a]
きよせられて侍し なにはよりは 昨日なむ 宮こにはまうてきつる さらに しほにぬれた
るきぬをたに ぬきかへなてなて こゝには まうてきつるとのたまふを このおきなきゝて
うちなきてよむ そのうたは
 くれ竹の よゝのたけけとり 野山にも さやはわひしき ふしをのみゝし
これを御子きゝて こゝらの日ころ おもひわひ侍りつる心ちは けふなむ おちゐぬるとの
給て
 我たもと けふかはけれは わひしさの ちくさのかすも わすられぬへし
ときこゆるほとに おとことも 六人つらねて にはかにいてきたり ひとりのおのこ ふみ
はさみに 文をはさみて申 つくも所のたくみ あやむへのうち申さく たまのえたを つく
りつかふまつりし事 五こくをたちて 千よ日に ちからをつくしたること すくなからす 
しかるに ろくいまた給はらす これを給て われらかけこに給はせんといひて さゝけたり
竹とり

[8b]
のおきな このたくみらか申事は なにことそと あやしかりてかたふきをか みこは われ
にもあらぬ心ちして きもきえゐたまへり これをかくやひめきゝて かのたてまつる文とれ
と いひて見れは 文に申けるやう 御子の君 千日 いやしきたくみら もろともに おな
し所に かくれゐ給て かしこきたまの木を つくらせ給ふとて つかさも給はんと おほせ
給き それを このころあむするに 御つかゐおはしますへき かくやひめのえうし給へきな
りけりと うけ給はりて この宮より 給はらむとて まいれるなりといふをきゝて かくや
ひめの くるゝまゝに おもひわひつる心に わらひさかへて おきなをよひとりて いふや
う まことのほうらいの木とこそおもひつれ かくあさましき そらことにてありけれは は
や返し給へといへは おきなこたふ さたかにつくらせたる物とき かへさむこと いとやす
しと うなつきをり かくやひめの 心ゆきはてゝ あ

[9a]
りつるうた 返
 まことかと きゝて見つれは ことの葉を かされるたまの 枝にそありける
といひて たまのえたかへしつ 竹とりのおきなは さはかりかたらひつるうへ かすかにお
ほえてねふりをり みこは たつもはした ゐるもはしたに おほえてゐ給へり 日のくれぬ
れは すへりいて給ぬ かのうれへせしたくみを かくやひめ よひすへて うれしき人とも
なりといひて ろくいとおほくとらせ給 たくみら いみしくよろこひて おもひつるやうに
もあるかなといひて かへるみちにて くらもりのみこ ちのなかるゝまて とゝのへをさせ
給 ろくえしかひも なくてけれは みな\/ とりすて給てけれは にけまとひにけり か
くて このみこは いさゝのはち これにまさるはあらし 女えすなりぬるのみにあらす 天
下の人の 見おもはむ事そはつかしき事 との給て たゝひとゝころ ふかき山へいり給ぬ 
宮つかさ さふらふ人\/は みなてをわか

[9b]
ちてもとめたてまつれとえ見つけたてまつらすなりぬ
みこの御もとにてはかくしはてんとてとしころはたまさか
なるとはいひはしめける右大臣あへのみあらしはたからゆた
かにいゑひろき人にてそおはしけるそのとしきたりける
もろこしふねの王けいといふ人にひねすみのかわといふな
る物かひておこせよとてつかふまつる人ゐ中に心たしかなる
人をつかはす小野の草もりといふ人してつかはさすもて
いたりてかのつくしのもろこしといふ所にをるわうけいにこ
かねとらす王けいこの文をひろけて見て返事かくいはく
ひねすみのかわきぬこのくにゝはなき物なり名にはきけと
もいまために見ぬものおほかり世にある物ならはこの
くにへもまうてきなましいとかたきあきなひ物なりし
かともてんちくにもてはたりなはもし長者のいゑ\/にと
ふらひもとめむになき物ならはつかひにそへてかねを返し

[10a]
たてまつらんといへりもろこしふねかへりにけりそのゝち
もろこしふねきけりをのゝふさもりまうてきてまうの
ほるといふ事をきゝてあゆみとうするむまをもとめて
はしらせんむかへさせ給はむ時むまにのりてつくしよりた
た七日にまうてきたりふみをみるにいはくひねすみ
のかはからうして人をいたしてもとめてたてまつれりい
まの世にもむかしのよにもこのかはたはやすくなき物なり
けりむかしかしこきてんちくのひしりこのくにゝわたりてにし
の山てらにおよひおほやけに申てからうしてかいとりてた
てまつるあたひのかねすくなしとこくしうつかひに申しかは
王けい物くはへてかいたりいまかね五十りやう給ふへし
ふねのかへらんにつけてたにをくれもしかね給てぬ物な
らはかはきぬのしちを返したへといへる事をみてなに
おほすいまかねすこしにこそあなれかならすをくるへき

