武田祐吉旧蔵本『竹とり物語』


[INDEX] > 武田祐吉旧蔵本『竹とり物語』

書誌情報
・江戸初期の写か
・武田祐吉旧蔵 現國學院大學図書館蔵
・本文は流布本第1類第2種
・新井信之『竹取物語の研究 本文篇』(国書出版・1944年)をOCRによってデータ化し、國學院大學図書館デジタルライブラリーの画像によって校正したもの
・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

いまはむかし竹とりのおきなと
いふものありけり野山にましり
て竹をとりつゝよろつのことに
つかひけりなをはさかきのみやつ
ことなんいひけるその竹のなかにも
とひかる竹なん一すちありけり
あやしかりてよりてみるにつゝの
なかにひかりたりそれをみれは三
すんはかりなる人いとうつくしうて
ゐたりおきないふやうわれあさこと

ゆふことにみる竹のなかにおはする
にてしりぬ子になり給へき人
なめりとててにうちいれていゑへ
もちてきぬめの女にあつけてや
しなはするにうつくしき事かきり
なしいとおさなけれはこに入てや
しなふ竹とりのおきな竹をとる
にこの子をみつけてのちに竹を
とるにふしをへたてゝよことに金あ
る竹をみつくる事かさなりぬ

かくておきなやう\/ゆたかになり
ゆく此ちこやしなふほとに
すく\/とおほきになりまさる
三月はかりになるほとによきほと
なる人になりぬれはかみあけ
なとさうしてかみあけさせもきす
ちやうのうちもいたさすいつき
やしなふ此ちこのかたちけさう
なる事世になくやのうちはくら
き所なくひかりみちたりおきな

心ちあしくくるしきときも此
子をみれはくるしき事もやみぬ
はらたゝしき事もなくさみけり
おきな竹をとる事久しくなり
ぬいきほひまうのものになりに
けり此子いとおほきになりぬれは
なをみむろといんへのあきたを
よひてつけさすあきたなよ
竹のかくやひめとつけつこの
ほと三日うちあけあそふよろ

つのあそひをそしけるおとこは
うけきらはすよひつとへていに
かしこくあそふせかいのおのこあ
てなるもいやしきもいひてこのか
くやひめをえてしかなみてしか
なとをとにきゝめてゝまとふその
あたりのかきにも家のとにもをる
人たにたはやすくみるましき
物をよるはやすきいもねすやみの
夜にいてゝもあなをほりかひはみ

まとひあへるさるときよりなん
よはひとはいひける人の*『物/・/を』とも
せぬ所にまとひありけともなに
のしるしあるへくもみえす家の
人ともに物をたにいはんとて
いひかゝれともことゝもせすあた
りをはなれぬ君たち夜をあ
かし日をくらすおほかりをろか
なる人はようなきありきは
よしなかりけりとてこすなりに

けりそのなかになをいひけるは
いろこのみといはるゝかきり五人
おもひやむときなくよるひる
きけりそのなともいしつくりの
みこくらもちのみこ左大臣あへ
のみむらし大納言大伴の
みゆき中納言いそのかみのまろ
たり此人\/なりけり世中に
おほかる人をたにすこしもかたち
よしときゝてはみまほしうする

人ともなりけれはかくやひめ
をみまほしうて物もくはすお
もひつゝかの家にゆきてたえ
すみありきけれとかひあるへ
くもあらす文をかきておこす
れともかひなしとおもへと霜
月しはすのふりこほりみな月
のてりはたゝくにもさはらすき
たり此人々あるときは竹とりを
よひ出てむすめをわれにたへ

とふしおかみてをすりのたまへと
をのかなさぬ子なれは心にもし
たかはすなんあるといひて月
日すくすかゝれは此人\/家に
かへりて物を思ひいのりをし
くはんをたつ思ひやむへくも
あらすさりともつゐにおとこ
あはせさらんやはとおもひて
たのみをかけたりあなかちに
心さしをみえありくこれをみ

つけておきなかくやひめに
いふやう我このほとけへんけの
人と申なからこゝらおほきさ
まてやしなひたてまつる
心さしおろかならすおきなの申
さん事はきゝ給てんやといへは
かくやひめなに事をかのたまはん
ことはうけ給はらさらんへんけ
の物にて侍けん身ともしらす
おやとこそ思ひたてまつれと

いふおきなうれしくものたまふ
物かなといふおきなとし七十に
あまりぬけふともあすともしらす
此世の人はおとこは女にあふこと
をすをんなはおとこにあふ事
をすそのゝちなんかとひろく
もなり侍るいかてかさる事なく
てはおはせんかくやひめのいはく
なんてうさる事かし侍らんと
いへはへんけの人といふとも女の

身もち給へりおきなのあらん
かきりはかうてもいますかりなん
かしこの人々の年月をへて
かうのみいましつゝのたまふこ
とを思ひさためてひとり\/
にあひたてまつり給ねといへは
かくやひめいはくよくもあらぬ
かたちをふかき心もしらてあた
心つきなはのちくやしきことも
あるへきをと思ふはかりなり

世のかしこき人なりともふかき
心さしをしらてはあひかたしと
なん思ふといふおきないはく思ひ
のことくものたまふものかなそ
も\/いかやうなる心さしあらん
人にかあはんとおほすかはかり
心さしおろかならぬ人\/にこそ
あめれかくやひめのいはくなに
はかりのふかきをかみんといはん
いさゝかの事なり人の心さしひ

としかんやいかてかなかにおとり
まさりはしらん五人のなかにゆ
かしき物をみせたまへらんに
御心さしのまさりたりとてつ
かうまつらんとそのおはすらん
人\/に申給へといふよき事
なりとうけつ日くるゝほとれ
いのあつまりぬあるひはふえ
をふきあるひはうたをうたひ
あるひはしやうかをしあるひは

うそをふきあふきをならしなと
するにおきないてゝいはくかたし
けなくきたなけなる所にとし
月をへて物し給ふ事きはまり
たるかしこまりと申すおきな
のいのちけふあすともしらぬを
かくのたまふ君たちにもよくお
もひさためてつかうまつれと
申もことはりなりいつれもお
とりまさりおはしまさねは御心

さしのほとはみゆへしつかう
まつらん事はそれになんさた
むへきといへはこれよき事なり
人の御うらみもあるましきといふ
五人の人\/もよき事なりと
いへはおきないりていふかくやひ
めいしつくりのみこには仏の御
いしのはちといふ物ありそれ
をとりてたまへといふくらもち
のみこにはひかしのうみに

