吉田本『竹取物語』


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書誌情報
・室町末期の写。吉田幸一によれば永禄~天正(1558-1593)頃、中田剛直によれば慶長(1596-1615)頃の写
・新宮春三旧蔵、吉田幸一蔵・古典文庫第三〇九冊収載
・本文は流布本第3類第1種
・唯一の翻刻である『竹取物語 全訳注』(上坂信男、講談社学術文庫・1978年)の本文を、「傍書を辿って原本復原した」データを底本とし、『竹取物語 <古写本三種>』(吉田幸一編、古典文庫・309・1973年)収載の影印を以て校正した
・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

・空行で区切られた一段落が丁の一面を表す。改行、和歌の字下げなどは可能な限り原本の体裁に従った
・[]を以て某書を示す。「いろは[ほ歟]」とある場合、「は」字に「ほ歟」という傍書がある事を示す
・()を以て補入を示す。「いろ(は)に」とある場合、「いろに」が「いろはに」と訂されている事を示す
・{}は、虫損などで破損している箇所の推読を示す
・{*}を以て注を示す。末尾参照

異体字:「阝」は事を意味すると思われるが、字形の酷似している阝で翻字した
なお、「上達部」の「部」も「阝」のような書体で書かれている


いまはむかし竹とりの翁といふもの有けり野山に
ましりて竹を取つゝ萬の阝につかひけり名をは
さるきのみやつことなんいひけるその竹の中にもと
ひかる竹なん一筋有けりあやしかりてよりて見るに
筒の中ひかりたりそれをみれは三寸はかりなる人
いとうつくしうて居たり翁云やう我朝こと夕毎に
見る竹の中におはするにてしりぬ子に成給へき
人なめりとて手に入て家へ持てきぬめの女にあつ
けてやしなはすうつくしき事限なしいとおさなけれは
こに入てやしなふ竹取の翁竹を取に此子を見付て
後に竹とるにふしを隔てよ毎にこかねある竹を見つ
くる阝かさなりぬおきなやう\/豊に成ゆき此ちこ

やしなふ程にすく\/とおほきに成まさる三月斗に
なる程によき程なる人に成ぬれはかみあけなと
さうそくしてかみあけせさせ裳きす丁のうちよりも
いたさすいつ月養此ちこのかたちのけさうなる事
世になく屋のうちはくらき㪽もなく光みちたり
翁心ちあしくくるしき時もこの子をみれはくるしき
こともやみぬはらたゝしき事もなくさみたり翁竹
を取阝ひさしく成ぬいきほひまうの物に成にけり
此子いとおほきに成ぬれは名をみむろといむへの
あきたをよひてつけさすあきたなよ竹のかくや姫と
付つ此程三日のうちあけあそふ萬のあそひをそし
ける男はうけ嫌はすよひつとへていとかしこくあそふ

世界のをのこあてなるも賤きもいかて此かくや姫
をえしかな見てしかなとをとにきゝめてゝまとふ其あ
たりの墻にも家のとにもをる人たにたはやすく
見るましき物をよるはやすき[く歟]いもねすやみの夜
に出てもあなをくしりあるひは見まとひあへり
さる時よりなん夜はひとはいひける人の物ともせぬ
㪽にまとひありけともなにのしるし有へくもみえす
家の人共に物をたにいはんとていひかゝれとも事共
せすあたりをはなれぬ君たち夜をあかし日をくら
すおほかりをろかなる人はようなき有さまはよしな
かりけりとてこす成にけりその中に猶いひけるは色
好といはるゝ限五人思ひやむ事なく夜昼きけり

其名共石つくりのみこくらもちのみこ左大臣あへ
のみむらし大納言大伴のみゆき中納言いそのかみまろ
たり此人々なりけり世中におほかる人をたに少も
かたちよしと聞てはえまほしうて物もくはす
思ひつゝ彼家にゆきてたゝすみありきけれとかひ
有へくもあらす文をかきてやれ共返阝もせす
侘哥なとかきてをこすれとかひなしと思へと霜月
しはすの降こほり水無月のてりはたてにもさはら
すきたり此人々有時は竹取をよひ出てむすめを
我にたへとふしおかみ手をすりの給へとをのかなさぬ
子なれは心にもしたかはすなんあるといひて月日過す
かゝれは此人々家に帰りて物を思祈をし願をたつ

思ひやむへくもあらすさり共終に男あはせさら{*1}む
やはと思ひて頼みをかけたりあなかちに心さしを見え
ありく是を見付て翁かくや姫に云やう我子の佛の
變化の人と申なからこゝらおほきさまにてやしなひ
奉る心さしをろかならす翁の申さん阝はきゝ給ひ
てんやといへはかくや姫なに事をかの給はんことはうけ
給はらさらん變化の物にて侍りけん身共しらす親
とこそ思ひ奉れといふ翁うれしくもの給ふ物かなと
いふおきな年七十にあまりぬけふ共あす共しらす此
世の人は男は女に逢阝をす女は男に逢事をす
その後なん門ひろくも成侍るいかてさることなくては
おはせんかくや姫のいはくなんてうさる阝かし侍らん

といへは變化化の人といふとも女の身持給へりおきなの
あらん限はかうてもいまめかりなむかし此人々のとしを
へてかうのみいましつゝの給事を思ひ定てひとり\/
にあひ奉り給ねといへはかくや姫いはくよくもあらぬ
かたちを深き心もしらてあた心つきなは後くやしき
ことも有へきと思ふはかり也世のかしこき人なりとも
深き心さしをしらてはあひかたしとなん思ふと云翁
いはく思ひのことくもの給かな抑いかやうなる心さし
あらん人にかあはんとおほすかはかり心さしをろかなら
ぬ人々にこそあめれかくや姫のいはく何はかりの深き
をか見んといはんいさゝかの事也人の心さしひとしからん也
いかてか中にをとりまさりはしらん五人のひとのなかに

