戸川本『竹とりの物語』


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書誌情報
・実業家であり蔵書家でもあった戸川濱男氏(上海紡織会長、東洋綿花常務)の旧蔵(現所蔵者不明)
・寛文頃の写 本文は流布本系第三類第二種A群、特に高松宮家旧蔵歴史民俗博物館蔵本に近い
・巻頭と巻末の遊び紙に消息のような散らし書きがある
 読みやすく改訂すると次のごとくである

 此本、あまり\/面白からず候へども
 御なぐさみに御覧に入れ参らせ候
 めでたくかしく
 
 此本、何方かへ参り候へども、
 早々、次へ御返しなられ候べく候
 留め置く事、必ず\/、御無用になられ候
 空思ひを兼ねて申し置き候
 天ゆく一筆申し残し参らせ候
 めでたくかしく

 なお、巻頭消息の一行目「此本あまり\/」には
 「此本は私のじゃ」と別筆の重ね書きがあるという
 この消息らしき識語の意味する所は定かではないが、強いて推測するならば
 ①『めでたくかしく』は女性の消息の結語であること
 ②『わたし』などの使用から見て、重ね書きした者も女性か
 以上の点から、年長者の女性から年下の女性に貸し与えられた写本と見るべきであろうか

・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

・底本:新井信之『竹取物語の研究 本文篇』「〔十〕竹とりの物語〔戸川本〕」
・使用ソフト:SmartOCR Lite Edition (Version 1.0.7.0) 
・改行・字下げは不明のため、本文篇の書式に従った。よって原本通りではない
・後述の写真翻刻以外の箇所では、本文篇の翻刻で読点で区切られているものを全角スペースで示してある
・五ウ(5b)・六オ(6a)はOCRデータを破棄し、掲載写真に基づき翻刻したデータに差し替えた
(当該箇所の改行等は写真に従った)
・また、[0b]、[46b]、[47a]については、『本文篇』解題(p.430)・中田剛直『校異篇・解説篇』p.239の情報を
 参考に復元した([0b]1行目は重ね書きを復元したもの)

凡例
・丁番号:[丁/表a 裏b]
・「*」で、傍書や注意事項を示す
・「ママ(原本)」とあるものは、本文篇翻刻で「〔マゝ〕」と付記されているものを示し、「ママ」とだけあるものは付記されていない不審箇所を示す
・【校】p.Nあるいは【解】p.Nは、対応する中田剛直(1965)『竹取物語の研究 校異篇・解説篇』での状況を示す。「◎」は一致を示す。
一致しない場合などはその旨記す

【更新履歴】
・2018.03/29:初版公開
・2026.08/17:本文篇・本文篇解題(新井)および校異篇・解説篇(中田)を以て再校する

[0b*]
此ほんあまり\/
此ほんはわたし
      のしや
おもしろからす
候へ共
御なくさみニ
御らんニ
入参候
めて
たく
かしく

[1a]
いまはむかし 竹とりのおきなと いふものありけり 野山にましりて 竹をとりつゝ よろ
つの事に つかひけり 名をは さるきの宮つことなんいひける その竹の中に もとひかる
竹なん 一すちありけり あやしかりて よりてみるに つゝの中ひかりたり それをみれは
三寸はかりなる人 *いとうつくしうゐたり おきないふやう 我 あさこと 夕ことに みる
竹の中に おはするにてしりぬ 子になり給へき人なめりとて 手に打いれて *家にもちてき
ぬ めの女

*いとうつくしう:ママ 【校】p.19◎
*家に:「に」に傍書「へ」 【校】p.20◎

[1b]
にあつけて やしなはす うつくしき事かきりなし いとおさなけれは こに入てやしなふ 
竹とりのおきな 竹を取に この子を見つけて後に 竹取に ふしをへたてゝ よことに こ
かねある竹を みつくること かさなりぬ かくておきな やう\/ゆたかになり行 このち
こ やしなふほとに すく\/と おほきになりまさる 三月はかりになるほとに よき程な
る人になりぬれは かみあけなとさうして かみあけさせ もきす ちやうのうちよりも出さ
す いつきやしなふ このちこの

[2a]
かたちの けさうなること世になく 屋のうちは くらき所なく ひかりみちたり おきな 
心ちあしく くるしきときも この子をみれは くるしき事もやみぬ はらたゝしき事も な
くさみけり おきな 竹をとること ひさしくなりぬ いきほひ まうの物になりにけり こ
の子 いとおほきになりぬれは 名を みむろといむへのあきたをよひて つけさす あきた
なよ竹のかくやひめとつけつ このほと三日 うちあけあそふ よろつのあそひをそしける 
おとこは うけきらは

[2b]
す よひつとへて いとかしこくあそふ 世かいのおのこ あてなるも いやしきも このか
くや姫を*えしかな みてしかなと をとにきゝ *めてしまとふ そのあたりのかきにも 家の
とにも をる人たに たはやすく みるましきものを 夜はやすきいもねす やみの夜に出て
も あなをくしり かひはみ まとひあへり さる時よりなん よはひとはいひける 人の物
ともせぬ所に まとひありけとも 何のしるし あるへくもみえす 家の人ともに 物をたに
いはんとて いひかゝれとも ことゝ

*えしかな:ママ(原本)【校】p.22◎
*めてしまとふ:ママ(原本)【校】p.22◎

[3a]
もせす あたりをはなれぬ君たち 夜をあかし 日をくらす おほかり をろかなる人は よ
うなきありきは よしなかりけりとて こすなりにけり その中に なをいひけるは 色この
みといはるゝかきり五人 思ひやむ時なく 夜ひる来けり その名とも いしつくりの御子 
くらもちの御子 左大臣あへのみむらし 大納言大伴のみゆき 中納言いそのかみのまろたり
この人々なりけり 世中に おほかる人たに すこしもかたちよしと聞ては みまほしうする
人ともなりけれは かくや姫を見ま

[3b]
ほしうて 物もくはす 思ひつゝ かの家に行て たゝすみありきけれと かひあるへくもあ
らす ふみをかきてやれとも 返事もせす わひ哥なと かきてをこすれとも かひなしとお
もへと 霜月しはすのふりこほり みな月のてりはたゝく*もにも さはらすきたり 此人\/
有時は 竹とりをよひいてゝ むすめをわれにたへと ふしをかみ 手をすり の給へと を
のかなさぬ子なれは 心にもしたかはすなんあるといひて 月日すくす かゝれは 此人\/
家にかへりて 物を

*もにも:ママ(原本)【校】p.25◎

[4a]
おもひ いのりをし 願をたつ 思ひやむへくもあらす さりとも つゐにおとこあはせさら
んやはと思ひて たのみをかけたり あなかちに 心を*みえあり\/ これをみつけて おき
な かくや姫にいふやう 我子のほとけ へんけの人と申なから こゝらおほきさまて やし
なひたてまつる心さし をろかならす おきなの申さん事は 聞給ひてんや といへは かく
や姫 何ことをか の給はんことは うけ給はらさらん 變化の物にて侍けん 身ともしらす
おやとこそ 思ひたてまつれと

*みえあり\/:ママ(原本)【校】p.26◎

[4b]
いふ おきな うれしくも の給物かなといふ おきな 年七十にあまりぬ けふとも あす
ともしらす この世の人は おとこは 女にあふことをす 女は 男にあふことをす その後
なん 門ひろくもなり侍る いかてか さる事なくてはおはせん かくやひめのいはく なん
てう さることか し侍らんといへは 變化の人といふとも 女の身 もち給へり おきなの
あらむかきりは かうても いますかりなんかし この人\/の 年月をへて かうのみいま
しつゝ の給ふことを 思ひさためて ひとり\/に あひたて

