古活字十行甲本『竹取翁物語』


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書誌情報
・慶長(1596-1615)年間の刊行 一面10行、一行16-17字 古活字本では最も古い部類に属する
 奥書:「竹取翁物語秘本申請興行之者也」(竹取翁物語、秘本ヲ申シ請ケ、之ヲ興行スル物也)
 活字・書式が同種で、類似した奥書「住吉物語依少人御所望以秘本興行也」を持つ古活字本住吉物語が存在する 何らかの連関があると思われる
 また、徳本正俊氏蔵本(元和頃写)はほぼ同じ奥書「竹取翁物語秘本申請令書写之者也」を持ち、中田氏は十行甲本の底本と推定している
・安田文庫(横山重)旧蔵・国立国会図書館蔵
 他に片桐洋一氏蔵本が存在し、日本古典文学全集(小学館)を始めとする片桐氏校註竹取の底本として用いられている
・本文は流布本第3類第3種:ロ種
・新井信之『竹取物語の研究 本文篇』(国書出版・1944年)のPDFをOCRによってデータ化し、中田剛直『竹取物語の研究 校異篇・解説篇』(塙書房・1965年)の本文を参照しながら手動で修正したもの
・〔2018.10/7〕国会図書館蔵本(新井翻刻・中田翻刻の原本)の画像を以て再度校正し、体裁を原本と同じく改め、本文上注意が必要な箇所は*を付し、[]内に注釈を付記した
・〔2018.10/20〕づなうじさんに頂いた誤字衍字の御指摘を元に再校 御礼申し上げます
・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス


いまはむかしたけとりの翁といふもの
有けり野山にましりて竹をとりつゝ
萬の事につかひけり名をはさるきの
みやつことなんいひける其たけの中
にもとひかるたけなん一すちありけり
あやしかりてよりて見るにつゝの中ひ
かりたりそれをみれは三寸はかりなる
人いとうつくしうてゐたりおきないふ
やう我朝こと夕ことにみるたけの中に
おはするにて知ぬ子に成給ふへき人な

めりとて手にうち入て家へもちてきぬ
めの女にあつけてやしなはすうつく
しき事限なしいとをさなけれはこに入
てやしなふ竹とりのおきなたけを取に
此子を見つけて後に竹とるにふしを
へたてゝよことにこかねあるたけをみ
つくる事かさなりぬかくておきなやう
\/ゆたかに成行此児やしなふ程に
すく\/とおほきになりまさる三月
はかりになる程によき程なる人になり

ぬれは髪あけなとさうしてかみあけさ
せもきすちやうのうちよりも出さすい
つきやしなふ此児のかたちのけそう
なること世になく屋のうちはくらき所
なくひかりみちたりおきな心ちあしく
くるしき時もこの子を見れはくるしき
事もやみぬはらたゝしき事もなくさ
みけり翁竹をとる事久く成ぬいきをひ
まうのものに成にけり此子いとおほきに
成ぬれは名をみむろといむへのあきた

をよひてつけさすあきたなよ竹のかく
や姫とつけつ此程三日うちあけあそふ
萬のあそひをそしける男はうけきらは
すよひほとへていとかしこくあそふ世
界のをのこあてなるもいやしきもいかて
此かくや姫をえてしかな見てしかなと
音にきゝめてゝまとふそのあたりの
かきにも家のとにもをる人たにたはや
すく見るましき物をよるはやすきいも
ねすやみの夜に出てもあなをくしり

かひまみまとひあへりさる時よりなん
よはひとはいひける人の物ともせぬ所
にまとひありけ共何のしるしあるへく
も見えす家の人ともに物をたにいはん
とていひかくれ共ことゝもせすあたり
をはなれぬ君たち夜をあかし日を暮す
おほかりをろかなる人はようなきあり
きはよしなかりけりとてこすなりにけり
其中に猶いひけるは色好といはるゝ
限五人思ひやむときなくよるひる来り

けりその名とも石つくりの御子くらも
ちのみこ左大臣あへのみむらし大納言
大伴のみゆき中納言いそのかみのもろ
たり此人々なりけり世中におほかる人
をたにすこしもかたちよしときゝては
見まほしうする人ともなりけれはかく
や姫を見まほしうて物もくはすおもひ
つゝかの家に行てたゝすみありきけれ
とかひあるへくもあらす文をかきてや
れ共返事もせすわひうたなとかきて

をこすれ共かひなしと思へと霜月し
はすのふりこほりみな月のてりはたゝ
くにもさはらすきたり此人々ある時は
竹とりをよひ出てむすめを我にたへとふ
しおかみ手をすりの給へとをのかな
さぬ子なれは心にもしたかはすなんある
といひて月日すくすかゝれは此人々家
にかへりて物をおもひいのりをし願を
たつ思ひやむへくもあらすさりともつ
ゐに男あはせさらんやはと思ひて頼を

かけたりあなかちに心さしを見えあり
く是をみつけて翁かくや姫にいふやう
我子の佛変化の人と申なからこゝら
おほきさまてやしなひ奉る心さしをろか
ならすおきなの申さん事聞給てむ
やといへはかくや姫何事をかの給はん
ことはうけたまはらさらんへんけのもの
にて侍けん身共しらすおやとこそ思ひ奉
れといふ翁嬉しくもの給ふ物哉といふ
翁年七十にあまりぬけふともあすとも

しらす此世の人は男は女にあふ事をす
女は男にあふことをす其後なん門ひろ
くもなり侍るいかてかさる事なくては
おはせんかくやひめのいはくなんてう
さることかし侍らんといへは変化の人
と云共女の身もちたまへり翁のあらん
限はかうてもいますかりなむかし此
人々の年月をへてかうのみいましつゝ
の給ふ事を思ひさためてひとり\/
にあひ奉給ねといへはかくや姫いはく

よくもあらぬかたちをふかき心もしらて
あた心つきなは後くやしき事もあるへ
きをと思はかり也世のかしこき人なり共
ふかき心さしをしらてはあひかたしと
なん思といふ翁いはくおもひのことく
もの給かな抑いかやうなるこゝろさしあ
らん人にかあはんとおほすかはかり心
さしをろかならぬ人々にこそあめれ
かくやひめのいはくなに計のふかきを
か見んといはんいさゝかの事也人の心