ほうらいといふ山あるなりそれに
しろかねをねとしこかねをくき
とししろきたまをみとして
たてる木ありそれ一えたおり
て給はらんといふいまひとりには
もろこしにあるひねすみのかは
きぬを給へ大伴の大納言には
たつのくひに五しきにひかる
玉ありそれをとりてたまへ
いそのかみの中納言にはつは
くらめのもたるこやすのかい一
つとりてたまへといふおきな
かたき事ともにこそあなれ
この國にある物にもあらすか
くかたき事をはいかに申さん
といふかくやひめなにかかたか
らんといへはおきなとまれ
かくまれ申さんとていてゝ
かくなんきこゆるやうにいひ給へ
といへはみこたちかんたちめ

きゝておいらかにあたりよりた
になありきそとやはのたまは
ぬといひてうんしてみなかへり
ぬ猶この女みて世にあるましき
心ちのしけれは天ちくにある物
ももてきぬ物かはと思ひめく
らしていしつくりのみこは心の
したくある人にててんちくに
二となきはちを百千萬里の
ほとゆきたりともいかてかとるへき

と思ひてかくやひめのもとには
けふなんてんちくへいしのはち
とりにまかるときかせて三
とせはかりやまとのくにとをち
のこほりにある山寺にひんつ
るのまへなるはちのひたく
ろにすみつきたるをとりて
にしきのふくろに入てつくり
はなのえたにつけてかくやひ
めの家にもてきてみせけれは

かくやひめあやしかりてみれは
はちのなかに文ありひろけて
みれは゛
 うみ山のみちに心をつくし
はてないしのはちのなみたな
かれきかくやひめひかりやあると
みるにほたるはかりのひかりたに
なし
 をく露の光をたにそやと
さましをくら山にてなにもとめけん

とて返しいた゛すはちをかとに
すてゝこの哥返しをす
 しら山にあへは光のみするかと
はちをすてゝもたのまるゝ哉
とよみていれたりかくやひめ
返しもせすなりぬみゝにも
きゝいれさりけれはいひかゝ
つらひてかへりぬかのはちをす
てゝ又いひけるよりそおもな
きことをははちをすつとはいひ

けるくらもちのみこは心たはかり
ある人にておほやけにはつ
くしの國にゆあみにまからん
とていとま申てかくやひめの
家には玉の枝とりになんま
かるといはせてくたり給につかう
まつるへき人\/みななには
まて御をくりしけるみこいと
しのひてとのたまはせて人
もあまたゐておはしまさす

ちかうつかうまつるかきりして
いてたまひぬ御をくりの人\/
見たてまつりをくりて帰りぬ
おはしぬと人にはみえ給て
三日はかりありてこきかへりた
まひぬかねてことみなおほせ
たりけれはそのときひとつ
のたかひなりけるかちたくみ
六人をめしとりてたはやすく
人よりくましき家をつくりて

かまとをみへにしこめてたくみを
入給つゝ御こもおなし所にこも
り給てしらせ給たるかきり
十六そをかみにくとをあけて
玉の枝をつくり給ふかくやひ
めのたまふやうにたかはすつくり
いてついとかしこくたはかりて
なにはにみそかにもて出ぬ舟
にのりて帰りきにけりと殿
につけやりていといたくくるし

かりたるさましてゐ給へりむ
かへに人おほくまいりたり玉の
枝をはなかひつに入て物お
ほひてもちてまいるいつかきゝ
けんくらもちのみこはうとん
けの花もちてのほり給へりと
のゝしりけりこれをかくやひめ
きゝて我はみこにまけぬへし
とむねつふれて思ひけりかゝる
ほとにかとをたゝきてくらもちの

みこおはしたりといへはあひた
てまつるみこのたまはく命を
すてゝかの玉の枝もちてき
たるとてかくやひめにみせたて
まつり給へといへはおきなもち
て入たりこの玉の枝にふみそ
つきたりける
 いたつらに身はなしつとも玉の枝を
たおらてたゝにかへらさらまし
これをあはれともみてをるに

竹とりのおきなはしり入てい
はく此みこに申給ひしほう
らいの玉の枝をひとつの所
あやまたすもておはしませり
何をもちてとかく申へきたひ
の御すかたなからわか御家へも
より給はすしておはしまし
たりはやこのみこにあひつかう
まつり給へといふに物もいはて
つらつえつきていみしうなけ

かしけに思ひたり此みこいま
さへなにかといふへからすといふ
まゝにゑんにはひのほり給ぬ
おきなことはりに思ふ此国に
見えぬ玉の枝なり此たひは
いかてかいなひ申さんさまも
よき人におはすなといひゐたり
かくやひめのいふやうおやのの給
事をひたふるにいなひ申さん
ことのいとおしさにとりかたき

物かくあさましくてもてきた
る事をねたく思ひおきな
ねやのうちしつらひなとす
おきなみこに申やういかなる
所にか此木はさふらひけんあや
しくうるはしくめてたき物にも
と申すみここたへてのたま
はくさをとゝしのきさらきの
十日比になにはより舟に
のりてうみの中にいてゝゆかん

かたもしらすおほえしかと思ふ
事ならて世中にいきてなにか
せんと思ひしかはたゝん浪風に
まかせてありく命しなはいかゝ
はせんいきてあらんかきりは
かくありてほうらいといふらん
山にあふやと波にこきたゝよひ
ありきてわか國のうちをはな
れてありきまかりしにある時
は波あれつゝ海のそこにもいり

ぬへくある時ほ風につけて
しらぬ国にふきよせられて
おにのやうなるものいてきて
ころさんとしきあるときはきし
かた行末もしらすうみにま
きれんとしきあるときはかて
つきて草のねをくひ物としき
あるときはいはんかたなくむく
つけゝなるものきてくひかゝらん
としきあるときはうみのかひを

とりて命をつくたひの空に
たすけ給へき人もなき所には
いろ\/のやまひをしてゆくかた
そらもおほえす舟のゆくに
まかせてうみにたゝよひて五
百日といふたつの時はかりに
うみのなかにはつかに山みゆ舟の
うちをなんせめてみるうみのうへに
たゝよへる山いとおほきにてあり
その山のさまたかくうるはしこれ

