戸川本『竹とりの物語』


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書誌情報
・実業家であり蔵書家でもあった戸川濱男氏(上海紡績会長?)の旧蔵(現所蔵者不明)
・寛文頃の写 本文は流布本系第三類第二種A群、特に高松宮家旧蔵歴史民俗博物館蔵本に近い
・巻頭と巻末の遊び紙に消息のような散らし書きがある
 読みやすく改訂すると次のごとくである

 此本、あまり\/面白からず候へども
 御なぐさみに御覧に入れ参らせ候
 めでたくかしく
 
 此本、何方かへ参り候へども、
 早々、次へ御返しなられ候べく候
 留め置く事、必ず\/、御無用になられ候
 空思ひを兼ねて申し置き候
 天ゆく一筆申し残し参らせ候
 めでたくかしく

 なお、巻頭消息の一行目「此本あまり\/」には
 「此本は私のじゃ」と別筆の重ね書きがあるという
 この消息らしき識語の意味する所は定かではないが、強いて推測するならば
 ①『めでたくかしく』は女性の消息の結語であること
 ②『わたし』などの使用から見て、重ね書きした者も女性か
 以上の点から、年長者の女性から年下の女性に貸し与えられた写本と見るべきであろうか

・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

・底本:新井信之『竹取物語の研究 本文篇』「〔十〕竹とりの物語〔戸川本〕」
・使用ソフト:SmartOCR Lite Edition (Version 1.0.7.0) 
・改行・字下げは不明のため、本文篇の書式に従った。よって原本通りではない
※ただし、五ウ(5b)・六オ(6a)はOCRデータを破棄し、掲載写真に基づき翻刻したデータに差し替えた
(当該箇所の改行等は写真に従った)
・また、[0b]、[46b]、[47a]については、『本文篇』解題(p.430)・中田剛直『校異篇・解説篇』p.239の情報を
 参考に復元した([0b]1行目は重ね書きを復元したもの)

凡例
・丁番号:[丁/表a 裏b]
・傍書:『本行/傍書』
・補入:【・/補入】
・ミセケチ:《本行/訂正》
 訂正が「・」の場合は削除を示す

[0b*]
此ほんあまり\/
此ほんはわたし
      のしや
おもしろからす
候へ共
御なくさみニ
御らんニ
入参候
めて
たく
かしく

[1a]
いまはむかし竹とりのおきなといふものありけり野山にましりて竹をとりつゝよろつの事につかひけり名をはさるきの宮つことなんいひけるその竹の中にもとひかる竹なん一すちありけりあやしかりてよりてみるにつゝの中ひかりたりそれをみれは三寸はかりなる人いとうつくしうゐたりおきないふやう我あさこと夕ことにみる竹の中におはするにてしりぬ子になり給へき人なめりとて手に打いれて家『に/へ』もちてきぬめの女

[1b]
にあつけてやしなはすうつくしき事かきりなしいとおさなけれはこに入てやしなふ竹とりのおきな竹を取にこの子を見つけて後に竹取にふしをへたてゝよことにこかねある竹をみつくることかさなりぬかくておきなやう\/ゆたかになり行このちこやしなふほとにすく\/とおほきになりまさる三月はかりになるほとによき程なる人になりぬれはかみあけなとさうしてかみあけさせもきすちやうのうちよりも出さすいつきやしなふこのちこの

[2a]
かたちのけさうなること世になく屋のうちはくらき所なくひかりみちたりおきな心ちあしくくるしきときもこの子をみれはくるしき事もやみぬはらたゝしき事もなくさみけりおきな竹をとることひさしくなりぬいきほひまうの物になりにけりこの子いとおほきになりぬれは名をみむろといむへのあきたをよひてつけさすあきたなよ竹のかくやひめとつけつこのほと三日うちあけあそふよろつのあそひをそしけるおとこはうけきらは

[2b]
すよひつとへていとかしこくあそふ世かいのおのこあてなるもいやしきもこのかくや姫をえしかなみてしかなとをとにきゝめてしまとふそのあたりのかきにも家のとにもをる人たにたはやすくみるましきものを夜はやすきいもねすやみの夜に出てもあなをくしりかひはみまとひあへりさる時よりなんよはひとはいひける人の物ともせぬ所にまとひありけとも何のしるしあるへくもみえす家の人ともに物をたにいはんとていひかゝれともことゝ

[3a]
もせすあたりをはなれぬ君たち夜をあかし日をくらすおほかりをろかなる人はようなきありきはよしなかりけりとてこすなりにけりその中になをいひけるは色このみといはるゝかきり五人思ひやむ時なく夜ひる来けりその名ともいしつくりの御子くらもちの御子左大臣あへのみむらし大納言大伴のみゆき中納言いそのかみのまろたりこの人々なりけり世中におほかる人たにすこしもかたちよしと聞てはみまほしうする人ともなりけれはかくや姫を見ま

[3b]
ほしうて物もくはす思ひつゝかの家に行てたゝすみありきけれとかひあるへくもあらすふみをかきてやれとも返事もせすわひ哥なとかきてをこすれともかひなしとおもへと霜月しはすのふりこほりみな月のてりはたゝくもにもさはらすきたり此人\/有時は竹とりをよひいてゝむすめをわれにたへとふしをかみ手をすりの給へとをのかなさぬ子なれは心にもしたかはすなんあるといひて月日すくすかゝれは此人\/家にかへりて物を

[4a]
おもひいのりをし願をたつ思ひやむへくもあらすさりともつゐにおとこあはせさらんやはと思ひてたのみをかけたりあなかちに心をみえあり\/これをみつけておきなかくや姫にいふやう我子のほとけへんけの人と申なからこゝらおほきさまてやしなひたてまつる心さしをろかならすおきなの申さん事は聞給ひてんやといへはかくや姫何ことをかの給はんことはうけ給はらさらん變化の物にて侍けん身ともしらすおやとこそ思ひたてまつれと

[4b]
いふおきなうれしくもの給物かなといふおきな年七十にあまりぬけふともあすともしらすこの世の人はおとこは女にあふことをす女は男にあふことをすその後なん門ひろくもなり侍るいかてかさる事なくてはおはせんかくやひめのいはくなんてうさることかし侍らんといへは變化の人といふとも女の身もち給へりおきなのあらむかきりはかうてもいますかりなんかしこの人\/の年月をへてかうのみいましつゝの給ふことを思ひさためてひとり\/にあひたて