ゆかしき物をみせ給へらんに御心さしまさりたりとて
つかうまつらんとその人々に申給へといふよき事なりと
うけつ日くるゝ程例のあつまりぬ或は笛を吹或は
うたをうたひあるひはしやうかをし或はうそふき
扇をならしなとするに翁出ていはくかたしけなく
きたなけなる㪽に年月をへて物し給阝きはまり
たりかしこまりたりと申翁の命けふあすともしら
ぬをかくの給君たちにもよく思ひ定てつかうま
つれと申もことはり也何れもをとりまさりおはしまさ
ねは御心さしの程は見ゆへしつかうまつらん事は
それをなん定むへきといはへは是よき阝也人の
御恨も有ましといふ五人の人々もよき事也といへは

翁入ていふかくや姫石つくりの御子には佛のいしの
はちといふ物有それを取て給へといふくらもちの
みこには東の海にほうらいといふ山有也それにしろ
かねを根としこかねをくきとし白き玉をみとして
たてる木有それ一枝おりて給はらんといふ今ひとり
にはもろこしに有火ねすみの皮きぬを給へ大伴
の大納言にはたつのくひに五色にひかる玉有それを
取て給へいそのかみの中納言にはつはくらめのもたる
こやすの貝ひとつ取て給へと云翁かたき事共にこそ
あめれ此國に有物にもあらすかくかたき事をはいかに
申さんといふかくや姫何かかたからんといへは翁とまれかく
まれ申さんとて出てかくなんきこゆるやうに見給へと

いへは御子たち上達阝聞ておいらかにあたりより
たになありきそとやはの給はぬといひて皆帰りぬ猶
此女見ては世に有ましき心ちのしけれは天竺に
有物ももてこぬ物かはと思ひめくらして石つくりの
御子は心のしたく有人にて天竺に二となきはち
を百千万里の程いきたり共いかてか取へきと思ひて
{か}くや姫のもとにはけふなん天竺へ石のはちとりに
まかるときかせて三年はかり大和國十市の郡に
ある山寺にひんつるのまへなる鉢のひたくろにすみ
つきたるを取て錦のふくろに入てつくり花の
枝に付てかくや姫の家にもてきて見せけれは
かくや姫あやしかりてみれははちの中に文有ひろ

けてみれは
 海山のみちに心をつくし果ないしのはちのなみた
なかれきかくや姫光やあると見るに蛍はかりの光
たになし
 置露の光を[゛]たにそやとさましをくらの山にて
何もとめけんとて返し出すはちを門に捨て此
哥のかへしをす
 しら山にあへは光もうするかとはちを捨ても
たのまるゝかなとよみて入たりかくや姫返しもせす
成ぬみゝにもきゝ入さりけれはいひかゝつらひて帰りぬ
かのはちを捨て又いひけるよりそ思ひなき事をは
はちをすつとはいひけるくらもちのみこは心たは

かりある人にておほやけにはつくしの国にゆあみに
まからんとていとま申てかくや姫の家には玉のえた
取になんまかるといはせてくたり給につかふまつるへき
人々皆難波迄御送りしける御子いと忍てとの給は
せて人もあまた出おはしまさす近うつかうまつる限して
出給ぬ御送りの人々見奉り送りて帰ぬおはしぬと
人には見え給て三日はかり有てこき帰り給ぬ兼
てことみな仰たりけれはその時ひとつのたか{ら}也ける
かちたくみ六人をめしてたはやすく人よりくましき
家を作りてかまとを三へにしこめてたくみしを
入給つゝ御子もおなし㪽にこもり給てしらせ給たる
かきり十六そをかみにくとをあけて玉の枝を作り給

かくや姫の給ふやうにたかはす作り出ついとかしこくたはかり
て難波にみそかにもて出ぬ舟にのりて帰りきにけ
りと殿につけやりていといたくくるしかりたるさまし
て居給へりむかへに人おほく参りたり玉の枝をはな
かつに入て物おほひて持て参るいつか聞けんくらもち
の御子はうとんくゑの花持てのほり給へりとのゝ
しりけりこれをかくや姫聞て我は此みこにまけぬ
へしと胸つふれて思ひけりかゝる程に門をたゝきて
くらもちのみこおはしたりとつく旅のすかたなから
おはしましたりといへはあひ奉るみこの給はく命
を捨てかの玉の枝もちて来るとてかくや姫に
見せ奉り給へといへは翁持て入たり此玉の枝に

ふみそつけたりける
 いたつらに身はなしつ共玉の枝をたをらて更に
かへらさらまし是をも哀とも見てをるに竹取の
翁はしり出ていはく此みこに申給しほうらいの玉の
枝をひとつの㪽あやまたすもておはしませり何を
持てとかく申へき旅の御姿なから我御家へも
より給はすしておはしたりはや此みこに逢つかう
まつり給へといふに物もいはてつら杖をつきていみしく
なけかしけにおほえたり此みこ今さへ何かといふへ
からすといふまゝにゑんにはひのほり給ぬ翁ことはり
に思ふ此國にみえぬ玉の枝也此度はいかてかひなん
申さん人さまもよき人におはすなといひゐたり

かくや姫の云やう親のの給ふ事をひたふるにいなひ申
さんことのいとをしさにとりかたき物をかくあさま
しくもてきたる事をねたく思ひ翁はねやのうち
しつらひなとしおきな御子に申やういかなる㪽にか
此木はさふらひけんあやしくうるはしくめてたき物
にもと申御子答ての給はくさいつとし二月の十日
ころに舟にのりて海の中に出てゆかんかたもしらす
おほえしかと思ふ事ならて世中にいきて何かせんと
思しかはたゝむなしき風にまかせてありく命しなは
いかゝはせんいきてあらんかきりかくありきてほうらい
といふやらん山にあふやと海にたゝよひ漕ありきてわ
か國のうちをはなれてありきまかりしに有時は