やわかもとむる山ならんと思ひて
さすかにおそろしくおほえて山
のめくりをさしめくらして二三日
はかりみありくに天人のよそ
ほひしたる女山の申より出き
てしろかねのかなまりをもちて
水をくみありくこれをみて
舟よりおりて山のなを何とか
申ととふ女こたへていはくこ
れはほうらいの山なりとこたふ
これをきくにうれしき事
かきりなし此女かくのたまふは
たれそととふわかなはうかんる
りといひてふと山の中に入
ぬその山みるにさらにのほるへき
やうなしその山のそはひらをめく
れは世中になき花の木とも
たてりこかねるりいろの水山
よりなかれ出たりそのかは色\/
の玉のはしわたせりそのあたり

にてりかゝやく木ともたてりそ
のなかに此とりてまうてきたりし
はいとわろかりしかとものたまひし
にたかはましかはと此花をおり
てまうてきたるなり山はかきり
なくおもしろく世にたとふへきに
あらさりしかと此枝をおりて
しかはさらに心もとなくて舟に
のりてをひ風ふきて四百よ日
になんまうてきにし大くわんり

きにやなにはよりきのふなんみや
こにまうてきつるさらにしほに
ぬれたる衣をたにぬきかへなて
なんこちまうてきつるとの給
へはおきなきゝてうちなけき
てよめる

 くれ竹のよゝの竹とり野山にも
さやはさひしきふしをのみみし
これをみこきゝてこゝらの日こ
ろ思ひわひ侍る心はけふなん

おちゐぬるとのたまひて返し
 我袂けふかはけれはわひしさの
ちくさのかすも忘られぬへし
との給かゝる程におとことも六
人つらねてにはかにいてきたり
一人のおとこふはさみにふみを
はさみて申くかんつかさのた
くみあやへのうちまろ申さく
玉の木をつくりつかうまつりしこと
五こくをたちて千よ日に力を

つくしたる事すくなからすしかる
にろくいまた給はらすこれを給
てわろきけこに給けんといひて
さゝけたり竹とりの翁このたく
みらか申事はなに事そと
かたふきをり御子はわれにもあらぬ
けしきにてきもきえゐ給へり
これをかくやひめきゝて此たて
まつる文とれといひてみれは
文に申けるやうみこの君千日

いやしきたくみらともろともにお
なし所にかくれゐ給ひてかしこ
き玉のえたつくらせ給てつか
さも給はんとおほせ給きこれを
このころあんするに御つかひとお
はしますへきかくや姫のえうし
給へきなりけりとうけ給はりて
此宮より給はらんと申て給はる
へきなりといふをきゝてかくやひ
めのくるゝまゝにおもひわひつる

心ちわらひさかへておきなをよひ
とりていふやうまことにほうらい
の木かとこそ思ひつれかくあさ
ましきそらことにてありけれは
はやく返し給へといへはおきな
こたふさたかにつくらせたる物と
きゝつれは返さん事いとやすし
とうなつきをりかくやひめの心ゆ
きはてゝ有つる哥の返し
 まことかときゝてみつれはことのはを

かされる玉の枝にそ有ける
といひて玉の枝も返しつ竹
とりのおきなさはかりかたらひつる
かさすかにおほえてねふりをり
みこはたつもはしたゐるもはし
たにてゐ給へり日の暮ぬれは
すへりいて給ぬかのうれへせし
たくみをはかくやひめよひすへて
うれしき人ともなりといひて
ろくいとおほくとらせ給たくみら

いみしくよろこひて思ひつるやう
にもあるかなといひてかへる道にて
くらもちのみこちのなかるゝまて
調せさせ給ろくえしかひもなく
みなとりすてさせ給てけれは
にけうせにけりかくて此みこは
一しやうのはちこれにすくるはあらし
女をえすなりぬるのみにあらす
天下の人の見おもはんことのは
つかしき事とのたまひてたゝ

一ところふかき山へ入給ぬ宮つ
かささふらふ人\/みなてをわか
ちもとめたてまつれとも御しにも
やしたまひけんえみつけたて
まつらすなりぬ御子の御ともに
かくし給はんとて年ころ見え給
はさりけるなりけりこれをなん
玉さかるとはいひはしめけり
左大臣あへのみむらしはたからゆ
たかに家ひろき人にそおはし

けるそのとしきたりけるもろこし
舟のわうけいといふ人のもとに
文をかきてひねすみのかはといふ
なる物かひておこせよとてつ
かうまつる人の中に心たしかなる
をえらひて小野のふさもりと
いふ人をつけてつかはすもてい
たりてかのもろこしにをるわうけ
いにこかねをとらすわうけい文
をひろけてみて返事かくひ

ねすみのかは衣此國になきもの
なりをとにはきけともいまたみ
ぬなりよにある物ならはこの国にも
もてまうてきなましいとかたき
あきなひなりしかれとももし天
ちくにたまさかにもてわたりなは
もしちやうしやのあたりにとふらひ
もとめんになき物ならはつかひに
そへてかねをは返したてまつ
らんといへりかのもろこし舟き

けりをのゝふさもりまうてきて
まうのほるといふ事をきゝて
あゆみとうする馬をもちてはし
らせむかへさせ給ときに馬に
のりてつくしよりたゝ七日に
のほりまうてきたり文をみるに
いはくひねすみのかは衣からうし
て人をいたしてもとめてたてま
つるいまの世にもむかしの世にも
此かはゝたはやすくなき物なりけり

むかしかしこき天ちくのひしり
此國にもてわたりて侍ける物の
山寺にありときゝをよひておほ
やけに申てからうしてかひとり
てたてまつるあたひのこかねすく
なしとこくしつかひに申しかは
わうけいか物くはへてかひたり
いまこかね五十両たまはるへし
舟のかへらんにつけてたひをく
れもしかねたまはぬならはかの衣

のしち返したへといへることをみ
てなにおほすいまかねすこしに
こそあなれうれしくしておこせ
たるかなとてもろこしのかたに
むかひてふしおかみ給此かは衣
いれたるはこをみれはくさ\/の
うるはしきるりをいろえてつく
れりかはきぬをみれはこんしやう
の色なりけのすゑにはこかね
のひかりしさらきたりたからとみえ
うるはしき事ならふへき物なし
ひにやけぬ事よりもけうら
なる事ならひなきうへかくや
ひめこのもしかり給にこそあり
けれとのたまふてあなかしこ
とてはこに入てものゝえたに
つけて御身のけさういといた
くしてやかてとまりなんとお
ほして哥よみくはへてもちて
いましたりその哥は