[5a]
まつり給ね といへは かくやひめいはく よくもあらぬかたちを ふかき心もしらて あた
心つきなは のちくやしきこともあるへきをと 思ふはかりなり 世のかしこき人なりとも 
ふかき心さしをしらては あひかたしとなん思ふといふ おきないはく 思ひのことくも の
給ふかな そも\/ いかやうなる心さし あらん人にか あはんとおほす かはかり 心さ
しをろかならぬ 人\/にこそあめれ かくや姫のいはく 何はかりのふかきをかみんといは
ん いささかのことなり 人の心さし ひとしかん也 いかてか 中

[5b]
にをとりまさりはしらん五人の中にゆかし
きものをみせ給へらんに御心さしまさりた
りとてつかうまつらんとそのおはすらん人\/
に申給へといふよきことなりとうけつ日暮ほと
れゐのあつまりぬ或は笛をふき或は哥を
うたひ或はしやうかをし或はうそふきあふ
きをならしなとするにおきな出ていはくかた
しけなくきたるかしこまりと申すおきなの
命けふあすともしらぬをかくの給ふ君たちに
もよく思ひさためてつかうまつれと申もこと

[6a]
はりなりいつれもおとりまさりおはしまさねは
御心さしの程はみゆへしつかうまつらんことはそれ
になんさたむへきといへはこれよき事なり
人の御恨もあるましといふ五人の人々もよき
事なりといへはおきないりていふかくやひめ
石つくりの御子には仏のいしのはちといふ物有
それをとりてたへといふくらもちの御子には東の
海にほうらいといふ山あるなりそれにしろかね
をねとし金をくきとし白玉をみとしてたて
る木ありそれ一枝おりて給はらんといふいま

[6b]
ひとりには もろこしにある 火ねすみのかはきぬを給へ 大伴の大納言には たつのくひに
五色にひかる玉有 それをとりて給へ いそのかみの中納言には つはくらめのもたる こや
すの貝 ひとつとりて給へといふ おきな かたき事ともにこそあなれ 此国に有物にもあら
す かくかたき事をは いかに申さんといふ かくや姫 何かかたからんといへは おきな 
とまれかくまれ 申さんとて 出て かくなん きこゆるやうに *み給へはといへは 御子た
ち 上達部聞て おいらかに あたりよりたに なありき

*み給へは:ママ(原本)【校】p.32◎

[7a]
そとやは の給はぬといひて うんして みなかへりぬ 猶 この女みては 世にあるましき
心ちのしけれは 天竺にある物も もてこぬものかはと思ひめくらして 石つくりの御子は 
こゝろのしたくある人にて 天竺に 二となきはちを 百千万里の程 いきたりとも いかて
とるへきと思ひて かくや姫のもとには けふなん 天竺へ 石のはちとりに まかるときか
せて 三年はかり 大和国とをちの郡に有山寺に ひんつるの前なる鉢の ひたくろに すみ
つきたるをとりて 錦の袋に入て つくり

[7b]
花の枝につけて かくや姫の家に もてきてみせけれは かくや姫 あやしかりてみれは は
ちの中にふみあり ひろけてみれは
 うみやまの みちに心を つくしはて ないしのはちの 涙なかれき
かくや姫 ひかりやあるとみるに ほたるはかりの ひかりたになし
 をく露の 光をたにそ やとさまし をくらのやまにて なにもとめけん
とて かへしいたす はちを門にすてゝ 此哥のかへしをす
 しらやまに あへは光の うするかと はちを

[8a]
 すてゝも たのまるゝかな
とよみていれたり かくや姫 かへしもせすなりぬ みゝにも聞入さりけれは *いひしつらひ
て帰りぬ かのはちをすてゝ 又いひけるよりそ おもなき事をは はちをすつとは いひけ
る くらもちの御子は 心たはかりある人にて おほやけには つくしの國に ゆあみにまか
らんとて いとま申て かくや姫の家には 玉の枝とりになむ まかるといはせて くたり給
に つかうまつるへき人\/ みな難波まて 御をくりしける 御子 いとしのひてと の給
はせて 人もあ

*いひしつらひて:ママ(原本)【校】p.35◎ 【解】p.239◎

[8b]
また いておはしまさす ちかうつかふまつるかきりして 出給ぬ 御をくりの人\/ 見た
てまつりをくりて かへりぬ おはしぬと 人にはみえ給て 三日はかりありて こきかへり
ぬ かねて ことみな 仰たりけれは その時 ひとつのたからなりける かちたくみ 六人
をめしとりて たはやすく 人よりくましき家をつくりて かまとを三重にしこめて *たくみ
しを入給つゝ 御子も おなしところに こもり給て しらせ給ひたるかきり 十六そをかみ
にくとをあけて 玉のえたを 作り給ふ かくや姫の給ふ

*たくみし:ママ(原本)【校】p.36◎

[9a]
やうに たかはす つくりいてつ いとかしこく たはかりて 難波に みそかにもて出ぬ 
舟にのりて 帰りきにけりと 殿につけやりて いといたく くるしかりたるさまして ゐ給
へり むかへに 人おほく まいりたり 玉の枝をは なかひつに入て 物おほひて もちて
まいる いつかきゝけん くらもちの御子は うとんくゑのはなもちて のほり給へりと の
ゝしりけり 是を かくや姫きゝて われはこの御子に まけぬへしと むねつふれて 思ひ
けり かゝるほとに かとをたゝきて くらもちの御子 おは

[9b]
したりとつく たひの御すかたなから おはしましたりと*いはへ あひたてまつる 御子 の
給はく 命をすてゝ かの玉の枝もちて来たるとて かくやひめに みたてまつり給へといへ
は おきな もちていりたり この玉の枝に ふみそ つけたりける
 いたつらに 身はなしつとも 玉の枝を たをりてさらに かへらさらまし
これをも あはれともみてをるに 竹とりのおきな はしり入ていはく 此御子に申給し ほ
うらいの玉の枝を

*いはへ:本文篇翻刻では「いはへ」ママ(原本)であるが
【校】p.38では「おはしましたりといへは」(異)である

[10a]
ひとつのところあやまたす もておはしませり なにをもちて とかく申へき たひの御すか
たなから わか御家へも より給はすして おはしましたり はやこの御子に あひつかうま
つり給へといふに 物もいはて つらつえをつきて いみしく なけかしけに 思ひたり 此
御子 いまさへなにかと いふへからすと いふまゝに えんにはひのほり給ぬ おきな こ
とはりにおもふ この國にみえぬ 玉のえたなり 此たひは いかて いなひ申さん 人さま
も よき人におはすなと いひゐたり かくや姫のいふやう

[10b]
おやのの給事を ひたふるに いなひ申さん事の いとおしさに とりかたき物を かくあさ
ましく もてきたることを ねたく思ひ おきなは ねやのうち しつらひなとす おきな 
御子に申やう いかなる所にか 此木は候けん あやしく うるはしく めてたきものにもと
申 御子 こたへての給はく さおとゝしのきさらきの十日ころに なにはより ふねにのり
て 海の中に出て ゆかんかたもしらす おほえしかと おもふこと*なくて 世の中にいきて
何かせんと 思ひしかは たゝ

*なくて:ママ(原本)【校】p.41◎

[11a]
むなしきかせに まかせてありく いのちしなは いかゝはせん いきてあらんかきり かく
ありきて ほうらいといへらん 山にあふやと 海にこきたゝよひありきて わか國のうちを
はなれて ありきまかりしに ある時は 波あれつゝ うみのそこにも入ぬへく 有時は 風
につけて しらぬ國に ふきよせられて おにのやうなるもの出來て ころさんとしき 有時
は きしかた 行衛もしらす 海にまきれむとしき ある時には かてつきて 草の根をくひ
物としき 有ときには