[10b]
にこそあなれ うれしくして をこせたるかなといひて もろこしのかたにむかへて ふしを
かみ給 このかはきぬいれたる はこを見れは くさ\/の うるはしきるりを いろへてつ
くれり かはきぬを見れは こんしやうの色也 けのすゑには こかねのひかりをさきたり 
たからとみえ うるはしき事 ならふへき物なし ひにやけぬ事よりも けふらなる事 なら
ひなし むへ かくやひめは このもしかり あひし給けるにこそありけれ との給て あな
かしことて はこに入給て 物のえたにつけて 御身のけさう いといたうして やかて と
まりなむものそとおもひて うたよみくして もちていましたり そのうたは
 かきりなき おもひにやけぬ かはころも たもとかはきて けふこそはきめ
といひたりけり いゑのかとに もていたりてたてり 竹とりいてゝ とりいれたり かくや
ひめに見

[11a]
す かくやひめ このかはきぬを見ていはく うるはしきかはなめり わきて まことのかわ
ならむとしらす 竹とりいてゝ いはく ともあれかくまれ まつ しやうし入たてまつらむ
よに見えぬ かわのさまなれは これをとおもひ給はぬ 人ないたくわひさせたてまつり給そ
といひて よひすへたてまつり かくよひすへて このたひは かならすあはせんといひて 
女の心にもおもひをり このおきなは かくやひめのやもめなるを なけきとしけれは よき
人にあはせんとおもひはかれと せちに いなといふことなれは ことはりなり かくやひめ
おきなにいはく このかはきぬは 火にやかむに やけすはこそ まことゝおもひて 人のみ
ことにまけぬ よになに物なれは それをまことゝ うたかひなくおもはむとのたまふ なを
これをやきて 心みむといふ おきな これ さもいはれたりといひて 大臣に かくなむと
いふ たいしん こたへていはく このかわは もろこし

[11b]
にもなかりけるを からうして もとめたつねえたる也 なにのうたかひかあらむ さは申す
とも はやく やきてみ給へといへは 火の中にうちくへて やかせ給ふに めら\/とやけ
ぬ されはこそ こと物のかわなりといふ 大しん これを見給ひて かほは くさのはの色
にて ゐたまへり かくやひめは あなうれしと よろこひゐます かのよみたまへりける 
うたの返し はこにいれて返す
 のこりなく もゆとしりせは かわころも おもひのほかに おきて見ましを
とそありける されは かへりいましにけり 世の人々 あへの大臣 火ねすみのかわきぬも
ていまして かくやひめにすみたまふとな みにみますかりとな なととふに ある人のいは
く かわは 火にくへて やきたりしかは めら\/と やけにしかは かくやひめ あひ給
はすなりにきと 世中の人いひけれは これをきゝてそ とけなき事

[12a]
をは あえなしとそいひける おほとものみゆきの大納言は 我いゑの人 あるかきり めし
あつめての給はく たつのくひに 五色にひかるたまあんなり それとりて たてまつりたらむ
人には ねかはん事をかなえんとの給 おほせ事を おのこともうけ給りて 申さく おほせ
事は いともたふとし たゝし たはやすく そのたまえとらしを 人いはむや たつのくひ
のたまをは いかゝとらむと申 大納言の給ふ 天のつかひといはむ物を いのちをすてても
おのか君のおほせ事をは かなへむとこそおもふへけれ このくにゝなき 天ちくの もろこ
しの物にもあらす このくにのうみ山より たつはをりのほる いかにおもひてか きくちに
かたき物をと申へき おのことも申やう さらは いかゝはせん かたき事なりとも おほせ
事にしたかひて もとめにまからむと申に 大納言見すまゐて なんちか 君のつかひと名を
なつかしつる 君のおほせ事をは いかゝそむくへき

[12b]
との給て たつのくひのたまをとりに いたしたてたまふ この人\/のりてくる物に との
ゝうちのきぬ わた せになと あるかきりとりいてゝ そへてつかはす この人ともの か
へりくるまて いもゐをして我はおらむ このたまとりては いゑにかへりくるとの給はせけ
り おほせ事をうけたまはりて おの\/まかりいてぬ たつのくひのたまとりえすは かへ
りくなとのたまへは いつちも\/ あしのむきたらむかたへいなす かゝるすき事をし給と
そしりあへり たまはせたるもの おの\/わけつゝとる あるいは おのかいゑにこもりゐ
ぬ あるいは をのかゆかまほしきところへいぬ をや君と申とも かくつきなきことを お
ほせたまふことゝ はかりゆかぬ物ゆへ 大納言をそしりあへり かくやすへんには れいの
やうには みにくしとの給ひて うるはしき屋をつくり給て うるしをぬり まきえして 屋
のうゑに いとをそめて 色\/にふかせ給ふ うちのしつらひ いふへく