さしひとしかん也いかてか中にをとり
まさりは知ん五人の中にゆかしき物
をみせ給へらんに御心さしまさりたり
とてつかうまつらんとそのおはすらん
人々に申給へといふよき事なりと
うけつ日くるゝ程れいのあつまりぬ或
は笛をふき或は哥をうたひ或はしやう
かをし或はうそをふき扇をならしなと
するに翁出ていはく忝なくきたなけ成
所に年月をへて物し給事きはまりたる

かしこまりと申翁の命けふあすとも
しらぬをかくの給君たちにもよく思ひ
定てつかうまつれと申も理也いつれも
をとりまさりおはしまさねは御心さし
の程は見ゆへしつかうまつらん事は
それになんさたむへきといへはこれ
よき事也人のうらみもあるましといふ
五人の人\/もよき事なりといへは翁
いりていふかくや姫石つくりの御子には
仏の御石のはちと云物ありそれを取て

給へといふくらもちの御子には東の海
にほうらいと云山あるなりそれにしろ
かねをねとし金をくきとし白き玉を
みとしてたてる木ありそれ一枝おりて
給はらんと云今獨にはもろこしにある火
ねすみのかはきぬをたまへ大伴の大納言
にはたつのくひに五色にひかるたま
ありそれをとりて給へいそのかみの中
納言にはつはくらめのもたるこやすの
貝取て給へと云翁かたきことにこそあ

なれ此国に有物にもあらすかくかたき
事をはいかに申さんと云かく姫何かかた
からんといへは翁とまれかくまれ申
さむとていてゝかくなむ聞ゆるやうに
見給へといへは御子たち上達*部聞てお   [*部:「部」の異体字]
いらかにあたりよりたになありきそと
やはの給はぬといひてうんして皆帰ぬ
猶此女見ては世にあるましき心ちのし
けれは天竺に有物ももてこぬ物かはと思ひ
めくらして石つくりの御子はこころの

したくある人にて天竺に二となきはち
を百千万里の程いきたりともいかてか取
へきと思ひてかくや姫のもとにはけふ
なん天ちくへ石のはちとりにまかると
きかせて三年はかり大和の國とをちの
*こをりにある山寺にひんするのまへ   [*こをり:校異篇「こほり」とするが誤り]
なるはちのひたくろにすみつきたるを
とりてにしきのふくろに入て作り花の
枝につけてかくやひめの家にもてきて
みせけれはかくや姫あやしかりて見れ

ははちの中に文ありひろけて見れは
 うみ山の道に心をつくし果ないしの
はちの涙なかれきかくやひめ光やあると
見るにほたるはかりの光たになし
 をく露の光をたにもやとさましを
をくらの山にて何もとめけんとて返し
いたすはちを門にすてゝこの哥のか
へしをす
 しら山にあへはひかりのうするかと
はちをすてゝも頼まるゝかなとよみて

入たりかくやひめかへしもせす成ぬ耳
にも聞いれさりけれはいひかゝつらひて
帰りぬ彼はちをすてゝ又いひけるより
そおもなきことをははちをすつるとは
云けるくらもちの御子は心たはかりある
人にておほやけにはつくしの國にゆあ
みにまからんとていとま申てかくや姫
の家には玉のえたとりになんまかると
いはせてくたり給につかふまつるへき
人\/みな難波まて御送りしける御子

いと忍ひてとの給はせて人もあまたゐ
ておはしまさすちかうつかふまつる限
して出給ひ御送りの人\/み奉をくり
てかへりぬおはしましぬと人には見え
給ひて三日はかりありてこきかへり給
ぬかねてこと皆仰たりけれは其時ひとつ
のたからなりけるかちたくみ六人を召
とりてたはやすく人よりくましき家を
作りてかまとを三へにしこめてたくら
を入給つゝ御子もおなし所に籠り給て

しらせ給たる限十六そをかみにくとを
あけて玉の枝を作り給かくや姫の給ふ
やうにたかはす作り出ついとかしこくた
はかりて難波にみそかにもて出ぬ舩にの
りて帰りきにけりと殿につけやりてい
といたくくるしかりたるさましてゐ給
へり迎へに人おほく参たり玉の枝をは
なかひつに入て物おほひてもちて参る
いつか聞けんくらもちの御子はうとん
くゑの花もちてのほり給へりとのゝし

りけり是をかくや姫きゝて我は此御子
にまけぬへしとむねつふれて思ひけり
かゝる程に門をたゝきてくらもちの御
子おはしたりとつく旅の御姿なからお
はしたりといへはあひ奉る御子の給は
く命をすてゝかの玉のえたもちて来る
とてかくやひめにみせ奉り給へとい
へは翁もちていりたり此たまのえたに
文そつけたりける
 いたつらに身はなしつ共たまの枝を

*たをしてさらに帰らさらましこれをも   [*たをして:国会本「し」の上に「ら」字を重ね書き?]
哀とも見てをるに竹とりの翁はしり入
ていはく此御子に申給ひしほうらい
のたまのえたをひとつの所あやまたすも
ておはしませり何をもちてとかく申へ
きたひの御すかたなからわか御いゑへ
もより*給すしておはしましたりはやこ   [*給す:校異篇「給はす」とするが誤り]
の御子にあひつかうまつり給へといふ
に物もいはすつらつゑをつきていみし
くなけかしけにおもひたり此御子今

さへ何かといふへからすと云まゝに
えんにはひのほり給ぬ翁理に思ふ此國
に見えぬ玉の枝なり此度はいかてかいな
ひ申さん人さまもよき人におはすなと
いひゐたりかくや姫のいふやうおやの
の給ふことをひたふるにいなひ申さむ
事のいとおしさに取かたき物をかくあ
さましくもて来る事をねたく思ひおき
なはねやの内しつらひなとす翁御子に
申やういかなる所にか此木は候けん

あやしくうるはしくめてたき物にもと
申御子こたへての給はくさおとゝしの
きさらきの十日比に難波より舩にのり
て海の中に出ていかん方もしらすおほえ
しかと思ふことならて世中にいきて何
かせんと思ひしかはたゝむなしき風に
まかせてありく命しなはいかゝはせんい
きてあらん限かくありきてほうらいと
いふらん山にあふやとうみにこきたゝ
よひありきてわか國のうちをはなれて