[5a]
まつり給ねといへはかくやひめいはくよくもあらぬかたちをふかき心もしらてあた心つきなはのちくやしきこともあるへきをと思ふはかりなり世のかしこき人なりともふかき心さしをしらてはあひかたしとなん思ふといふおきないはく思ひのことくもの給ふかなそも\/いかやうなる心さしあらん人にかあはんとおほすかはかり心さしをろかならぬ人\/にこそあめれかくや姫のいはく何はかりのふかきをかみんといはんいささかのことなり人の心さしひとしかん也いかてか中

[5b※]
にをとりまさりはしらん五人の中にゆかし
きものをみせ給へらんに御心さしまさりた
りとてつかうまつらんとそのおはすらん人\/
に申給へといふよきことなりとうけつ日暮ほと
れゐのあつまりぬ或は笛をふき或は哥を
うたひ或はしやうかをし或はうそふきあふ
きをならしなとするにおきな出ていはくかた
しけなくきたるかしこまりと申すおきなの
命けふあすともしらぬをかくの給ふ君たちに
もよく思ひさためてつかうまつれと申もこと

[6a※]
はりなりいつれもおとりまさりおはしまさねは
御心さしの程はみゆへしつかうまつらんことはそれ
になんさたむへきといへはこれよき事なり
人の御恨もあるましといふ五人の人々もよき
事なりといへはおきないりていふかくやひめ
石つくりの御子には仏のいしのはちといふ物有
それをとりてたへといふくらもちの御子には東の
海にほうらいといふ山あるなりそれにしろかね
をねとし金をくきとし白玉をみとしてたて
る木ありそれ一枝おりて給はらんといふいま

[6b]
ひとりにはもろこしにある火ねすみのかはきぬを給へ大伴の大納言にはたつのくひに五色にひかる玉有それをとりて給へいそのかみの中納言にはつはくらめのもたるこやすの貝ひとつとりて給へといふおきなかたき事ともにこそあなれ此国に有物にもあらすかくかたき事をはいかに申さんといふかくや姫何かかたからんといへはおきなとまれかくまれ申さんとて出てかくなんきこゆるやうにみ給へはといへは御子たち上達部聞ておいらかにあたりよりたになありき

[7a]
そとやはの給はぬといひてうんしてみなかへりぬ猶この女みては世にあるましき心ちのしけれは天竺にある物ももてこぬものかはと思ひめくらして石つくりの御子はこゝろのしたくある人にて天竺に二となきはちを百千万里の程いきたりともいかてとるへきと思ひてかくや姫のもとにはけふなん天竺へ石のはちとりにまかるときかせて三年はかり大和国とをちの郡に有山寺にひんつるの前なる鉢のひたくろにすみつきたるをとりて錦の袋に入てつくり

[7b]
花の枝につけてかくや姫の家にもてきてみせけれはかくや姫あやしかりてみれははちの中にふみありひろけてみれは
  うみやまのみちに心をつくしはてないしのはちの涙なかれきかくや姫ひかりやあるとみるにほたるはかりのひかりたになし
  をく露の光をたにそやとさましをくらのやまにてなにもとめけんとてかへしいたすはちを門にすてゝ此哥のかへしをす
  しらやまにあへは光のうするかとはちを

[8a]
すてゝもたのまるゝかな
とよみていれたりかくや姫かへしもせすなりぬみゝにも聞入さりけれはいひしつらひて帰りぬかのはちをすてゝ又いひけるよりそおもなき事をははちをすつとはいひけるくらもちの御子は心たはかりある人にておほやけにはつくしの國にゆあみにまからんとていとま申てかくや姫の家には玉の枝とりになむまかるといはせてくたり給につかうまつるへき人\/みな難波まて御をくりしける御子いとしのひてとの給はせて人もあ

[8b]
またいておはしまさすちかうつかふまつるかきりして出給ぬ御をくりの人\/見たてまつりをくりてかへりぬおはしぬと人にはみえ給て三日はかりありてこきかへりぬかねてことみな仰たりけれはその時ひとつのたからなりけるかちたくみ六人をめしとりてたはやすく人よりくましき家をつくりてかまとを三重にしこめてたくみしを入給つゝ御子もおなしところにこもり給てしらせ給ひたるかきり十六そをかみにくとをあけて玉のえたを作り給ふかくや姫の給ふ

[9a]
やうにたかはすつくりいてついとかしこくたはかりて難波にみそかにもて出ぬ舟にのりて帰りきにけりと殿につけやりていといたくくるしかりたるさましてゐ給へりむかへに人おほくまいりたり玉の枝をはなかひつに入て物おほひてもちてまいるいつかきゝけんくらもちの御子はうとんくゑのはなもちてのほり給へりとのゝしりけり是をかくや姫きゝてわれはこの御子にまけぬへしとむねつふれて思ひけりかゝるほとにかとをたゝきてくらもちの御子おは

[9b]
したりとつくたひの御すかたなからおはしましたりといはへあひたてまつる御子の給はく命をすてゝかの玉の枝もちて来たるとてかくやひめにみたてまつり給へといへはおきなもちていりたりこの玉の枝にふみそつけたりける
 いたつらに身はなしつとも王の枝をたをりてさらにかへらさらまし
これをもあはれともみてをるに竹とりのおきなはしり入ていはく此御子に申給しほうらいの玉の枝を

[10a]
ひとつのところあやまたすもておはしませりなにをもちてとかく申へきたひの御すかたなからわか御家へもより給はすしておはしましたりはやこの御子にあひつかうまつり給へといふに物もいはてつらつえをつきていみしくなけかしけに思ひたり此御子いまさへなにかといふへからすといふまゝにえんにはひのほり給ぬおきなことはりにおもふこの國にみえぬ玉のえたなり此たひはいかていなひ申さん人さまもよき人におはすなといひゐたりかくや姫のいふやう

[10b]
おやのの給事をひたふるにいなひ申さん事のいとおしさにとりかたき物をかくあさましくもてきたることをねたく思ひおきなはねやのうちしつらひなとすおきな御子に申やういかなる所にか此木は候けんあやしくうるはしくめてたきものにもと申御子こたへての給はくさおとゝしのきさらきの十日ころになにはよりふねにのりて海の中に出てゆかんかたもしらすおほえしかとおもふことなくて世の中にいきて何かせんと思ひしかはたゝ

