紹巴本「竹取物語」(原題不明)


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書誌情報
・1996年に出現した伝本(参考) 個人蔵
・奥書に次のようにある

元亀元年庚午正月
        臨江斎書之

1570年2月中旬~3月中旬
           臨江斎、之を書く

・臨江斎とは連歌師里村紹巴(当時45歳)の号である
 奥書が事実ならば、1570年の写本であり、最古であった武藤本を22年遡る、年代の明らかな最古の写本である
・尊経閣文庫本(流布本系第3類第2種A群、西洞院時慶筆)とは極めて近い本文を有し、共に武藤本に交渉している形跡がある
・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

・秋山虔・室伏信助監修/王朝物語史研究会編『紹巴本竹取物語 原寸影印』勉誠出版(2008年)掲載の影印を翻刻した
・公刊された翻刻である、王朝物語史研究会編『竹取物語本文集成』勉誠出版(2008年)を参照した
・注などを末尾に示す
〔◎凡例〕
・丁の表裏:a=表、b=裏
・補入:[]
・ミセケチ:【訂正前】<訂正後>、【】のみの場合は削除のみ
・傍書:【元】《傍書》

0a
《極札》【連歌師紹巴前廉筆[多/可敬]】

0b
《白紙》

1a
いまは[むかし]竹とりのおきなといふものありけり
野山にましりて竹をとりつゝよろつのこと
につかひけり名をはさるきの宮つことなんい
ひけるその竹の中にもとひかる竹なむ
一すちありけるあやしかりてよりて見るに
つゝの中ひかりたりそれをみれは三寸はか
りなる人いとうつくしうてゐたりおきないふ

1b
やうわれあさこと夕ことに見る竹の中にお
はするにてしりぬ子になり給ふへき人【也】<な>
めりとて手にうちいれて家へもちて来ぬ
めの女にあつけてやしなはすうつくしきこ
とかきりなしいとおさなけれはこにいれてや
しなふ竹とりのおきなこの子を見つけての
ちに竹をとるにふしをへたてゝよことにこか

2a
ねあるたけを見つくる事かさなりぬかくて
おきなやう\/ゆたかになり行このちこやし
なふほとにすく\/とおほきになりまさる三
月はかりになるほとによきほとになる人にな
りぬれはかみあけなとさうしてかみあけさ
せもきすちやうのうちよりもいたさすいつ
きやしなふこのちこのかたちのけさうなる

2b
事世になくやのうちはくらき所なくひかりみ
ちたるおきな心ちあしくくるしき事もやみ
ぬはらたゝしき事もなくさみけりおきな
竹をとる事ひさしくなりぬいきほひまう
のものになりにけりこの子いとおほきになり
ぬれは名をみむろといむへのあきたをよ
ひてつけさすあきたなよ竹のかくやひめと

3a
付つこのほと三日うちあけあそふよろつの
あそひをそしけるおとこはうけきらはすよひ
つたへていとかしこくあそふせかいのおのこあ
てなるもいやしきもこのかくやひめをえてし
かな見てしかなとをとにきゝめてゝまとふその
あたりのかきにも家のとにもをる人たにた
はやすく見るましきものをよるはやすきい

3b
もねすやみの夜にいてゝもあなをくゝりかひ
ま見まとひあへりさるときよりなむよはひ
とはいひける人のものともせぬところにまとひ
ありけともなにのしるしあるへくもみえす
家の人ともに物をたにいはむとていひかくれ
ともことゝせすあたりをはなれぬ君たち夜
をあかし日をくらすおほかりをろかなる人はよう

4a
なきありきはよしなかりけりとてこすなりにけ
り其中になをいひけるは色このみといはるゝ
かきり五人思ひやむ時なくよるひる来けり
そのなともはいしつくりの御子くらもちの御子
右大臣あへのみむらし大納言大とものみゆ
き中納言いそのかみのまろたりこの人々な
りけり世中におほかる人たにすこしもかたち

4b
よしと聞ては見まほしうする人ともなりけれは
かくやひめを見まほしうて物もくはすおもひ
つゝかの家にゆきてたゝすみありきけれとか
ひあるへくもあらす文をかきてやれとも返
事もせす哥なとかきておこすれともかひ
なしと思へと霜月しはすのふりこほりみ
な月のてりはたゝくにもさはらすきたり此

5a
人々ある時はたけとりをよひ出てむすめをわ
れにたへとふしおかみ手をすりの給へ【は】《と》をの
かなさぬ子なれは心にもしたかはすなんある
といひて月日をすくすかゝれはこの人々家に
かへりて物をおもひいのりをしくはんをたつ
おもひやむへくもあらすさりともつゐにおとこ
あはせさらんやはと思ひてたのみをかけたり