ありきまかりしにある時は波あれつゝ
海のそこにも入ぬへくある時には風に
つけてしらぬ國に吹よせられて鬼の
やうなる物出きてころさんとしきある
時にはきしかた行すゑもしらすうみに
まきれんとしきある時にはかてつきて
草のねをくひ物としきある時はいはん
方なくむくつけけなる物きてくひかゝ
らんとしきある時にはうみの貝をとり
て命をつく旅のそらにたすけ給へき人

もなき所に色\/のやまひをして行
方空もおほえす舩のゆくにまかせて海
にたゝよひて五百日と云たつの時はかり
にうみの中にはつかにやま見ゆ舟の内
をなんせめてみる海の上にたゝよへる
やまいとおほきにてありその山のさま
高くうるはし是やわかもとむる山なら
むと思ひてさすかにおそろしくおほえ
て山のめくりをさしめくらして二三日
はかり見ありくに天人のよそほひしたる

女山の中より出きてしろかねのかなま
るをもちて水をくみありく是をみて舩
よりおりて此山の名を何とか申ととふ
女こたへていはくこれはほうらいの山
なりとこたふ是をきくに嬉しき事限
なし此女かくの給は誰そととふ我名は
うかんるりといひてふとやまの中に入
ぬ其やま見るにさらにのほるへきやう
なし其やまのそはひらをめくれは世中
になき華の木共たてり金しろかねるり

いろの水山より流出たるそれには色々の玉
のはしわたせり其あたりにてりかゝや
く木とも立り其中に此とりてもちて
まうてきたりしはいとわろかりしかと
もの給しにたかはましかはと此花を折
てまうて来る也山は限なく面白し世
にたとふへきにあらさりしかと此枝を
おりてしかはさらに心もとなくて舟に
のりて追風吹て四百余日になんまうて
きにし大願力にや難波より昨日なむ都

にまうてきつるさらにしほにぬれたる
衣たにぬきかへなてなんたちまうてき
つるとの給へはおきなきゝてうちなけ
きてよめる
 呉竹の世々のたけとり野山にもさや
はわひしきふしをのみ見し是を御子聞
てこゝらの日比おもひわひ侍つる心は
けふなむおちゐぬるとの給ひて返し
 わかたもとけふかはけれはわひしさ
の千くさのかすも忘られぬへしとの給

かかる程に男とも六人つらねて庭に
出きたり一人の男ふはさみに文をはさ
みて申くもんつかさのたくみあやへ
のうちまろ申さく玉の木を作りつかふ
まつりしこと五こくをたちて千余日
に力をつくしたる事すくなからす然
にろくいまた給はらす是を給てわろき
けこに給せんと云てさゝけたる竹とり
の翁此たくみらか申ことは何事そとかた
ふきをり御子はわれにもあらぬけしき

にてきもきえゐ給へり是をかくや姫聞
て此奉る文をとれといひて見れは文に
申けるやう御子の君千日いやしきた
くみらともろ共におなし所に隠ゐ給て
かしこき玉の枝をつくらせ給ひてつか
さもたまはんとおほせ給ひき是を此比
安するに御つかひとおはしますへき
かくや姫のえうし給ふへきなりけり
と承て此みやよりたまはらんと申てた
まはるへきなりと云を聞てかくやひめ

くるゝまゝにおもひわひつる心ちわら
ひさかへて翁をよひとりていふやう誠
ほうらいの木かとこそ思ひつれかくあ
さましき空ことにてありけれははや返
し給へといへは翁こたふさたかにつ
くらせたる物ときゝつれはかへさん事
いとやすしとうなつきをりかくや姫の
心ゆきはてゝありつる哥のかへし
 まことかと聞て見つれはことのはを
かされる玉の枝にそありけると云てた

まのえたもかへしつ竹とりの翁さはかり
かたらひつるかさすかにおほえてねふり
をり御子はたつもはしたゐるもはした
にてゐ給へり日の暮ぬれはすへり出給
ぬ彼うれへせしたくみをはかくやひめ
よひすへて嬉しき人ともなりと云てろ
くいとおほくとらせ給ふたくみらいみ
しくよろこひて思ひつるやうにもある
かなと云て帰る道にてくらもちの御子
ちのなかるゝまて調せさせ給ふろくえし

かひもなく皆取捨させ給てけれはにけ
うせにけりかくて此御子は一しやうの
はち是に過るはあらし女をえすなり
ぬるのみにあらす天下の人のみ思はん
事のはつかしき事との給ひてたゝ一所
ふかき山へ入給ひぬみやつかささふらふ
人々みな手をわかちてもとめ奉れとも
御しにもやし給ひけんえみつけ奉らす
なりぬ御子の御ともにかくし給はん
とて年比見え給はさりける也けり是を

なむ玉さかるとはいひはしめける左
大臣あへのみむらしはたからゆたかに
家ひろき人にておはしける其年きた
りけるもろこし舩のわうけいといふ人
のもとに文をかきて火ねすみのかはと云
成物かひてをこせよとてつかふまつる
人の中に心たしかなるをえらひて小野
のふさもりと云人をつけてつかはすも
ていたりて彼唐にをるわうけいに金を
とらすわうけい文をひろけてみて返事

かく火ねすみのかは衣此國になき物也
音にはきけともいまた見ぬ物也世に有
物ならは此國にももてまうてきなましい
とかたきあきなひ也然共若天竺にたま
さかにもて渡りなは若長者のあたりに
とふらひもとめんになき物ならは使に
そへて金をはかへし奉らんといへり彼
もろこし舩きけり小野ふさもりまう
てきてまうのほると云ことをきゝてあ
ゆみとうする馬をもちてはしらせんか

へさせ給ふときに馬にのりてつくし
よりたゝ七日にまうてきたる文を見る
にいはく火ねすみのかは衣からうして
人をいたしてもとて奉る今の世にも昔
の世にも此かはゝたやすくなき物なり
けりむかしかしこき天ちくのひしり此
國にもてわたりて侍りけるにしの山寺
にありと聞及ておほやけに申てからう
してかひとりてたてまつるあたいの金
すくなしとこくし使に申しかはわう

けいか物くはへてかひたりいま金五十
両給はるへし舟の帰らんにつけてたひ
をくれもしかね給はぬ物ならは彼衣
のしち返したへといへる事をみてなに
おほす今かね少にこそあなれ嬉しく
してをこせたる哉とてもろこしの方に
むかひてふしおかみ給ふ此かはきぬい
れたる箱を見れはくさ\/のうるはし
きるりを色えてつくれりかはきぬをみれ
はこんしやうのいろ也けのすゑには金の