[11b]
いはむかたなく *むくつけゝなる物きて くひかゝらんとしき あるときは 海の貝を取て 
命をつく たひの空に たすけ給ふへき人もなき所に 色\/のやまひをして 行かた空もお
ほえす ふねの行にまかせて 海にたゝよひて 五百日といふ たつの時はかりに 海の中に
はつかに山みゆ ふねの内をなん せめてみる 海のうへに たゝよへるやま いとおほきに
て有 そのやまのさま たかくうるはし これや わかもとむるやまならんと思ひて さすか
に おそ

*むくつけゝ:
本文篇では「むくつけく」ママ(原本)であるが
【校】p.42では「むくつけけなる物」の本行に対して立項せず(異)
誤読とみて改める

[12a]
ろしくおほえて やまのめくりを さしめくらして 二三日はかり みありくに 天人のよそ
ほひしたる女 山の中より出來て しろかねのかなまるをもちて 水をくみありく これを見
て ふねよりおりて このやまの名を 何とか申ととふ 女 こたへていはく これは ほう
らい山なりと こたふ これをきくに うれしき事かきりなし 此女の かくの給ふは たれ
そととふ 我名はうかむるりといひて ふと山の中にいりぬ その山みるに さらにのほるへ
きやうなし その山のそはひ

[12b]
らをめくれは 世中になき花の木ともたてり こかね しろかね るり色の水 山よりなかれ
出たり それには 色々の玉のはし わたせり そのあたりに *てりかくやく木ともたてり 
その中に このとりてもちてまうてきたりしは いとわろかりしかとも の給しにたかはまし
かはと この花をおりて まうて來る也 山は かきりなくおもしろく 世にたとふへきにあ
らさりしかと 此枝をおりてしかは さらに心もとなくて ふねにのりて 追風ふきて 四百
余日

*てりかくやく:ママ 【校】p.45◎

[13a]
になむ まうて來にし 大願力にや 難波より きのふなん 宮こにまうてきつる さらに 
しほにぬれたる衣をたに ぬきかへなてなん こちまうてきつると の給へは おきな聞て 
うちなけきて よめる
 くれ竹の よゝの*たけとり 野山にも さやはわひしき ふしをのみみし
これを御子きゝて こゝらの日比 思ひわひ侍つる心は けふなむ おちゐぬるとの給ひて 
かへし
 我たもと けふ*かはけれとも わひしさの 千種の

*たけとり:「とり」に傍書「取」
*かはけれとも:「とも」を記号「ヒ」二個で見せケチにして「は」を傍書 【校】p.46◎

[13b]
 かすも わすられぬへし
との給ふ かゝるほとに おのことも 六人つらねて 庭に出来たり 一人のおとこ ふはさ
みに 文をはさみて申 *くもむつかさのたくみ あやへの*うち申さく 玉の木をつくりつかふ
まつりしこと 五こくをたちて 千よ日に ちからをつくしたること すくなからす しかる
に ろくいまた給はらす これを給て わろきけこに 給はせんといひて さゝけたり 竹と
りのおきな 此たくみらか*申ことを 何事そと かたふきおり 御子は 我にもあらぬけしき
にて *きもけし

*くもむつかさ:傍書「つくもところイ」
*うち:ママ(原本)【校】p.47◎
*申ことを:ママ 【校】p.47◎
*きもけし:ママ 【校】p.48◎

[14a]
ゐ給へり これをかくや姫きゝて 此たてまつる文をとれと いひてみれは ふみに申けるや
う 御子の君 千日 いやしきたくみらと もろともに おなし所に かくれゐ給て かしこ
き玉の枝を つくらせたまひて つかさも給はんと おほせたまひき これを このころあん
するに 御つかひとおはしますへき かくや姫の えうし給へきなりけりと うけ給て この
宮より給はらんと申て 給はるへき也といふを聞て かくや姫の くるゝままに 思ひわひつ
る心ち わらひさかへて おきなを

[14b]
よひとりて いふやう まことに ほうらいの木かとこそ 思ひつれ かくあさましき 空こ
とにて有けれは はやかへし給へといへは おきなこたふ さたかに つくらせたる物ときゝ
つれは かへさんこと いとやすしと うなつけり かくや姫の心 ゆきはてゝ ありつる哥
のかへし
 まことかと きゝてみつれは ことの葉を かされる玉の 枝にそ有ける
といひて 玉の枝もかへしつ 竹取のおきな さはかりかたらひつるか さすかにおほえて 
ねふりをり 御子は たつもはした ゐる

[15a]
もはしたにて ゐ給へり 日の暮ぬれは すへり出給ぬ かの*うれへをし たくみをは かく
や姫 *すへて うれしき人ともなりと*わひて 禄いとおほく とらせ給ふ たくみら いみし
くよろこひて 思ひつるやうにもあるかなといひて 帰る道にて くらもちの御子 ちのなか
るゝまて *調をさせ給ふ 禄えしかひもなくて みなとりすてさせ給てけれは にけうせにけ
り かくて 此御子は 一しやうのはち これにすくるはあらし 女をえすなりぬるのみにあ
らす 天下の人の みおもはん事の はつかしきことゝ

*うれへをし:ママ(原本)【校】p.50◎
*すへて:ママ 【校】p.50◎
*わひて:ママ(原本) 【校】p.50◎ 【解】p.239◎
*調をさせ給ふ:ママ(原本) 【校】p.50◎

[15b]
の給て たゝ一所 ふかき山へ いり給ぬ 宮つかさ さふらふ人\/ みなてをわかちて 
もとめたてまつれとも 御しにもやし給けん えみつけたてまつらすなりぬ 御子の御ともに
かくし給はんとて 年ころ みえ給はさりける也けり これをなん 玉さかるとは いひはし
めける 右大臣あへのみむらしは たからゆたかに 家ひろき人にて おはしける その年來
たりける もろこしふねの わうけいといふ人のもとに 文をかきて 火ねすみの*かわといふ
なる物 かひてをこせよとて つかうま

*かわ:ママ

[16a]
つる人の中に 心たしかなるをえらひて 小野のふさもりといふ人を つけてつかはす もて
いたりて かのもろこしにをる わうけいに こかねをとらす わうけい 文をひろけてみて
返事かく 火ねすみのかは衣 此國になき物也 をとにはきけとも いまたみぬものなり 世
にある物ならは 此國にも もてまうてきなまし いとかたきあきなひ也 しかれとも もし
天竺に たまさかに もてわたりなは もし長者のあたりに とふらひもとめんに なき物な
らは つかひにそへて 金をは かへしたてまつらんといへり かの

[16b]
もろこしふね來けり 小野の*ふさ盛 まうてきて *まうのほりといふことを聞て あゆみとう
する馬をもちて はしらせんかへさせ給時に 馬にのりて つくしより たゝ七日に のほり
まうて來たる ふみをみるに いはく ひねすみのかは衣 からうして 人をいたして もと
めてたてまつる いまの世にも むかしの世にも 此かはゝ たはやすくなきものなりけり 
むかし 賢き天竺のひしり 此國にもて渡りて侍りける 西の山寺にありときゝをよひて お
ほやけに申て からう

*ふさ盛:ママ
*まうのほり:ママ(原本)【校】p.53◎

[17a]
して かひとりて たてまつる あたひの金すくなしと こくし 使に申しかは わうけいか
物くはへてかひたり いま かね五十両給はるへし ふねの帰らんにつけて たひをくれ も
し金給はぬ物ならは かは衣のしち かへしたへと いへることをみて なにおほす 金すこ
しにこそあなれ うれしくして をこせたるかなとて もろこしのかたにむかひて ふしおか
み給ふ このかは衣 入たる箱をみれは くさ\/の うるはしきるりを色えてつくれり か
は衣をみれは こんしやうの色也