5b
あなかちに心を見えありく是をみつけておき
なかくや姫にいふやう我子のほとけへんけの人
と申なからこゝちおほきさまてやしなひたて
まつる心さしをろかならすおきなの申さん事は
聞給てんやといへはかくや姫何事をかのた
まはん事はうけ給はらさらむへんけのものに
て侍けん身ともしらすおやとこそ思ひたて

6a
まつれといふおきなうれしくもの給ふものかな
といふおきな年七十にあまりぬけふともあす
ともしらすこの世の男は女にあふ事をす
女はおとこにあふ事をすそのゝちなん門
ひろくもなり侍るいかてかさる事なくては
おはせんかくや姫のいはくなんてうさる事
かし侍らんといへはへんけの人といふとも

6b
女の身をもちたまへりおきなのあらむかきり
はかうてもいますかりなんかしこの人々のとし
月をへてかうのみいましつゝの給ふ事を思
ひさためてひとり\/にあひたてまつり給
ひねといへはかくや姫いはくよくもあらぬ
かたちをふかき心もしらてあた心つき
なはのちくやしきこともあるへきをとお

7a
もふはかりなり世のかしこき人なりともふ
かき心さしをしらてはあひかたしとなむおもふと
いふおきないはく思のことくもの給ふかなそ
も\/いかやうなる心さしあらむ人にかあ
はんとおほすかはかり心さしをろかならぬ人々
にこそあめれかくやひめのいはくなには
かりのふかきをか見むといはんいさゝかの

7b
ことなり人の心さしひとしかんなりいかてか
中にをとりまさりはしらむ五人の人の
中にゆかしき物を見せ給ひらんに御心さ
しまさりたりとてつかうまつらむとそ
のおはすらん人々に申給へといふよきこ
となりとうけつ日くるゝほとれいのあつまり
ぬあるひはふえをふきあるひはうたをう

8a
たひあるひはしやうかをしあるひはうそふき
あふきをならしなとするにおきな出ていは
くかたしけなくきたなけなる所に年月
をへてものし給ふ事きはまりたるかしこ
まりと申す翁のいのちけふあすともし
らぬをかくの給ふ君たちにも思定てつ
かうまつれと申もことはりなりいつれも

8b
をとりまさりおはしまさねは御心さしの程
は見ゆへしつかうまつらむ事はそれになむ
さたむへきといへはこれよき事なり人のう
らみもあるましといふ五人の人々もよき
事なりといへはおきないりていふかくや姫
いしつくりの御子には佛のいしのはちとい
ふ物ありそれをとりてたへといふくら

9a
もちの御子には東の海にほうらいといふ山
あるなりそれにしろかねをねとしこかねを
くきとししら玉をみとしてたてる木あり
それ一枝おりて給はらんといふ今ひとりには
もろこしにある火ねすみのかはきぬを給へ
大とものたつのくひに五色にひかる玉あり
それをとりて給へいそのかいの中納言にはつ

9b
はくらめのもたるこやすの貝ひとつとりて給へ
といふおきなかたき事ともにこそあなれこ
の國にある物にもあらすかくかたき事をは
いかに申さむといふかくや姫なにかかたからん
といへは翁とまれかくまれ申さむとて出
てかくなんきこゆるやうにみ給へ【と】《は》御子たち
上達部申聞ておいらかにあたりよりたに

10a
なありきそとやはのたまはぬといひてうむし
てみなかへりぬなをこの女見ては世にあるま
しき心ちのしけれは天竺にある物もゝ
てこぬものかはとおもひめくらして石つくり
の御子は心のしたくある人にて天竺に二と
なきはちを百千萬里のほといきたりと
もいかてとるへきとおもひてかくや姫のもと

10b
にはけふなむ天竺へいしのはちとりにま
かるときかせて三年はかり大和國とをち
の郡にある山寺にひんつるの前なる鉢
のひたくろにすみつきたるをとりて
にしきのふくろに入てつくり花の枝につ
けてかくや姫の家にもて来て見せけれ
はかくやひめあやしかりて見れははちの

11a
中にふみありひろけてみれは
 海山のみちにこゝろをつくしはて
 ないしのはちのなみたなかれき
かくやひめ光やあるとみるにほたるはかりの
ひかりたになし
 をく露の光をたにもやとさまし
 をくら山にてなにもとめけん

11b
とてかへし出すはちを門にすてゝこの哥の
返事をす
 白山にあへはひかりのうするかと
 はちをすてゝもたのまるゝかな
とよみていれたるかくや姫かへしもせすなり
ぬみゝにも聞いれさりけれはいひかゝつらひ
てかへりぬかのはちをすてゝもといひける