[13a]
もあらす あやをり物にえをかきて まことははりたり もとのめともは かくやひめ かな
らす あらんまうけをして もとのきたのかたとは うとくなりて ひとりあかしくらし給 
つかはせし人ともは よるひるまち給に としふるまて おともせて 心もとなかりて たゝ
とねり二人めしつきとして やつれ給て なにはのほとりに むまにのりていまして とひ給
こと おほともの大納言とのゝ人や ふねにのりて たつころして そかくひのたまとれりと
やきゝし ととはするに ふる人こたへていはく あやしき事かなとわらひて もはら さる
わさするふねもなしと申に おちなき事する ふな人にもあるかな えしらて かくいふとお
ほして わかゆみのちからは つよきを たつあらは ふといころして くひのたまはとりて
ん をそくくるやつはらを またしとの給 ふねにのりて うみことにありき給に いととを
くて つくしのかたのうみに こきいてぬ いかゝし

[13b]
けん はやきかせふきて せかいくらかりて ふねをふきもてありく いつれのかたと見えす
ふねは うみ中にまきいりぬへく ふきまはして なみは ふねにそちりけつ まきいれ 神
は おちかゝるやうに ひらめく かゝるに 大納言はまとひて またかくわひしきめ見す 
いかゝすへき いかならむとするそ との給に かちとりこたへて申 こゝらふねにのりて 
まかりありくに またかたわひしきめを見す みふね うみのそこにいらすは 神をちかゝり
ぬへし もし さいはゐに 神のたすけあらは なむかい道に ふかれおはしましぬへるめり
うたゝあるぬしの みともにつかふまつりて すゝろなるしにを すへかめるかな とかちと
り申 大納言 これをきゝての給はく ふねにのりては かちとりの申事をこそ たかき山と
たのめ なとかくたのもしけなくは申そと つらつえをつきての給ふ かちとり申 神ならね
は なにわさをか つかうまつらむ かせふき なみこそはけしけれとも 神

[14a]
さへ いたゝきにをちかゝるやうなるは たつをころさむと もとめ給へはあるなり はやて
も りうのふかするなり はや神にのり給へといふ よき事なりとて かちとりの御神きこし
めせ 心をさなく たつをころさむとおもひけり いまよりのちは けのすゑ一すちをたに 
うこかしたてまつらしと よひことはをはなちて たちゐ なく\/おかみ給ふ事 千くりは
かり 申給けにやあらん やう\/神なりやみぬ やう\/すこしひかりて 風はなをはやく
ふく かちとりいはく されはよ たつのしわさにこそありけれ このふく風は よきかたの
かせなり あしきかたのかせにはあらす よきかたにおもむきて ふくなり といへとも 大
納言 これをもきゝいれ給はす 風二三日ふきて ふきかへしよせたり そのはまをみれは 
はりまのくに あかしのはまなりけり 大納言 なんかいのはまに うちよせられたるにや 
あらむとおもひて いきつき ふし給へり ふねにある

[14b]
おのことも くにゝつけたれとも くにのつかさまうてとふらふにも えおきあかり給はて 
ふなそこにふし給へり 松はらに御むしろしきて おろしたてまつる そのときにそ なむか
いにはあらさりけりとおもひて からうして をきたまへるをみれは 風いとおもき人にて 
御はらふくれ こなたかなたの御目には すもゝを二つけたるやうなり これを見て くにの
つかさも みなおほゑみたり くにゝおほせ給て たこしつくらせ給て によう\/ になは
れのほりたまひて いゑにいり給へるを いかてかきゝ給けむ たつのくひの玉を えとらさ
りしかは なむ波にもえまいらさりし たまのとりかたかりし事を しり給にけれはなん か
んたうあらしとて まいりつると申 大納言 おきゐての給はく なんちら よくもてこすな
りぬ たつは なるかみのるゐにこそありけれ それかたまをとらんとて そこらの人々の 
かいせられなんとすかなりけり まして たつをとら

[15a]
へたらましかは 又ともせす われはかいせられなまし よくとらへすなりける かくやひめ
といふ おほぬす人のやつか 人をころさむとするなりけり いゑのあたりをたに いまはと
をらし おのこともゝ なありきそとて いゑにすこし のこりたりける物を たつのたまと
らぬ物ともにたひつ これをきゝて はなれ給にしもとのうゑ はらをきりてわらひ給ける い
とをふかせてつくりし屋は とひからすのすに みなくひもていにけり せかいの人のいひけ
る おほともの大納言は たつのくひのたまや とりておはしたるといひけれは ある人あり
て いかなるもあらす みまなこ二に すもゝのやうなるたまを そろへていましたると い
ひけれは あなたへかた といひけるよりそ よにあらぬ事をは あなたへかたと いひはし
めける 中納言いそのかみまろたり いゑにつかはるゝ おのことものもとに つはくらめの
すくひたらは つけよとの給を うけ給はりて なにのようにかあらんと申

