中御門家旧蔵本『竹取ものかたり』


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書誌情報
・享保4年11月(1719年12月)写
・本文は流布本第3類第3種:ロ種、正保版本系
・この翻刻データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

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たけとり物語上

3
いまはむかしたけとりのおきなといふもの有けり野山に
ましりてたけをとりつゝよろつの事につかひけり名をは
さるきのみやつことなんいひける其竹の中にもとひかる
竹なん一すちありけりあやしかりてよりて見るにつゝの中
ひかりたりそれを見れは三すんはかりなる人いとうつく
しうてゐたりおきな云やうわれ朝こと夕ことに見る
たけの中におはするにてしりぬ子になり給ふへき人
なめりとて手にうち入て家へもちてきぬめの女にあつけて
やしなはすうつくしき事かきりなしいとおさなけれははこ
に入てやしなふ竹とりのおきな竹とるに此子を見付けてのちに
たけ耴にふしをへたてゝよことにこかねある竹をみつ[く]■事
4
かさなりぬかくておきなやう\/ゆたかになりゆく、此ち[こ]■し
なふほとにすく\/とおほきになりまさる三月はかりになる
程によきほとなる人になりぬれはかみあけなとさう
してかみあけさせきちやうの内よりも出さすいつきかし
つきやしなふ程に此ちこのかたちのけさうなる事世に
なく、屋の内はくらき㪽なくひかりみちたり、おきなこゝち
あしくくるしき時も、此子を見れは、くるしき事もやみぬ、
はらたゝしき事もなくさみけり、おきなたけをとる
事ひさしくなりさかへにけり、此子いとおほきに成ぬれは
名をみむろと、いんへのあきたをよひて、つけさすあきたなよ
竹のかくやひめと付侍る、此程三日うちあけあそふ、よろつの
あそひをそしける、おとこはうけきらはす、よひつとへていと
かしこくあそふ、世界のをのこあてなるも、いやしきも、いかてこの

5

かくゃひめをえてしかな見てしかなと、をとにきゝめてゝまとふ、
そのあたりのかきにも、家のとにもをる人たに、たはやすく見る
ましきものをよるはやすきいもねす、やみの夜にもこゝかしこ
よりのそきかひま見、まとひ、あへり、さるときよりなん
よはひとはいひける人の物ともせぬ㪽にまとひありけとも
なにのしるしあるへくも見えす家の人共に物をたにいはん
とていひかくれともことゝもせすあたりをはなれぬ君達
夜をあかし日をくらす人おほかりけるをろかなるひとは
ようなきありきはよしなかりけりとてこすなりにけり
其中になをいひけるはいろこのみといはるゝ人五人思ひ
やむときなくよるひるきたりけりその名一人はいし
つくりの御子一人はくらもちの御子一人は左大臣
あへのみむらし大納言一人は大伴のみゆき中納言
一人はいそのかみのもろたか此人々なりけり世中■

6
おほかる人をたにすこしもかたちよしときゝては見ま
ほしくする人たちなりけれはかくやひめを見まほしうて
物もくはす思ひつゝかの家に行てたゝすみありきけれ共
かひあるへくもあらす文をかきてやれとも返事もせす
わひうたなとかきてつかはすれ共かひなしと思へとも
霜月極月のふりこほりみな月のてりはたゝくにも
さはらすきたり此人々あるときは竹とりをよひ出して
むすめを我にたへとふしおかみ手をすりの給へとをのか
なさぬ子なれは心にもしたかえすとなんいひて月日を
をくるかゝれは此人々家にかへりて物を思ひいのりをし
くはんを立おもひやむへくもあらすさり共つゐに男あはせ
さらむやはと思ひてたのみをかけたりあなかちに心さしを
見えありくこれを見つけておきなかくやひめにいふやう
御身はほとけへんけの人と申なからこれ程おほき

7
さまてやしなひ奉る心さしをろかならすおきなの申さん
事きゝ給ひてんやといへはかくやひめ何事をかのたまはん
ことは承らさらむへんけの物にて侍けん身ともしらす
おやとこそおもひ奉れといふおきなうれしくもの給ふ
ものかなといふおきな年七十にあまりぬけふともあす
ともしらす此世の人は男は女にあふ事をす女は男に
あふことをす其後なん門ひろくもなり侍るいかてかさる
事なくてはおはせんかくやひめのいはくなんてうさる事
かし侍らんといへはへんけの人といふとも女の身もち
給へりおきなのあらんかきりはかうてもいませかしこの
人々の年月をへてかうのみいましつゝのたまふ事を思ひ
定めてひとり\/にあひ給へやといへはかくやひめいはく
䏻もあらぬかたちをふかき心もしらてあた心つきなは
のちくやしき事も有へきをとおもふはかりなり世のかしこき
人なりともふかき心さしをしらてはあひかたしとなんお■ふと

8
いふおきないはく思ひのことくもの給ふかなそも\/いか
やうなるこゝろさしあらん人にかあはんとおほすかはかり
心さしをろかならぬ人\/にこそあめれかくやひめのいはく
かはかりのふかきをか見んといはんいさゝかの事なり人の
心さしひとしかんなりいかてか中にをとりまさりはしらむ
五人の中にゆかしきものを見せ給へらんに御心さし
まさりたりとてつかうまつらんとそのおはすらん人々に
申給へといふよき事なりとうけつ日くるゝほとれいの
あつまりぬ人々あるひはふえをふき或は歌をうたひ
或はしやうかをしあるひはうそをふきあふきをならし
なとするにおきな出ていはくかたしけなくきたなけなる
ところに年月をへてものし給ふ事ありかたくかしこまると
申おきなの命けふあすともしらぬをかくの給ふ君達
にもよく思ひさためてつかうまつれと申もことはりなり