波荒つゝ海の底にも入ぬへく有時は風につけて
しらぬ國に吹よせられて鬼のやうなる物出てころ
さんとしき有時はきしかたゆく末も知らす海に
まきれんとしきある時はかてつきて草のねを
くひ物としきある時はいはん方なくむくつけゝなる
物きてくひかゝらんとしき有時には海の貝を
取て命をつく旅の空にたすけ給へき人もなき
㪽に色々の病をしてゆく方空もおほえす舟の
ゆくに任て海にたゝよひて五百日と云たつの時斗
に海中にはつかに山みゆ舩のうちをなんせめてみる
海の上にたゝよへる山いとおほきにて有その山のさ
またかくうるはし是や我求る山ならんと思てさすかに

おそろしく覚えて山のめくりをさしめくらして二三日
はかり見ありくに天人のよそほひしたる女山の中より
出きてしろかねのかなまるを持て水を汲ありく
是を見て舟よりおりて此山の名を何とか申と云
女答ていはく是は蓬莱の山也とこたふ是をきくに
うれしき阝限なし此女かくの給はたれそととふ我
名はうかんるりといひてふと山の中に入ぬその山
見るにさらにのほるへきやうなしその山のそは
ひらをめくれは世中になき花の木共たてり金
銀なり色の水山より流出たりそれには色々の玉の
橋渡せりそのあたりにてりかゝやく木共たてり
その中此取て持て来りしはいとわろかりしかとも

の給しにたかはましかはと此花をおりてまうてきたる
也山は限なく面白し世にたとふ木にあらさりし
かと此枝をおりてしかはさらに心もとなくて舟に乗
て追風て四百三[よ歟]日になんまうてきにし大勢にや
難波よりきのふなん都にまうて来つるさらにしほ
にぬれたれ衣をたにぬきかへなてなんこちまうて
きつるとの給へは翁聞てうちなけてよめる
 くれ竹のよゝの竹取野山にもさやは侘しき
ふしをのみ見し是をみこきゝてこゝらの日ころおもひ
侘侍つる心はけふなんおちゐぬるとの給て返し
 わかたもとけふかはけれは侘しさの千種の数も
忘られぬへしとの給かゝる程に男共六人つら

ねて庭に出きたり一人の男ふはさみに文をはさみて
申くもんつかさのたくみあやへのうちまろ申さく
玉の木作りつかうまつりし事五こくを立て千よ
日に身をつくしたる阝すくなからすしかるにろ
くいまた給はらすこれを給ひてわろきけこ[に歟]給せ[は歟]ん
といひてさゝけたり竹取の翁此たくみしか申阝を
何ことそとかたふきをり御子は我にもあらぬけしき
にてきも消ゐ給へり是をかくや姫きゝてこの
奉るふみをとれといひてみれはふみに申けるやう
みこの君千日いやしきたくみらと諸共におなし㪽に
かくれゐ給てかしこき玉の枝を作らせ給てつかさも
給はんとおほせ給きこれを此ころあんするに御つ

かひとおはしますへきかくや姫のえうし給へき也
けりと承て此宮より給らんと申をきゝてかくや
姫のくるゝまゝに思ひ侘つる心ちわらひさかへて翁を
よひ取て云やうまことに蓬莱の木かとこそ思ひつれ
かくあさましき空ことにて有けれははや返し給へと
いへは翁こたふさたかに作らせたる物ときゝつれは
かへさん阝いとやすしとうなつきをりかくや姫のこゝろ
ゆきはてゝ有つるかへし
 まことかと聞てみつれはことの葉をかされる
玉の枝にそ有けるといひて玉の枝も返しつ竹取の
翁さはかりかたらひつるかさすかに覚てねふりをり
みこはたつもはしたなゐるもはしたなにて

ゐ給へり日の暮ぬれはすへり給ぬかのうれ{ひ}[へ歟]せし
たくみらをはかくや姫よひすへてうれしき人共なりと
いひてろくいとた[多歟]くとらせ給ふいみしくよろこひて思
ひつるやうにも有かなといひて帰る道にてくらもち
のみこ血のなかるゝまて調させ給ふろくえしかひも
なく取捨させ給ひてけれはにけうせにけりかくて
此みこは一しやうのはちこす過るはあらし女を
えす成ぬるのみならす天下の人のみ思はん事の
はつかしきことゝの給てたゝ一㪽ふかき山へ入給ぬ
宮つかささふらふ人々皆手をわかちて求奉れ共
御死もやし給けんえ見付奉らす成ぬみこの御とも
にかくし給はんとて年比みえ給はさる也これを

なん玉さかるとはいひはしめける右大臣あへのみむ
らしはたからゆたかに家廣き人にておはしけるその年
来りけるもろこし舟のわうけいといふ人のもとに
文をかきて火ねすみの皮といふなる物買ひてをこ
せよとてつかうまつる人の中に心たしかなるを撰て
小野のふさもりと云人をつけてつかはすもていたりて
かのもろこしにをるわうけいに金をとらすわうけい文
をひろけて返阝かく火ねすみの皮衣此国になき
物也をとにはきけ共いまたみぬ物也世に有物ならは
國国にももてまうてきなましいとかたきあきないなり
然共もし天竺にたに玉さかにもて渡りなはもし
長者のあたりに求んになき物ならは使にそへて金

をは返し奉らんといへりかのもろこし舩きけり小㙒の
ふさもりまうて来てのほるといふことをきゝてあゆみ
とうする馬を持てはしらせんかへさせ給ふ時に
馬にのりてつくしよりたゝ七日にのほりまうてくる
文を見るにいはく火鼠の皮衣からうして人をいた
して求て奉る今の世にも昔の世にも此皮は
たやすくなき物也けり昔かしこき天竺のひしり此
國にもて渡りて侍ける西の山寺に有ときゝて
おほやけに申からうして買取て奉るあたいの
金すくなしとこくし使申しかはわうけいか物くはへて
かいたり今金五十両給るへし舟の帰らんに
付てたひをくれもし金給はぬ物ならはかは衣の

しちたへといへる阝を見てなにおほす今かね
少にこそあなれ嬉しくてをこせたるかなとてもろ
こしのかたにむかひてふしおかみ給ふ此皮衣入たるは
箱をみれは草\/のうるはしきなりを色ゑにてつく
れり皮きぬをみれはこんしやうの色也毛の末には
金の光しさゝきたり寳々と見えうるはしき事
ならふへき物なし火にやけぬ阝よりもけうら
なる阝ならひなしうへかくや姫このもしかり給に
こそ有けれとの給てあなかしことて箱に入給ぬ
物の枝につけて御身のけさういといたくしてやか
てとまりなん物そとおほして哥よみて持ていまし
たりそのうたは