 かきりなき思ひにやけぬかは衣
たもとかはきてけふこそはきめ
といへり家のかとにもていたりて
たてり竹とりいてきてとりい
れてかくやひめにみすかくやひ
めのかはきぬをみていはくうる
はしきかはなめりわきてまこ
とのかはならんともしらす竹とり
こたへていはくとまれかくまれ
しやうし入たてまつらん世中に
見えぬかはきぬのさまなれは
これをと思ひ給ぬ人ないたく
わひさせ給たてまつらせ給そと
いひてよひすへたてまつれり
かくよひすへて此たひはか
ならすあはんと女の心にも思ひ
をり此おきなはかくやひめの
やもめなるをなけかしけれは
よき人にあはせんと思ひはか
れとせちにはいなといふ事

なれはえしゐぬはことはり也
かくやひめおきなにいはく此かは
衣はひにやかんにやけすはこそ
まことならめと思ひて人のいふ
事にもまけめ世になき物なれ
はそれをまことゝうたかひなく
おもはんとのたまふ猶これを
やきて心みんといふおきなそれ
さもいはれたりといひて大臣に
かくなん申といふ大臣こたへて

いはく此かはゝもろこしにもなかり
けるをからうしてもとめたつ
ねえたるなりなにのうたかひあ
らんさは申せともはややき
てみ給へといへはひのなかに
うちくへてやかせ給にめら\/と
やけぬされはこそことものゝかは
なりけりといふ大臣これをみ
給ひてかほは草の葉の色にて
ゐ給へりかくやひめはあなう

れしとよろこひてゐたりかのよ
み給へる哥の返しはこに入て
かへす
 なこりなくもゆとしりせはかは衣
おもひのほかにをきてみましを
とそありけるされはかへりいまし
にけり世の人\/あへの大臣
ひねすみのかは衣もていまして
かくやひめにすみ給ふとなこゝに
やいますなとゝふある人のいはく

かはゝひにくへてやきたりしかはめ
ら\/とやけにしかはかくやひめ
あひ給はすといひけれはこれ
をきゝてそとけなきものをは
あへなしといひける大伴のみ
ゆきの大納言はわか家にあり
とある人めしあつめてのたま
はくたつのくひに五色にひかる
玉あなりそれとりてたてまつ
りたらん人にはねかはんことを

かなへんとのたまふおのことも
おほせのことをうけたまはりて
申さくおほせの事はいともたう
としたゝし此玉たはやすくえ
とらしをいはんやたつのくひの
玉はいかゝとらんと申あへり大
納言の給てんのつかひといはん
ものはいのちをすてゝもをのか
君のおほせことをはかなへんと
こそ思へけれ此國になきてん

ちく唐の物にもあらす此国の
海山よりたつはをりのほる物也
いかに思ひてかきんちらかたき
物と申へきおのことも申やう
さらはいかゝはせんかたなき事也
ともおほせことにしたかひて
もとめまからんと申に大納
言御はらゐてなんちらか君
のつかひと名をなかしつ君の
おほせことをはいかゝはそむく

へきとのたまひてたつのくひの
玉とりにとていたしたて給此
人\/のみちのかてくひ物にとの
うちのきぬわたせになとあるか
きりとりいてゝそへてつかはす此
人\/ともかへるまていもゐをして
われはをらん此玉とりえては
家にかへりくなとのたまはせ
けりをの\/おほせうけ給はり
てまかりいてぬたつのくひの

玉とりえすはかへりくなとのた
まへはいつちも\/あしのむき
たらんかたへいなんすかゝる
すきことをしたまふとそしり
あへり給はせたる物をの\/わ
けつゝとるあるひはをのか家に
こもりゐあるひはをのかゆかまほし
き所へいぬおや君と申とも
かくつたなきことをおほせ給ふ
ことも事ゆかぬ物ゆへ大納言

をそしりあひたりかくやひめ
すへんにはれいのやうにはみに
くしとのたまひてうるはしき
屋をつくり給てうるしをぬり
まきゑしてかへし給て屋のうへ
にはいとをそめていろ\/に
ふかせてうちのしつらひにはいふ
へくもあらぬあやをり物にゑをか
きてまことにはりたりもとのめ
ともはかくや姫をかならすあはん

まうけしてひとりあかしくらし
給つかはしゝ人はよるひるまち
給に年こゆるまてをともせす
心もとなかりていとしのひてたゝ
とねり二人めしつきとしてやつ
れ給てなにはのへんにおはし
ましてとひ給事は大伴の
大納言とのゝ人や舟にのりて
たつころしてそかくひの玉と
れるとやきくととはするに

舟人こたへていはくあやしき
事かなとわらひてさるわさする
舟もなしとこたふるをちなき
事する舟人にもあるかなえしら
てかくいふとおほしてわかゆみ
のちからはたつあらはふといころし
てくひの玉はとりてんをそく
くるやつはらをまたしとの給て
舟にのりうみことにありき給に
いととをくてつくしのかたの海

にこきいて給ぬいかゝしけんはや
き風ふきてせかいくらかりて舟
をふきもてありくいつくのかた
ともしらす舟をうみ中にまか
り入ぬへくふきまはしてなみは
舟にうちかけつゝまきいれかみは
おちかゝるやうにひらめくかゝるに
大納言はまとひてまたかゝるわ
ひしきめみすいかならんとするを
の給ふかちとりこたへて申こゝら

舟にのりてまかりくにまたかく
わひしきめをみすみ舟うみの
そこにいらすはかみおちかゝりぬへし
もしさいはひに神のたすけあら
はみなみのうみにふかれおはし
ぬへしうたてあるぬしのみもとに
つかうまつりてすゝろなるしに
をすへかめるかなとかちとりなく
大納言これをきゝての給はく舟
にのりてはかちとりの申ことを

こそたかき山とたのめなとかくた
のもしけなく申そとあをへとを
つきての給かちとりこたへて
申神ならねはなにわさをか
つかうまつらん風ふき波はけし
けれとも神さへいたゝきにおち
かゝるやうなるはたつをころさん
ともとめ給へはあるなりはや
てもりうのふかする也はや神
にいのり給へといふよきことなり

とてかちとりの御神きこしめせ
となく心おさなくたつをころさん
と思ひけりいまより後はけのすゑ
一すちをたにうこかしたてまつらし
とよことをはなちてたちゐなく\/
よはひ給事ちたひはかり申
給ふけにやあらんやう\/神
なりやみぬすこしひかりて風は
なをはやくふきかちとりのいはく
これはたつのしわさにこそあり