[17b]
毛のすゑには 金の*光しさゝきたり たからとみへ うるはしきこと ならふへき物なし 火
にやけぬ事よりも けうらなる事 ならひなし うへ かくや姫 此もしかり給にこそありけ
れ との給て あなかしことて 箱に入給て ものゝ枝につけて 御身のけさう いといたく
して やかて とまりなんものそとおほして 哥よみくはへて もちていましたり その哥は
 かきりなき 思ひにやけぬ かは衣 たもとかはきて けふこそはきめ
といへり 家のかとに もていた

*光しさゝきたり:ママ(原本)【校】p.56◎

[18a]
りてたてり 竹取出来て とり入て かくや姫にみす かくや姫の かはきぬをみていはく 
うるはしきかはなめり わきて まことのかはならんともしらす 竹取 こたへていはく と
まれかくまれ まつ しやうしいれたてまつらん 世中にみえぬ かはきぬのさまなれは こ
れをと思ひ給ひね 人ないたくわひさせ給たてまつらせ給そ といひて よひすへたてまつれ
り かくよひすへて 此たひは かならす あはせんと 女の心にも 思ひをり このおきな
は かくや姫の やもめなるを なけかしけれは よき人に あはせんとおもひはかれと せ
ち

[18b]
にいなといふ事なれは えしいねはことはり也 かくや姫 おきなにいはく このかは衣は 
火にやかむに やけすはこそ まことならめと思ひて 人のいふことにもまけめ 世になき物
なれは それをまことゝ うたかひなく思はんとの給ふ なをこれをやきて こゝろみんとい
ふ おきな それさもいはれたりといひて 大臣にかくなん申といふ 大臣こたへていはく 
このかはゝ もろこしにもなかりけるを からうして もとめたつねえたる也 何のうたかひ
あらん さは申とも はややきてみ給へといへは 火の中にうちくヘ

[19a]
てやかせ給ふに めら\/とやけぬ されはこそ こと物のかはなりけりといふ 大臣 これ
をみ給て かほは 草のはの色にてゐたまへり かくやひめは あなうれしと よろこひてゐ
たり かのよみける哥のかへし 箱に入てかへす
 名残なく もゆとしりせは かは衣 思ひの外に をきてみましを
とそありける されは かへりいましにけり 世の人々 あへの大臣 火ねすみのかはきぬ 
もていまして かくや姫にすみ給ふとな こゝにやいますなとゝふ ある人のいはく かはゝ
火に

[19b]
くへてやきたりしかは めら\/とやけにしかは かくや姫 あひ給はすといひけれは これ
を聞てそ とけなきものをは あへなしといひける 大伴のみゆきの大納言は 我家にありと
ある人 めしあつめて の給はく たつのくひに 五色の光ある玉あ也 それとりて たてま
つりたらん人には ねかはんことをかなへんとの給 おのことも 仰の事をうけ給て申さく 
おほせのことは いともたうとし たたし この玉 たはやすくえとらしを いはんや 龍の
くひの玉は いかゝとらんと申あへり 大納言の

[20a]
たまふ てんのつかひといはんものは 命をすてゝも をのか君のおほせことをは かなへん
とこそ 思ふへけれ 此國になき 天竺もろこしの物にもあらす 此國の海山より 龍はのほ
る物也 いかに思ひてか *なむちら かたき物と申へき おのことも申やう さらはいかゝせ
ん かたき事也とも おほせことにしたかひて もとめにまからんと申に 大納言 見わらひ
て なむちらか 君の使と名をなかしつ きみのおほせことをは いかゝはそむくへきと の
給て たつのくひの玉取にとて いたしたて給ふ 此人\/のみち

*なむちら:傍書「き本ノマゝ」

[20b]
のかて くひ物に 殿うちのきぬ わた せになと あるかきり *とり出て そへてつかは
す 此人々とも帰るまて いもゐをして われはをらん 此玉とりえては 家にかへりくなと
の給はせけり をの\/仰うけ給て まかり出ぬ 龍のくひの玉とりえすは 帰りくなとの給
へは いつちも\/ あしのむきたらむかたへいなんす かゝるすきことをし給ことゝ そし
りあへり たまはせたる物 をの\/分つゝとる *あるは をのか家にこもりゐ あるひは
をのかゆかまほしきところへいぬ おや君と申とも かくつきなき事

*とり出て:
本文篇翻刻では「とりて出て」だが
 【校】p.63では「とり出て」の本行に対して立項せず(異)
誤植とみて改める
*あるは:記号「〇」により補入、「ある[ひ]は」【校】p.64

[21a]
を仰給ふことゝ *ゆかぬ物ゆへ 大納言をそしりあひたり かくや姫 すゑんには れいやう
には みにくしと の給て うるはしき屋をつくり給て うるしをぬり まきゑして かへし
給て 屋のうへには 糸をそめて 色々ふかせて うち\/のしつらひには いふへくもあら
ぬ綾織物に ゑをかきて まことにはりたり もとのめともは かくや姫を かならすあはん
まうけして ひとりあかしくらし給 つかはしゝ人は 夜ひるまち給ふに 年こゆるまてをと
もせす 心もとなかりて

*ゆかぬ:ママ(原本)【校】p.64◎

[21b]
いとしのひて たゝとねり二人 めしつきとして やつれ給て 難波の邊におはしまして と
ひ給ふことは 大伴の大納言殿の人や ふねにのりて たつころして そかくひの玉 とれる
とやきくと とはするに 舟人こたへていはく あやしき事かなとわらひて さるわさする舟
もなしと こたふるに をちなき事する舟人にもあるかな えしらて かくいふとおほして 
我弓のちからは たつあらは ふといころして くひの玉は*とりて玉 をそくきたるやつはら
を またしと

*とりて玉:ママ(原本)【校】p.66◎

[22a]
の給て ふねにのりて *うみ事にありき給に いと遠くて つくしのかたの海に こきいて給
ぬ いかゝしけん はやき風ふきて 世界くらかりて ふねをふきもてありく いつれのかた
ともしらす ふねを海中に まかり入ぬへく 吹まはして 波はふねにうちかけつゝまきいれ
神はおちかゝるやうにひらめく かゝるに 大納言はまとひて またかゝるわひしきめみす 
いかならんとするそと の給ふ かちとり こたへて申 こゝら舟にのりて まかりありくに
また*かゝ

*うみ事:ママ。
*かゝ/わひしき:ママ(原本)【校】p.67◎

[22b]
わひしきめをみす 御舟 海の底にいらすは 神おちかゝりぬへし さいはひに 神のたすけ
あらは 南海にふかれておはしぬへし うたてある ぬしのみもとに つかふまつりて すす
ろなるしにを すへかめるかなと かちとりなく 大納言 これを聞て の給はく ふねにの
りては かちとりの申ことをこそ たかき山とたのめ なとかく たのもしけなく申そと あ
をへとをつきての給ふ かちとり こたへて申 神ならねは 何わさをかつかうまつらん 風
吹 波はけしけれ共

[23a]
神さへ*いたゝき落かゝるやうなる たつをころさむと もとめ給候へは あるなり *はやくも
りうのふかするなり はや神にいのり給へといふ よき事なりとて かちとりの御神 きこし
めせ をとなく 心をさなく たつをころさんと思ひけり いまより後は 毛の末一すちをた
に うこかしたてまつらしと よことをはなちてたち居 なく\/よはひ給ふこと 千度はか
り申給ふけにやあらん やう\/神なりやみぬ すこしひかりて 風は猶はやく吹 かちとり
のいはく これ