 かきりなき思ひにやけぬかは衣たもとか{は}きて
けふこそはきめといへり家の門にもていたりて
たてり竹取出きて取入てかくや姫に見すかくや姫の
皮衣をみていはくうるはしき皮なめりわきてまこ
との皮ならんともしらす竹取こたへて云とまれかく
まれ先しやうし入奉らん世中にみえぬ皮衣のさま
なれは是をと思ひ給ぬ人ないたく侘させ給ひそと
いひてよひすへ奉りけりかくよひすへて此度は必
あはんと女の心にも思ひをり此翁はかくや姫のやも
めなるをなけかしけれはよき人にあはせんとおもひ
はかれとせちにいなといふ事なれはえしひねはこと
はり也かくや姫翁にいはく此かは衣は火にやかんに

やけすはこそまことならめと思ひて人の云阝にも
まけめ世になき物なれはそれをまことゝうたかひなく
思はんとの給猶是をやきて心みんといふ翁それさも
いはれたりと云て大臣にかくなん申といふ大臣答て
いはく此皮はもろこしにもなかりけるをからうして
求尋えたる也何のうたかひあらんさは申共はや燒
てみ給へといはへは火の中にうちくへてやかせ給
にめら\/とやけぬされはこそこと物の皮也けりといふ
大臣是をみ給てかほは草の葉の色にてゐ給へり
かくや姫はあなうれしとよろこひて居たりかのよみ
給ひける哥の返しはこに入てかへす
 名残なくもゆとしりせは皮衣思ひの外に{置}て

見ましをとそ有けるされは帰りいましにけり世の
人々あへの大臣火鼠の皮衣もていましてかくや姫に
すみ給ふとなこゝにやいますなととふ有人のいはく皮
衣は火にくへて燒たりしかはめら\/とやけにし
かはかくや姫逢給はすといひけれは是を聞てそとけ
なき物をはあへなしといひける大伴のみゆきの
大納言はわか家にありとある人めしあつめてのたま
はくたつのくひに五色の光ある玉あなりそれ取て
奉らん人にはねかはん阝をかなへんとの給おのこ共
おほせのことうけ給りて申さくおほせの事はいとも
たうとし但此玉たはやすくえとらしをいはんや
たつのくひの玉をいかゝとらんと申あへり大納言の給

てんの使といはん物は命を捨てもをのか君のおほ
せ阝をはかなへんとこそ思ふへけれ此國になき天竺
もろこしの物にもあらすこの國の海山より龍は
おりのほる物也いかに思てかなんちらかたき物と申へき
をのこ共申やうさらはいかゝはせんかたなきことなれとも
仰ことにしたかひて求にまからんと申に大納言みはら
ひてなんちらか君の使と名をなかしつ君のおほせこと
をはいかゝはそむくへきとの給ひてたつのくひの
玉とりにとて出したて給此人々の道のかてくい
物に殿うちのきぬわた銭なと有かきり取出てつ
かはす此人々帰る迄いもゐをして我はをら{*2}む
此玉取えては家に帰りくなとの給はせけり各々

おほせ承てまかり出ぬたつのくひの玉取えすは
帰りくなとの給へはいつち\/も\/足のむきたらん
かたへいなんすかゝるすき阝をし給ことゝそしりあへり
給はせたる物をの\/分つつとる或はをのか家に
こもりゐ或はをのかゆかまほしき㪽へいぬおや君と申とも
かくつきなきことを仰給ことゝことゆかぬ物ゆへ大納言を
そしりあひたりかくや姫すへんにはれいやうには見
にくしとの給てうるはしき屋を作り給てうる
しをぬりまきゑしてかへし給て屋の上には糸
を染て色々にふかせてうち\/のしつらひには
いふへくもあらぬ綾織物に繪をかきてまはりに
はりたりもとのめ共にかくや姫を必あはんまうけ

してひとりあかしくらし給つかはしゝ人は夜ひる待
給に年こゆるまて音もせす心もとなかりていと忍
てたゝとねり二人めしつきとしてやつれ給て難
波の邊におはしまして問給ふ事は大伴の大納言
殿の人や舟にのりてたつころしてそれ{(*3)か}くひの
玉とれとや聞ととはるに舟人答て云あやしき
ことかなとわらひてさるわさする舟もなしと答るに
をちなきことする舩人にも有哉えしらてかくいふと
おほして我弓の力はたつあらはふところしてくひ
の玉は取てんをそくくるやつはらを待たしと
の給て舟にのりて海ことにありき給にいと遠く
てつくしのかたのうみにこき出給ぬいかゝしけん早き

風吹て世界くらかりて舟を吹もてありくいつれ
のかたともしらす舟を海中にまかり入ぬへくふき
まはして波は舟にうちつけつゝまきいれ神は落
かゝる侘しきめ見すいかならんとするとの給梶取
答て申こゝら舟にのりてまかりありくにまたかく
侘しきめをみす舟海の底にいらすは神おちかゝ
りぬへしもしさいはひに神のたすけあらは南
海にふかれおはしぬへしうたてあるぬしのみもとに
つかうまつりてすゝろなりしにをすへかめる
哉と梶取なく大納言是を聞ての給はく舩に
乗ては梶取の申事をたかき山とたのめなとかく
たのもしけなく申そと青へとをつきての給梶

取答て申神ならねは何わさをかつかうまつらん風吹
波はけしけれとも神さへいたゝきに落かゝるやうなる
は龍をころさんと求候へは有也はやてもりうのふか
する也はや神にいのり給へといふよき阝也とて梶取
の御神きこしめせをとなく心おさなくたつをころ
さむと思ひけり今より後は毛の末一筋をたに
うこかし奉らしとことをはなちてたちゐなく\/
よはひ給ふ事千度はかり申給ふけにやあらん漸
神なりやみぬ少ひかりて風は猶はやく吹梶取
のいはく是はたつのしわさにこそ有なれ此吹風
はよきかたの風也あしきかたのかせにはあらすよきかた
に思ひきて吹也といへ共大納言は是を聞いれ給