[11a]
むなしきかせにまかせてありくいのちしなはいかゝはせんいきてあらんかきりかくありきてほうらいといへらん山にあふやと海にこきたよひありきてわか國のうちをはなれてありきまかりしにある時は波あれつゝうみのそこにも入ぬへく有時は風につけてしらぬ國にふきよせられておにのやうなるもの出來てころさんとしき有時はきしかた行衛もしらす海にまきれむとしきある時にはかてつきて草の根をくひ物としき有ときには

[11b]
いはむかたなくむくつけくなる物きてくひかゝらんとしきあるときは海の貝を取て命をつくたひの空にたすけ給ふへき人もなき所に色\/のやまひをして行かた空もおほえすふねの行にまかせて海にたゝよひて五百日といふたつの時はかりに海の中にはつかに山みゆふねの内をなんせめてみる海のうへにたゝよへるやまいとおほきにて有そのやまのさまたかくうるはしこれやわかもとむるやまならんと思ひてさすかにおそ

[12a]
ろしくおほえてやまのめくりをさしめくらして二三目はかりみありくに天人のよそほひしたる女山の中より出來てしろかねのかなまるをもちて水をくみありくこれを見てふねよりおりてこのやまの名を何とか申ととふ女こたへていはくこれはほうらい山なりとこたふこれをきくにうれしき事かきりなし此女のかくの給ふはたれそととふ我名はうかむるりといひてふと山の中にいりぬその山みるにさらにのほるへきやうなしその山のそはひ

[12b]
らをめくれは世中になき花の木ともたてりこかねしろかねるり色の水山よりなかれ出たりそれには色々の玉のはしわたせりそのあたりにてりかくやく木ともたてりその中にこのとりてもちてまうてきたりしはいとわろかりしかともの給しにたかはましかはとこの花をおりてまうて來る也山はかきりなくおもしろく世にたとふへきにあらさりしかと此枝をおりてしかはさらに心もとなくてふねにのりて追風ふきて四百余日

[13a]になむまうて來にし大願力にや難波よりきのふなん宮こにまうてきつるさらにしほにぬれたる衣をたにぬきかへなてなんこちまうてきつるとの給へはおきな聞てうちなけきてよめる
 くれ竹のよゝのたけ『とり/取』野山にもさやはわひしきふしをのみみし
これを御子きゝてこゝらの日比思ひわひ侍つる心はけふなむおちゐぬるとの給ひてかへし
我たもとけふかはけれ《とも/は》わひしさの千種の

[13b]
 かすもわすられぬへし
との給ふかゝるほとにおのことも六人つらねて庭に出来たり一人のおとこふはさみに文をはさみて申『くもむつかさ/つくもところイ』のたくみあやへのうち申さく玉の木をつくりつかふまつりしこと五こくをたちて千よ日にちからをつくしたることすくなからすしかるにろくいまた給はらすこれを給てわろきけこに給はせんといひてさゝけたり竹とりのおきな此たくみらか申ことを何事そとかたふきおり御子は我にもあらぬけしきにてきもけし

[14a]
ゐ給へりこれをかくや姫きゝて此たてまつる文をとれといひてみれはふみに申けるやう御子の君千日いやしきたくみらともろともにおなし所にかくれゐ給てかしこき玉の枝をつくらせたまひてつかさも給はんとおほせたまひきこれをこのころあんするに御つかひとおはしますへきかくや姫のえうし給へきなりけりとうけ給てこの宮より給はらんと申て給はるへき也といふを聞てかくや姫のくるゝままに思ひわひつる心ちわらひさかへておきなを

[14b]
よひとりていふやうまことにほうらいの木かとこそ思ひつれかくあさましき空ことにて有けれははやかへし給へといへはおきなこたふさたかにつくらせたる物ときゝつれはかへさんこといとやすしとうなつけりかくや姫の心ゆきはてゝありつる哥のかへし
 まことかときゝてみつれはことの葉をかされる王の枝にそ有ける
といひて玉の枝もかへしつ竹取のおきなさはかりかたらひつるかさすかにおほえてねふりを也御子はたつもはしたゐる

[15a]
もはしたにてゐ給へり日の暮ぬれはすへり出給ぬかのうれへをしたくみをはかくや姫すへてうれしき人ともなりとわひて禄いとおほくとらせ給ふたくみらいみしくよろこひて思ひつるやうにもあるかなといひて帰る道にてくらもちの御子ちのなかるゝまて調をさせ給ふ禄えしかひもなくてみなとりすてさせ給てけれはにけうせにけりかくて此御子は一しやうのはちこれにすくるはあらし女をえすなりぬるのみにあらす天下の人のみおもはん事のはつかしきことゝ

[15b]
の給てたゝ一所ふかき山へいり給ぬ宮つかささふらふ人\/みなてをわかちてもとめたてまつれとも御しにもやし給けんえみつけたてまつらすなりぬ御子の御ともにかくし給はんとて年ころみえ給はさりける也けりこれをなん玉さかるとはいひはしめける右大臣あへのみむらしはたからゆたかに家ひろき人にておはしけるその年來たりけるもろこしふねのわうけいといふ人のもとに文をかきて火ねすみのかわといふなる物かひてをこせよとてつかうま

[16a]つる人の中に心たしかなるをえらひて小野のふさもりといふ人をつけてつかはすもていたりてかのもろこしにをるわうけいにこかねをとらすわうけい文をひろけてみて返事かく火ねすみのかは衣此國になき物也をとにはきけともいまたみぬものなり世にある物ならは此國にももてまうてきなましいとかたきあきなひ也しかれとももし天竺にたまさかにもてわたりなはもし長者のあたりにとふらひもとめんになき物ならはつかひにそへて金をはかへしたてまつらんといへりかの

[16b]
もろこしふね來けり小野のふさ盛まうてきてまうのほりといふことを聞てあゆみとうする馬をもちてはしらせんかへさせ給時に馬にのりてつくしよりたゝ七日にのほりまうて來たるふみをみるにいはくひねすみのかは衣からうして人をいたしてもとめてたてまつるいまの世にもむかしの世にも此かはゝたはやすくなきものなりけりむかし賢き天竺のひしり此國にもて渡りて侍りける西の山寺にありときゝをよひておほやけに申てからう