[15b]
こたへ給 つはくらめのもちたる こやすかいをとらんと の給けれは をのことも こたへ
て申 つはくらめは あまたころして見るたにも はかなき物なり たゝし 子うむ時なむ 
いかてか いたすらん はへると申 人見れは うせぬなりと申 又人の申やう おほゐつか
さの いゝかしく屋のむねに つゝのあなことに つはくらめは すをくい侍り それは ま
めならむをのこともを ゐてまかりて あくらをゆひあけて うかゝはせんにこそ つはくら
めやは さてこそとらしめ給はめと申す 中納言よろこひ給て おかしき事にもあるかな も
とよりしらさりけりと けうあること申たりとの給て まめなるおのことも 廿人はかり つ
かはして あならひに あけすへられたり 殿より つかひひまなくて こやすかいとりたる
かと ゝはせたまふ つはくらめも 人のあまた のほりゐたるにをちて のほりこす かゝ
るよしを申たれは 中納言 これをきゝて いかゝ

[16a]
すへきと おほしあつかふに かのつかさの官人 くらつまろといふおきな申やう こやすか
いとらせ給はんと たはかり申さむとて 御まへにまいりたれは 中納言 ひたひをあはせて
むかゐゐ給へり くらつまろか申やう このつはくらめの こやすかいは あしくたはかりて
とらせたまふなり さては えとらせ給はし あならひにおとろ\/しく 廿人のひと のほ
りて侍れは あれてこす せさせ給ふへきやうは みな このあなゝひをこほちて 人みなし
りそきて まめならむ人はかりを あらこにのせすへて つなをかまへて とりの 子うまん
あひたに つなをつりあけさせて ふとこやすかい やすらかにとらせ給ひてん よかるへき
と申 中納言の給はく よき事なりとて すみやかに あならゐこほちて 人みなかへりぬ 
中納言 くらつまろにの給はく つはくらめをは いかならむ時にか こうむとしりて 人を
はあくへきとの給 くらつまろか申やう つはくらめは こうまむとする時は

[16b]
をゝさしあけて 七度めくりてなむ こはうみいたす さて 七度めくらむをり ひきあけて
こやすかいは とらせたまへと申に 中納言よろこひて よろつの人にも しら給はて みそ
かにつかさにいまして をのこともの中にましりて よるをひるになして とらしめ給ふ く
らつまろか申を いといたくよろこひ給て の給 こゝにて つかはるゝ人にもなきに ねか
ひをかなふることの うれしさとのたまひて 御そぬきて かつけさせ給て さらは ゆふさ
り このつかさにいまして見給に まことに つはくらめすつくれり くらつまろ申やうをうけ
てめくるに あらこに人をのせて つりあけさせて つはくらめのすに てをさし入させて 
さくるに 物もなしと申に 中納言 あしくさくれは なきなりと はらたち給て たれかは
我はかりおほえんとて われのほりて さく覧とのたまひて こにのりて つられのほりて 
うかかいたまへるに つはくらめ をはさゝけて いたくめくるにあはせて ゝ

[17a]
をさゝけて さくり給に てにひらめく物さはるときに 我 物にきりたり いまはをろして
よ おきな しみたりとのたまふに あつまりて とくおろさむとて つなをひきすくして 
つなたゆる すなはち やしまのかなへのうゑに のけさまにおち給へり 人々あさましかり
て かゝへたてまつれり 御目はしゝめてふし給へり 人は水をすくひいれたてまつるに か
らうして いき出給へるに 又かなへのうゑより てとる あしとる さけおろしたてまつる
からうして 御心ちはいかゝおほしめさるゝとゝへは いきのしたに 物はすこしおほゆれと
も こしなんえうこかさぬ されとも こやすかいを ふとにきりもたれは うれしくおほゆ
るなり まつ しそくさして このかいのかほ見むと 御くしもたけて 御てをひろけ給へる
に つはくらめの まりおきたるくそを にきり給へるなりけり それを見給て あなかひな
のわさやと の給けるよりそ おもふにたかふことを

[17b]
は かひなしとは いひはしめける かいにもあらすと 見給ひけるに 御こゝちもたかひて
からひつのふたに いれられ給て いゑにいてたてまつる くるまにのり給へくもあらす 御
こしはおれにけり 中納言は かくわらはけたるわさしてやむと 人にきかせしとし給けれと
それをやまひにて いとよはくなりたまひにけり かいをもえとらすなりぬるよりも 人のき
ゝわたらむこと 日にそへておもひ給けれは たゝにやみしぬるよりも 人きゝのはつかしく
おほえ給なりけり これを かくやひめきゝて とふらひにやるうた
 としをへて なみたちよらぬ すみよしの まつかひなしと きくはまことか
とあるをよみてきかす いとよはき心ちに かしらもたけて 人にかみをもたせて くるしき
心ちに からうしてかき給ふ
 かひはなく ありける物を わひはてゝ しぬるいのちを すくひやはせぬ
とかき侍まゝに たえいり給ぬ これをきゝて かく