けれ此ふく風はよきかたの風
なりあしきかたの風にはあらす
よきかたにおもむきてふくなり
といへとも大納言これをきゝい
れ給はす三四日ふきてふきかへし
よせたりはまをみれははり
まのあかしのはまなりけり大納
言南海のはまに吹よせられ
たるにやあらんといきつきふし
給へり舟にあるおのことも国に

つけたれとも國のつかさまうて
とふらふにもえおきあかり給はて
ふなそこにふし給へり松原に
御むしろしきておろしたてまつる
その時にそ南海にあらさりけりと
思ひてからうしておきあかりた
まへるをみれは風いとおもき人
にてはらいとふくれこなたかなた
のめにはすもゝをふたつつけたる
やう也これをみてそ国のつかさも

ほゝゑみたるくにゝおほせ給て
たこしつくらせ給てやう\/にな
はれ給て家に入給ぬるをいかて
かきゝけんつかはしゝおのことも
まいりて申やうたつのくひの玉
をえとらさりしかはなんとのへも
えまいらさりし玉のとりかたかりし
事をしり給へれはなんかんたう
あらしとてまいりつると申大納
言おきゐての給くなんちらよく

もてこすなりぬたつはなか神の
るいにてありけれそれか玉を
とらんとてそこらの人\/かいせ
られなんとしけりましてたつを
とらへましかはこともなく我はかい
せられなましよくとらへすなり
にけりかくやひめてふ大ぬす人
のやつか人をころさんとする也
けり家のあたりたにいまはとをらし
をのこともゝなありきそとて家

にすこしのこりたりける物ともは
たつの玉をとらぬものともにた
ひつこれをきゝてはなれ給ひし
もとのうへははらをきりてわら
ひ給いとをふかせつくりし屋は
とひからすのすにみなくひもて
いにけり世かいの人のいひけるは
大伴の大納言はたつのくひの
玉やとりておはしたるいなさも
あらす御まなこ二にすもゝの

やうなる玉をそへていましたると
いひけれはあなたへかたといひける
よりそ世にあはぬ事をはあな
たへかたとはいひはしめける中納
言いそのかみのまろたりの家に
つかはるゝをのことものもとにつ
はくらめのすくひたらはつけよと
のたまふをうけたまはりてなにの
ようにかあらんと申こたへての
給やうつはくらめのもたるこやす

のかいをとらんようなりとの給
おのこともこたへて申つはくらめ
をあまたころしてみるたにも
はらになき物也たゝし子うむ
時なんいかてかいたすらんはらかく
かと申人たにみれはうせぬと申
又人の申やうはおほいつかさの
いひしくやのむねにつくのあな
ことにつはくらめはすをくひ侍
かそれにまめならんおのことも

をいてまかりてあくらをゆひ
あけてうかゝはせんにそこらのつは
くらめこうまさらんやはさてこそ
とらめし給はめと申す中納言
よろこひ給ておかしきことにも
あるかなもつともえしらさりつる
けうある事申たりとの給て
まめなるおのことも廿人はかりつ
かはしてあなゝいにあけすへられ
たり殿よりつかひひまなく

たまはせてこやすの貝とりた
るかととはせ給つはくらめも
人のあまたのほりゐたるにおち
てすにものほりこすかゝるよしの
返事を申たれはきゝ給てい
かゝすへきとおほしわつらふに
かのつかさの官人くらつまろと
申おきな申やうこやすかいとらん
とおほしめさはたはかり申さん
とて御まへにまいりたれは中納言

ひたひをあはせてむかひ給へり
くらつ丸か申やう此つはくら
めこやすかいはあしくたはかり
てとらせ給なりさてはえとらせ
給はしあなゝいにおとろ\/しく
廿人ののほりて侍れはあれて
よりまうてこすせさせ給へき
やうはこのあなゝいをこほちて
人みなしりそきてまめならん
人のひとりをこにのせすへて

つなをかまへて鳥の子むまん
あひたにつなをつりあけさせ
てふとこやすかいをとらせ給はん
なんよかるへきと申中納言の
給やういとよき事やとて
あなゝいをこほし人みなかへり
まうてきぬ中納言くらつ丸に
のたまはくつはくらめはいかなる
時にか子うむとしりて人をは
あくへきとの給くらつ丸申やう

つはくらめ子うまんとする時は
おをさゝけて七とめくりて
なんうみおとすめるさて七と
めくらんおりひきあけてその
おりこやすかいはとらせ給へと
申中納言よろこひ給てよろ
つの人にもしらせ給はてみそ
かにつかさにいましておのことも
の中にましりてよるをひるに
なしてとらしめ給くらつまろ

かく申をいといたくよろこひの
たまふこゝにつかはるゝ人にも
なきにねかひをかなふるうれし
きとのたまふて御そぬきて
かつけ給つさらによさりこの
つかさにまうてことの給て
つかはしつ日くれぬれはかの
つかさにおはしてみ給ふに
まことにつはくらめすつくれり
くらつまろ申やうおうけて

めくるにあらたに人をのほせて
つりあけさせてつはくらめの
すにてさし入させてさくるに
物かなしと申に中納言あしく
さくれはなきなりとはらたち
てたれはかりおほえんにとて我
のほりてさくらんとのたまふて
こにのりつられのほりてうかゝ
ひ給へるにつはくらめおをさゝ
けていたくめくるにあはせて

てをさゝけてさくり給に手に
ひらめる物さはるときにわれ
物にきりたるいまはおろしてよ
おきなしえたりとの給あつ
まりてとくおろさんとてつ
なをひきすくしてつなたゆ
るすなはちにやしまのかなへ
のうへにのけさまにおち給へ
り人\/あさましかりてより
てかゝへたてまつれり御めは

しらめにてふし給へり人\/水を
すくひ入たてまつるからうして
いき出給へるに又かなへのうへよ
りてとりあしとりしてさけお
ろしたてまつるからうして御こゝ
ちはいかゝおほさるゝととへは
いきのしたにて物はすこしおほ
ゆれとこしなんうこかれぬさ
れとこやすかいをふとにきり
もたるはうれしくおほゆる也

まつしそくさしてこゝの貝か
ほと御くしもたけて御てをひ
ろけ給へるにつはくらめのひ
りをけるふんをにきり給へる
なりけりそれをみたまひて
あなかひなのわさやとの給
けるよりそ思ふにたかふ事を
はかひなしとはいひけるかひにも
あらすみ給けるに御心ちもた
かひてからひつのいれられ給へ