[17a]
してかひとりてたてまつるあたひの金すくなしとこくし使に申しかはわうけいか物くはへてかひたりいまかね五十両給はるへしふねの帰らんにつけてたひをくれもし金給はぬ物ならはかは衣のしちかへしたへといへることをみてなにおほす金すこしにこそあなれうれしくしてをこせたるかなとてもろこしのかたにむかひてふしおかみ給ふこのかは衣入たる箱をみれはくさ\/のうるはしきるりを色えてつくれりかは衣をみれはこんしやうの色也

[17b]
毛のすゑには金の光しさゝきたりたからとみへうるはしきことならふへき物なし火にやけぬ事よりもけうらなる事ならひなしうへかくや姫此もしかり給にこそありけれとの給てあなかしことて箱に入給てものゝ枝につけて御身のけさういといたくしてやかてとまりなんものそとおほして哥よみくはへてもちていましたりその哥は
 かきりなき思ひにやけぬかは衣たもとかはきてけふこそはきめ
といへり家のかとにもていた

[18a]
てたてり竹取出来てとり入てかくや姫にみすかくや姫のかはきぬをみていはくうるはしきかはなめりわきてまことのかはならんともしらす竹取こたへていはくとまれかくまれまつしやうしいれたてまつらん世中にみえぬかはきぬのさまなれはこれをと思ひ給ひね人ないたくわひさせ給たてまつらせ給そといひてよひすへたてまつれりかくよひすへて此たひはかならすあはせんと女の心にも思ひをりこのおきなはかくや姫のやもめなるをなけかしけれはよき人にあはせんとおもひはかれとせち

[18b]
いなといふ事なれはえしいねはことはり也かくや姫おきなにいはくこのかは衣は火にやかむにやけすはこそまことならめと思ひて人のいふことにもまけめ世になき物なれはそれをまことゝうたかひなく思はんとの給ふなをこれをやきてこゝろみんといふおきなそれさもいはれたりといひて大臣にかくなん申といふ大臣こたへていはくこのかはゝもろこしにもなかりけるをからうしてもとめたつねえたる也何のうたかひあらんさは申ともはややきてみ給へといへは火の中にうちくヘ

[19a]
てやかせ給ふにめら\/とやけぬされはこそこと物のかはなりけりといふ大臣これをみ給てかほは草のはの色にてゐたまへりかくやひめはあなうれしとよろこひてゐたりかのよみける哥のかへし箱に入てかへす
 名残なくもゆとしりせはかは衣思ひの外にをきてみましを
とそありけるされはかへりいましにけり世の人々あへの大臣火ねすみのかはきぬもていましてかくや姫にすみ給ふとなこゝにやいますなとゝふある人のいはくかはゝ火に

[19b]
くへてやきたりしかはめら\/とやけにしかはかくや姫あひ給はすといひけれはこれを聞てそとけなきものをはあへなしといひける大伴のみゆきの大納言は我家にありとある人めしあつめての給はくたつのくひに五色の光ある玉あ也それとりてたてまつりたらん人にはねかはんことをかなへんとの給おのことも仰の事をうけ給て申さくおほせのことはいともたうとしたたしこの玉たはやすくえとらしをいはんや龍のくひの王はいかゝとらんと申あへり大納言の

[20a]
たまふてんのつかひといはんものは命をすてゝもをのか君のおほせことをはかなへんとこそ思ふへけれ此國になき天竺もろこしの物にもあらす此國の海山より龍はのほる物也いかに思ひてか『なむちら/き本ノマゝ』かたき物と申へきおのことも申やうさらはいかゝせんかたき事也ともおほせことにしたかひてもとめにまからんと申に大納言見わらひてなむちらか君の使と名をなかしつきみのおほせことをはいかゝはそむくへきとの給てたつのくひの玉取にとていたしたて給ふ此人\/のみち

[20b]
のかてくひ物に殿うちのきぬわたせになとあるかきりとりて出てそへてつかはす既人々とも帰るまていもゐをしてわれはをらん此玉とりえては家にかへりくなとの給はせけりをの\/仰うけ給てまかり出ぬ龍のくひの玉とりえすは帰りくなとの給へはいつちも\/あしのむきたらむかたへいなんすかゝるすきことをし給ことゝそしりあへりたまはせたる物をの\/分つゝとるある【・/ひ】はをのか家にこもりゐあるひはをのかゆかまほしきところへいぬおや君と申ともかくつきなき事

[21a]を仰給ふことゝゆかぬ物ゆへ大納言をそしりあひたりかくや姫すゑんにはれいやうにはみにくしとの給てうるはしき屋をつくり給てうるしをぬりまきゑしてかへし給て屋のうへには糸をそめて色々ふかせてうち\/のしつらひにはいふへくもあらぬ綾織物にゑをかきてまことにはりたりもとのめともはかくや姫をかならすあはんまうけしてひとりあかしくらし給つかはしゝ人は夜ひるまち給ふに年こゆるまてをともせす心もとなかりて

[21b]
いとしのひてたゝとねり三人めしつきとしてやつれ給て難波の邊におはしましてとひ給ふことは大伴の大納言殿の人やふねにのりてたつころしてそかくひの玉とれるとやきくととはするに舟人こたへていはくあやしき事かなとわらひてさるわさする舟もなしとこたふるにをちなき事する舟人にもあるかなえしらてかくいふとおほして我弓のちからはたつあらはふといころしてくひの玉はとりて玉をそくきたるやつはらをまたしと

[22a]
の給てふねにのりてうみ事にありき給にいと遠くてつくしのかたの海にこきいて給ぬいかゝしけんはやき風ふきて世界くらかりてふねをふきもてありくいつれのかたともしらすふねを海中にまかり入ぬへく吹まはして波はふねにうちかけつまきいれ神はおちかゝるやうにひらめくかゝるに大納言はまとひてまたかゝるわひしきめみすいかならんとするそとの給ふかちとりこたへて申こら舟にのりてまかりありくにまたかゝ

[22b]
わひしきめをみす御舟海の底にいらすは神おちかゝりぬへしさいはひに神のたすけあらは南海にふかれておはしぬへしうたてあるぬしのみもとにつかふまつりてすすろなるしにをすへかめるかなとかちとりなく大納言これを聞ての給はくふねにのりてはかちとりの申ことをこそたかき山とたのめなとかくたのもしけなく申そとあをへとをつきての給ふかちとりこたへて申神ならねは何わさをかつかうまつらん風吹波はけしけれ共