[18a]
やひめ すこしあはれとおほしける それよりして うれしきことをは かひありといひける
さてかくやひめ かたちの世に似す めてたきを みかときこしめして さりとも 我めさ
むには まいらさらむやはと おほしめして 内侍 なかとみのふさこにのたまはく おほく
の人の身を いたつらになして あはさなるかくやひめ いとけうらにおはすなり よく見て
まいるへきよし の給へるになむ まいりきつるといへは さらは かく申侍らんと いひて
いりぬ かくやひめのもとに はや このつかひに たいめんし給へといへは かくやひめ 
よきかたちにもあらす いかてか 見ゆへきといへは うたて物の給かな はや たいめんし
給へ 御かとの君の御つかひは いかてか おろかにせんといへは かくやひめのこふるやう
御かとのめして のたまはんこと けしうかしこしともおもはすといひて さらに見ゆへくも
あらす うめる子のやうにあれと いと心はつかしけに おろそかなるやう

[18b]
にいひけれは 心のまゝにもえせす おきな内侍のもとにかへりいてゝ くちをしく このを
さなきものは こはく侍物にて たいめんすましと申 いかて かならす見てまいれと おほ
せ事は まことも世にすみ給はむ人の うけ給はりたまはてありけんや いはれぬ事なし給そ
と ことはははけしういひけれは これ おほせ事そむかは はやう ころし給てよかしとい
ふ 内侍かへりまいりて かくやひめの 見えすなりぬる事を ありのまゝにそうす 御かと
きこしめして おほくの人ころしてける 心そかしとの給て やみにけれと なをおほしおは
しまして この女のたはかりにや まけんとおほして おほせたまふ なむちかもちて侍る 
かくや姫たてまつれ かほかたちよしときこしめして 御つかゐをたひしかと かひなく 見
えすなりにけり かくたい\/しくやは ならはすへきとおほせらるゝ おきなうけ給はりて
御返事申やう このめのはらは

[19a]
たえて 宮つかへつかうまつるへくもあらす侍を もてわつらい侍 さりとも まかりて お
ほせ給はむとそうす これをきこしめして おほせたもふ なとか おきなの心にまかせさ覧
この女 もし たてまつる物ならは おきなにかうふりを なとか たはさらむとおほせ給 
おきなよろこひて いゑに返て かくやひめにかたらふやう かくなむ御かとのおほせ給へる
なをやは つかうまつりたまはぬ といへは かくやひめ こゝへていはく もし さやうの
宮つかへ つかうまつらしとおもふを しゐて つかうまつらせ給はゝ えいけるましく き
えうせなむす みつから かうふりたてまつるをおもひて いかゝはせむ 一時はかり つか
うまつりて しぬはかりなり おきないらふるやう かくゆゝしき事な給そ つかさかうふり
も 我こを見たてまつらすは なにゝかはせむ さはありとも なとか 宮つかひをし給はさ
らむ かゝらんに しに給へきやうやはあるといふ なをそら事かと つかうまつらせて し
なすやはあると 心み給へ

[19b]
あまたの人の心さし おろかならさりしを むなしくなしてき ひとのおもひは おとれるも
まされるも おなし事にてこそあれ 昨日けふも みかとのゝ給はんに つかひ 人きゝやさ
しといふ おきなこたへていはく 天下の事は ありとも かゝりとも みいのちのあやうき
おほきなるさはりなれは なをかなへつかうまつるましきことを 申さむとて まいりて申や
う おほせことのかしこさに めのわらはをまいらせんと つかうまつれは 宮つかへいたし
たては たゝしぬへしと申 宮つこまろかてに うませたる子にもあらす むかし 山にみい
てたる物に侍り かゝれは 心はせも 世にゝすそ侍と そうせさす みかと きかせをはし
まして へんけの物にて さいふにこそ いかゝはせむ 御覧しにたにも いかてか御らんせ
むと おほせ給ふ これを いかゝせむとそうせさす みかとおほせ給はく 宮つこまろかい
ゑは 山もちかくなり 御かりに 御行し給はむやうにては 見てんやとの給へは 宮つこま
ろか申やう

[20a]
いとよき事也 なに心もなくて侍らんに ふとみゆきして 御覧せんに 御らんせられなむと
そうすれは みかとおほせ給はく にはかに日をさためて 御かりに出給 みかりし給て や
かて かくやひめのいゑに いたり給て見給に ひかりみちて けうらにてゐたる人あり こ
れなむとおほして にけいる袖をとらへ給へれは おもてをふたきて にけあへて おもてに
袖をおいて さふらひけれは はしめよく御覧してけれは たくひなく めてたく おほえさ
せ給て ゆるさしとすとて いてをはしまさむとてするに かくやひめ こたへてそうす を
のか身は このくにゝむまれて侍らはこそ つかい給め いと 出おはしましかたくや 侍ら
んと きこゆ みかと なとかさはあらむ なをしいて おはしなんとおほせ給て 御こしよ
せ給ふに このかくやひめ きと人のかけになりぬ はかなく くちをしとおほしめして け
に たゝ人にはあらさりけりと おほしめして さらは 御と