はす三四日吹て吹返しよせたり濱をみれははり
まの明石のはま也けり大納言南海の濱に吹よせられ
たるにやあらんといきつきふし給へり舟に有をのこ
とも國につけたれ共国のつかさまうてとふらふにも
えおきあかり給はてふなそこに臥給へり松はらに
御筵敷ておろし奉る其時そ南海にあらさりけり
と思てからうしておきあかり給へるをみれは風
いとおもき人にて腹いとふくれこなたかなたの目には
すもゝを二つ付たるやう也是を見奉りてそくにの
つかさもほゝゑみたる國に仰給てたこしつくらせ
給てによう\/になはれ給ひて家に入給ぬる
をいかてか聞けんつかはしゝをのことも参りて申やう

龍のくひの玉をえとらさりしかは南殿へもえ参ら
さりし玉の取かたきをしり給へれはなんかんたう
あらしとて参つると申大納言おきゐての給はく
なんちらよくもてこす成ぬ龍はなる神のるいに
こそ有けれそれか玉をとらんとてそこらの人々のかい
せられなんかしけりまして龍をとらへましかは又
こともなく我はかひせられなましよくとらす成に
けりかくや姫てふ大ぬす人のやつか人ころさんとする{也}
けり家のあたりたにいまはとをらしをのこ共もなあ
りきそとて家に少残たりける物共は龍の玉を
とらぬ物共にたひつ是を聞てはなれ給しもと
のうへははらをきりてわらひ給糸をふかせつくりし

屋はとひ烏のすに皆くひもていにけり世{界}の人
のいひけるは大伴の大納言は龍のくひの玉や取て
おはしたるいなさもあらすみまなこ二つにすもゝの
やうなる玉をそそへていましたるといひけれはあなた
へかたといひけるよりそ世にあはぬことをはあなたへ
かたとはいひはしめける中納言いそのかみまろたり家
につかはるゝをのこ共のもとにつはくらめのすくひ
たらは告よとの給ふを承て何のようにかあらんと
申答ての給やう燕のもたるこやすの貝をとらんれう
なりとの給をのこ共答て申つはくらめをあまたこ
ろして見るにも腹になき物也但子うむ時いかてか
出すらんはらくると申人たにみれはうせぬと申又

人の申やうおほいつかさのいひかしく屋のむねにつゝの
ある[な歟]ことにつはくらめは巣をくひ侍るそれにまめならん
をのこ共をいてまかりてあくらをゆひあけてうかゝは
せんにそこらのつはくらめ子うまさらんや{は}扨こそとら
しめ給はめと申中納言よろこひ給ておかしきことに
もある哉尤えしらさりけり興ある阝申たりと
の給てまめなるをのこ共廿人斗つかはしてあなゝい
にあけすへられけりとのよりつかひ隙なく給はせて
こやすの貝取たるかととはせ給つはくらめも人のあ
またのほり居たるにおちて巣にものほりこすかゝる
よしの返阝を申たれは聞給ていかゝすへきとお
ほしわつらふに彼つかさの官人くらつまろと申翁申す

やうこやすの貝とらんとおほしめさはたはかり申
さんとておまへに参りたれは中納言ひたいを合て
むかひ給へりくらつまろか申やう此つはくらめの子やす
貝はあしくたはかりてとらせ給也扨はえとらせ
給はしあなゝひにおとろ\/しく廿人のひとの上りて
侍れはあれてよりまうてこすせさせ給へきやうは
此あなゝひをこほちて人みなしりそきてひと一人を
あらこにのせて綱をかまへて鳥の子うまん間に綱を
はりあけさせてふとこやす貝をとらせ給はな{*4}む
よかるへきと申中納言の給ふやういとよき阝とてあな
ないをこほし人みなかへりまうてきぬ中納言くらつ丸
にの給はくつはくらめはいかなる時にか子うむとしりて

人をはあくへきととはせ給くらつ丸申やうつはくらめ
は子うまんとする時は尾をさゝけて七とめくりてなん
うみおとすめる扨七度めくらんおり引きあけてそのおり
こやす貝はとらせ給へと申中納言㐂給て萬の人
にも知らせ給はてみそかにつかさにいましてをの
こ共の中に{*5}交はえ夜るをひるになしてとらしめ給
くらつ丸かく申をいといたく㐂ての給爰につかはるゝ
人にもなきにねかひをかなふる事嬉しさとの給て
御そぬきてかつけ給つさらによさり此つかさにまう
てことの給てつかはしつ日暮ぬれはかのつかさに
おはして見給に誠につはくらめ巣作れりくらつ丸
申やうをうけてめくるにあらこに人をのほせて

釣あけさせてつはくらめの巣に手をさし入させて
さくるに物もなしと申に中納言あしくさくれはなき
也と腹立てたれはかりおほえんにとて我上りて
さくらんとの給てこに上りてうかゝひ給へるにつはく
らめ尾をさゝけてさくり給に手にひらめる物さは
る時に我物にきりたりいまはおろしてよ翁しえ
たりとの給てあつまりてとくおろさんとて綱を
引過してつなたゆるすなはちにやしまのかなへの
上にのけさまに落給へり人々あさましかりて寄て
かゝへ奉れり御めはしらめにて臥給へり人々水を
すくひ入奉るからうしていき出給へるに又かなへの
上より手取足とりさけおろし奉るからうして

御心ちはいかゝおほさるゝととへはいきの下にて物は
少おほえれとこしなんうこかれぬされとこやす貝を
ふとにきりもたれはうれしく覚る也先しそくさ
してこゝの貝かほみんと御くしもたけて御手ひろけ
給へるに燕のまりをけるふるくそをにきり給へる
なりけりそれを見給てあなかひなのわさやとの給
けるよりそ思ふにたかふことをはかひなしといひける
貝にもあらすとみ給けるに御心ちもたかひて
からひつのふたのいれられ給へくもあらす御腰は
おれにけり中納言はいひいけたるわさして病阝を
人にきかせしとし給けれとそれをやまひにていとよはく
成給けり貝をえとらす成にけるよりも人の{聞}わらはん