[23a]
神さへいたゝき落かゝるやうなるたつをころさむともとめ給候へはあるなりはやくもりうのふかするなりはや神にいのり給へといふよき事なりとてかちとりの御神きこしめせをとなく心をさなくたつをころさんと思ひけりいまより後は毛の末一すちをたにうこかしたてまつらしとよことをはなちてたち居なく\/よはひ給ふこと千度はかり申給ふけにやあらんやう\/神なりやみぬすこしひかりて風は猶はやく吹かちとりのいはくこれ

[23b]はたつのしはさにこそ有けれ此吹風はよきかたのかせ也あしきかたの風にはあらすよきかたにおもむきて吹なりといへとも大納言はこれをき入給はす三四日吹てふきかへしよせたりはまをみれははりまの明石の濱なりけり大納言南海のはまにふきよせられたるにやあらんと思ひていきつきふし給へりふねにあるおのことも國につけたれとも國のつかさまうてとふらふにもえおきあかり給はてふなそこにふし給へり松原

[24a]
に御むしろしきておろしたてまつるその時にそみなみの海にあらさりけりと思ひてからうしておきあかり給へるをみれはかせいとおもき人にて腹いとふくれこなたかなたのめにはすもゝをふたつつけたるやう也これをみたてまつりてそ國のつかさもほうゑみたる國におほせ給てたこしつくらせ給てにやう\/になはれ給て家に入給ぬるをいかて聞けんつかはしゝおのこともまいりて申やう龍のくひの玉をえとらさりしかは南殿へも

[24b]
えまいらさりし玉のとりかたかりしことをしり給つれはなんかんたうあらしとてまいりつると申大納言おきゐての給はくなんちらよくもてこすなりぬ龍はなる神のたくひにこそありけれそれかたまとらむとてそこくの人\/かいせられなむかしけりまして龍をとらへたらましかはまたこともなくわれはかいせられなましよくとらへすなりにけりかくや姫てふおほぬす人のやつか人をころさむとするなりけり家のあたりたに今はと

[25a]
をらしおのこともゝなありきそとて家にすこしのこりたる物ともは龍のたまをとらぬ物ともにたひつこれを聞てはなれ給ひしもとの上ははらをきりてわらひ給ふ糸をふかせつくりし屋はとひからすの巣にみなくひもていにけり世界の人のいひけるは大伴の大納言は龍のくひのたま取ておはしたるいなさもあらすみまなこにすもゝのやうなるたまをそへていましたるといひけれはあなたへかたといひけるよりそ世にあはぬ事

[25b]
をはあなたへかたといひはしめける中納言いそのかみのまろたりの家につかはるゝおのことものもとにつはくらめのすくひたらはつけよとの給ふをうけ給はりてなしのようにかあらむと申こたへての給やうつはくらめのもたるこやすのかいをとらんれうなりとの給ふおのこともこたへて申つはくらめをあまたころしてみるにも腹になき物なりたゝし子うむ時なんいかてか出すらんはらくかと申人たにみれはうせぬと申又人の申やうお

[26a]
ほいつかさのいひかしく屋のむねにつゝのあなことにつはくらめはすをくひ侍るそれにまめならんおのこともをいてまかりてあくらをゆひあけてうかゝはせんにそこらのつはくらめ子うまさらんやはさてこそとらしめ給はめと申中納言よろこひ給ておかしき事にもあるかなもつともゑしらさりけり興有こと申たりとの給てまめなるおのこ共廿人はかりつかはしてあなゝひにあけすへられたり殿よりつかひ隙なく給はせてこや

[26b]
すの貝とりたるかととはせ給ふつはくらめも人のあまたのほりゐたるにおちてすにものほりこすかゝるよしの返事を申たれは聞給ていかゝすへきとおほしわつらふにかのつか《は/さ》の官人くらつまろと申おきな申やうこやす貝とらんとおほしめさはたはかり申さんとて御前にまいりたれは中納言ひたいをあはせてむかひ給へりくらつまろか申やう此つはくらめこやすかいはあしくたはかりてとらせ給ふなり

[27a]
さてはえとらせ給はしあないにおとろ\/しく廿人の人ののほりて侍れはあれてよりまうてこすせさせ給へきやうはこのあなゝいをこほちて人みなしりそきてまめならん人一人をあらこにのせすへてつなをかまへて鳥の子うまん間につなをつりあけさせてふとこやす貝をとらせ給はんなんよかるへきと申中納言の給やういとよき事なりとてあなゝいをこほし人みなかへりまうて来ぬ中納言くらつ丸にの

[27b]
給はくつはくらめはいかなる時にか子うむとしりて人をはあくへきとの給くらつまろ申やうつはくらめ子うまんとする時はおをさけて七とめくりてなんうみおとすめるさて七とめくらんおりひきあけてそのおりこやす貝はとらせ給へと申中納言よろこひ給てよろつの人にもしらせ給はてみそかにつかさにいましておのこともの中にましりて夜をひるになしてとらしめ給ふくらつまろかく申をいといたくよろこひての給ふ

[28a]
こゝにつかはるゝ人にもなきにねかひをかなふることのうれしさとの給て御そぬきてかつけたまふつさらに夜さりこのつかさにまうてことの給てつかはしつ日くれぬれはかのつかさにおはして見給にまことにつはくらめすつくれりくらつまろ申やうをうけてめくるにあらこに人をのほせてつりあけさせてつはくらめのすに手をさしいれさせてさくるに物もなしと申に中なこんあしくさくれはなきなりとはらた

[28b]
ちてたれはかりおほえんにとて我のほりてさくらんとの給てこにのほりてつられのほりてうかゝひ給へるにつはくらめおをさゝけていたくめくをにあはせて手をさゝけてさくり給に手にひらめる物さはる時に我ものにきりたりいまはおろしてよおきなしえたりとの給てあつまりてとくおろさんとてつなをひきすくしてつなたゆるすなはちにやしまのかなへのうへにのけさまにおち給へり人々あさましかりてよりてかゝへ