[20b]
もにはいていかし もとの御かたちとなり給ね それを見てたに かへりなんと おほせらる
れは かくやひめ れいのさまになりぬ みかと なをめてたく おほしめさるゝこと せき
とめかたし かく見せつる 宮つこまろ よろこひ給 さて つかうまつる百官の人\/に 
あるしいかめしくつかうまつる みかと かくやひめをとゝめて 帰り給はん事を あかすく
ちをしく おほしけれは たましゐも とゝめたる心ちしてなん かへらせ給ける 御こしに
たてまつりてのちに かくやひめに
 かへるさの み行ものうく おほゝへて そむきてとまる かくやひめゆへ
かくやひめの返し
 むくらはふ したにもとしを へぬる身を なにかはたまの うてなをも見む
これを みかと御覧して いとゝ かへり給はむそらもなくおほさる 御心は さらにたちか
へるへくも おほされさりけれと さりとて よをあかし給へきにあ

[21a]
らねは かへらせ給ぬ つねにつかうまつる人を見給に かくやひめのかたはらに よるへく
たにあらさりけり こと人よりは けうらなりと おほしけるひとの かれにおほしあはすれ
は 人にもあらす かくやひめのみ 御心にかゝりて たゝひとりすみし給ふ よしなく か
た\/にもわたり給はす かくやひめの御もとに 文をかきてかよはせ給ふ 御かへり さす
かににくからす きこへかはし給て おもしろく木草につけても 御うたをよみてつかはす 
かやうにて 御心をたかひに なくさめ給ふほとに みとせはかりありて 春のはしめより 
かくやひめ 月のおもろうゐてたるを見て つねよりも 物おもひたるさまなり あるひとの
月のかほ見るは いむことゝせいしけれとも ともすれは ひとりまほにも月を見ては いみ
しくなき給ふ 七月十五日の月にいてゐて せちに物おもへるけしきなり ちかくつかはるゝ
人々 竹とりの

[21b]
おきなにつけていはく かくや姫 れいも月をあはれかり給へとも この比となりては たゝ
ことにも侍らさめり いみしく おほしなけく事あるへし よく\/ 見たてまつらせ給へと
いふをきゝて かくやひめにいふやう なんてう心ちすれは かく物をおもひたるさまにて 
月を見給ふそ ふましき世にといふ かくやひめのいはく 月見れは せけん心ほそく あはれ
に侍る なてう物をか なけき侍るへき といふに かくやひめのある所に いたりてみれは
なを物おもへるけしきなり これをみて あかほとけは なに事をおもはせ給そ おほすらん
こと なにことそといへは おもふ事もなし 物なん心ほそくおほゆる といへは おきな 
月な見給そ これを見給へは 物おほすけしきはあるそといへは いかてか 月を見てはあら
んとて なを月いつれは 出ゐつゝ なけきおもへり ゆふやみには 物おもはぬけしきなり
月

[22a]
のほとになりぬれは なを時\/は うちなけきなとす これをつかふものものとも なを物おす
事あるへし とさゝやけと おやをはしめて 何事ともしらす 八月十五日はかりの 月に出
ゐて かくやひめ いといたくなき給ふ 人めもいまはつゝます なきたまふ これを見て 
おやとも なに事そと とひさはく かくやひめなく\/いふ さき\/も 申さむとおもひ
しかとも かならす心まとはし給はん物そとおもひて いままて すこし侍りつるなり さの
みやはとて うちいて侍ぬるそ をのか身は このくにの人にもあらす 月の宮こ人なり そ
れをなむ むかしのちきり ありけるによりてなん このせかいにはまうてきたりける いま
は かへるへきほとになりにけれは 十五日に かのもとのくにより むかへに人々まうてこ
んとす さらにまかりぬへけれは おほしなけかんか かなしき事を この春より おもひな
けき侍る

[22b]
なりといひて いみしくなくを おきな こはなてうことのたまふそ 竹の中より 見つけき
たりしかと なたねのおほきさおはせしを わかたけたちならふまて やしなひたてまつりた
るわか子を なに人か むへにこむ まさにゆるさむやといひて われこそしなめとて なき
のゝしること いとたへかたけなり かくやひめのいはく 月のみやこの人にて ちゝはゝあ
り かたときのあひたとて かのくにより まうてこしかとも かくこのくにゝは あまたの
としを へぬるになんありける かの国の ちゝはゝの事おほえす こゝには かく久しく 
あそひならひたてまつれり いみしからん心ちもせす かなしくのみある されと をのか心
ならす まかりなんとするといひて もろともにいみしうなく つかはるゝ人々も とし比な
らひて たちわかれん事を 心はへなと あてやかに うつくしかりつる事を 見ならひて 
こいしからんことの