ことを日にそへて思ひ給けれはたゝに病しぬる{よ}りも
人きゝはつかしく覚え給也けり是をかくや姫きゝてとふ
らひにやるうた
 年をへて波立よらぬ住の江のまつかひなしとき
くはまことかとあるをよみてきかすいとよはき心に
かしらもたけて人にかみをもたせてくるしき心ちに
からうしてかき給ふ
 かひはなく有ける物を侘果てしぬ{る}いのちを
すくひやはせぬとかきはつると絶入給ぬ是をきゝて
かくや姫少哀とおほしけりそれよりなん少うれしき
阝をかひ有とはいひける扨かくや姫かたち世に
似すめてたき阝をみかときこしめして内侍なかと

みのふさこにの給おほくの人の身をいたつらになして
あはさなるかくや姫はいかはかりの女そとまかりて見て
まいれとの給ふさこ承てまかれり竹取の家にかし
こまりてしやうし入てあへり女に内侍の給おほせ
ことにかくや姫のうちゐこにおはす也よく見て参る
へきよしの給はせつるになん参つるといへはさらは
かく申侍らんといひて入ぬかくや姫にはやかの大夫に
對面し給へといへはよきかたちにもあらすいかてかみゆ
へきといへはうたてもの給哉御門の御使をはいかてか
をろかにせんといへはかくや姫のこたふるやうみかとの
めしての給はん事かしこしとも思はすといひてさらに
みゆへくもあらすむめる子のやうにあれといとこゝろ

はつかしけにをろそかなるやうにいひけれは心のまゝ
にもえせめす女内侍のもとに帰り出て口おしく此
おさなきものはこはく侍る物にてたいめんすまし
きと申内侍必見奉て参れとおほせ阝ありつる
物をみ奉らてはいかてか帰り参らん國王のおほせことをま
さに世に住給はん人の承り給はて有なんやいはれぬこと
なし給ひそとことははつかしくいひけれは是を聞てまし
てかくや姫きくへくもあらす国王のおほせことをそむかは
やころし給てよかしといふ此内侍帰り参て此よしを奏
す御門きこしめしておほくの人ころしてける心そかし
との給てやみにけれと猶おほしおはしまして此女の
たはかりにやまけんとおほしておほせ給なんちか持て

侍るかくや姫奉れかほかたちよしときこしめして御使
を給しかとかひなくみえす成にけりかくたい\/しく
やはならはすへきと仰らる翁かしこまりて御返阝
申やう此女のわらはゝたへて宮つかへつかうまつるへくも
あらす侍をもてわつらひ侍るさり共まかりておほせ
給はんと奏す是をきこしめしておほせ給なとか
翁の手におふしたてたらん物を心にまかせさらんこの女
もし奉る物ならは翁にかうふりをなとか給はせさら
ん翁㐂て家にかへりてかくや姫にかたらふやうかくなん
御門のおほせ給へる猶やはつかうまつり給はぬといへは
かくや姫答て云もはらさやうの宮つかへつかうまつ
らしと思ふをしゐてつかうまつらせ給はゝ消うせなん

すみつかさかうふりつかうまつりてしぬはかり也翁
いらふるやうなし給そつかさかうふりも我子を見奉らて
は何にかせんさはあり共なとか宮つかへをし給{は}さ
らんしに給ふへきやうや有へきといふ猶そらことかと
つかうまつらせてしなすやあるとみ給へあまたの人の
心さしをろかならさりしをむなしくなしてしこそあれ
きのふけふ御門のの給はんことにつかん人きゝやさしと
いへは答て云天下の事はとあり共かく有とも
御命のあやうさこそおほきなるさはりなれは猶かく
つかうまつるましきことを参て申さんとてつかうまつ
れは宮つかへに出したてはしぬへしと申宮つこまろ
か手に生れたる子にもあらす昔山にてみ付たるか

我は心はせも世の人に似すそ侍ると奏せさす御門
仰の給はく宮つこまろか家は山本ちかくなり御狩
の行幸し給はんやうにて見てんやとの給はす宮
つこまろか申やういとよき阝也何か心もとなくて侍らん
にふと行幸して御らんせられなんと奏すれは
みかと俄に日を定て御狩に出給てかくや姫の家に
入給てみ給に光みちてけうらにてゐたる人あり
是ならんとおほしてにけている袖をとらへ給へは
おもてをふたきてさふらへとはしめよく御らんし
つれはたくゐなくめてたくおほえさせ給てゆる
さしとすとていておはしまさんとするにかくやひめ
答て奏すをのか身は此國に生れて侍らはこそ

つかひ給はめいといておはしましかたくや侍らんと奏す
みかとなとかさあらん猶いておはしまさんとて御こしを
よせ給に此かくや姫きとかけに成ぬはかなく口おしと
おほして(さらは)御ともにはいかていかしもとの御かたちとなり
給ねそれを見てたに帰らんと仰らるれはかくや姫
もとのかたちに成ぬ御門猶めてたくおほしめさるゝ
事せきとめかたしみせつる宮つこまろをよろこひ
給扨つかうまつる百官人々あるしいかめしうつかうま
つる御門かくや姫をとゝめて帰り給はんことをあかす
口おしくおほしめしけれと魂をとゝめたる心ちして
なんかへらせ給ける御こしに奉りて後にかくや姫に
  かへるさの行幸物うくおもほえてそむきてとまる

かくや姫故御返事
  葎はふ下にも年はへぬる身の何かは玉の臺
をも見んこれを御門御らんしていとゝ帰り給はん空
もなくおほさる御心はさらに立かへるへくも{*6}おほさ
されさりけれとさりとて夜をあかし給へきにあら
ねは帰らせ給ぬつねにつかうまつる人をみ給にかくや
姫のかたはらによるへくもあらさりけりこと人よりは
けうら也とおほしける夜のかれにおほしあはすれは
人にもあらすかくや姫のみ御心にかゝりてたゝ独住し給
よしなく御かた\/にも渡り給はすかくや姫の御もとにそ
御文をかきてかよはせ給御返事さすかににくからすき
こえかよはせ給て面白く木草に付ても御哥をよみて