[29a]
たてまつれり御めはしらめにてふし給へり人\/水をすくひて入たてまつるからるうしていき出給へ《り/る》に又かなへのうへより手をとりあしとりしてさけおろしたてまつるからうして御心ちはいかゝおほさるゝととへはいきのしたにて物はすこしおほゆれとこしなんうこかれぬされとこやす貝をふとにきりもたれはうれしくおほゆるなりまつしそくさしてこゝの貝かほみんと御くしもたけて御手をひろけ給へるにつはくらめのまりをける

[29b]
ふるくそをにきり給へるなりけりそれを見給てあなかいなのわさやとの給ひけるよりそおもふにたかふ事をはかいなしといひける貝にもあらすと見給けるに心ちもたかいてからひつのふたのいれられ給ふへくもあらす御こしはおれにけり中納言はい『た/いイ』いけたるわさしてやむことを人にきかせしとし給ひけれとそれをやまひにていとよはく成給ひにけり貝をえとらすなりにけるよりも人のきゝわらはん事を日にそへて思ひ給けれはたゝ

[30a]
にやみしぬるよりも人きゝはつかしくおほえ給也けり是をかくや姫きゝてとふらひにやる哥
 年をへて波たちよらぬ住の江のまつかひなしときくはまことか
とあるをよみてきかすいとよはき心にかしらもたけて人にかみをもたせてくるしき心ちにからうしてかき給ふ
 かひはかく有ける物を侘果てしぬる命をすくひやはせぬ
とかきはつる絶入給ぬ是

[30b]
を聞てかくや姫すこしあはれとおほしけりそれよりなんすこしうれしき事をはかひ有とはいひけるさてかくや姫かたちのよににすめてたき事をみかときこしめして内侍なかとみのふさこにの給ふおほくの人の身をいたつらになしてあはさるかくや姫はいかはかりの女そとまかりてみてまいれとの給ふさこうけ給はりてまかれり竹とりの家にかしこまりてしやうし入てあへり女に内侍の給ふおほせことにかくや姫の

[31a]
うちいうにおはすよくみてまいるへきよしの給はせつるになんまいりつるといへはさらはかく申侍らんといひて入ぬかくや姫にはやかの御つかひにたいめんし給へといへはかくや姫よきかたちにもあらすいかてかみゆへきといへはうたてもの給ふかなみかとの御つかひをはいかてかおろかにせんといへはかくや姫のこたふるやうみかとのめしての給はん事かしこしともおもはすといひてさらにみゆへくもあらすむめる子のやうにあれといと心はつ

[31b]
かしけにをろそかなるやうにいひけれは心のまゝにもえせめす女内侍のもとに帰りいてゝくちおしく此おさなきものはこはく侍るものにてたいめんすましきと申内侍かならす見たてまつりてまいれはおほせこと有つるものを見奉らてはいかてか帰りまいらん國王のおほせことをまさに世にすみ給はん人のうけたまはり給はてありなんやいはれぬことなしたまひそとことははつかしくいひけれは是を聞てましてかくや姫聞へくも

[32a]
あらす國王のおほせことをそむかははやころし給てよかしといふ此内侍かへりまいりて此よしを奏す御門きこしめしておほくの人ころしてける心そかしとの給てやみにけれとなをおほしおはしまして此女のたはかりにやまけんとおほして仰給ふなんちかもちて侍るかくや姫たてまつれかほかたちよしときこしめして御使を給ひしかとかひなく見えすなりにけりかくたひ\/しくやはならはすへきこと仰らるおきなかし

[32b]
こまりて御返事申やう此めのわらはたへてみやつかへつかまつるへくもあらす侍るをもてわつらい侍さり共まかりておほせ給はんと奏す是をきこしめしておほせ給ふなとかおきなの手におほしたてたらんものを心にまかせさらんこの女もし奉りたる物ならはおきなにかうふりをなとか給はせさらんおきなよろこひて家に帰りてかくや姫にかたらふやうかくなんみかとの仰給へる猶やはつかうまつり給はぬといへはかくや姫こたへ

[33a]
ていはくもはらさやうの宮つかへつかうまつらしと思ふをしゐてつかうまつらせ給はゝきえうせなんすみつかさかうふりつかうまつりてしぬはかりなりおきないらふるやうなし給そつかさかうふりもわか子をみたてまつらては何にかせんさはありともなとか宮つかへをし給はさらんしに給へきやうやあるへきと猶空ことかとつかうまつらせてしなすやあるとみ給へあまたの人の心さしをろかならさりしをむなしくなら

[33b]
てこそあれきのふけふみかとのの給はん事につかん人きゝやさしといへほおきなこたへていはくてんかのことはと有ともかくありとも身命のあやうさこそおほきなるさはりなれは猶かうつかうまつるましきことをまいりて申さんとて参りて申やう仰のことのかしこさにかのわらはをまいらせんとてつかうまつれは宮つかへにいたしたてはしぬへしと申みやつこまろか手にうませたる子にもあらすむかし山にて

[34a]
見つけたるかゝれは心はせも世の人ににすそ侍ると奏せさすみかとおほせたまはく宮つこままろか家は山もとちかくなり御かりみゆきし給はんやうにて見てんやとの給はす宮つこ丸か申やういとよき事なりなにか心もなくて侍らんにふとみゆきして御覧せん御らんせられなむとそうすれはみかとにはかに日をさためて御かりに出給ふてかくやひめの家に入給て見給に光みちてけうらにて居たる人ありこれならんと思めしてにけている袖をとらへ給へはお

[34b]
もてをふたきて候へともはしめよく御覧しつれはたくひなくめてたくおほえさせ給てゆるさしとすとていておはしまさんとするにかくや姫こたへて奏すをのか身は此国に生れて侍らはこそつかひ給はめいといておはしかたくや待らんと奏すみかとなとかさあらん猶いておはしまさんとて御こしをよせ給に此かくや姫きと影になりぬはかなく口惜とおほしてけにたゝ人にはあらさりけりとおほしめしてさらは御ともにはいていかしもとの御かたちと成給ひねそれを見

[35a]
てたに帰なんとおほせらるれはかくやひめもとのかたちになりぬ御かと猶めてたくおほしめさるゝ事せきとめかたしかくみせつる宮つこ丸をよろこひ給ふさてつかう家つる百官人\/あるしいかめしうつかうまつるみかとかくや姫をととめて帰り給はんことをあかすくちおしくおほしけれと玉しゐをとゝめたる心ちしてなんかへらせ給ひける御こしにたてまつりて後にかくや姫に
 かへるさのみゆき物うくおもほえてそむきてとまるかくやひめゆへ御返事