光しさゝやきたり宝と見えうるはし
き事ならふへき物なし火にやけぬ事
よりもけうらなる事限なしうへかく
や姫このもしかり給にこそありけれと
の給てあなかしことて箱に入給てものゝ
枝につけて御身のけさういといたくし
てやりてとまりなん物そとおほして哥
よみくはへてもちていましたり其哥は
 かきりなき思ひにやけぬかは衣袂かは
きてけふこそはきめといへり家の門に

もていたりて立りたけとり出きてとり
いれてかくや姫にみすかくやひめの
かはきぬを見ていはくうるはしきかはな
めりわきて誠のかはならん共しらす竹
取答ていはくとまれかくまれ先しやう
し入たてまつらん世中に見えぬかは
衣のさまなれは是をとおもひ給ひね人
ないたくわひさせ給奉らせ給そといひ
てよひすへ奉れりかくよひすへて此度
は必あはんと女の心にも思をり此翁は

かくやひめのやもめなるをなけかし
けれはよき人にあはせんと思ひはかれ
とせちにいなといふ事なれはえしひ
ねは理也かくや姫翁にいはく此かは衣は
火にやかんにやけすはこそ誠ならめと
思ひて人のいふ事にもまけめ世になき
物なれはそれをまことゝうたかひなく
思はんとの給ふ猶これをやきて心見ん
と云翁それさもいはれたりと云て大臣
にかくなん申と云大臣こたへていはく

此かははもろこしにもなかりけるをからう
してもとめ尋えたるなり何のうたかひ
あらんさは申ともはややきて見給へ
といへは火の中にうちくへてやかせ
給にめら\/とやけぬされはこそこと
ものゝかは也けりと云大臣是を見給て顔
は草の葉の色にてゐ給へりかくやひめ
はあな嬉しとよろこひてゐたりかの讀
給ひける哥の返し箱にいれて返す
 名残なくもゆとしりせはかは衣思ひ

のほかにをきてみましをとそありける
されは帰いましにけり世の人\/あへ
の大臣火ねすみのかはきぬもていまし
てかくや姫にすみ給ふとなこゝにや
いますなととふある人のいはくかはゝ
火にくへてやきたりしかはめら\/と
やけにしかはかくや姫あひ給はすと云
けれは是を聞てそとけなき物をはあへ
なしと云ける大伴のみゆきの大納言は
我家にありと有人あつめての給はく

たつのくひに五色の光ある玉あなり其
をとりて奉たらん人にはねかはん事を
かなへんとの給おのこ共仰のことを承
て申さく仰の事はいともたうとしたゝ
し此玉たはやすくえとらしをいはん
や龍のくひにたまはいかゝとらんと申
あへり大納言の給ふてんのつかひとい
はん物は命をすてゝもをのか君の仰こ
とをはかなへんとこそ思へけれ此國に
なき天竺もろこしの物にもあらす此國

の海山よりたつはをりのほる物也いかに
思ひてかなんちらかたき物と申へきお
のことも申やうさらはいかゝはせん
かたき物なり共仰ことにしたかひてもと
めにまからんと申に大納言みわらひ
てなんちらか君の使と名をなかしつ君
のおほせ事をはいかかはそむくへきと
の給ひてたつのくひの玉とりにとて
出したて給ふ此人々の道のかてくひ
物に殿の内のきぬわたせになとある限

とり出てそへてつかはす此人々とも帰
まていもゐをしてわれはをらん此玉取
えては家にかへりくなとの給はせけり
各仰承てまかりぬたつのくひの玉とり
えすは帰くなとの給へはいつちも\/
足のむきたらんかたへいなむすかかる
すき事をしたまふ事とそしりあへり
給はせたる物各分つゝとる或はをのか
家にこもりゐ或はをのかゆかまほしき
所へいぬおや君と申ともかくつきなき

事を仰給事とことゆかぬ物ゆへ大納言
をそしりあひたりかくや姫すへんには
れいやうには見にくしとの給ひてうる
はしき屋を作り給てうるしをぬりまき
ゑしてかへし給ひて屋の上には糸をそめ
て色々ふかせてうち\/のしつらひには
いふへくもあらぬ綾をり物にゑをかきて
誠はりたりもとのめともはかくや姫を
必あはんまうけしてひとりあかし暮し
給つかはしし人はよるひるまち給ふに

年こゆるまて音もせす心もとなかり
ていと忍ひてたゝとねり二人めしつき
としてやつれ給て難波の邊におはし
ましてとひ給ふ事は大伴の大納言の
人や舩にのりて龍ころしてそかくひ
の玉とれるとや聞とゝはするに舟人答
ていはくあやしき事哉とわらひてさる
わさするふねもなしとこたふるにをち
なき事する舩人にもあるかなえしら*て   [*て:仮名字母「傳」の「テ」]
かくいふとおほしてわか弓の力はたつ

あらはふといころしてくひの玉はとり
てんをそくくるやつはらをまたしとの
給てふねにのりてうみことにありき
給ふにいと遠くてつくしのかたのうみ
にこき出給ひぬいかゝしけんはやき
風吹て世界くらかりてふねをふきもて
ありくいつれのかた共しらすふねを海中
にまかり入ぬへくふきまはして波はふ
ねに打かけつゝまき入神は落懸るやう
にひらめきかかるに大納言はまとひて

またかゝるわひしきめ見すいかならん
とするそとの給ふかちとり答て申こゝ
ら舟にのりてまかりありくにまたかゝ
るわひしきめを見すみふね海のそこに
いらすはかみおちかゝりぬへし若さい
はひに神のたすけあらは南海にふかれ
おはしぬへしうたてあるぬしのみもと
につかうまつりてすゝろなるしにをす
へかめるかなとかちとりなく大納言是
を聞ての給はく舩に乗てはかちとりの

申事をこそたかき山とたのめなとかく
たのもしけなく申そとあをへとをつき
ての給かち取こたへて申神ならねは
なにわさをかつかうまつらん風ふき波
はけしけれ共かみさへいたゝきに
落かかるやうなるはたつをころさんとも
とめ給候へはある也はやてもりうのふ
かする也はやかみにいのりたまへと云
よき事也とてかちとりの御神きこしめ
せをとなく心をさなく龍をころさむと