つかはすかやうにて御心をたかひになくさめ給程に三
年はかり有て春のはしめよりかくや姫月の面白う
出たるをみてつねよりも物思ふさま也有人のかほ見{る}は
いむことゝせいしけれともともすれは人まにも月を見て
はいみしくなき給七月十五日の月に出給てせち
に物思へるけしきなり近くつかはるゝ人々竹取の翁に
つけていはくかくや姫れいも月を哀かり給へとも
此ころと成てはたゝ事にも侍らさりしいみしくお
ほしなけく事有へしよく\/見奉らせ給へと云
を聞てかくや姫[に歟]いふやうなんてう心ちすれはかく物を
思ひたるさまにて月をみ給そうましき世にといふ
かくや姫みれは世間心ほそく哀に侍るなてう物をな

けき侍へきといふ{か}くや姫の有㪽にいたりて見れは猶
物思へる気色也是を見てあるかほとけ何事を思
給そおほすらん事何ことそといへは思ふ阝もなし
物なん心ほそくおほゆるといへは翁月な見給そ
是をみ給へは物おほすけしきは有そといへはいか
て月を見てはあらんとて猶月出れは出給つゝ
歎思へり夕闇には物思はぬけしき也月の程に
成ぬれは猶時々は打なけきなとすこれをつかう
もの共なを物おほす阝有へしさゝやけとおやを
はしめて何事ともしらす八月十五日斗の月に
出居てかくや姫いといたくなき給人めもいまはつゝ{み}
給はすなき給これをみておや共も何ことそととひ

さはくかくや姫なく\/いふさき\/も申さんと思しかとも
必こゝろまとはし給はん物そと思て今まて過し侍
つる也さのみやはとてうち出侍りぬるそをのか身
は此國の人にもあらす月の都のもの也それを昔の
契有によりてなん此世界にはまうてきたりける
いまはかへるへきに成にけれは此月の十五日に{か}の
もとの國よりむかへに人々まうてこんすさらすまか
りぬへけはおほしなけかんかかなしきことを此春より
思ひなけき侍る也といひていみしくなくをこはなてう
事の給そ竹の中よりみつけ聞えたりし時な{た}
ねのおほきさにおはせしを我たけ立ならふ迄
やしなひ奉りたる我子を何人かむかへ{に}こんまさに

ゆるさんやといひて我こそしなめとてなきのゝしる
阝いとたへかたけ也かくや姫のいはく月の都の人にて
ちゝはゝあり片時のまとてかの國よりまうてこし
かともかく此國にはあまたの年をへぬるになん有
ける彼国の父母のこともを覚えす爰にはかく久
しくあそひきこえてならひ奉れりいみしからん
心ちもせすかなしくのみあるされとをのか心ならす
まかりなんとするといひて諸共にいみしうなくつか
はるゝ人々も年比ならひて立わかれなんことを心
はへなとのあてやかにうつしかりつることをみならひて
こひしからん事のたへかたく湯水のまれすおなし心に
なけかしかりけり此事をみかときこしめして竹取か家

御つかひつかはす御使に竹取出合てなく阝限なしこの
事をなけくにひけも白くこしもかゝまり目もたゝれ
にけり翁ことしは五十斗也けれとも物思ふには片時
になん老に成にけるとみゆ御使おほせことゝて翁に
いはくいと心くるしく物思ふなるはまことかとおほせ給
竹取なく\/申此十五日になん月の都よりかくや姫の
むかへにまうてくなるたうとくとはせ給此十五日には
人々給りて月の都の人まうてこはとらへさせと申
御使帰り参り翁の有さま奏しつる事共申をき
こめしての給一めみ給し御心にたに忘給はぬに
明暮みなれたるかくや姫をやりてはいかゝ思ふへき
彼十五日つかさ\/におほせて勅使には少将高㙒の

大くにといふ人をさして六衛のつかさ合て二千人の
人を竹取か家につかはす家にまかりてついちの
上に千人屋の上に千人家の人々いとおほかりける
にあはせてあける隙もなくまもらす此まもる
人々も弓矢をたいしてをり屋のうちには女とも
番におりてまもらす女ぬりこめのうちにかくや
姫をいたかへており翁もぬりこめの戸をさして戸
口におり翁のいはくかはかりまもる㪽に天の人にも
まけんやといひて屋の上におる人々にいはく露も
物空にかけらはふところし給へまもる人々のいはく
かはかりしてまもる㪽にかはり一たにあらは先いこ
ろしてほかにさらんと思ひ侍るといふ翁是をきゝて

たのもしかりをりこれをきゝてかくや姫はさしこめ
てまもりたゝかふへきしたくみをしたりともあの國
の人をえたゝかはぬ也ゆみ弓[や]していられしかくさし
こめてありとも彼国の人こはみなあけなんと
するあひたゝかはんとする共かの國の人きなは
たけき心つかう人もよもあらし翁の云やう御むかへ
にこん人をはなかき爪してまなこをつかみつふさん
とさかかみを取てかなくりおとさんさか尻をかき出
てこゝらのおほやけ人に見せてはちを見せんと
はらたちをるかくや姫いみしこはたかになの給そ
屋の上にをる人共のきくにいとまさなしいますかり
つる心さし共を思ひもしらてまかりなんする事の

口おしう侍けりなかき契のなかりけれはほとなく
まかりぬへきなめりと思ふかなしく侍る也親たちの
かへりみをいさゝかたにつかうまつらてまからんみちも
やすくも有ましきに日比も出ゐてことしはかりの
いとまを申つれとさらにゆるされぬによりてなん
かく思ひなけき侍るみ心をまとはしてさりなん事の
かなしくたへかたく侍る也彼みやこの人はいとら[け]うらに
老をせすなん思ふ阝もなく侍る也さる㪽へまからん
するもいみしくも侍らすおひおとろへ給へるさまを
見奉らさらんこそこひしからめといひて翁むねいたき
事なし給そうるはしきすかたしたるつかひにもさは
らしとねたみをりかゝる程に宵うち過てねの