[35b] むくらいふしたにも年はへぬるみのなにかは玉のうてなをもみん
是をみかと御らんしていとと帰り給はん空もなくおほさる御心はさらに立帰るへくもおほされさりけれとさりとて夜をあかし給ふへきにあらねはかへらせ給ぬつねにつかうまつる人をみ給にかくや姫のかたはらによるへくたにあらさりけりこと人よりはけうらなりとおほしける人のかれにおほしあはすれは人にもあらすかくや姫のみ御心にかゝりてひとりすみし給ふよしなく御方\/にもわたり給はすかくや姫の

[36a]
御もとにそ御文をかきてかよはせ給ふ御かへりさすかにくからす聞えかはし給てもお《ほ/も》しろく木草につけても御哥をよみてつかはすかやうにて御心をたかひになくさめ給ふ程に三年はかり有て春のはしめよりかくや姫月のおもしろう出たるをみてつねよりも物思ひたるさま也ある人の月のかほみるはいむことゝせいしけれともともすれはひとまにも月をみてはいみしくなき給ふ七月十五日の月に出ゐてせちに物おもへるけしき也ちかくつかはるゝ人々竹取のおきなつけていはくかくや姫れいも

[36b]
月をあはれかり給へとも此比となりてはたゝことにも侍らさめりいみしく【・/おほし】なけくこと有へしよく\/みたてまつらせ給へといふをきゝてかくや姫にいふやうなんてう心ちすれはかく物を思ひたるさまにて月をみ給そうとましき世にといふかくやひめみれはせけん心ほそくあはれに侍るなてう物をかなけき侍るへきといふかくや姫のあるところにいたりてみれは猶物おもへるけしき也これをみてあるほとけ何こと思ひたまふそおほすらんことなにことそといへは思ふこともなし物なむ心ほそくおほゆる

[37a]
といへはおきな月なみ給そ是を見給へは物おほすけしきはあるそといへはいかて月をみてはあらんとて猶月出れは出ゐつゝなけきおもへる夕闇には物を思はぬけしき也月の程に成ぬれは猶時\/はうちなけきなとす是をつかふ物共猶おほす事あるへしとさゝやけとおやをはしめてなにことゝもしらす八月十五日はかりの月に出ゐてかくや姫いといたくなき給ふ人めもいまはつゝみ給はすなき給ふ是をみておやともゝ何事そとゝひさはくかくやひめなく\/いふさき\/も申さんと思ひし

[37b]
かともかならす心まとはし給はん物そと思ひていままてすこし侍りつる也さのみやはとてうち出侍りぬるそおのか身は此國の人にもあらす月の都の人也それなんむかしのちきり有けるによりなむ此世界にはまうて来たりける今は帰るへきに也にけれは此月の十五日にかのもとの国よりむかへに人\/まうてこんすさらすまかりぬへけれはおほしなけかんかなしきことをこの春より思ひなけき侍る也といひていみしくなくをおきなこはなてうことの給ふそ竹の中よりみつけきこえたりしかと

[38a]
なたねのおほきさおはせしを我かたけ立ならふまてやしなひ奉りたるわか子をなに人かむかへきこえんまさにゆるさんやといひて我こそしなめとてなきのゝしることいとたへかたけなりかくや姫のいはく月の都の人にてちゝはゝ有かた時のあひためてかの國よりまうてこしかともかく此国にはあまたの年をへぬるになん有けるかの國のちゝ母のこともおほえすこゝにはかくひさしくあそひきこえてならひたてまつれりいみしからん心ちもせすかなしくのみある

[38b]
されとをのか心ならすまかりなんとするといひてもろともにいみしうなくつかはるゝ人\/も年此ならひて立わかれなむことを心はへなとあてやかにうつくしかりつることを見ならひて恋しからんことのたへかたくゆ水ものまれすおなし心になけかしかりけり此事をみかときこしめして竹取か家に御つかひつかはさせ給御使に竹取出あひてなくことかきりなし此ことをなけくにひけもしろくこしもかゝまりめもたゝれにけりおなき今年は五十はかりなれとも物思ふにはかた時になん老

[39a]
に成けりとみゆ御つかひおほせのことゝておきなにいはくいと心くるしく物おもふなるはまことにかとおほせ給竹とりなく\/申此十五日になむ月の郷よりかくや姫のむかへにまうてくなるたうとくとはせ給ふ此十五日は人\/給はりて月の都の人まうてこはとらへさせんと申御使かへり入ておきなの有様申て奏しつる事とも申をきこしめしての給ふ一め見給ひし御心にたにわすれ給はぬにあけ暮みなれたるかくや姫をやりていかゝおもふへきかの十五日つかさ人におほせて勅使

[39b]
少将高野ゝおほくにといふ人をさして六衛のつかさあはせて二千人の人を竹取か家につかはす家にまかりてついちのうへに千人屋のうへに千人家の人\/いとおほか《る/り》けるにあはせてあけるひまもなくまもらす此まもる人\/も弓矢をたいしておもやのうちには女とも番におりてまもらす女ぬりこめのうちにかくや姫をいたかへてをりおきなもぬりこめの戸をさして戸口にをりおきなのいはくかはかり守る所に天の人にもまけんやといひて屋のうへにをる人々『の/にイ』いはく

[40a]
露も物空にかけらはふといころし給へまもる人\/のいはくかはかりしてまもるところにかはり一たにあらはまついころして外にさらさんと思ひ侍るといふおきな是を聞てたのもしかりけり是を聞てかくや姫はさしこめてまもりたゝかふへきしたくみをしたりともあの國の人をえたゝかはぬ也弓矢していられしかくさし籠てありともかの國の人々はみなあきなんとすあひたゝかはんとすともかの國の人きなはたけき心つかう人もよもあらしおきなのいふやう御むかへにこん

[40b]
人をはなかきつめしてまなこをつかみつふさんさかゝみをとりてかなくりおとさんさかしりをかき出てこゝらのおほやけ人にみせてはちをみせむとはらたちをるかくや姫いはくこはたかになの給そ屋のうへにをる人とものきくにいとまさなし今すかりつる心さしともを思ひもしらてまかりなんすることのくちおしう侍けりなかきちきりのなかりけれはほとなくまかりぬへきなめりと思ふかかなしく侍也おやたちかへりみをいさみたにつかうまつらてまからん道もやすくもあるましきに日ころも出ゐて今