9
いつれもおとりまさりおはしまさねは御心さしの程は
見ゆへしつかうまつらん事はそれになんさたむへき
といへはこれ䏻事也人のうらみもあるましといふ
五人の人々も䏻事なりといへはおきないりていふかくや
ひめ石つくりの御子には佛の御石のはちといふ物あり
それをとりて給へといふくらもちの御子には東の海にほう
らいといふ山あるなりそれにしろかねをねとしこかねを
くきとし白き玉をみとしてたてる木ありそれ一えた
おりてたまはらんといふ今ひとりにはもろこしにある火
ねすみのかはきぬを給へ大伴の大納言にはたつの
くひに五色にひかる玉ありそれをとりてたまへいそのかみ
の中納言にはつはくらめのもたるこやすの貝耴て給へと
いふおきなかたき事にこそあなれ此国に有ものにもあらす
かくかたき叓をはいかに申さんといふかくやひめなにかかた

10
からんといへはおきなともあれかくもあれ申さんとて
出てかくなん聞ゆるやうに見給へといへは御子たち上達
部きゝてをいらかにあたりよりたになありきそとやはのた
まはぬと云てうんしてみなかへりぬなを此女見ては世に
あるましき心ちのしけれはてんちくに有物ももてこぬ
物かはと思ひめくらしていしつくりの御子はこゝろのしたく
有人にて天ちくに二つとなきはちを百千万里のほと
いきたりともいかてか耴へきとおもひてかくやひめのもと
にはけふなん天ちくへ石のはちとりにまかるときかせて
三年はかり大和の国とをちのこほりにある山寺に
ひんするのまへなるはちのひたくろにすみつきたるを
とりてにしきのふくろに入てつくり花のえたにつけて
かくやひめの家にもてきて見せけれはかくやひめあや
しかりてみれははちの中に文ありひろけて見れはうみ
山のみちの心をつくしはてないしのはちの涙なかれけ

11
かくやひめひかりや有と見るにほたるはかりのひかりたになし
 をくつゆのひかりをたにもやとさまし
   をくらの山にてなにもとめけん
とて返し出すはちを門に捨て此歌の返しをす
 しら山にあへはひかりのうするかと
  はちをすてゝもたのまるゝかな
とよみて入たりかくやひめ返しもせすなりぬみゝにも
きゝ入さりけれはいひかゝつらひて帰りぬ彼はちを捨て
又いひけるよりそおもなき事をははちをすつるとは
云けるくらもちの御子は心たはかり有人にておほやけ
にはつくしの国にゆあみにまからんとていとま申て
かくやひめの家には玉のえたとりになんまかると
いはせてくたり給ふにつかうまつるへき人々みな難
波まて御をくりしけるいとしのひてとの給はせて人
もあまりゐておはしまさすちかうつかうまつるかきりして

12
出給ひ御をくりの人々見奉りをくりて帰りぬおはし
ましぬと人には見え給ひて三日はかり有てこき給ぬ
かねてことみな仰たりけれは其時一つのたからなり
けるうちたくみ六人をめし取てたはやすく人よりく
ましき家をつくりてかまとを三へにし籠てた
くらを入給ひつゝ御子も同㪽にこもり給ひてしらせ給
ひたる限十六そをかみにくとをあけて玉のえたをつくり
給かくやひめのの給ふ様にたかはすつくり出ついとかし
こくたはかりてなにはにみそかにもて出ぬ舟にのりて帰り
きにけりと𡱒につけやりていといたくくるしかりたる
様して居給へりむかへに人おほく参たり玉のえたをは
長ひつに入て物おほひて持て参るいつか聞けんくらもちの
御子はうとんくゑの花持てのほり給へりとのゝしりけりこれを
かくやひめきゝて我は此御子にまけぬへしとむねつふれて
おもひけりかゝるほとに門をたゝきてくらもちの御子おはし

13
たりとつく旅の御姿なからおはしたりといへはあひ奉る
御子の給はく命を捨て彼玉のえた持てきたるとてかく
やひめに見せ奉り給へといへはおきな持ていりたり此玉の
枝にふみそつけたりける
 いたつらに身はなしつとも玉のえを
   たをしてさらにかへらさらまし
是をも哀とも見でをるに竹耴のおきなはしり入ていはく
此御子に申給ひしほうらいの玉のえたを一つの㪽をあや
またすもておはしませり何を持てとかく申へき旅の御
姿な■■■か御家へもより給はすしておはしましたり
はや此御子にあひつかうまつり給へといふに物もいはす
つらつえをつきていみしくなけかしけに思ひたり此御子
今さへ何かといふへからすと云まゝにえんにはひのほり給ぬ
おきな理に思ふ此國に見えぬ玉の枝なり此度はいかてか
いなひ申さん人様もよき人におはすなといひゐたりかくやひめ

14
の云様おやのの給ふ事をひたふるにいなひ申さんことのいと
おしさに耴かたき物をかくあさましくもて来る事をねたく
思ひおきなはね屋の内しつらひなとすおきな御子に申様
いかなる㪽にか此木は候ひけんあやしくうるはしくめて
たき物にもと申御子こたへてのたまはくさおとゝしの
二月の十日ころに難波より舟にのりて海中に出てゆかん
方もしらす覚しかと思ふ事ならて世中にいき何かて
せんと思ひしかはいかゝはせん生てあらん限かくありきて
ほうらいと云らん山にあふやと海にこきたゝよひありき
て我国の内をはなれてありき罷しに有時は浪
あれつゝうみのそこにも入ぬへく有時は風につ
けてしらぬ國に吹よせられて鬼のやうなる物出来て
ころさんとしき有時にはこしかた行すゑもしらて
うみにまきれんとし有時にはかてつきて草の
ねをくひものとし有時はいはんかたなくむくつけけなる

15
ものゝきてくひかゝらんとしき有時はかいを耴て
命をつく旅のそらにたすけ給ふへき人もなき㪽に
色々の病をして行方空も覚えす舟の行にまかせて海に
たゝよひて五百日と云たつのこく斗にうみのなかにわつ
かに山見ゆ舟の内をなんせめて見るうみのうへにたゝ
よへる山いとおほきにてあり其山のさま高くうるはし
是やわかもとむる山ならむと思ひてさすかにおそろしく
覚えて山のめくりをさしめくらして二三日斗見ありくに天人
のよそほひしたる女山の中より出きてしろかねのかな
まるを持て水をくみありく是を見て舟よりおりて
この山の名を何とか申ととふ女こたえていはくこれはほう
らいの山なりとこたふ是をきくにうれしき事限なし
此女かくのたまふは誰そととふ我名ははうかんるりと
云てふと山の中に入ぬその山を見るにさらに上るへき様なし
その山のそはひらをめくれは世中になき花の木共たてり金