時はかりに家のあたりひるのあかさにも過てひかり
たりもち月のあかさを十あはせたる斗にてある
人のけのあなさへみゆる程也大空より人雲にのりて
おりきて土より五尺はかり上りたる程に立つらね
たり是をみて内外なる人の心とも物におそはるゝ
やうにてあひたゝかはん心もなかりけりからうしてお
もひおこしてゆみ矢を取たてんとすれとも手に
力もなく成てなへかゝりたり中に心さかしきもの
ねんしていんとすれともほかさまへいきけれはあれも
たゝかはて心ちたゝしれてまもりあへりた
てる人共はそうそくのきよらなる事物にも似すとふ
車一ツくしたり羅かひさしたりその中に王とおほ

しき人家に宮つこまろまうてこといふにたけく思つる
宮つこまろも物にゑひたる心ちしてうつ臥にふせ
りいはくなんちおさなき人いさゝかなるを翁つくり
けるによりてなんちかたすけにとてかた時の
程とて下ししをそこらの年比そこらの金給て
身をかへたる加護と成にたりかくや姫つみをつくり
給へりけれはかくいやしきをのれかもとにしはしおは
しつる也つみの限果ぬれはかくむかふるを翁はなき
なけくあたはぬ阝也はや出し奉れ{と}いふ翁答て
申かくや姫をやしなひ奉る事廿餘年になりぬ
かた時との給にあやしく成侍ぬ又こと㪽にかくや姫と
申人そおはすらんといふ爰におはするかくや姫は

おもき病をし給へはえ出おはしますましと申せ
は其気色はなくて屋の上にとふ車をよせて
いさかくや姫きたなき㪽にいかてか久しくおはせんと
いふたてこめたる㪽の戸すなはちたゝあきに
あきぬかうし共も人はなくしてかくや姫とに出ぬ
えとゝむましけれはたゝさしあふきてなきをり
竹取心まとひてなきふせる㪽によりてかくや姫云
爰にも心にもあらてかくまかるにのほらんをたに見
送り給へといへともなにしにかなしきにみ送り奉らん
我をいかにせよとて捨てはのほり給そくしていて
おはせねとなきてふせれは御心まとひぬふみを
かきて{ま}からんこひしからんおり\/取出てみ給へとて

うちなきてかくことはゝかく此國に生れぬるとならは
なけかせ奉らぬ程にて侍るへきを過別ぬる事
返々ほひなくこそ覚えれぬきてをくきぬをかたみと
み給へ月の出たらん夜は見をこせ給へみ捨奉りて
まかる空よりもおちぬへき心ちするとかきをく
天人の中にもたせたるはこありあまのは衣いれ
り又あるはふしの薬いれりひとりの天人いふつほなる
御薬奉れきたなき㪽のものきこしめしたれは
御心ちあしからん物そとてもてよりたれはいさゝかなめ
給てすこしかたみとてぬきをく衣につゝまんと
すれはある天人つゝませす御そを取出てきせんと
すその時にかくや姫しはしまてといふ衣きせつる人は

心ことになる也といふ物一こといひをく事有とて文かく
天人をそしと心もとなかり給かくや姫物しらぬ事な
の給そとていみしくしつかにおほやけに御ふみ
奉り給ふあはてぬさま也かくあまたの人を給ひて
とゝめさせ給へとゆるさぬむかへにまうてきて取
出まかりぬれは口おしくかなしき阝宮つかへつかう
まつらす成ぬるもかくわつらはしき身にて侍れは
心えすおほしめしつらめ共心つよく承らす成にし
事なめけなる物におほしめしとゝめられぬる
なん心にとまり侍ぬとて
 いまはとて天のは衣きるおりそ君を哀と
思ひし{り}ぬるとてつほの薬そへて頭中将よひ

よせて奉らす中将に天人取てつたふ中将取つれ
はふとあまのは衣きせ奉りつれは翁をいとおし
かなしとおほしつる阝もうせぬ此きぬきつる人は
物思ひなく成にけれは車にのりて百人はかり天
人くしてのほりぬ其のち翁女血の涙をなかして
まとへとかひなしあのかき置し文をよみきかせ
けれと何せんにか命もおしからんたかためにか何阝も
ようもなしとて薬もくはすやかておきもあからす
やみふせり中将人々引くして帰り参りてかくや姫を
えたゝかひとめす成ぬる阝こま\/と奏す薬の
つほに御ふみそへて参らすひろけて御らんして
いといたく哀からせ給て物もきこしめさす御あそひ

なともなかりけり大臣上達阝をめしていつれ
の山か天に近きと{と}はせ給にある人奏す駿河
の國に有なる山なんこの都もちかく天もちかく
侍ると奏す是をきかせ給ひて
 逢阝もなみたにうかふ我身にはしなぬ薬も
なにゝかはせんかの奉る薬に又つほくして御つかひに
給はす勅使には月のいはかさといふ人をめしてす
るかの國にあんなる山のいたゝきにもてつくへき
よしおほせ給峯にてすへきやうをしへ給御
ふみ薬のつほならへて火をつけてもやすへき
おほせ給ふそのよしうけたまはりてつは物とも
あまたくして山へのほりけるよりなんその山をふし

の山とは名つけけるそのけふりいまた雲のなかへ
たちのほるとそいひつたへたる


*1……舞の変体仮名。「む」としておく
*2……舞の変体仮名。「む」としておく
*3……影印は破損しておりなにも読めないが、上坂「いの」とするのは不審。
   中田校異篇に「それか吉曽」とあるのに従う
*4……舞の変体仮名。「む」としておく
*5……上坂「交て」とするが不審。中田校異篇「交はえ」に従う
*6……「おほさ/されさりけれと」と「さ」が衍字となっている。上坂、中田校異篇ともに言及無し。