[23a]たへかたく ゆみつものまれす おなし心に なけかしかりけり このことを 御かときこし
めして 竹とりかいゑに 御つかゐつかせ給 御つかひに 竹とり出あひて なく事かきりな
し この事をなけくに ひけもしろく こしもかゝまり めもたゝれにけり おきな ことし
五十はかりなりけれとも 物おもふには かた時になん おひになりにけると見ゆ 御つかひ
おほせ事とて 翁にいはく いと心くるしく 物おもふなるは まことにかと おほせ給ふ 
竹とり なく\/申 この十五日になむ 月のみやこより かくやひめのむかへに まうてく
なり たうとくとはせ給ふ この十五日には 人々給て 月のみやこ人 まうてこは とらへ
させんと申 御つかひ かへりまいりて 翁のありさま申て そうしつる事とも申を きこし
めして のたまふ 一め見給し御心にたに わすれ給はねは あけくれ見なれたる かくやひ
めをやりて いかゝおもふへき

[23b]
かの十五日に つかさ\/におほせて ちよくし 少将 たかのゝおほくにと いふ人をさし
て 近衛のつかさあはせて 二千人のひとを 竹とりかいゑにつかはす 家にまかりて つゐ
ちのうへに千人 屋のうゑに千人 家の人々 いとおほかりけるにあはせて あけるひまもな
くまもらす このまもる人々も ゆみやをたいしてをり 屋のうちには 女ともを はんにお
りてまもらす 女 ぬりこめのうちに かくやひめをいたかへてをり 翁も ぬりこめのとを
さして とくちにをり 翁のいはく かはかりしてまもる所に 天の人にもまけんやといひて
屋のうへにをる人々にいはく 露の物もそらにかけらは ふといむしたくし給へ まもる人々
のいはく かはかりしてまもる所に かはり一たにあらは まついころしてむ ほこにさゝけ
けとおもひ侍といふ 翁 これをきゝて たのもしかりをり これを聞て かくやひめは さ
しこめて まもりたゝかふへき

[24a]
したくをしたりとも あのくにの人には みなあきなむす あひたゝかはむ人もあらし 翁の
いふやう むかへにこむ人をは なかきつめして まなこをつかみつふさむ さかゝみをとり
て かなくりおとさん さかしりをとりて こゝらのおほやけ人に見せて はちを見せんと 
はらはちをる かくや姫いはく こはたかに なのたまひそ 屋のうへにをる 人とものきく
に いとまさなし いますかりつる心さしともを おもひもしらて まかりなむする事の く
ちをしう侍りけり なかきちきりのなかりけれは ほとなく まかりぬへきなめりとおもふか
かなしく侍なり おやたちのかへりみを いさゝかたにつかうまつらて まからむみちも や
すくもあるましきに 日ころもいかてゐて ことしはかりのいとまを申つれと さらに ゆる
されぬよりてなん かくおもひなけき侍る 御心をのみまとはし侍て まかりなむことのかな
しさ たへかたく侍なり かの宮こ人は いとけうらに

[24b]
おはせす おもふことなく めてたく侍也 さる所へ まからむする事 いみしくもおほえす
おひをとろへ給へる御さまを 見たてまつらさらむこそ こひしからめと いひてなく おき
ないはく むねいたき事なの給ひそ なとうるはしき すかたある つかひにもさはらしと 
ねたみをり かゝるほとに よゐうちすきて ひかりたり もち月のあかさ 十あはせたるは
かりにて ある人の けのあなさへ 見ゆるほとなり 大そらより 人くもにのりて おりき
て つちより五尺はかり あかりたるほとに たちつらねたり これをみて うちなる人の心
とも 物におそはるゝやうにて あひたゝかはん心もなかりけり からうして おもひおこし
て ゆみやをとりたてむやとすれとも てにちからもなくなりて なへかゝりたり なかに心
さはかしき物 ねんしていむとすれは ほかさまへいきけれは あひもたゝかはて 心ちたゝ
しれにしれて まもりあへり たてる人ともは さう

[25a]
そくのきよらなること 物にもにす とふくるま 一くしたり ひやかひさしたり その中に
わうとおほしき人 宮つこまろも 物にゑいたる心ちして うつふしにふせり いはく なむ
ち をさなき人 いさゝかなるくとくを おきなつくりけるによりて なんちかたすけにとて
かた時のあひたとおもひて くたしたりき そこらのこかねを給はりて 身をかへたるかこと
なりにたり かくや姫は つみをつくり給へりけれは かくいやしきをのれかもとに しはし
をはしつるなり つみのかきりはてぬれは かくむかふるを 翁はなきなけく あたはぬ事な
り はやいたしたてまつれといふ おきなこたへて申 かくやひめを やしなひたてまつるこ
と 廿よねんになりぬ かた時とのたまふに あやしく成侍ぬ 又こと所に かくやひめと申
人そ おはす覧といふ こゝおはするかくや姫は おもきやまひをし給へは えこそいてをは
しますましと申せは その返事はなくて 屋のうへにとふくるまをよせて いさ かくや