16
しろかねるり色の水山より流出たるそれにはいろ\/の玉の
橋渡せり其あたりにてりかゝやく木立り其中に此
耴て持てまうてきたりしはいとわろかりしか共の給ひしに
たかはましかはとこの花を折てまうて来る也山は限り
なく面白し世にたとふへきにあらさりしかと此えたを
折りてしかは更に心もとなくて舩にのりておひ風吹て四百
余日になんまうてきにし大願力にや難波より
きのふ南都にまうてきつる更に塩にぬれたる衣たに
ぬきかへなてなん立まうてきつるとの給へはおきな
聞て打なけきてよめる
  くれ竹の世々にたけとり㙒山にも
   さやはわひしきふしをのみ見し
是を御子聞てこゝらの日ころ思ひわひ侍つる心はけふ
なんおちゐぬるとのたまひて返し
 わかたもとけふかはけれはわひしさの
  千草のかすもわすられぬへし

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との給ひかゝるほとに男共六人つらねて庭に出来り
一人の男ふはさみ文をはさみて申くもむつかさの
たくみあやへのうちまろ申さく玉の木をつくりつかふ
まつりし事こ國をたちて千余日に力をつくしたる事
すくなからす然るにろくいまた給はらす是を給てわろき
けこに給せんと云てさゝけたる竹耴のおきな此たくみらか
申事は何事そとかたふきおり御子はわれにもあらぬ
けしきにてきもきえゐ給へり是をかくやひめきゝて
此奉る文をとれと云てみれは文に申けるやう御子の君
千日いやしきたくみらともろともに同㪽にかくれ居給て
かしこき玉のえたをつくらせ給ひてつくさもたまはらん
と仰たまひき是を此比あんするに御つかひとおはし
ますへきかくやひめのえうし給ふへきなりけりと承て
此宮より給らむと申て給へきなりといふをきゝてかくや
ひめくるゝままに思ひはひつる心地わらひさかへておきなを

18
よひとりて云やう誠ほうらいの木かとこそおもひつれかく
あさましきさらことにて有けれははや返し給へといへは
おきなこたふさたかにつくらせたる物と聞つれはかへ
さんこといとやすしとうなつきをりかくやひめの心ゆき
はてゝありつるうたの返し
 誠かと聞て見つれはことのはを
  ■される玉のえたにそありける
といひて玉のえたも返しつ竹耴のおきなさはかりかた
らひつるかさすかにおほえてねふりをり御子はたつも
はしたゐるもはしたにて居給へり日の暮ぬれはすへり
出給ひぬ彼うれへせしたくみをはかくやひめよひすへて
うれしき人ともなりといひてろくいとおほくとらせたまふ
たくみらいみしくよろこひて思ひつる様にもあるかなと云
て帰る道にてくらもちの御子ちのなかるゝ迄調させ給ふ
ろくえしかひもなく皆とり捨させ給ひてけれはにけうせ
にけりかくて此御子一しやうのはち是に過るはあらし女を

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得すなりぬのみにあらす天下の人のおもはん事の
はつかしき事との給ひてたゝ一㪽ふかき山へいり給ぬ宮
つかささふらふ人\/皆手をわかちてもとめ奉れ共御死
にもやし給ひけんえ見つけ奉らす成ぬ御子の御供にかく
し給はんとて年比見え給はさりける也是をなん玉さかる
とは云はしめける左大臣あへのみむらしはたから
ゆたかに家ひろき人にておはしける其年きたりける
もろこし舩のわうけいといふ人のもとに文を書て火ねすみの
かはといふなる物かひてをこせよとてつかうまつる人の中に
心たしかなるをえらひて小㙒のふさもりと云人をつけて
つかはすもていたり彼うらにをるわうけいに金をとらす
わうけいふみをひろけて見て返事かく火ねすみのかは
ころも此国になき物也をとにはきけ共いまたみぬ物なり世に
有物ならは此国にももてまうてきなましいとかたき
あきなひ也然共もし天ちくに玉さかにもて渡りなは若
長者のあたりにとふらひもとめんになき物ならは使にそへて

20
金をは返し奉らんといへりかのもろこしふねきけり
小野のふさもりまうてきてまうのほるといふことを聞て
あゆみとうする馬をもちてはしらせんかへさせ給ふ時に
馬にのりてつくしより只七日にまうて来る文を見るにいはく
火ねすみのかは衣からうして人を出してもとて奉る今の
世にも昔の世にも此かははたやすくなきものなりけり
むかしかしこき天ちくのひしり此國にもて渡りて侍りける
西の山寺にありときゝ及ておほやけに申てからうしてかい
耴て奉るあたひの金すくなしとこくし使に申しかは
わうけいか物くはへてかひたり今こかね五十両給るへし舟の
帰らんに付てたひをくれもしかねたまはぬ物ならは彼衣の
しち返したへといへる事を見て何おほすいまかね少
にこそあなれうれしくしておこせたるかなとてもろこし
のかたにむかひてふしおかみ給ふ此かはきぬ入たるはこを
みれはくさ\/のうるはしきるりをいろえてつくれり
かはきぬを見れはこんじやうの色なりけのすゑにはこかねの

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光しさゝやきたりたからと見えうるはしき事並へき
物なし火にやけぬ事よりもけうらなる事限なしうへ
かくやひめこのもしかり給ふにこそ有けれとのたまひて
あなかしことてはこに入給ひてものゝえたにつけて御身
けさういといたくしてやりてとまりなんものそとおほして
うたよみくはへてもちていましたりその歌は
 かきりなき思ひにやけぬかはころも
 たもとかはきてけふこそはきめ
といへり家の門にもていたりてたてり竹耴出きてとり
入てかくやひめに見すかくやひめのかは衣を見て云うる
はしきかはなめりわきてまことの革※ならんともしらす
竹耴こたへていはくともあれかくもあれ先しやうし入奉らん
世中に見えぬかはきぬのさまなれは是をと思ひ給ひね
人ないたくわひさせ給ひ奉らせ給ふそと云てよひすへ
たてまつれりかくよひすへて此度はかならすあはんと女の
心にも思ひをり此おきなはかくやひめのやもめなるをなけ
※革……ルビ:「かは」