らんもあらす御こしはおれに
けり中納言はいゝいけるわさして
やむことを人にきかせしとし給
けれとそれをやまひにていと
よはくなり給ひにけりかひをは
とらすなりにけるよりも人のきゝ
わらはん事を日にそへて思ひ
給ひけれはたゝにやみしぬるよ
りも人きゝはつかしくおほえ給
なりけりこれをかくや姫きゝて

とふらひにやるうた
 年をへて波たちよらぬすみのえの
まつかひなしときくはまことか
とあるよみてきかすいとよはき
心にかしらもたけて人にかみを
もたせてくるしき心にからうして
かき給
 かひはなくありける物をわひ
はてゝしぬるいのちをすくひやは
せぬとかきてたえ入給ぬこれを

きゝてかくやひめすこしあはれと
おほえけりそれよりなんすこし
うれしき事をはかひありとは
いひけるさてかくやひめかたちの世に
にすめてたき事をみかときこし
めして内侍なかとみのふさこに
のたまふおほくの人の身をいた
つらになしてあはさなるかくやひめ
はいかはかりなる女そとまかりてみ
てまいれとのたまふふさこうけ

たまはりてまかれり竹とりの家
にかしこまりてしやうしいれてあ
へり女に内侍のたまふおほことに
かくやひめのかたちいうにおはす
なりよくみてまいるへきよしのた
まはせつるになんまいりつると
いへはさらはかく申侍らんといひ
て入ぬかくや姫にはやかの御つか
ひにたいめんし給へといへはかく
や姫よきかたちにもあらすいかてか

みゆへきといへはうたてものたまふ
かなみかとの御つかひをはいかてかお
ろかにせんといへはかくやひめのこた
ふるやうみかとのめしてのたまはん
事かしこしとも思はすといひ
てさらにみゆへくもあらすむめる子
のやう\/にいひけれは心のまゝ
にもえせめす内侍のもとにかへり
出てくちおしく此おさなきものは
こはく侍るものにてたいめんすまし

きと申内侍かならすみてまいれ
とおほせことありつる物をみたて
まつらてはいかてかかへりまいらん
國王のおほせことをまさに世に
すみ給はん人のうけ給はり給は
てありなんやいはれぬ事なし
給ひそとことははつかしくいひ
けれはこれをきゝてましてかく
やひめきくへくもあらす國王の
おほせことをそむかははやころし

給ひてよかしといふ此内侍かへり
まいりてこのよしをそうすみかと
きこしめしておほくの人ころし
ける心そかしとのたまふてやみに
けれとなをおほしおはしまして
此女のたはかりにやまけんとおほし
ておほせ給なんちかもちて侍るか
くやひめたてまつれかほかたち
よしときこしめして御つかひたひし
かとかひなく見えすなりにけり

かくたい\/しくやはならはすへき
とおほせらるおきなかしこまりて
御返事申やう此めのわらはゝた
えてみやつかへつかうまつるへくも
あらす侍るをもてわつらひ侍る
さりともまかりておほせ給んと
そうすこれをきこしめしておほせ
給なとかおきなのてにおほしたて
たらんものを心にまかせさらん
この女もしたてまつりたる物ならは

おきなにかうふりをなとか給はせ
さらんおきなよろこひて家に
かへりてかくやひめにかたらふやう
かくなんみかとのおほせ給へるなを
やはつかうまつり給はぬといへはかく
やひめこたへていはくもはらさやう
の宮つかへつかうまつらしと思ふを
しゐてつかうまつらせ給はゝきえう
せなんす御つかさかうふりつかうま
つりてしぬはかり也おきないらふる

やうなし給ふつかさかうふりもわか
子をみたてまつらてはなにゝかは
せんさはありともなとか宮つかへ
をしたまはさらんしに給へきやう
やあるへきといふ猶そらことかと
つかうまつらせてしなすやあると
見給へあまたの人の心さしおろか
ならさりしをむなしくなしてしこそ
あれきのふけふみかとのの給はん
事につかん人きゝやさしといへは

おきなこたへていはくてんかの事は
とありともかゝりとも御いのちあやう
きこそおほきなるさはりなれは
猶かうつかうまつるましき事を
まいりて申さんとてまいりて申
やうおほせことのかしこさにかのわら
はをまいらせんとてつかうまつれは
宮つかへに出したてはしぬへしと
申宮つこまろかてにうませたる
子にもあらすむかし山にてみつけ

たりかゝれは心はせも世の人に
にす侍とそうせさすみかとおほ
せ給みやつこ丸か家に山もとち
かくなり御かりみゆきし給はんやう
にてみてんやとのたまはす宮
つこ丸申やういとよき事や
なにか心もなくて侍んにふとみゆ
きして御らんせん御らんせられなん
とそうすれはみかとにはかに日を
さためて御かりに出給ふてかく

やひめの家に入給ふてみたまふに
ひかりみちてきよらにてゐたる人
ありこれならんとおほしてちかく
よらせ給ににけている袖をとらへ
給へはおもてをふたきてさふらへと
はしめよく御らんしつれはたくひ
なくめてたくおほえさせ給てゆ
るさしとすとていておはしまさん
とするにかくやひめこたへそうす
をのか身は此国にうまれて侍らは

こそつかひ給はめいとゐておはし
ましかたく侍んとそうすみかと
なとかさあらん猶ゐておはしまさん
と御こしをよせ給に此かくや姫ふと
かけになりぬはかなくくちおしと
おほしてけにたゝ人にはあらさり
けりとさらは御ともにはゐていかし
もとの御かたちとなり給ねそれ
をみてたに帰なんとおほせらるれ
はかくやひめもとのかたちになりぬ

みかとなをめてたくおほさるゝ事
せきとめかたしかくみせつるみやつ
こまろをよろこひ給ひさてつかう
まつる百官人\/あるしいかめしう
つかうまつるみかとかくやひめをとゝ
めてかへり給はんことをあかすく
ちおしくおほしけれと玉しゐを
とゝめたる心ちしてなんかへらせ
給ける御こしにたてまつりてのち
にかくやひめに