[25b]
ひめ きたなき所に いかてか ひさしくをはせんといふ たてこめたる所の戸 すなはち た
ゝあきにあきぬ をんなのいたきたるかくやひめ とにいてぬ えとゝむましけれは たゝさ
しあふきてなきをり 竹とりか心まとひて なきふせる所によりて かくや姫いふ こゝにも
心あらて かくまかるに のほ覧をたに 見をくり給へといへとも なにしにかは かなしき
に みをくりたてまつらん われをいかにせよとて すてゝのほり給ふそ くしてをはせとな
けきいりてふせれは 御心まとひにたり ふみをかきをきてまからん こひしからんおり\/
とりいてゝ見給へとて うちなきて かくこと葉は このくにゝ むまれぬるとならは なけ
かせたてまつらぬほとまて侍らて すきわかれ侍ぬるこそ 返々ほいなく侍れ ぬきをくきぬ
を かたみにみたまへ 月のいてたらん夜は 月を見おこせ給へ 見すてたてまつりてまかる
は そらよりおちぬへき 心ちするとかきをく 天人の中に もたせたる

[26a]
はこあり あまのはころもいれり また あるはこには ふしのくすりもたせたり ひとりの
天人いはく つほなる御くすりたてまつれ きたなきところの物めしたれは 御心ちあしから
む物そといひて いさゝかなめ見給て すこしかたみとて ぬきをくきぬに つゝまむとすれ
と ある天人ありて つゝませす 御そをとりいてて きせんとす その時 かくや姫 しは
しまてといふ きぬきつる人は 心ことになるなりといひて 物ひとことは いふへき事あり
けりとて 文かく 天人 をそしとて 心もとなかり給 かくやひめいふ かく物おもひしらぬ
事なの給そといひて いみしくしつかに 大やけに文たてまつり給ふ あはてぬさまなり か
やうに あまたの人をたまひて とゝめさせ給へと ゆるさぬむかへ まうてきて とりいて
まかりぬれは くちをしくかなしきこと 宮つかへ つかうまつらすなりぬるも かくかくわつ
らはしきみにて侍れは 心えす おほしめされつらめとも こゝろつよく うけたまはらすな
りにしを なめけなる物にのみ おほし

[26b]
とゝめられぬるなむ 心にいとゝ とゝまり侍ぬるとて
 いまはとて あまのはころも きる時そ 君をあはれと おもひ出ぬる
ときこえて つほのくすりそへて 頭中将をよひよせて たてまつらす 天人 とりてつたふ
中将とりつれは ふとあまのはころもを きてたてまつりつれは 翁いとをしとおほしつる心
もうせぬ このきぬきつる人は 物おもひなくなりぬれは くるまにのりて 百人はかりの天
人にくしてのほりぬ そのゝち おきなも ちのなみたをなかして よはひとかひなし かの
かきをきしふみ よみきかせけれは なにせんにか いのちをしからむ たかためにか なに
事も なにかはせむとて ようなしとて くすりもくはす やかて おきもあからて やみふ
せり 中将 人\/ひきつらねて かへりまいりて かくやひめを えたゝかいとめすなりぬ
るよしを こま\/とそうす くすりのつほに 文をそへてまいらす ひきあけて御覧して 
いとゝいたく あはれからせ給ふ 物きこしめさす こと御あそひなともなかりけり 大臣か
むたちめを

[27a]
はしめてとはせたまふいつれの山かてんはちかきとある人こたへて
そうすするかのくになる山なむこの宮もちかく天もちかく
侍なるとそうすこれをきかせ給てかくやひめのうたの返しかゝせ給
 あふことのなみたにうかむ我身にはしなぬくすりもなにゝかは
せむかのたてまつれるふしのくすりのつほそへて御つかひに
給はすちよくしつかはす月のいはかとゝいふ人をめしてかのする
かの國にある山のいたゝきへもてとつくへきよしおほせ給ふ
みねにてすへきやうををしへ給文ふしのくすりのつほを
ならへて火をつけてもやすへきよしをおほせたまふそのよしを
うけ給はりてつはものともあまたくしてなむかの山へはのほり
けるそのふしのくすりをやきてけるよりのちはかの山の名を
はふしの山とはなつけゝるいまたそのけふりくものなかへたち
のほるとそいひつたへたる

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 もむけとゝせあまりふたとせ
   なかつきころうつす   なかとき