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かしけれはよき人にあはせんと思ひはかれとせちにいなと
いふ叓なれはえしひぬは理也かくやひめおきなにいはく
此かは衣は火にやかんにやけすはこそまことならめと
思ひて人のいふ事にもまけめ世になき物ならはそれを
まことゝうたかひなく思はんとの給ふ猶是をやきて心
見んと云おきなそれさもいはれたりといひて大臣にかく
なん申といふ大臣こたへて云此かははもろこしにもな
かりけるをからうしてもとめたつね得たる也なにのうたかひ
あらんさは申ともはややきて見給へといへは火の中に打
くへてやかせ給ふにめら\/とやけぬされはこそこと物の
かはなりけりといふ大臣是を見給ひてかほは草の葉の
色にて居給へりかくやひめはあなうれしとよろこひて
ゐたりかのよみ給ひける哥の返しはこに入て返す
  名残なくもゆとしりせはかはころも
   思ひのほかにをきて見ましを
とありけるされは帰りいましにけり世の人々あへの大臣

23
火ねすみのかは衣をもていましてかくやひめに住給ふとな
こゝにやいますなととふある人の云かはは火にくへてやき
たりしかはめら\/とやけにしかはかくやひめあひ給はすと
いひけれは是を聞てそとけなきものをはあへなしと云
ける大伴のみゆきの大納言は我家にありとある人を
あつめてのたまはくたつのくひに五色のひかりある玉あなり
それをとりて奉りたらん人にはねかはん事をかなへんと
のたまふををのこ共仰の事を承て申さく仰の事はいとも
たうとし但この玉たはやすく得とらしをいはんやたつの
くひの玉はいかゝとらんと申あへり大納言の給ふ天のつかひと
いはんものは命をすてゝもをのか君のおほせ事をはかなへん
とこそ思へけれ此國になきてんちくもろこしの物にもあらす
此国の海山よりたつはをりのほる物也いかに思ひてか
汝等かたき物と申へきをのこ共申さらはいかゝはせん
かたき物なりとも仰事にしたかひてもとめにまからんと申に
大納言見わらひてなんちらか君の使と名をなかしつ君の

24
仰事をはいかゝはそむくへきとの給ふたつのくひの
玉とりにとて出したて給ふ此人\/の道のかてくひものに
𡱒の内のけぬわさせになとある限とり出してつかはす
此人\/とも帰るまていもゐをして我はをらん此玉とりえ
ては家に帰りくなとの給はせたりをの\/𣴎て罷りぬ
龍の首の玉耴得すは帰りくなとの給へはいつちも\/
あしのむきたらんかたへいなんすかゝるすき事をし給ふ
事とそしりあへり給はせたる物をの\/わけつゝ耴或は
をのか家にこもりて居或はをのかゆかまほしき㪽へいぬ親
君と申共かくつきなき事をおほせ給ふ事とことゆか
ぬ物ゆへ大納言をそしりあひたりかくやひめすへん
にはれいやうには見にくしとの給ひてうるはしき
家をつくり給ひてうるしをぬりまき絵して返し給ひて
屋の上にはいとをそめて色々ふかせてうち\/のしつらひ
にはいふへくもあらぬあやをり物にゑをかきてまごとはり
たりもとのめともはかくやひめをかならすあはんまうけ

25
してひとり明しくらし給ひつかはしゝ人はとるひる
まち給ふに年こゆるまてをともせす心もとなかりて
いとしのひてたゝとねり二人めしつきとしてやつれ給ひて
難波の邊におはしましてとひ給ふ事は大伴の大納言
の人や舟にのりてたつころしてそかくひのたまとれる
とや聞ととはするに舟人こたへていはくあやしき事
かなとわらひてさるわさする舩もなしとこたふるにをち
なき事する舟人にもあるかなえしらてかくいふとお
ほしてわか弓の力はたつあらはふといころしてくひの玉は
とりてんをそくくるやつはらをまたしとの給ひて舟に
乗て海ことにありき給ふにいと遠くてつくしの方の
海にこき出給ぬいかゝしけんはやき風吹世界くら
かりて舟をふきもてありくいつれの方ともしらす舟を海中
にまかり入ぬへくふきまはして波は舩にうちかけつゝ
まき入神は落かゝる様にひらめきかゝるに大納言はま
とひてまたかゝるわひしきめ見すいかならんとするそと宣ふ

26
かち耴こたへて申こゝら舟に乗て罷ありくにまたかゝる
わひしきめを見すみ舟うみのそこにいらすは神おち
かゝりぬへしもしさいはひに神のたすけあらは南海に
ふかれおはしぬへしうたてある主のみもとにつかふま
つりてすゝろなるしにをすへかめるかなと梶耴なく大
納言是を聞ての給はくふねに乗てはかちとりの
申事をこそ高き山とたのめなとかくたのもしけなく
申そとあをへとをつきての給ふかち耴こたへて申神
ならねは何わさをかつかうまつらん風ふき波はけしけれ共
神さへいたゝきにおちかゝるやうなるは龍をころさんと
もとめ給候へはある也はやてもりうのふかするなり
はや神に祈り給へと云䏻事なりとてかち耴の御神
きこしめせ音なく心をさなくたつをころさんと思ひ
けり今よりのちは毛一すちをたにうこかし奉らし
とよことをはなちて立ゐなく\/よはひ給ふ事千
度斗申給ふけにやあらんやう\/神なりやみぬ少ひかりて