 かへるさのみゆきものうくおもほえて
そむきてとまるかくやひめゆへ
御かへりこと
 むくらはふ下にも年はへぬる身の
なにかは玉のうてなともみん
これをみかと御らんしていかゝかへり
給はんそらもなくおほさる御心は
さらにたちかへるへくもおほされさり
けれとさりとて夜をあかし給へき
にあらねはかへらせ給ぬつねに
つかうまつる人をみたまふにかくや
ひめのかたはらによるへくたにあらさり
けりこと人よりはけうらなりと
おほしける人もかれにおほしあは
すれは人にもあらすかくやひめの
み御心にかゝりてたゝひとりすみし
給よしなく御かた\/にもわたり給
はすかくやひめの御もとにそ御文
をかきてかよはせ給御かへりさすか
ににくからす聞えかはし給ておもし

ろく木草につけても御うたをよ
みてつかはすかやうに御心をたかひ
になくさめ給ほとに三とせはかり
ありて春のはしめよりかくや姫
月のおもしろう出たるをみてつ
ねよりも物思ひたるさま也ある人
の月のかほみるはいむことに
せいしけれともともすれは人
まにも月をみてはいみしくなき
給ふ七月十五日の月もいてゐて

せちに物思へるけしきなりちかく
つかはるゝ人\/竹とりのおきな
につけていはくかくやひめのれい
も月をあはれかり給へとも此ころ
となりてはたゝことにも侍らす
めりいみしくおほしなけく事あ
るへしよく\/みたてまつらせ給
へといふをきゝてかくやひめに
いふやうなんてう心ちすれはかく
物を思ひたるさまにて月を見

給ふそうとましき世にといふかく
や姫みれはせけん心ほそくあは
れに侍るなてう物をかなけき
侍るへきといふかくや姫のある所
にいたりてみれはなを物思へる
けしきなりこれをみてあかほとけ
なに事思ひ給ふそおほすらん
事なに事そといへは思ふこと
なし物なん心ほそくおほゆると
いへはおきな月な見給ひそ

これを見給へは物おほすけし
きはあるそといへはいかて月を
みてはあらんとて猶月出れは
いてゐつゝなけき思へり夕やみには
物思はぬけしきなり月のほとに
なりぬれは猶時\/はうちな
けきなきなとすこれをつかふ
ものともなを物おほす事あるへし
とさゝやけとおやをはしめて
なに事もしらす八月十五日

はかりの月に出てかくやひめ
いといたくなき給人めもいまは
つゝみ給はすなき給これを
見ておやともゝなに事そと
とひさはくかくやひめなく\/
いふさき\/も申さんと思ひし
かともかならす心まとはし給
はん物そと思ひていまゝて
すこし侍りつるなりさのみやは
とてうち出侍りぬるそをのか身

は此國の人にもあらす月のみや
この人なりそれをなんむかしの
ちきりありけるによりなん此
せかいにはまたてきたりけるいま
はかへるへきになりにけれはこの
月の十五日にかのもとの国より
むかへに人\/まうてこんすさ
らすまかりぬへけれはおほし
なけかんかかなしきことをこの
春より思ひなけき侍るなりと

いひていみしくなくをおきな
こはなてう事のたまふそ
竹の中よりみつけ聞えたりし
かとなたねのおほきさおは
せしをわかたけたちならぬまて
やしなひたてまつりたる
わか子をなに人かむかへき
こえんまさにゆるさんやといひ
てわれこそしなめとてなき
のゝしる事いとたへかたけ也

かくやひめめいはく月のみやこ
の人にてちゝはゝありかた時の
あひたとてかの国よりまうて
こしかともかく此国にはあまた
のとしをへぬるになんありける
かの国のちゝはゝの事もお
ほえすこゝにはかくひさしく
あそひきこえてならひたて
まつれりいみしからん心ちも
せすかなしくのみあるされと

をのか心ならすまかりなんと
するといひてもろともにいみし
うなくつかはるゝ人にもとし
ころならひたちわかれなん
事を心はへなとあてやかに
うつくしかりつることをみな
らひて恋しからん事のたへ
かたくゆ水のまれすおなし
心になけかしかりけり此ことを
みかときこしめして竹とり

か家に御つかひつかはさせ
給御つかひにたけとりいて
あひてなく事かきりなし
此事をなけくにひけもしろ
くこしもかゝまりてめもたゝ
れにけりおきなことしは五十
はかりなりけれとも物思ふには
かた時になんおひになりに
けりとみゆ御つかひおほせ
事とておきなにいはくいと

心くるしく物思ふなるはまこと
かとおほせ給竹とり申此
十五日になん月のみやこより
かくやひめのむかへにまうて
くなるたうとくとはせ給此
十五日には人\/たまはりて
月のみやこの人まうてこは
とらへさせんと申御つかひか
へりまいりておきなのあり
さま申てそうしつる事とも

申をきこしめしての給一めみ
給ひし御心にたにわすれ給
はぬにあけくれみなれたる
かくやひめをやりていかゝ思ふへ
きかの十五日つかさ\/に
おほせて勅使少将高野の
おほくにといふ人をさして
六衛のつかさあはせて二千
人の人を竹とりか家につか
はす家にまかりてついち

のうへに千人屋のうへに千人
家の人\/いとおほかりける
にあはせてあけけるひまも
なくまもらす此まもる人\/
もゆみやをたいしておもや
のうちには女ともをはんに
をりてまもらす女ぬりこめ
のうちにかくやひめをいたき
たかへてをりおきなもぬり
こめのとをさしてとくちに

をりおきなのいはくかはかりまも
る所に天の人にもまけんやと
いひて屋のうへにおる人\/に
いはくつゆも物そらにかけらは
ふといころし給へまもる人\/
のいはくかはかりしてまもる所に
かはかり一たにあらはまついころし
てほかにさらんと思ひ侍ると
いふおきなこれをきゝてたのもし
かりをりこれをきゝてかくや

ひめはさしこめてまもりたゝ
かふへきしたくみをしたりとも
あの國の人をえたゝかはぬ也
ゆみやしていられしかくさし
こめてありともかの国の人\/
はみなあきなんとすあひ
たゝかはんとすともかの國の
人きなはたけき心つかふ人
もよもあらしおきなのいふ
やう御むかへにこん人をはなかき

つめしてまなこをつかみつふ
さんさかゝみをとりかなくり
おとさんさかしりをかきいてゝ
こゝらはらたちをるかくや姫
いはくこはたかになのたまひ
そ屋のうへにをる人ともの
きくにいとまさなしいま
すかりつる心さしおもひもしら
てまかりなんする事のくち
おしうてけりなかきちきり

のなかりけれはほとなくま
かりぬへきなめり思ふかかなし
くて侍るなりおやたちの
かへりみをいさゝかたにつかう
まつらてまからんみちもやす
くもあるましきに日ころもい
てゐてことしはかりのいとま
を申つれとさらにゆるさ
れぬによりてなんかく思ひ
なけき侍る御こゝろをのみ