思けり今より後はけの一すちをたにう
こかしたてまつらしとよことをはなち
てたちゐなく\/よはひ給ふ事千度
はかり申給ふけにやあらんやう\/神なり
やみぬ少光て風は猶はやく吹かちとり
のいはく是はたつのしわさにこそあり
けれ此ふく風はよきかたの風なりあしき
かたのかせにはあらすよきかたにおも
むきてふく也といへ共大納言はこれを
聞入給はす三四日ふきてふきかへしよ

せたり濱をみれははりまのあかしのは
まなりけり大納言南海のはまにふき
よせられたるにやあらんとおもひてい
きつきふし給へり舩にあるをのこ共
國につけたれとも國のつかさまうて
とふらふにもえおきあかり給はて舩そ
こにふし給へり松原に御むしろしきて
おろし奉る其時にそ南海にあらさり
けりと思ひてからうしておきあかり
給へるをみれは風いとおもき人にてはら

いとふくれこなたかなたのめにはすもゝ
を二つけたるやう也是を見奉りてそ國
のつかさもほうゑみたる國におほせ給
てたこしつくらせ給ひてによう\/
になはれて家に入給ぬるをいかてか聞
けんつかはししをのこ共参て申やう龍
のくひの玉をえとらさりしかは南殿へも
え参らさりし玉の取かたかりし事を
しり給へれはなんかんたうあらしとて参
つると申大納言おきゐての給はくなん

ちらよくもてこす成ぬたつはなるかみ
のるいにこそ有けれそれか玉をとらん
とてそこらの人々のかいせられんとし
けりましてたつをとらへたらましかは又
こともなく我はかいせられなましよく
とらへすなりにけりかくや姫てふおほ
ぬす人のやつか人をころさんとする也
けり家のあたりたに今はとをらしをの
こ共もなありきそとて家に少残たり
ける物共はたつのたまをとらぬ物共に

たひつこれを聞てはなれ給ひしもとの
上ははらをきりてわらひ給ふ糸をふか
せ作りし屋はとひからすの巣に皆くひ
もていにけり世界の人のいひけるは大
伴の大納言はたつのくひの玉や取てお
はしたるいなさもあらすみまなこ二に
すもゝのやうなる玉をそそへていまし
たると云けれはあなたへかたといひける
よりそ世にあはぬことをはあなたへか
たとはいひはしめける中納言いそのか

みのまろたかの家につかはるゝをのこ共
のもとにつはくらめの巣くひたらは告
よとの給ふを承てなしの用にかあらん
と申答ての給やうつはくらめのもたる
こやす貝をとらんれう也との給ふをの
こ共こたへて申つはくらめをあまたこ
ろしてみるたにもはらになき物也但子
うむときなんいかてかいたすらんはらく
かと申人たに見れはうせぬと申又人の
申やうおほいつかさのいひかしく屋の

むねに*つゝのあなことにつはくらめは   [*つゝ:諸翻刻「つく」 24ウ「打かけつゝ」と同活字]
巣をくひ侍るそれにまめならんをのこ共
をいてまかりてあくらをゆひあけてう
かゝはせんにそこらのつはくらめ子
うまさらむやはさてこそとらしめ給は
めと申中納言よろこひ給てをかしき
事にもあるかなもつともえしらさり
けり興ある事申たりとの給てまめなる
をのことも廿人はかりつかはしてあな
なひにあけすへられたりとのよりつか

ひ隙なく給はせてこやすの貝とりたる
かと問せ給ふつはくらめも人のあまた
のほりゐたるにおちて巣にものほりこ
すかかるよしの返事を申たれは聞給
ていかゝすへきとおほしわつらふに彼
つかさの官人くらつまろと申翁申やう
こやすかいとらんとおほしめさはたは
かり申さんとて御前に参たれは中納言
ひたいを合てむかひ給へりくらつまろ
か申やう此つはくらめ子やすかいは

あしくたはかりてとらせ給ふ也さては
えとらせ給はしあななひにおとろ\/
しく廿人の人ののほりて侍れはあれて
よりまうてこすせさせ給へきやうは此
あななひをこほちて人皆しりそきてま
めならん人一人をあらたにのせすへてつ
なをかまへて鳥の子うまん間につなを
つりあけさせてふとこやす貝をとらせ
給はんなんよかるへきと申中納言の給
やういとよき事也とて穴ないをこほし

人皆かへりまうてきぬちう納言くらつ
丸にの給はくつはくらめはいかなる
時にか子うむとしりて人をはあくへき
との給ふくらつまろ申やうつはくら
め子うまむとする時はおをさゝけて七
とめくりてなむうみ落すめるさて七度
めくらんおりひきあけて其おりこやす
かいはとらせたまへと申中納言よろこ
ひ給ひて萬の人にもしらせ給はてみそ
かにつかさにいましてをのこ共の中

にましりてよるをひるになしてとらし
め給ふくらつまろかく申をいといたく
よろこひての給こゝにつかはるゝ人にも
なきにねかひをかなふることの嬉しさ
との給て御そぬきてかつけ給ふつさら
によさりこのつかさにまうてことの
たまふてつかはしつ日暮ぬれは彼つか
さにおはして見給ふに誠つはくらめ
巣つくれりくらつまろ申やうをうけて
めくるにあらこに人をのほせてつり

あけさせてつはくらめの巣に手をさし
入させてさくるに物もなしと申に中
納言あしくさくれはなき也とはらたち
てたれはかりおほえんにとてわれのほり
てさくらんとの給ひてこにのりてつら
れのほりてうかゝひ給へるにつはくら
めおをさけていたくめくるにあはせて
手をさゝけてさくり給に手にひらめる
物さはる時にわれ物にきりたり今はお
ろしてよおきなしえたりとの給てあつ

まりてとくおろさんとてつなをひき過
してつなたゆるすなはちにやしまのか
なへの上にのけさまに落給へり人々あ
さましかりてよりてかゝへ奉れり御目
はしらめにてふし給へり人\/水を
すくひ入奉るからうしていき出給へるに
又かなへの上より手とり足取してさけ
おろしたてまつるからうして御心ち
はいかゝおほさるゝとゝへはいきのした
にて物は少おほゆれとこしなんうこか