27
風は猶はやく吹梶耴のいはく是は龍のしわさにこそ
有けれ此ふく風はよき方の風也あしき方の風にはあら
す䏻かたに𧼈※てふくなりといへ共大納言は是を聞入
給はす三四日ふきてふき返しよせたりはまをみれは
はりまのあかしのはま成けり大納言南海のはまに吹
よせられたるにやあらんとおもひていきつきふし給へり
舟にあるをのこ共國につけたれ共国のつかさまうてとふ
らふにもえおきあかり給はて舩そこにふし給へり松亰
に御むしろしきておろし奉る其時にそ南海にあらさり
けりと思ひてからうしておきあかり給へるを見れは風
いとおもき人にてはらいとふくれこなたかなたの目には
すもゝを二つけたる様也是を見奉りてそ国のつかさも
ほうゑみたる國に仰給てたこしつくらせ給ひてにやう\/
になはれて家に入給ひぬるをいかてかきゝけんつかはしゝ
をのこ共参りて申様たつの首の玉をえとらさりしか
※……趣、中身が耴

28
は南𡱒へもえ参らさりし玉の耴かたかりし事をしり
給へれはなんかんたうあらしとて参つると申大納言
おき居てのたまはくなんちらよくもてこす成ぬ龍は
なる神のるいにこそありけれそれか玉をとらんとて
そこらの人々のかいせられんとしけりましてたつをとらへ
たらましかは又こともなく我はかいせられなまし
よくとらへす成にけりかくやひめてうおほ盗人のやつか
人をころさんとするなりけり家のあたりたに今はとを
らし男共もなありきそとて家に少のこりたりける
物共はたつの玉をとらぬ者共にたひつ是を聞て
はなれ給ひしもとの上はかたはらいたくわらひ給ふ
いとをふかせつくりし屋はとひからすのすにみなくひもて
いにけり世界の人の云けるは大伴の大納言はたつの
くひの玉耴ておはしたるいなさもあらす御まなこ二に
すもゝのやうなるたまをそそへていましたるといひけれはあな
たへかたといひけるよりも世にあはぬ事をはあな

29
たへかたとはいひはしめける

たけとり物語上 終

30
(白丁)

31
 たけとり物語下

中納言いそのかみのまろたかの家につかはるゝをのこ
とものもとにつはくらめのすくひたらはつけよとのた
まふを承りてなにの用にかあらんと申こたへて宣ふやう
つはくらめのもたるこやす貝をとらんれうなりと
のたまふをのこ共こたへて申つはくらめをあまた
ころして見るたにもはらになきものなりたゝし子うむ
時なんいかてかいたすらんと申人たに見れはうせぬと
申又人の申やうおほいつかさのいひかしく屋のむねに付く
のあなことにつはくらめはすをくひ侍るそれにまめ
ならんをのこともをひて罷りてあくらをゆひあけてうかゝ
はせんにそこらのつはくらめ子うまさらむやは扨こそ
とらしめたまはめと申中納言よろこひ給ひておかしき事
にもあるかなもつろもえしらさりけりけう有事申たりと
の給ひてまめなるをのことも廿人■かりつかはしてあなゝひに

32
あけすへられたり𡱒より使■まなく給はせてこやすの
かひとりたるかとむかはせ給ふつばくらめもひとのあまた
のほり居たるにおちてすにもおほりこすかゝるよしの
返しを申けれは聞給ひていかゞすへきとおぼしわづらふ
に彼つかさの𠂥※人くらつ丸と申おぎな申やうこやす
貝とらんとおぼしめさばたばかり申さんとて御ま[と?]
にまいりたれば中納言ひたひをあはせてむかひ給へりくらつ
まろが申やうこのつばくらめこやす貝はあしくたば
かりてとらせ給ふなりさてはえとらせ給はじあななひに
おとろ\゛/しく廿人上りて侍ればあれてよりまうてこす
なりせさせたまふへきやうは此あななひをこほちて人
みなしりそきてまめならん人一人をあらたにのせすへてつな
をかまへて鳥の子うまん間につなをつりあげさせてふと
こやす貝をとらせ給ひなばよかるべきと申中納言宣
やういとよき事なりとてあなゝひをこぼし人みな帰り
まうてきぬ中納言くらつ丸にのたまはくつばくらめは
いかなる時にか子をうむとしりて人をばあくへきと
※𠂥……官(異体字)。

33
のたまふくらつ丸申様つばくらめ子をうまんとする時は
尾をさゞけて七度めくりてなんうみおとすめる扨七度
めくらんおりひきあけてそのおりこやす貝はとらせ給へ
と申中納言よろこひ給て万の人にもしらせ給はで
みそかにつかさにいましてをのこ共の中にましりてよる
をひるになしてとらしめ給ふくらつ丸かく申をいといたく
よろこひてのたまふこゝにつかはるゝ人にもなきにねがひ
をかなふる事のうれしさとの給ひて御そぬきてかつけ
給ふつさらによさり此つかさにまうてことの給ふてつか
はしつ日暮れは彼つかさにおほして見給ふに誠
つはくらめすつくれりくらつ丸申やうおうけてめぐる
あらこに人をのぼせてつりあげさせてつばくらめの
すに手をさし入させてさくるに物もなしと申に中納言
あしくさくればなき也とはらたちてたればかりおぼえんに
とて我のぼりてさくらんとの給ひてこにのりてつられよりて
うかゝひ給へるにつばくらめおをさけていたくめくるにあはせて

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手をさゝげてさくり給ふに手にひらめる物さはる時に我物に
きりたり今はおろしてよおぎなしえたりとの給ひて
あつまりてとくおろさんとてつなをひき過してつな
たゆる則にやしまのかなへの上にのけさまにおち
たまへり人々あさましかりてよりてかゝへ奉れり御目は
しらめにてふし給へり人々水をすくひ入奉るからう
じていき出給へるに又かなへの上より手とり足耴して
さけおろし奉るからうじて御こゝりはいかゞおぼさるゝ
ととへばいきの下にて物は少覚ゆれどこしなんうと
かれぬされとこやす貝をふとにきりもたればうれしく
おほゆる也まつしそくさしてこゝのかいかほ見んと御くし
もたけて御手をひろげ給へるにつばくらめのまり
をけるふるくそをにぎり給へるなりけりそれを見給
ひてあなかひなのわさやとのたまひけるよりぞ思ふに
たかふ事をはかひなしと云けるかひにもあらすと
見給ひけるに御心ちもたかひてからひつのふたに入られ給ふ