*いたゝき落かゝる:ママ(原本)【校】p.68◎
*はやくも:ママ(原本)【校】p.69◎

[23b]
は たつのしはさにこそ有けれ 此吹風は よきかたのかせ也 あしきかたの風にはあらす 
よきかたにおもむきて 吹なりといへとも 大納言は これをきゝ入給はす 三四日吹て ふ
きかへしよせたり はまをみれは はりまの明石の濱なりけり 大納言 南海のはまに ふき
よせられたるにやあらんと思ひて いきつきふし給へり ふねにあるおのことも 國につけた
れとも 國のつかさ まうてとふらふにも えおきあかり給はて ふなそこにふし給へり 松
原

[24a]
に御むしろしきて おろしたてまつる その時にそ みなみの海にあらさりけりと思ひて か
らうしておきあかり給へるをみれは かせいとおもき人にて 腹いとふくれ こなたかなたの
めには すもゝをふたつ つけたるやう也 これをみたてまつりてそ 國のつかさも ほうゑ
みたる 國におほせ給て たこしつくらせ給て にやう\/になはれ給て 家に入給ぬるを 
いかて聞けん つかはしゝおのことも まいりて申やう 龍のくひの玉を えとらさりしかは
南殿へも

[24b]
えまいらさりし 玉のとりかたかりしことを しり給つれはなん かんたうあらしとて まい
りつると申 大納言 おきゐて の給はく なんちら よくもてこすなりぬ 龍はなる神のた
くひにこそありけれ それかたまとらむとて *そこくの人\/かいせられ*なむかしけり まし
て 龍をとらへたらましかは またこともなく われはかいせられなまし よくとらへすなり
にけり かくや姫てふ おほぬす人のやつか 人をころさむとするなりけり 家のあたりたに
今はと

*そこく:ママ(原本)【校】p.72◎
*なむかしけり:ママ(原本)【校】p.72◎

[25a]
をらし おのこともゝ なありきそとて 家にすこしのこりたる物ともは 龍のたまをとらぬ
物ともにたひつ これを聞て はなれ給ひし もとの上は はらをきりて わらひ給ふ 糸を
ふかせ つくりし屋は とひからすの巣に みなくひもていにけり 世界の人のいひけるは 
大伴の大納言は 龍のくひのたま 取ておはしたる いなさもあらす みまなこに すもゝの
やうなる たまをそへて いましたるといひけれは あなたへかたといひけるよりそ 世にあ
はぬ事

[25b]
をは あなたへかたと いひはしめける 中納言いそのかみのまろたりの家に つかはるゝお
のことものもとに つはくらめのすくひたらは つけよとの給ふを うけ給はりて *なしのよ
うにかあらむと申 こたへて の給やう つはくらめのもたる こやすのかいを とらんれう
なりと の給ふ おのことも こたへて申 つはくらめを あまたころしてみるにも 腹にな
き物なり たゝし 子うむ時なん いかてか出すらん はらくかと申 人たにみれはうせぬと
申 又 人の申やう お

*なし:ママ(原本)【校】p.74◎

[26a]
ほいつかさの いひかしく屋のむねに つゝのあなことに つはくらめは すをくひ侍る そ
れに まめならんおのこともを いてまかりて あくらをゆひあけて うかゝはせんに そこ
らのつはくらめ 子うまさらんやは さてこそ とらしめ給はめと申 中納言 よろこひ給て
おかしき事にもあるかな もつともゑしらさりけり 興有こと申たりと の給て まめなるお
のこ共 廿人はかりつかはして あなゝひに あけすへられたり 殿より つかひ隙なく給は
せて こや

[26b]
すの貝 とりたるかと とはせ給ふ つはくらめも 人のあまたのほりゐたるにおちて すに
ものほりこす かゝるよしの返事を申たれは 聞給て いかゝすへきとおほしわつらふに か
の*つかはの官人 くらつまろと申おきな 申やう こやす貝 とらんとおほしめさは たはか
り申さんとて 御前にまいりたれは 中納言 ひたいをあはせて むかひ給へり くらつまろ
か申やう 此つはくらめ こやすかいは あしくたはかりて とらせ給ふなり

*つかは:「は」を「ヒ」記号で見せケチして傍書「さ」【校】p.76◎

[27a]
さてはえとらせ給はし *あないに おとろ\/しく 廿人の人ののほりて侍れは あれてより
まうてこす せさせ給へきやうは このあなゝいをこほちて 人みなしりそきて まめならん
人一人を あらこにのせすへて つなをかまへて 鳥の子うまん間に つなをつりあけさせて
ふとこやす貝を とらせ給はんなん よかるへきと申 中納言の給やう いとよき事なりとて
あなゝいをこほし 人みなかへりまうて来ぬ 中納言 くらつ丸に の

*あない:ママ(原本)【校】p.76◎

[27b]
給はく つはくらめは いかなる時にか 子うむとしりて 人をはあくへきとの給 くらつま
ろ申やう つはくらめ 子うまんとする時は おをさけて 七とめくりてなん うみおとすめ
る さて 七とめくらんおり ひきあけて そのおり こやす貝は とらせ給へと申 中納言
よろこひ給て よろつの人にもしらせ給はて みそかにつかさにいまして おのこともの中に
ましりて 夜をひるになして とらしめ給ふ くらつまろかく申を いといたくよろこひて 
の給ふ

[28a]
こゝにつかはるゝ人にもなきに ねかひをかなふることの うれしさとの給て 御そぬきて 
かつけたまふつ さらに夜さり このつかさにまうてこ との給て つかはしつ 日くれぬれ
は かのつかさにおはして見給に まことにつはくらめすつくれり くらつまろ申やう をう
けてめくるに あらこに人をのほせて つりあけさせて つはくらめのすに 手をさしいれさ
せてさくるに 物もなしと申に 中なこん あしくさくれはなきなりと はらた

[28b]
ちて たれはかりおほえんにとて 我のほりてさくらんとの給て *こにのほりて つられのほ
りて うかゝひ給へるに つはくらめ おをさゝけて いたく*めくをにあはせて 手をさゝけ
て さくり給に 手にひらめる物さはる時に 我ものにきりたり いまはおろしてよ おきな
しえたりとの給て あつまりて とくおろさんとて つなをひきすくして つなたゆる すな
はちに やしまのかなへのうへに のけさまにおち給へり 人々あさましかりて よりて か
ゝへ

*こにのほりて:ママ  【校】p.80◎
*めくをに:ママ(原本) 【校】p.80◎

[29a]
たてまつれり 御めはしらめにて ふし給へり 人\/ 水をすくひて 入たてまつる から
うして いき出*給へりに 又 かなへのうへより 手をとり あしとりして さけおろしたて
まつる からうして 御心ちはいかゝおほさるゝととへは いきのしたにて 物はすこしおほ
ゆれと こしなんうこかれぬ されと こやす貝を ふとにきりもたれは うれしくおほゆる
なり まつしそくさして こゝの貝かほみんと 御くしもたけて 御手をひろけ給へるに つ
はくらめのまりをける

*給へり:「り」に「ヒ」記号で見せケチして傍書「る」【校】p.81◎

[29b]
ふるくそを にきり給へるなりけり それを見給て あなかいなのわさやと の給ひけるより
そ おもふにたかふ事をは かいなしといひける 貝にもあらすと 見給けるに 心ちもたか
いて からひつのふたの いれられ給ふへくもあらす 御こしはおれにけり 中納言は *いた
いけたるわさしてやむことを 人にきかせしとし給ひけれと それをやまひにて いとよはく
成給ひにけり 貝をえとらすなりにけるよりも 人のきゝわらはん事を 日にそへて 思ひ給
けれは たゝ