れぬされとこやす貝をふとにきりもた
れは嬉しく覚ゆる也先しそくしてこゝ
の貝かほ見んと御くしもたけて御手
をひろけ給へるにつはくらめのまり
をけるふるくそをにきり給へる也けり
それを見給てあなかひなのわさやとの
給ひけるよりそ思ふにたかふ事をは
かひなしと云けるかいにもあらすとみ
給ひけるに御心ちもたかひてからひつの
ふたのいれられ給へくもあらす御こしは

をれにけり中納言はいゝいけたるわさ
してやむことを人にきかせしとし給ひ
けれとそれをやまひにていとよはく成
給ひにけり貝をえとらす成にけるより
も人のきゝわらはんことを日にそへて
思ひ給けれはたゝにやみしぬるよりも
人聞はつかしくおほえ給ふなりけり是
をかくや姫聞てとふらひにやる哥
 年をへて波立よらぬすみのえのまつ
かひなしときくはまことかとあるをよ

みてきかすいとよはき心にかしらもた
けて人にかみをもたせてくるしき心ち
にからうしてかき給ふ
 かひはかくありける物をわひはてゝし
ぬる命をすくひやはせぬとかきはつる
たえ入給ぬ是を聞てかくや姫少あはれと
おほしけり其よりなむ少嬉しき事をは
かひありとはいひけるさてかくやひめ
かたちの世に似すめてたき事をみ
かときこしめして内侍なかとみのふさ

こにの給おほくの人の身をいたつらに
なしてあはさるかくやひめはいかはかり
の女そとまかりてみて参れとの給ふふ
さこ承てまかれり竹とりの家にかしこ
まりてしやうしいれてあへり女に内
侍の給仰ことにかくや姫のうちいうに
をはす也よく見て参るへきよしの給は
せつるになん参つるといへはさらは
かく申侍らんと云て入ぬかくやひめに
はや彼御使にたいめんし給へといへは

かくやひめよきかたちにもあらすいかて
か見ゆへきといへはうたてもの給ふ哉
御門の御使をはいかてかをろかにせん
と云はかくやひめの答るやう御門のめ
しての給はん事かしこしとも思はす
と云てさらに見ゆへくもあらすむめる子
のやうにあれといと心はつかしけに
をろそかなるやうにいひけれは心のまゝ
にもえせめす女内侍のもとに帰り出て
口おしく此おさなき物はこはく侍る物

にてたいめんすましきと申内侍必見
奉りてまいれと仰ことありつる物をみ
奉らてはいかてかかへりまいらん國王の
仰ことをまさに世に住給はん人の承
たまはてありなんやいはれぬことなし
給ひそとことは恥しくいひけれは是を聞
てましてかくや姫きくへくもあらす國
王の仰ことをそむかははやころし給てよ
かしと云此ないし帰り参りて此由を奏
す御門聞召ておほくの人ころしてける

心そかしとの給ひてやみにけれと猶
おほしおはしまして此女のたはかりにや
まけんとおほしておほせ給ふなんちか
もちて侍るかくやひめ奉れかほかたち
よしと聞召て御使たひしかとかひなく
見えす成にけりかくたい\/しくやは
ならはすへきと仰らるゝ翁かしこまり
て御返事申やう此めのわらはゝたへて
宮仕つかうまつるへくもあらすはんへ
るをもてわつらひ侍さりともまかりて

仰給はんと奏す是を聞召て仰給ふなと
か翁のおほしたてたらん物を心にま
かせさらん此女若奉りたる物ならは翁
にかうふりをなとか給せさらん翁よろ
こひて家に帰りてかくや姫にかたらふ
やうかくなん御門のおほせ給へるなをや
はつかうまつり給はぬと云はかくやひ
め答ていはくもはらさやうの宮つかへ
つかうまつらしと思ふをしゐて仕ま
つらせたまはゝ消うせなむすみつかさ

かうふり仕てしぬはかり也おきないら
ふるやうなし給そかうふりもわか子を
見奉らては何にかせんさはあり共なと
か宮仕をしたまはさらんしに給ふへき
やうやあるへきといふ猶そらことかと
仕らせてしなすやあると見給へあまた
の人の心さしをろかならさりしをむ
なしくなしてしこそあれ昨日けふ御門
のの給はんことにつかん人きゝやさし
といへはおきなこたへていはくてんか

のことはと有ともかゝりともみいのち
のあやうさこそおほきなるさはりなれ
は猶つかうまつるましきことを*参りて   [*参りて:校異篇「参て」とするが誤り]
申さんとて参て申やう仰の事のかしこ
さにかのわらはを参らせんとてつかう
まつれは宮仕にいたしたてはしぬへし
と申みやつこまろか手にうませたる子
にてもあらす昔山にて見つけたるかかれ
は心はせも世の人に似す侍ると奏せさ
す御門仰たまはく宮つこまろか家は山

もとちかくなり御かりみゆきし給はん
やうにてみてんやとの給はす宮つこ丸
か申やういとよき事也何か心もなくて
侍らんにふとみゆきして御覧せん御覧
せられなんとそうすれはみかと俄日を
定て御かりに出たまふてかくや姫の
家に入給ふて見給にひかりみちてけう
らにてゐたる人あり是ならんとおほし
てにけて入袖をとらへ給へはおもてを
ふたきて候へとはしめよく御覧しつれは

たくひなくめてたくおほえさせ給ひて
ゆるさしとすとてゐておはしまさむと
するにかくやひめ答て奏すをのか身
は此國に生て侍らはこそつかひ給はめ
いといておはしましかたくや侍らんと
そうすみかとなとかさあらん猶いてお
はしまさんとて御こしをよせ給ふに
此かくや姫きとかけに成ぬはかなく口
おしとおほしてけにたゝ人にはあらさり
けりとおほしてさらは御ともにはいて

いかしもとの御かたちと成給ひねそれ
をみてたに帰りなんと仰らるれはかく
や姫もとのかたちに成ぬ御門なをめて
たくおほしめさるゝ事せきとめかたし
かく見せつる宮つこまろをよろこひ給
さて仕まつる百官人々あるしいかめし
うつかうまつる御門かくやひめをとゝ
めて帰給はん事をあかす口惜おほし
けれと玉しゐをとゝめたる心ちして
なむかへらせ給ひける御こしに奉りて