35
へくもあらず御腰はおれにけり中納言はい\/
いけたるわざしてやむ事を人にきかせしとし給ひけれど
それをやまひにていとよはくなり給ひにたりかひを
えとらすなりにけるよりも人のきゝは※らはん事を
日にそえておもひ給ひければたゝにやみしぬるよりも
人きゝはづかしく覚え給ふなりけりこれをかくやひめ
聞てとふらひにやる哥
 年をへて波立よらぬすみの江の
  まつかひなしときくはまことか
とあるをよみてきかすいとよはき心にかしらもたけて
人にかみをもたせてくるしき心ちにからうしてかき給ふ
 かひはかくありける物をわひはてゝ
  しぬるいのちをすくひやはせぬ
と書はつるたえ入給ひぬ是をかくやひめ少あはれと
おほしけりそれよりなん少うれしき事をはかひあり
とは云ける扨かぐやひめかたちの世に似すめてたき事
 ※は……上に◯(わ)が小さく重ね書きしてあり、
     横に「王」の変体仮名(わ)が小さく併記されている

36
みかときこしめして内侍なかとみのふさこにの給おほく
の人の身をいたづらになしてあはざるかくやひめはいか
ばかりの女そとまかりて見てまいれとの給ふふさこ承て
まかれりたけとりの家に畏てしやうしいれてあへり
女に内侍の給ひ仰事にかくやひめのうちいうにおはす
なり䏻見てまいるへきよしの給はせつるになんまいり
つるといへはさらばかく申侍らんといひて入ぬかくや姫
よきかたちにもあらずいかてか見ゆへきといへばうたても
のたまふかな御門の御使をばいかでかをろかにせんといへば
かくやひめのこたふるやう御門のめしてのたまはん事かしこし
ともおもはすといひてさらに見ゆへくもあらすむめる子の
やうにあれといと心はづかしげにをろそかなるやうにいひ
ければ心のまゝにもえせめすないしのもとに帰り出て口
おしくこのおさなきものはこはく侍る者にてたいめん
すましきと申ないしかならず見奉りてまいれと仰こと
有つる物を見奉らてはいかてか帰り参らん國王の仰事を

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まさに世に住給はん人の承たまはてありなんやいはれ
ぬことなし給ひそとことははちしく云ければ是を聞
てましてかぐやひめ聞へくもあらず國王の仰事をそむ
かはばやころし給ひてよかしと云此内侍帰り参てこの
由をそうす御門きこしめしておほくの人ころしてける
心ぞかしとのたまひてやみにけれど猶おぼしおはし
ましてこの女のたばかりにやまけんとおほして仰たまふ
汝が持て侍るかくやひめ奉れかほかたちよしときこし
めして御つかひたひしかとかひなく見えす成にけりかくたひ
\/しくやはならはすへきと仰らるゝおぎな畏て
御返事申やう此めのわらははたへて宮仕つかうまつる
へくもあらす侍をもてわつらひ侍るさり共罷ておほせ給
はんとそうす是をきこしめして仰給ふなとかおぎなの
おほしたてたらん物を心にまかせさらん此女もし奉りたるも
のならばおぎなにかうふりをなとかたはせさら゛んおきな
よろこびて家に帰てかぐやひめにかたらふやうかくなん

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御門の仰たまへるなをやはつかうまつり給はぬといへは
かくやひめこたへて云もはらさやうのみやつかへつかう
まつらしとおもふをしゐてつかふまつらせたまはゝきえ
うせなんすみつかさかうふり仕てしぬばかり也おきな
いらふる様なし給ひそかうふりもわか子を見奉らては
何にかせんさは有ともなとか宮つかへをし給はさらん死給ふ
へきやうや有へきといふなをそらことかとつかまつら
せてしなすやあると見たまへあまたの人の心さしをろか
ならさりしをむなしくなしてしこそあれきのふけふみかとの
のたまはん事につかん人きゝやさしといへばおきな
こたへて云天下の事はと有ともかゝりとも御命のあや
うきこそおほきなるさはりなれは猶つかうまつる
ましき事を参りて申さんとて参りて申やう仰の事の
かしこさに彼わらはをまいらせんとてつかうまつれは
宮つかへに出したておはしぬへしと申みやつこ丸か手に
うませたる子にてもあらすむかし山にて見付たるかゝれは心はせ

39
も世の人に似す侍るとそうせさす御門おほせ給はく
みやつこ丸か家は山もとちかく也御かりみゆきしたまはん
様にて見てんやとのたはますみやつこまろか申様いと
䏻事也何か心もなくて侍らんにふとみゆきして御覧
せられなんとそうすれは御門俄に日を定て御かり
に出給ふてかくや姫の家に入給ふて見給に光みちて
けうらにてゐたる人有是ならんとおほしてにけて入袖を
とらへ給へはおもてをふたきて候へとはしめよく御らん
しつれはたくひなくめてたく覚えさせ給ひてゆるさしと
すとてゐておはしまさんとするにかくやひめこたへて
そうすをのか身は此国に生て侍らばこそつかひ給はめ
いとゐておはしまし難くや侍らんとそうす御門なとかさ
あらむなをゐておはしまさんとて御こしをよせ給ふに此
かくやひめきとかけに成ぬはかなくくちおしとおほして
けにたゝ人にはあらさりけりとおほしてさらは御ともには
いていかしもとの御かたちとなり給ひねそれを見てたに

40
帰りなんと仰らるれはかぐやひめもとのかたちに成ぬ
御門なをめてたくおほしめさるゝ事せきとめかたしかく
見せつる宮つこ丸をよろこひ給ふさて仕まつる百くはん
人々あるしいかめしうつかうまかるみかとかぐやひめ
をとゞめて帰給はん事をあかす口をしくおほしけれど
玉しゐをとゝめたる心ちしてなんかへらせ給ひける御
こしに奉て後にかくや姫に
 帰るさのみゆき物うくおもほえて
  そむきてとまるかくやひめゆへ
御返事
 むくらはふ下にも年はへぬる身の
  なにかは玉のうてなをも見ん
これを御門御らんじていかゝ帰り給はんそらもなくおほ
さる御心は更にたち帰るへくもおほされさりけれとさり
とて夜を明し給ふへきにあらねはかへらせ給ひぬつね
につかうまつる人を見給ふにかくやひめのかたはらによるへく