*いたいけ:「た」に傍書「いイ」

[30a]
にやみしぬるよりも 人きゝはつかしく おほえ給也けり 是をかくや姫きゝて とふらひに
やる哥
 年をへて 波たちよらぬ 住の江の まつかひなしと きくはまことか
とあるを よみてきかす いとよはき心に かしらもたけて 人にかみをもたせて くるしき
心ちに からうして かき給ふ
 かひはかく 有ける物を 侘果て しぬる命を すくひやはせぬ
とかきはつる 絶入給ぬ 是

[30b]
を聞て かくや姫 すこしあはれと おほしけり それよりなん すこしうれしき事をは か
ひ有とはいひける さて かくや姫 かたちのよににす めてたき事を みかときこしめして
内侍なかとみのふさこに の給ふ おほくの人の身を いたつらになして あはさるかくや姫
は いかはかりの女そと まかりてみてまいれとの給 ふさこ うけ給はりて まかれり 竹
とりの家に かしこまりて しやうし入てあへり 女に内侍の給ふ おほせことに かくや姫
の

[31a]
うちいうにおはす よくみてまいるへきよし の給はせつるになん まいりつるといへは さ
らは かく申侍らんと いひて入ぬ かくや姫に はやかの御つかひに たいめんし給へとい
へは かくや姫 よきかたちにもあらす いかてか みゆへきといへは うたてもの給ふかな
みかとの御つかひをは いかてか おろかにせんといへは かくや姫の こたふるやう みか
とのめしての給はん事 かしこしともおもはすといひて さらにみゆへくもあらす むめる子
のやうにあれと いと心はつ

[31b]
かしけに をろそかなるやうに いひけれは 心のまゝにもえせめす 女 内侍のもとに帰り
いてゝ くちおしく 此おさなきものは こはく侍るものにて たいめんすましきと申 内侍
かならす見たてまつりて*まいれは おほせこと有つるものを 見奉らては いかてか帰りまい
らん 國王のおほせことを まさに世にすみ給はん人の うけたまはり給はて ありなんや 
いはれぬことなしたまひそと ことははつかしくいひけれは 是を聞て ましてかくや姫 聞
へくも

*まいれは:ママ(原本)【校】p.87◎

[32a]
あらす 國王のおほせことをそむかは はやころし給てよかしといふ 此内侍 かへりまいり
て 此よしを奏す 御門 きこしめして おほくの人 ころしてける心そかしと の給て や
みにけれと なをおほしおはしまして 此女のたはかりにや まけんとおほして 仰給ふ な
んちかもちて侍る かくや姫たてまつれ かほかたち よしときこしめして 御使を給ひしか
と かひなく見えすなりにけり かくたひ\/しくやは ならはすへき*こと仰らる おきな 
かし

*こと:ママ(原本)【校】p.88◎

[32b]
こまりて 御返事申やう 此めのわらは たへてみやつかへ *つかまつるへくもあらす侍るを
もてわつらい侍 さり共 まかりておほせ給はんと奏す 是をきこしめして おほせ給ふ な
とか おきなの手におほしたてたらんものを 心にまかせさらん この女 もし奉りたる物な
らは おきなに かうふりを なとか給はせさらん おきな よろこひて 家に帰りて かく
や姫に かたらふやう かくなん みかとの仰給へる 猶やはつかうまつり給はぬといへは 
かくや姫 こたへ

*つかまつる:ママ 【校】p.88◎

[33a]
ていはく もはら さやうの宮つかへ つかうまつらしと思ふを しゐて つかうまつらせ給
はゝ きえうせなんす みつかさかうふり つかうまつりて しぬはかりなり おきな いら
ふるやう なし給そ つかさかうふりも わか子をみたてまつらては 何にかせん さはあり
とも なとか宮つかへをし給はさらん しに給へきやうやあるへきと 猶空ことかと つかう
まつらせて しなすやあるとみ給へ あまたの人の心さし をろかならさりしを むなしく*な
ら

*なら/て:ママ(原本)【校】p.91◎

[33b]
てこそあれ きのふけふ みかとのの給はん事につかん 人きゝやさしといへは おきな こ
たへていはく てんかのことは と有とも かくありとも 身命のあやうさこそ おほきなる
さはりなれは 猶 かうつかうまつるましきことを まいりて申さんとて 参りて申やう 仰
のことの かしこさに かのわらはを まいらせんとて つかうまつれは 宮つかへに いた
したては しぬへしと申 みやつこまろか手に うませたる子にもあらす むかし山にて

[34a]
見つけたる かゝれは 心はせも 世の人に にすそ侍ると 奏せさす みかと おほせたま
はく *宮つこままろか家は 山もとちかくなり 御かりみゆきし給はんやうにて 見てんやと
の給はす 宮つこ丸か申やう いとよき事なり なにか心もなくて侍らんに ふとみゆきして
御覧せん 御らんせられなむと そうすれは みかと にはかに日をさためて 御かりに出給
ふて かくやひめの家に入給て見給に 光みちて けうらにて居たる人あり これならんと*思
めして にけている袖をとらへ給へは お

*宮つこままろ:最初の「ま」を「ヒ」記号で見せケチ
(解題に言及なし)【校】p.92「宮つこままろ」(見せケチなし)

*思めして:ママ 【解】p.239◎

[34b]
もてをふたきて候へとも はしめよく御覧しつれは たくひなく めてたくおほえさせ給て 
ゆるさしとすとて いておはしまさんとするに かくや姫 こたへて奏す をのか身は 此国
に生れて侍らはこそ つかひ給はめ いといておはしかたくや侍らんと奏す みかと なとか
さあらん 猶いておはしまさんとて 御こしをよせ給に 此かくや姫 きと影になりぬ はか
なく口惜とおほして けにたゝ人にはあらさりけりと おほしめして さらは御ともにはいて
いかし もとの御かたちと成給ひね それを見

[35a]
てたに 帰なんと おほせらるれは かくやひめ もとのかたちになりぬ 御かと 猶めてた
くおほしめさるゝ事 せきとめかたし かくみせつる 宮つこ丸を よろこひ給ふ さて つ
かうまつる百官人\/ あるしいかめしうつかうまつる みかと かくや姫をととめて 帰り
給はんことを あかすくちおしくおほしけれと 玉しゐをとゝめたる心ちしてなん かへらせ
給ひける 御こしにたてまつりて後に かくや姫に
 かへるさの みゆき物うく おもほえて そむきてとまる かくやひめゆへ
御返事

[35b]
 むくら*いふ したにも年は へぬるみの なにかは玉の うてなをもみん
是をみかと 御らんして いとと帰り給はん空もなくおほさる 御心は さらに 立帰るへく
も おほされさりけれと さりとて 夜をあかし給ふへきにあらねは かへらせ給ぬ つねに
つかうまつる人を み給に かくや姫のかたはらに よるへくたに あらさりけり こと人よ
りは けうらなりと おほしける人の かれにおほしあはすれは 人にもあらす かくや姫の
み 御心にかゝりて ひとりすみし給ふ よしなく 御方\/にも わたり給はす かくや姫
の

*いふ:ママ(原本)【校】p.96◎

[36a]
御もとにそ 御文をかきて かよはせ給ふ 御かへり *さすか にくからす 聞えかはし給て 
*おほしろく 木草につけても 御哥をよみてつかはす かやうにて 御心をたかひに なくさ
め給ふ程に 三年はかり有て 春のはしめより かくや姫 月のおもしろう出たるをみて つ
ねよりも 物思ひたるさま也 ある人の 月のかほみるはいむことゝ せいしけれとも とも
すれは ひとまにも 月をみては いみしく なき給ふ 七月十五日の月に出ゐて せちに物
おもへるけしき也 ちかくつかはるゝ人々 竹取の*おきなつけていはく かくや姫 れいも