まとはしてさりなんことのかなし
くたへかたく侍るなりかの
みやこの人はいとけうらに
おいをとすなんおもふ事
もなく侍るなりさる所へま
からんするもいみしくも侍ら
すおひおとろへ給へるさま
をみたてまつらさらんこそ
恋しからめといひておき
なむねいたき事なし給ひ

そうるはしきすかたしたり
つかひにもさはらしとねたみ
をりかゝるほとによひすきて
ねのときはかりに家のあ
たりひるのあかさにもす
きてひかりたりもち月
のあかさを十あはせたる
はかりにてある人のけの
あなさへみゆるほとなり大
そらより人雲にのりて

おりきてつちより五尺は
かりあかるほとにたちつら
ねたりこれをみてうちと
なる人の心とも物におそ
はるゝやうにてあひたゝか
はん心もなかりけりからうし
て思ひおこして弓矢を
とりたてんとすれとも手に
ちからもなくてなえかゝり
たり中に心さかしきものねんし

ていんとすれともほかさま
へいきけれはあれもたゝ
かはて心ちたゝしれにしれ
てまもりあへりたてる人
ともは装束のきよらなる
事物にもにすとふ車
一くしたりらかはさしたり
その中にわうとおほしき
人家に宮つこまろにて
こといふにたけく思ひつる

宮つこまろも物にゑひたる
心ちしてうつふしにふせり
いはくなんちおさなき人
いさゝかなるくとくをおきな
つくりけるによりてなんちか
たすけにとてかた時のほと
とてくたしゝをそこらの年
ころそこらのこかね給て身
をかへたることなりにたり
かくやひめはつみをつくり

給へりけれはかくいやしき
をのれかもとにしはしおはし
つる也つみのかきりはてぬ
れはかくむかふるをなをな
けくあたはぬ事也はや出し
たてまつれといふおきな
こたへて申かくやひめをやし
なひたてまつる事廿よ年
になりぬかた時との給に
あやしくなり侍ぬ又こと所に

かくや姫と申人そおはすらん
といふこゝにおはするかくや
ひめはをもきやまひをし給
へはえいておはしますましと
申せはその返事はなくてや
のうへにとふ車をよせていさ
かくやひめきたなき所にいかて
か久しくおはせんといふたてこ
めたる所の戸すなはちたゝあ
きにあきぬかうしともゝ人は

なくしてあきぬ女いたきて
ゐたるかくや姫とに出ぬえ
とゝむましけれはたゝさし
あふきてなををり竹とり
心さしとひてなきふせる所に
よりてかくやひめこゝに心にも
あらてかくまかるにのほらん
をたにみをくり給へといへとも
なにしにかなしきにみをくり
たてまつらんわれをいかにせよ

とてすてゝはのほり給ふそ
くしてゐておはせねとなき
てふせれは御心まとひぬ文
をかきをきてまからん恋し
からんおり\/とり出て見給
へとてうちなきてかくことはゝ
此国にむまれぬるとならは
なけかせたてまつらぬほとまて
侍らてすきわかれぬる事
返\/ほいなくこそおほえ

侍れぬきをくきぬをかたみと
見たまへ月の出たらん夜は
みおこせ給へみすてたてま
つりてまかる空よりもおち
ぬへき心ちするとかきをく
天人の中にもたせたるはこ
ありあまのはころもいれり
又あるはふしのくすりいれり
ひとりの天人いふつほなる御
くすりたてまつれきたなき

所のものきこしめしたれは
御心ちあしからん物そとても
てよりたれはいさゝかなめ給
てすこしかたみとてぬきを
くきぬにつゝまんとすれは
ある天人つゝませすみそを
とり出てきせんとすその時に
かくやひめしはしまてといふ
きぬみせつる人は心ことに
なるなりといふ物ひとこと

いひをくへき事ありけりと
いひて文かく天人をそしと
心もとなかり給かくや姫物しら
ぬことなの給そとていみしく
しつかにおほやけに御ふみた
てまつり給あはてぬさまなり
かくあまたの人を給ひてとゝ
めさせ給へとゆるさぬむかへ
まうてきてとりいてまかり
ぬれはくちおしくかなしき事

みやつかへつかうまつらすなり
ぬるもかくわつらはしき身にて
侍れは心えすおほしめされ
つゝめとも心つよくうけ給
はらすなりにし事なめけなる
物におほしめしとゝめられ
ぬるなん心にとまり侍ぬとて
 いまはとて天のは衣きるおりそ
君をあはれと思ひいてける
とてつほのくすりそへて頭中

将よひよせたてまつらす中
将に天人とりてつたふ中
将とりつれはふとあまの
は衣うちきせたてまつりつ
れはおきなをいとおしかなし
とおほしつる事もうせぬ
此きぬきつる人はもの思ひ
なくなりにけれはくるま
にのりて百人はかり天人
くしてのほりぬそのゝち

おきな女ちのなみたをなかし
てまとへとかひなしあのかき
をきし文をよみきかせけ
れとなにせんにかいのちも
おしからんたかためにかなに
事もようもなしとてく
すりもくはすやかておきも
あからてやみふせり中将人\/
ひきくしてかへりまいりて
かくやひめをえたゝかひとめ

すなりぬる事こま\/と
そうすくすりのつほに御
文そへてまいらす*〔○/ひ〕ろけて
御らんしていといたくあはれ
からせ給て物もきこしめさ
す御あそひなともなかり
けり大臣かんたちへをめし
ていつれのところか天に
ちかきととはせ給ふにある
人そうするるかのくにゝ

あるなる山なんこのみやこも
ちかく天もちかく侍ると
そうすこ九をきかせたま
ひて
 あふことも
   なみたにうかふ
      わか身には
  しなぬくすりも
    なにゝかは
         せん

かのたてまつるふしのく
すりに又つほくして御
つかひにたまはすちよく
しにはつきのいはかさと
いふ人をめしてするか
のくにゝあなる山のいたゝ
きにもてつくへきよし
おほせ給みねにてすへき
やうをしへさせ給御ふみ
ふしのくすりつほならへて

ひをつけてもやすへきよし
おほすそのよしうけたま
はりてつはものともあまた
くして山へのほりけるより
なんその山をふしの山とは
なつけゝるそのけふりいまた
雲のなかへたちのほるとそ
いひつたへたる