41
たにあらさりけりこと人よりはけうらなりとおほし
ける人のかれにおほし合はすれは人にもあらすかくや
ひめのみ御心にかゝりてたゝひとり過し給ふよしなく御かた
\/にも渡り玉はすかぐやひめの御もとにそ御文をかきて
かよはさせ給ふ御かへりさすかににくからすきこえかはし
給ひて面白く木草に付ても御哥をよみてつかはすかやう
にて御心をたかひになくさめ給ふ程に三年はかり有て
春の初よりかくや姫月のおもしろふ出たるを見てつね
よりも物思ひたる様也有人の月かほ見るはいむ事とせい
しけれ共ともすれは人まにも月を見てはいみしくなき
たまふ七月十五日の月に出ゐてせちに物思へるけしき也
ちかくつかはるゝ人\/竹耴のおきなにつけて云かくや
ひめれいも月をあはれかり給へ共此比となりてはたゝ
事にも侍らさめりいみしくおほしなけく事有へし
よし\/見奉らせ給へといふをきゝてかくやひめに云様なん
てう心地すれはかく物を思ひたる様にて月を見たまふそ

42
うましき世にと云かくやひめ見れは世けん心ほそく哀
に侍るなてう物をかなけき侍るへきと云かくやひめの
有㪽にいたりて見れは猶物思へるけしきなり是を見
て有佛何事思ひ給ふそおほす覧※事何ことそといへは
思ふ事もなし物なん心ほそくおほゆるといへはおきな
月な見給ふそ是を見給へは物おほすけしきは有そと
いへはいかて月を見てはあらんとて猶月出れは出居つゝ
なけき思へり夕やみには物思はぬけしき也月の程
に成ぬれはなを時\/は打なけきなきなとす是をつかふ
ものともなを物おほす事有へしとさゝやけと親をはし
めて何事ともしらす八月十五日はかりの月に出居て
かくやひめいといたくなき給ふ人目も今はつゝしみ
給はすなき給ふ是を見て親共も何事そととひさ
はくかくや姫なく\/云先々も申さんと思ひしかとも
かならすこゝろまとはし給はんものそと思ひて今迄過し
侍りつる也さのみやはとて打出侍りぬるそをのか身は此国の
人にもあらす月の都の人也それをなんむかしのちきり
※……「らん」とルビあり。

43
有けるによりなん此世界にはまうてきたりける今は
かへるへきに成にけれは此月の十五日に彼もとの國より
むかへに人々まうてこんすさらす罷ぬへけれはおほし
なけかんかかなしき事を此春より思ひなけき侍るなりと
いひていみしくなくをおきなこはなてう事をの給ふそ
竹の中より見つけきこえたりしかとなたねの大きさおは
せしをわかたけたちならふまてやしなひ奉りたるわか子を
何人かむかへ聞えんまさにゆるさんやと云て我こそしなめ
とてなきのゝしる事いとたへかたけ也かくやひめ云月の都
の人にて父母ありかた時の間とてかの国よりまうてこし
かともかく此国にはあまたの年をへぬるになん有ける彼国の
父母の事も覚えすこゝにはかく久敷あそひきこえてなら
ひ奉れりいみしからん心地もせすかなしくのみあるされと
をのか心ならす罷りなんとするといひてもろともにいみしう
なくつかはるゝ人も年比ならひて立わかれなん事を心はへ
なとあてやかにうつくしかりつることを■ならひてこひしからん事の
たへかたくゆ水のまれす同し心になけかしかりけりこの事を

44
御門きこしめして竹耴の家に御使つかは■せたまふ
御使に竹耴出あひてなく事限なし此事をなけくに
ひけもしろくこしもかゝまり目もたゝれにけりこ年は
五十はかりなりけれ共物思ひにはかたときになん老に
なりにけりとみゆ御つかひおほせ事とておきなに云
いと心くるしく物思ふなるは誠にかと仰たまふ竹耴
なく\/申此十五日になん月の都よりかくや姫のむかへに
まうてくなるたうとくとはせ給ふ此十五日には人々
給りて月の都の人まうてこはとらへさせんと申
御使帰り参りておきなの有様申てそうしつる事
とも申を聞召ての給ふ一目見給ひし御心にたに忘れ
たまはぬに明暮見なれたるかくやひめをやりていかゝ
思ふへきかの十五日つかさ\/におほせてちよくし少将
高野のおほくにと云人をさして六ゑのつかさ合て
二千人の人を竹耴か家につかはす家に罷てつゐ地
の上に千人屋の上に千人家の人々おほかりけるに合てあける

45
ひまもなくまもらす此まもる人々も弓矢をたいして
おもやの内には女ともはんにおりて守らす女ぬりごめの
内にかくやひめをいたかへておりおきなもぬりこめの戸
さしてとくちにおりおきなの云かばかり守る㪽に天の
人にもまけむやといひて屋のうへにおる人々にいはく
露も物そらにかけらはふといころし給へまもる人
\/のいはくかばかりしてまもる㪽にかはり一たにあ
らはまついころして外にさらさんとおもひ侍るといふ
おきなこれをきゝてたのもしかりおり是をきゝて
かくやひめはさしこめてまもりたゝかふへきしたくみを
したりともあの国の人をえたゝかはぬなり弓矢して
いられしかくさしこめて有共彼国の人\/はみな
あきなんとす相たゝかはんとす共かの国の人きなは
たけき心つかう人もよもあらしおきなの云様御むかへ
にこん人をば長きつめしてまなこをつかみつふさんさか
しみをとりてかなくりおとさんさ■しりを■きいてゝこゝら
のおほやけ人に見せてはちを見せんとはらたちおる