*さすか:ママ 【校】p.97◎
*おほしろく:「ほ」を「ヒ」記号で見せケチにして、「も」と傍書 【校】p.97◎
*おきなつけて:ママ(原本) 【校】p.98◎

[36b]
月をあはれかり給へとも 此比となりては たゝことにも侍らさめり *いみしくなけくこと
有へし よく\/みたてまつらせ給へと いふをきゝて かくや姫に いふやう なんてう心
ちすれは かく物を思ひたるさまにて 月をみ給そ うとましき世にといふ かくやひめ み
れは せけん心ほそく あはれに侍る なてう物をかなけき侍るへきといふ かくや姫のある
ところに いたりてみれは 猶 物おもへるけしき也 これをみて *あるほとけ 何こと思ひ
たまふそ おほすらんこと なにことそといへは 思ふこともなし 物なむ 心ほそくおほゆ
る

*いみしく:「〇」記号を用いて「いみしく[おほし]」と補入 【校】p.98◎
*あるほとけ:ママ(原本) 【校】p.99「あるほとけ」本行と一致として立項せず◎

[37a]
といへは おきな 月なみ給そ 是を見給へは 物おほすけしきはあるそといへは いかて月
をみてはあらんとて 猶 月出れは 出ゐつゝ なけき*おもへる 夕闇には物を思はぬけしき
也 月の程に成ぬれは 猶時\/は うちなけきなとす 是をつかふ物共 猶おほす事あるへ
しと さゝやけと おやをはしめて なにことゝもしらす 八月十五日はかりの月に出ゐて 
かくや姫 いといたく なき給ふ 人めもいまは つゝみ給はす なき給ふ 是をみて おや
ともゝ 何事そとゝひさはく かくやひめ なく\/いふ さき\/も 申さんと思ひし

*おもへる:ママ(原本)【校】p.100◎

[37b]
かとも かならす 心まとはし給はん物そと思ひて いままて すこし侍りつる也 さのみや
はとて うち出侍りぬるそ おのか身は 此國の人にもあらす 月の都の人也 それなん む
かしのちきり 有けるによりなむ 此世界には まうて来たりける 今は帰るへきに也にけれ
は 此月の十五日に かのもとの国より むかへに 人\/まうてこんす *さらすまかりぬへ
けれは おほし*なけかん かなしきことを この春より 思ひなけき侍る也 といひて いみ
しくなくを おきな こはなてうこと の給ふそ 竹の中より みつけきこえたりしかと

*さらす:ママ(原本)【校】p.101「さらす」本行と一致として立項せず◎
*なけかん:ママ(原本)【校】p.101◎

[38a]
なたねのおほきさおはせしを 我かたけ立ならふまて やしなひ奉りたるわか子を なに人か
むかへきこえん まさにゆるさんやといひて 我こそしなめとて なきのゝしること いとた
へかたけなり かくや姫のいはく 月の都の人にて ちゝはゝ有 かた時の*あひためて かの
國より まうてこしかとも かく此国には あまたの年を へぬるになん有ける かの國のち
ゝ母のこともおほえす こゝにはかくひさしく あそひきこえて ならひたてまつれり いみ
しからん心ちもせす かなしくのみある

*あひためて:ママ(原本)【校】p.102◎

[38b]
されと をのか心ならす まかりなんとするといひて もろともに いみしうなく つかはる
ゝ人\/も 年比ならひて 立わかれなむことを 心はへなと あてやかに うつくしかりつ
ることを 見ならひて 恋しからんことのたへかたく ゆ水ものまれす おなし心に なけか
しかりけり 此事を みかときこしめして 竹取か家に 御つかひつかはさせ給 御使に 
竹取出あひて なくことかきりなし 此ことをなけくに ひけもしろく こしもかゝまり め
もたゝれにけり *おきな 今年は五十はかりなれとも 物思ふには かた時になん 老

*おきな:
『本文篇』では「おなき」とするが、 【校】p.103には言及なし(異)
組版ミスとみて改める

[39a]
に成けりとみゆ 御つかひ おほせのことゝて おきなにいはく いと心くるしく 物おもふ
なるはまことにかと おほせ給 竹とり なく\/申 此十五日になむ 月の都より かくや
姫のむかへに まうてくなる たうとくとはせ給ふ 此十五日は 人\/給はりて 月の都の
人まうてこは とらへさせんと申 御使かへり入て おきなの有様申て 奏しつる事とも申を
きこしめしての給ふ 一め見給ひし御心にたに わすれ給はぬに あけ暮みなれたる かくや
姫をやりて いかゝおもふへき かの十五日 *つかさ人におほせて 勅使

*つかさ人:ママ 【校】p.105◎ 【解】p.239◎

[39b]
少将高野ゝおほくにといふ人をさして 六衛のつかさあはせて 二千人の人を 竹取か家につ
かはす 家にまかりて ついちのうへに千人 屋のうへに千人 家の人\/ いと*おほかるけ
るにあはせて あけるひまもなく まもらす 此まもる人\/も 弓矢をたいして おもやの
うちには 女とも番におりて まもらす 女ぬりこめのうちに かくや姫をいたかへてをり 
おきなも ぬりこめの戸をさして 戸口にをり おきなのいはく かはかり守る所に 天の人
にも まけんやといひて 屋のうへにをる*人々のいはく

*おほかる:「る」を「ヒ」記号で見せケチにして、「り」と傍書(解題で言及なし)
【校】p.105◎「いとおほか[る_](り)けるに」
*人々の:「の」に傍書「にイ」

[40a]
露も物空にかけらは ふといころし給へ まもる人\/のいはく かはかりして まもるとこ
ろに *かはり一たにあらは まついころして 外にさらさんと思ひ侍るといふ おきな是を聞
て たのもしかりけり 是を聞て かくや姫は さしこめて まもりたゝかふへき したくみ
をしたりとも あの國の人を えたゝかはぬ也 弓矢していられし かくさし籠てありとも 
かの國の*人々は みなあきなんとす あひたゝかはんとすとも かの國の人きなは たけき心
つかう人も よもあらし おきなのいふやう 御むかへにこん

*かはり:ママ(原本)【校】p.106「かはり一だに」本行への一致として立項せず◎
*人々は:ママ 【校】p.107◎

[40b]
人をは なかきつめして まなこをつかみつふさん さかゝみをとりて かなくりおとさん 
さかしりをかき出て こゝらのおほやけ人にみせて はちをみせむと はらたちをる かくや
姫いはく こはたかに なの給そ 屋のうへにをる 人とものきくに いとまさなし 今すか
りつる 心さしともを 思ひもしらて まかりなんすることの くちおしう侍けり なかきち
きりのなかりけれは ほとなく まかりぬへきなめりと思ふか かなしく侍也 *おやたちかへ
りみを *いさみたに つかうまつらて まからん道も やすくもあるましきに 日ころも出ゐ
て 今

*おやたちかへりみを:ママ(原本)【校】p.108◎
*いさみたに:ママ(原本)【校】p.108◎

[41a]
年はかりの いとまを申つれと さらに ゆるされぬによりてなん かく思ひなけき侍る 御
心をのみまとはして さりなんことのかなしく たへかたく侍る也 かの都の人は いとけう
らに おいをせすなむ 思ふこともなく侍る也 さる所へ まからんするも いみしくも侍ら
す 老おとろへ給へるさまを みたてまつらさらんこそ 悲しからめといひて おきな 胸い
たきことなし給そ うるはしきすかたしたる つかひにもさはらしと ねたみをり かゝる程
に よひ打すきて ねの時はかりに 家のあたり ひるのあかさにも過て