後にかくやひめに
 かへるさのみゆき物うくおもほえて
そむきてとまるかくや姫ゆへ御返事
 むくらはふ下にも年はへぬる身の何
かは玉のうてなをもみむ是を御門御覧し
ていかゝかへり給はん空もなくおほさる御
心はさらにたち帰へくもおほされさり
けれとさりとてよを明し給へきにあら
ねは帰らせ給ぬつねにつかうまつる人
を見給にかくやひめのかたはらによる

へくたにあらさりけりこと人よりは
けうらなりとおほしける人のかれにお
ほしあはすれは人にもあらすかくや姫
のみ御心にかゝりてたゝひとりすみし
給ふよしなく御かた\/にもわたり給
はすかくやひめの御もとにそ御文をか
きてかよはさせ給ふ御かへりさすかに
にくからすきこえかはし給ておもしろ
く木草につけても御哥をよみてつかは
すかやうにて御心をたかひになくさめ

給ふ程に三年はかりありて春のはしめ
よりかくや姫月のおもしろう出たるを
見てつねよりも物思ひたるさま也ある
人の月かほ見るはいむこととせいし
けれ共ともすれはひとまにも月をみて
は*いみししくなき給ふ七月十五日の   [*いみししく:本文篇・校異篇・本文集成「いみしく」とするが誤り。「以見し志く」。cf. 内田順子「『竹取物語』の諸本を見直す」p.47]
月に出ゐてせちに物思へるけしきなりち
かくつかはるゝ人々竹とりの翁につけて
いはくかくやひめれいも月をあはれかり
たまへとも此ころと成てはたゝ事にも

侍らさめりいみしくおほしなけく事
あるへし能々見奉らせ給へといふを聞
てかくやひめにいふやうなんてうこゝ
ちすれはかく物をおもひたるさまにて
月を見給そうましき世にといふかくや
ひめみれはせけん心ほそく哀に侍るな
てう物をかなけき侍るへきといふかく
や姫のある所に至りて見れは猶物思へ
るけしきなり是をみてあるほとけ何事
思給そおほすらん事何事そといへは

思事もなし物なん心ほそくおほゆる
といへは翁月な見給そ是を見給へは物
おほすけしきは有そといへはいかて月を
みてはあらんとて猶月出れは出ゐつゝ
歎思へり夕やみには物思はぬけしき也
月の程に成ぬれは猶時々は打なけき
なきなとすこれをつかふ物ともなを物
おほす事あるへしとさゝやけと親を
はしめて何事共しらす八月十五日はかり
の月にいてゐてかくやひめいといたく

なき給ふ人目も今はつゝみ給はすなき
給ふ是をみておや共も何事そと問さは
くかくや姫なく\/云さき\/も申
さんとおもひしかとも必心まとはし給
はん物そと思ひて今まてすこし侍り
つる也さのみやはとて打いて侍ぬるそ
をのか身は此國の人にもあらすつきの都
の人也それをなむ昔の契有けるにより
なん此世界にはまうてきたりける今は
帰へきに成にけれは此月の十五日に

かのもとの國よりむかへに人々まうて
こんすさらすまかりぬへけれはおほし
なけかむかかなしき事を此春より思ひ
なけき侍るなりと云ていみしくなくを
翁こはなてうことをの給そ竹の中より
見つけ聞えたりしかとなたねのおほきさ
をおはせしをわかたけたちならふまて
やしなひ奉りたるわか子を何人かむ
かへきこえんまさにゆるさんやといひ
て我こそしなめとてなきのゝしる事

いとたへかたけ也かくや姫のいはく月
の都の人にて父母ありかた時のあひた
とてかの國よりまうてこしかともかく
此くににはあまたの年をへぬるに
なんありけるかのくにの父母のことも
おほえすこゝにはかく久しくあそひ聞え
てならひ奉れりいみしからん心ちも
せすかなしくのみあるされとをのか心
ならすまかりなんとすると云てもろ共
にいみしうなくつかはるゝ人も年比なら

ひてたち別なむことを心はへなとあて
やかにうつくしかりつる事を見ならひて
恋しからん事のたへかたくゆ水のまれす
おなし心になけかしかりけりこの事を
御門聞召て竹とりか家に御使つかは
させ給御つかひに竹とり出あひてなく
事限なし此事をなけくにひけも白く
こしもかゝまり目もたゝれにけり翁
今年は五十はかりなりけれとも物思ひ
にはかた時になん老に成にけりと見ゆ

御使仰こととて翁にいはくいとこころ
くるしく物思ふなるはまことにかと仰
給ふ竹とりなく\/申此十五日に
なん月の都よりかくやひめのむかへに
まうてくなるたうとくとはせ給ふ此十
五日は人々給りて月のみやこの人まう
てこはとらへさせんと申御使かへり参
て翁のありさま申て奏しつる事共申を
聞召ての給ふ一目見給ひし御心にたに
忘給はぬに明暮見なれたるかくや姫を

やりていかゝ思へき彼十五日つかさ\/
に仰て勅使少将高野のおほくにといふ
人をさして六衛のつかさあはせて二千
人のひとをたけとりか家につかはす
家にまかりてついちのうへに千人屋の
上に千人家の人々おほかりけるにあ
はせてあける隙もなくまもらす此守る
人\/も弓矢をたいしておもやの内には
女とも番におりてまもらす女ぬりこめ
の内にかくや姫をいたかへてをり翁も

ぬりこめの戸さして戸口にをり翁のい
はくかはかり守る所に天の人にもま
けんやといひて屋の上にをる人々にい
はく露も物空にかけらはふといころし
給へまもる人\/のいはくかはかりし
て守る所にかはり一たにあらはまつい
ころして外にさらさんと思侍るといふ
おきな是をきゝて頼もしかりをり是
を聞てかくやひめはさしこめてまもり
たゝかふへきしたくみをしたり共あの

國の人をえたゝかはぬなりゆみ失して
いられしかくさしこめてありとも彼
國の人こはみなあきなんとすあひたゝ
かはんとす共かの國のひときなはたけ
き心つかう人もよもあらし翁のいふ
やう御むかへにこん人をはなかきつめ
してまなこをつかみつふさんさかゝみ
をとりてかなくりおとさんさかしりを
かき出てこゝらのおほやけ人に見せて
はちを見せんとはらたちをるかくや姫