46
かぐや姫いはくこはたかになのたまひそ屋の上におる人共
きくにいとまさなしいます■■つる心■■ともを思ひも
しらて罷なんする事の口おしう侍りけりなかき契り
のなかりけれは程なく罷ぬへきなめりと思ひかなしく
侍る也親達のかへり見をいさゝたにつかうまつらて罷ん
道もやすくも有ましきに日比も出ゐてことし斗のいとま
を申つれとさらにゆるされぬによりてなんかく思ひなけき
侍る御心をのみまとはしてさりなん事のかなしくたへ
かたく侍る也かの都の人はいとけうらにおひをせすなん
思ふ事もなく侍る也さる㪽にへまからんするもいみしく侍らす
老おとろへ給へるさまを見奉らさらむ事こひしからめと
いひておきなむねいたき叓なし給ふそうるはしき姿
したる使にもさはらしとねたみおりかゝる程によひ打
過てねのこく斗に家のあたりひるのあかさにもすきて
ひかりたりもち月のあかさを十あはせたる斗にて
有人の毛のあなさへ見ゆる程なり大空より人雲
にのりておりきてちより五尺はかりあかりたるほとに

47
たちつらねたり内外なる人の心とも物におそはるゝ
やうにて相たゝかはん心もなかりたりからうしておもひ
おこして弓矢をとりたてんとすれとも手に力もなくなりて
なへかゝりたる中に心さかしきものねんしていんとすれ共
ほかさまへいきけれはあれもたゝかはて心地たゝしれに
しれてまもりあへりたてる人共はさうそくのきよら
なる事物にも似ずとふ車一くしたりらかいさしたり
其中に王とおほしき人宮つこ丸家にまうてこといふに
たけく思ひつるみやつこまろも物にゑひたるこゝちして
うつふしにふせりいはく汝おさなき人いさゝか成くとく
をおきなつくりけるによりて汝かたすけにとてかた時の
程とてくたしゝをそこらの年比そこらのこかね給ひて
身をかへたるかことく也にけりかくやひめはつみをつ
くり給へりけれはかくいやしきをのれかもとにしはし
おはしつる也つみのかきりはてぬれはかく■るおきな
はなきなけくあたはぬ事也はや返■奉れといふおきな

48
こたへて申かくやひめをやしなひ奉る事廿余年に
成ぬかた時との給ふにあやしく成侍りぬ又■㪽にかく
や姫と申人そおはしますらむと云こゝにおはする
かくやひめはおもき病をし給へはえ出おはします
ましと申せは其返事はなくて屋の上にとふ車を
よせていさかくやひめきたなき㪽にいかてか久敷おは
せんといひたてこめたる所の戸則たゝあきにあきぬかう
し共も人はなくしてあきぬ女いたきてゐたるかくや姫
とに出ぬえとゝむましけれはたゝさしあふきてなきおり
竹とり心まとひてなきふせる㪽によりてかくやひめ云
こゝにもこゝろにもあらてかくまかるにのほらむをたに見
をくり給へといへとも何しにかなしきに見をくり奉らん
我をいかにせよとてすてゝはのほり給ふそくしてゐておは
せねとなきてふせれは御心まとひぬ文を書置てまか
らんこひしからん折々耴出て見給へとて打なきて书
ことはは此国に生れぬるとならはなけかせ奉らぬほとまて

49
侍らて過わかれぬる事返す\/ほゐなくこそ覚侍れ
ぬきをく衣をかた見と見給へ月の出たらん夜は見をこ
せ給へ見捨奉りてまかるそらよりも落ぬへき心ちすると
書をく天人の中にもたせたるはこ有あまの羽衣いれり
又あるは不死のくすり入りひとりの天人云つほなる御くすり
奉れきたなき㪽の物きこしめしたれは御心地あしからん
物そとてもてよりたれはいさゝかなめ給ひて少かた見とて
ぬき置ころもにつゝまんとすれはある天人つゝませす御そ
をとり出してきせんとすその時にかくやひめすこしまて
といひきぬきせつる人は心ことに成なりといふもの一こと
いひ置へきことありと云て文かく天人をそしと心
もとなかり給ひかくやひめ物しらぬ事なのたまひそとて
いみしくしつかにおほやけに御文[み?]奉り給ふあはてぬさま
なりかくああまたの人を給ひてとゝめさせ給へとゆ■ぬむかへ
まうてきてとりいて罷ぬれは口お■く■なし■事宮

50
仕つかうまつらすなりぬる■かく■■はしき身にて
侍れは心得すおほしめされつ■めとも心つ■く承は
らすなりにし事なめけなるものに思召とゝめられ
ぬるなん心にとまり侍りぬとて
 今はとてあまの羽ころもきるおりそ
  君をころもとおもひいてたる
とてつほのくすりそへて頭中将をよひよせて奉らす
中将に天人とりてつたふ中将とり■れはふとあまの
羽ころも打きせれりつれはおきなをいとをしかなしと
おほしつる事もうせぬ此きぬきつる人は物思ひなく
なりにけれは車にのりて百人はかり天人くして上り
ぬ其後おきな女ちのなみたをなかしてまとへとかひ
なしあの書をきし文をよみてきかせけれと何せんにか
命もおしからんたかためにか何事もようもなしとてく
すりもくはすやかておきもあからてやみふせり中将

51
人々ひきくして帰りまいりてかくや姫をえたゝかひ
とゝめす成ぬるをこま\/とそうすくすりのつほに
御文[み?]そへて参らすひろけて御覧していとあはれ
かりけりたいしん上達部をめ■ていつれの山か
天にちかくとゝはせ給ふにある人そうすするかの
國にあるなる山なん此都もちかく天もちかく侍ると
そうすこれをきかせ給ひて
 あふこともなみたにうかふ我身には
  しなぬくすりも何にかはせん
かの奉る不死のくすりに文つほくして御使に給はす
ち■くしには月のいはかさといふ人を召てするかの国
にあなる山のいたゝきにもてつくへき由仰給ふみね
にてすへきやうをしへさせ■ふ■文ふ■■く■りの
つほならへて火をつけてもや■へき■■給ふその

52
よし承て兵共もあまた■■■■■■■■けるより
なんその山をふしの山とは名付けける其けふり
いまた雲の中へたちのほるとそいひつたへたる

 たけとり物語下 終
  享保四己亥年十一月中旬[易?]候書之

53
明治十六年
中御門[貴?]敦[様?]ゟ買入

        孤舟

    中御門[美?][ゟ?]
      蔵書