[41b]
ひかりたり もち月のあかさを 十あはせたるはかりにて ある人の毛のあなさへ みゆるほ
と也 大空より 人 雲にのりており来て つちより五尺はかりあかりたる程に 立つらねた
り 是をみて うちとなる人の心とも 物にをそはるゝやうにて あひたゝかはん心もなかり
けり からうして 思ひおこして 弓矢を取たてんとすれとも 手にちからもなく成て なえ
かゝりたり 中に心さかしきもの ねんして いむとすれとも ほかさまへいきけれは あれ
もたゝかはて 心ちたゝしれにしれて まもりあへり たてる人

[42a]
ともは さうそくのきよらなること 物にも似す とふ車一くしたり らかいさしたり その
中に わうとおほしき人 家に宮つこまろ まうてこといふに たけく思つる みやつこ丸も
物にゑひたる心ちして うつふしにふせり いはく なんち おさなき人 いさゝかなる*切徳
を おきなつくりけるによりて なんちかたすけにとて かた時のほととてくたしゝを そこ
らのとし比 そこらのこかね給て 身をかへたるかこと也にたり かくや姫は つみをつくり
給へりけれは かくいやしき*をのかもとに しはしおはしつる也 つみ

*切徳:「切」を「ヒ」記号で見せケチにして傍書「功」【校】p.111◎
*をのか:ママ(原本) 【校】p.112◎

[42b]
のかきり はてぬれは かくむかふるを おきなは なきなけく あたはぬ事也 はや出し奉
れといふ おきなこたへて申 かくや姫を やしなひたてまつる事 廿余年になりぬ かた時
との給ふに あやしく成侍りぬ 又ことところに かくや姫と申人そ おはすらんといふ こ
ゝにおはする かくや姫は *おもひやまひをし給へは えおはしますましと申せは その返事
はなくて 屋のうへにとふ車をよせて いさかくや姫 きたなき所に いかてか久しく おは
せんといふ たてこめたる所の戸 すなはち *たゝきあき

*おもひ:「ひ」を「ヒ」記号で見せケチにして傍書「き」
※解題p.431では
「おもひやま[ヒ/き/ひ]」
すなわち最後の「き」を「ヒ」記号で見せケチにして「ひ」と訂正するとするも不審。誤りか。
【校】p.113「おも[ひ_](き)戸」◎(本文篇翻刻に一致)
*たゝきあき/に:ママ 【校】p.113◎

[43a]
にあきぬ *かこしともゝ 人はなくしてあきぬ 女いたきてゐたる かくやひめ とに出ぬ 
え*とゝむましけれは たゝさしあふきて なきをり 竹取心まとひて なきふせる所によりて
かくや姫いふ こゝにも 心にもあらてかくまかるに のほらんをたに 見をくり給へといへ
とも なにしにかなしきに 見をくりたてまつらん 我をいかにせよとて すてゝは のほり
給そ くして出ておはせねと なきてふせれは 御心まとひぬ ふみをかきをきてまからん 
こひしからんおり\/ とり出て見給へとて うちなきて

*かこし:ママ(原本)【校】p.113◎
*とゝむましけれは:【解】p.240「とかむましけれは」(異)いま本文篇に従う

[43b]
かくことはゝ 此國にむまれぬるとならは *なかけかせたてまつらぬほとまて侍らて *すきわ
かねぬること 返\/ほいなくこそ覚へ侍れ ぬきをくきぬを かたみと見給へ 月のいてた
らん夜は 見をこせ給へ みすて奉りてまかる空よりも おちぬへき心ちすると かきをく 
天人の中にもたせたる箱あり 天のは衣いれり 又あるは ふしのくすりいれり ひとりの天
人いふ つほなる御くすりたてまつれ きたなき所の物 きこしめしたれは 御心ちあしから
ん物*そめて もちよりたれは いさゝ

*なかけかせ:最初の「か」を「ヒ」記号で見せケチ 【校】p.114◎
*すきわかねぬる:ママ(原本)【校】p.115◎
*そめて:ママ(原本)【校】p.115◎

[44a]
か なめ給て すこしかたみとて ぬきをくきぬに つゝまんとすれは ある天人つゝませす
みそをとり出て きせんとす 其時にかくや姫 しはしまてといふ きぬきせつる人は こゝ
ろ*ことなる也といふ 物一こと いひをくへきこと有けりといひて ふみかく 天人をそしと
心もとなかり給 かくや姫 物しらぬことなの給そとて いみしくしつかに おほやけに 御
文たてまつり給ふ あはてぬさま也 かくあまたの人をたまひて とゝめさせ給へと ゆるさ
ぬむかへまうてきて とり出まかりぬれは くちおしく

*ことなる:ママ(原本)【校】p.116◎

[44b]
かなしきこと みやつかへつかうまつらすなりぬるも かくわつらはしき身にて侍れは 心え
すおほしめされつらめとも 心つよく うけたまはらすなりにしこと なめけなる物に おほ
しめして とゝめられぬるなん 心に*まり侍ぬとて
 いまはとて あまのは衣 きるおりそ 君をあはれと おもひ出ける
とて つほの薬そへて 頭中将よひよせて たてまつらす 中将に 天人とりてつたふ 中将
とりつれは ふと あまのは衣 うちきせたてまつりつれは おきなを いとおしかなし

*まり:「〇」記号で「[と]まり」を補入 【校】p.117◎

[45a]
と おほしつる事もうせぬ このきぬきつる人は 物思ひなく成にけれは 車にのりて 百人
はかり 天人くしてのほりぬ 其後 おきな女 ちのなみたをなかしてまとへと かひなし 
あのかきをきし 文をよみきかせけれと なにせんにか 命もおしからん たかためにか 何
事もようなしとて 薬もくはす やかて おきもあからて やみふせり 中将 人\/ひきく
して *かへりまいりぬ かくや姫を えたゝかひとめす成ぬること こま\/と奏す 薬のつ
ほに 御ふみそえて まいらす ひろけて御覧して いといたく あ

*かへりまいりぬ:「ぬ」を「ヒ」記号で見せケチにして傍書「て」 【校】p.119◎

[45b]
はれからせ給て 物もきこしめさす 御あそひなともなかりけり 大臣 上達部をめして い
つれの山か 天にちかきと ゝはせ給に ある人そうす するかの國にあるなる山なん この
都もちかく 天もちかく侍ると*奏す
 あふことも 涙にうかふ 我身には しなぬくすりも 何にかはせん
かのたてまつる ふしの薬に 又つほくして 御使にたまはす 勅使には 月の*いはかきとい
ふ人をめして するかの國にあなる 山のいたゝきに もてつくへきよし おほせ給ふ

*奏す:この後に続く「これをきかせたまひて」を欠く。【解】p.240「是をきかせ給て―ナシ」◎
*いはかき:ママ(原本)【校】p.120◎

[46a]
嶺にてすへきやう をしへさせ給ふ 御文 ふしのくすりのつほ ならへて 火をつけて も
やすへきよし 仰給ふ そのよしうけ給て つはものとも あまたくして 山へのほりけるよ
りなむ その山を ふしの山とは名つけゝる そのけふり いまた雲の中へたちのほるとそ 
いひつたへたる


[46b*]
あふ事もなみ

[47a*]
此ほんいつ
かたたへまいり候へとも
そう\/つきへ
御かへしヒ成候へく候久く
とめ置候事かならす\/
御無用ニヒ成候へく候
そら
おもひを
かねて
申置候
天ゆく一ふて申残し参候
めて度
かしく