いはくこはたかになの給そ屋のうへに
をる人ともの聞にいとまさなしいます
かりつる心さしともを思ひもしらてま
かりなんする事の口おしう侍けりな
かき契のなかりけれは程なくまかりぬへ
きなめりと思ひかなしく侍也おやたち
のかへりみをいさゝかたにつかうまつ
らてまからん道もやすくもあるましき
に日比も出ゐてことしはかりのいとま
を申つれとさらにゆるされぬによりて

なむかく思ひなけき侍る御心をのみま
とはしてさりなん事のかなしくたへ
かたく侍る也彼都の人はいとけうらにお
いをせすなん思ふ事もなく侍る也さる
所へまからんするもいみしく侍らす老
おとろへ給へるさまをみ奉らさらんこそ
恋しからめと云て翁むねいたき事
なし給そうるはしき姿したるつかひに
もさはらしとねたみをりかゝる程に宵
打過てねの時はかりに家のあたりひるの

あかさにもすきて光たりもち月のあ
かさを十合せたるはかりにてある人のけ
の穴さへ見ゆる程なりおほそらより人
雲に乗ておりきてつちより五尺はかり
あかりたる程にたちつらねたりうち
となる人の心とも物におそはるゝやうに
てあひたゝかはん心もなかりけりからう
しておもひおこして弓矢をとりたてん
とすれ共手に力もなくなりてなへかかり
たる中に心さかしきものねんしていん

とすれ共ほかさまへいきけれはあれも
たゝかはて心ちたゝしれにしれて守り
あへりたてる人ともはさうそくのきよ
らなる事物にも似すとふ車一くし
たりらかいさしたりその中にわうと
おほしき人家に宮つこまろまうてこと
いふにたけく思ひつる宮つこまろも物
にゑいたる心ちしてうつふしにふせり
いはくなんちをさなき人いさゝかなる
*切徳を翁作りけるによりてなんちかた   [*切徳:本文篇・校異篇「功徳」とするが、国会図書館本を見るに「切」である]

すけにとてかた時の程とてくたししを
そこらの年ころそこらのこかね給ひて
身をかへたるかこと成にたりかくや姫
はつみを作り給へりけれはかくいやしき
をのれかもとにしはしをはしつるなり
つみの限はてぬれはかくむかふる翁は
なきなけくあたはぬ事也はや返し奉れ
と云翁答て申かくやひめをやしなひ
奉事廿餘年になりぬかた時との給ふ
にあやしく成侍ぬ又こと所にかくや姫

と申人そをはしますらんと云こゝに
おはするかくや姫はおもきやまひをし
給へはえ出をはしますましと申せは其
返事はなくて屋の上にとふ車をよせ
ていさかくや姫きたなき所にいかてか久
しくおはせんと云たてこめたる所の
戸すなはちたゝあきにあきぬかうし
共も人はなくしてあきぬ女いたきてゐ
たるかくやひめとに出ぬえとゝむま
しけれはたゝさしあふきてなきをり竹と

り心まとひてなきふせる所によりてか
くやひめいふこゝにも心にもあらてか
くまかるにのほらんをたにみ送り給へ
といへとも何しにかなしきに見送奉らん
我をいかにせよとて捨てはのほり給ふそ
くしてゐておはせねとなきてふせれは
御心まとひぬ文をかきをきてまからん
恋しからん折\/取いてゝ見給へとて
うちなきてかくことはは此國に生ぬると
ならはなけかせ奉らぬ程まて侍らて過別

ぬる事かへす\/ほいなくこそ覚侍れ
ぬきをくきぬをかたみとみ給へ月の出
たらん夜はみをこせたまへ見すて奉り
てまかる空よりも落ぬへきこゝちする
とかきをく天人の中にもたせたるはこ
ありあまのは衣いれり又あるはふしの
薬入りひとりの天人いふつほなる御く
すり奉れきたなき所の物きこしめし
たれは御心ちあしからん物そとてもて
よりたれはいさゝかなめ給ひて少かた

みとてぬきをくきぬにつゝまんとす
れはある天人つゝませす御そをとり出
てきせんとす其時にかくやひめしはし
まてと云きぬきせつる人は心ことに成
なりと云物一こといひをくへき事有
けりといひて文かく天人をそしとこゝろ
もとなかり給かくや姫物しらぬことな
の給ひそとていみしくしつかにおほやけ
に御文奉り給ふあはてぬさま也かく
あまたの人を給ひてとゝめさせ給へと

ゆるさぬむかへまうてきてとりいてま
かりぬれは口おしくかなしき事宮仕つ
かうまつらす成ぬるもかくわつらはし
き身にて侍れは心えすおほしめされつ
らめとも心つよく承らすなりにし事
なめけなる物におほしめしとゝめられ
ぬるなん心にとまり侍ぬとて
 今はとてあまのは衣きる折そ君を哀
と思ひ出けるとてつほのくすりそへて
頭中しやうよひよせて奉らす中しやう

に天人取てつたふちうしやうとりつれ
はふとあまのは衣うちきせ奉りつれは
翁をいとおしかなしとおほしつる事も
うせぬ此きぬきつる人は物思ひなく成
にけれは車に乗て百人はかり天人くして
のほりぬ其後翁女ちの涙をなかしてま
とへとかひなしあのかきをきし文を
よみてきかせけれとなにせんにか命も
惜からんたかためにか何事もようもなし
とて薬もくはすやかておきもあからて

やみふせり中しやう人々ひきくして
かへり参てかくや姫をえたゝかひとめ
すなりぬるこま\/と奏す薬のつほに
御文そへてまいらすひろけて御覧して
いとあはれからせ給ひて物もきこしめ
さす御あそひなともなかりけり大臣上達
*部をめしていつれの山か天にちかきとゝ   [*部:「部」の異体字]
はせ給にある人そうすするかの國に
あるなる山なんこの都もちかく天もち
かく侍るとそうす是をきかせ給て

 あふ事も涙にうかふ我身にはしな
ぬくすりも何にかはせんかのたてまつる
ふしのくすりに又つほくして御使に
たまはす勅使には月のいはかさと云
人をめしてするかの國にあなる山の
いたゝきにもてつくへきよしおほせ
給みねにてすへきやうをしへさせ給ふ
御文ふしのくすりのつほならへて火を
つけてもやすへきよしおほせ給ふその
由承てつは物ともあまたくしてやまへ

のほりけるよりなん其山をふしの山
とは名つけけるそのけふりいまた雲の
なかへ立のほるとそいひつたへたる

 竹取翁物語秘本申請興行之者也