[41a]
年はかりのいとまを申つれとさらにゆるされぬによりてなんかく思ひなけき侍る御心をのみまとはしてさりなんことのかなしくたへかたく侍る也かの都の人はいとけうらにおいをせすなむ思ふこともなく侍る也さる所へまからんするもいみしくも侍らす老おとろへ給へるさまをみたてまつらさらんこそ悲しからめといひておきな胸いたきことなし給そうるはしきすかたしたるつかひにもさはらしとねたみをりかゝる程によひ打すきてねの時はかりに家のあたりひるのあかさにも過て

[41b]
ひかりたりもち月のあかさを十あはせたるはかりにてある人の毛のあなさへみゆるほと也大空より人雲にのりており旅てつちより五尺はかりあかりたる程に立つらねたり是をみてうちとなる人の心とも物にをそはるゝやうにてあひたゝかはん心もなかりけりからうして思ひおこして弓矢を取たてんとすれとも手にちからもなく成てなえかゝりたり中に心さかしきものねんしていむとすれともほかさまへいきけれはあれもたゝかはて心ちたゝしれにしれてまもりあへりたてる人

[42a]
ともはさうそくのきよらなること物にも似すとふ車一くしたりらかいさしたりその中にわうとおほしき人家に宮つこまろまうてこといふにたけく思つるみやつこ丸も物にゑひたる心ちしてうつふしにふせりいはくなんちおさなき人いさゝかなる《切/功》徳をおきなつくりけるによりてなんちかたすけにとてかた時のほととてくたしゝをそこらのとし比そこらのこかね給て身をかへたるかこと也にたりかくや姫はつみをつくり給へりけれはかくいやしきをのかもとにしはしおはしつる也つみ

[42b]
のかきりはてぬれはかくむかふるをおきなはなきなけくあたはぬ事也はや出し奉れといふおきなこたへて申かくや姫をやしなひたてまつる事廿余年になりぬかた時との給ふにあやしく成侍りぬ又ことところにかくや姫と申人そおはすらんといふこゝにおはするかくや姫ほおも《ひ/き》やまひをし給へはえおはしますましと申せはその返事はなくて屋のうへにとふ車をよせていさかくや姫きたなき所にいかてか久しくおはせんといふたてこめたる所の戸すなはちたゝきあき

[43a]
にあきぬかこしともゝ人はなくしてあきぬ女いたきてゐたるかくやひめとに出ぬえとゝむましけれはたゝさしあふきてなきをり竹取心まとひてなきふせる所によりてかくや姫いふこゝにも心にもあらてかくまかるにのほらんをたに見をくり給へといへともなにしにかなしきに見をくりたてまつらん我をいかにせよとてすてゝはのほり給そくして出ておはせねとなきてふせれは御心まとひぬふみをかきをきてまからんこひしからんおり\/とり出て見給へとてうちなきて

[43b]
かくことはゝ此國にむまれぬるとならはな《か/・》けかせたてまつらぬほとまて侍らてすきわかねぬること返\/ほいなくこそ覚へ侍れぬきをくきぬをかたみと見給へ月のいてたらん夜は見をこせ給へみすて奉りてまかる空よりもおちぬへき心ちするとかきをく天人の中にもたせたる箱あり天のは衣いれり又あるはふしのくすりいれりひとりの天人いふつほなる御くすりたてまつれきたなき所の物きこしめしたれは御心ちあしからん物そめてもちよりたれはいさゝ

[44a]
かなめ給てすこしかたみとてぬきをくきぬにつゝまんとすれはある天人つゝませすみそをとり出てきせんとす其時にかくや姫しはしまてといふきぬきせつる人はこゝろことなる也といふ物一こといひをくへきこと有けりといひてふみかく天人をそしと心もとなかり給かくや姫物しらぬことなの給そとていみしくしつかにおほやけに御文たてまつり給ふあはてぬさま也かくあまたの人をたまひてとゝめさせ給へとゆるさぬむかへまうてきてとり出まかりぬれはくちおしく

[44b]
かなしきことみやつかへつかうまつらすなりぬるもかくわつらはしき身にて侍れは心えすおほしめされつらめとも心つよくうけたまはらすなりにしことなめけなる物におほしめしてとゝめられぬるなん心に【・/と】まり侍ぬとて
 いまはとてあまのは衣きるおりそ君をあはれとおもひ出ける
とてつほの薬そへて頭中将よひよせてたてまつらす中将に天人とりてつたふ中将とりつれはふとあまのは衣うちきせたてまつりつれはおきなをいとおしかなし

[45a]
とおほしつる事もうせぬこのきぬきつる人は物思ひなく成にけれは車にのりて百人はかり天人くしてのほりぬ其後おきな女ちのなみたをなかしてまとへとかひなしあのかきをきし文をよみきかせけれとなにせんにか命もおしからんたかためにか何事もようなしとて薬もくはすやかておきもあからてやみふせり中将人\/ひきくしてかへりまいり《ぬ/て》かくや姫をえたゝかひとめす成ぬることこま\/と奏す薬のつほに御ふみそえてまいらすひろけて御覧していといたくあ

[45b]
はれからせ給て物もきこしめさす御あそひなともなかりけり大臣上達部をめしていつれの山か天にちかきとゝはせ給にある人そうすするかの國にあるなる山なんこの都もちかく天もちかく侍ると奏す
 あふことも涙にうかふ我身にほしなぬくすりも何にかはせん
かのたてまつるふしの薬に又つほくして御使にたまはす勅使には月のいはかきといふ人をめしてするかの國にあなる山のいたゝきにもてつくへきよしおほせ給ふ

[46a]
嶺にてすへきやうをしへさせ給ふ御文ふしのくすりのつほならへて火をつけてもやすへきよし仰給ふそのよしうけ給てつはものともあまたくして山へのほりけるよりなむその山をふしの山とは名つけゝるそのけふりいまた雲の中へたちのほるとそいひつたへたる


[46b*]
あふ事もなみ

[47a*]
此ほんいつ
かたたへまいり候へとも
そう\/つきへ
御かへしヒ成候へく候久く
とめ置候事かならす\/
御無用ニヒ成候へく候
そら
おもひを
かねて
申置候
天ゆく一ふて申残し参候
めて度
かしく