12a
よりそおもなき事をははちをすつとはいひ
けるくらもちの御子は心たはかりある人に
ておほやけにはつくしの國にゆあみにま
からんとていとま申てかくやひめの家には
玉の枝とりになんまかるといはせてくたり給
につかうまつるへき人々みな難波まて御をく
りしける御子いとしのひてとの給はせて人も

12b
あまたゐておはしまさすちかうつかふまつる
かきりして出給ぬ御をくりの人々見たてま
つりをくりてかへりぬおはしぬと人にはみ
え給ひて三日はかりありてこきかへり給
ひぬかねてことなみ仰たりけれはその時ひ
とつのたからなりけるかちたくみ六人をめ
してたやすく人よりくましき家をつ

13a
くりてかまとを三重にしこめてたくみらを
入給つゝ御子もおなし所にこもり給てし
らせ給ひたるかきり十六そをかみにくと
をあけて玉の枝をつくり給ふかくや姫の
給ふやうにたかはすつくりいてついとかし
こくたはかりて難波にみそかにもて出ぬ
舟にのりてかへりきにけりと殿につけや

13b
りていといたくくるしかりたるさましてゐ
給へりむかへに人おほくまいりたり玉の枝
をはなかひつにいれて物おほひてもちて
まいるいつかきゝけんくらもちの御子はう
とむくゑの花もちてのほり給へりと
のゝしりけり是をかくや姫きゝてわれはこの
御子にまけぬへしとむねつふれておもひ

14a
けりかゝるほとに門をたゝきてくらもちの
御子おはしたりとつくたひの御すかたなか
らおはし[まし]たりといへはあひたてまつる御
子のたまはく命をすてゝかの玉の枝も
ちて来るとてかくや姫に見せたてまつり
給へといへはおきなもちて入たりこの玉の
えたに文そつけたりける

14b
 いたつらに身はなしつとも玉のえたを
 たをらてさらにかへらさらまし
これをもあはれとも見てをるに竹とりの
翁はしり入ていはく此御子に申給しほう
らいの玉のえたをひとつの所あやまたす
もておはしませり何をもちてとかく申へ
きたひの御すかたなからわか御家へもより

15a
給はすしておはしましたりはや此御子に
あひつかうまつり給へといふにものもい【か】《は》て
つらつえをつきていみしくなけかしけに
思ひたり此御子いまさへ何かといふへからす
といふまゝにえんにはひのほり給ぬ翁
ことはりにおもふこのくにゝ見えぬ玉のえた
なり此たひはいかていなひ申さむ人さまも

15b
よき人におはすなといひゐたりかくや姫の
いふやうおやのゝ給ふ事をひたふるにいな
ひ申さむことのいとをしさにとりかたき
物をかくあさましくもてきたる事をね
たくおもひおきなはねやのうちしつらひな
とすおきな御子に申やういかなる所にかこ
の木は候けんあやしくうるはしくめてたき

16a
物にもと申御子こたへてのたまはくさおと
としの二月の十日比に難波よりふねに
のりてうみの中に出てゆかむ方もしら
すおほえしかとおもふことならて世中にい
きてなにかせんとおもひしかはたゝむなしき
風にまかせてありくいのちしなはいかゝは
せむいきてあらんかきりかくありきてほう

16b
らいといへらむ山にあふやと海にこきたゝ
よひありきてわかくにのうちをはなれて
ありきまかりしにあるときはなみ風につ
けてしらぬ國にふきよせられておにの
やうなる物出来てころさむとしきある時
にはきし方ゆくゑもしらす海にまきれん
としきあるときにはかてつきて草のねを

17a
くひ物としきある時はいはんかたなくむくつ
けくなるものきてくひかゝらむとしきあ
る時[に]はうみの貝をとりていのちをつくた
ひの空にたすけ給へき人もなき所にい
ろ\/のやまひをしてゆくかた空もお
ほえす舟の行にまかせて海にたゝよひて
五百日といふ辰の時はかりにうみの中にわつ

17b
かに山見ゆる舟のうちをなむせめてみる海
のうへにたゝよへる山いとおほきにてありそ
の山のさまたかくうるはしこれやわかもとむ
る山ならむとおもひてさすかにおそろしくお
ほえて山のめくりをさしめくりをさしめ
くらして二三日はかりありくに天人のよ
そほひしたる女山の中より出来てしろ

18a
かねのかなまるをもちて水をくみありく
これをみて舟よりおりてこの山の名を
なにとか申ととふ女こたへていはくこれ
はほうらいの山なりとこたふ是を聞にう
れしきことかきりなし此女のかくのの給へ
はたれそとゝふ我名はうかむるかとい
ひてふと山の中にいりぬその山見るにさら

18b
にのほるへきやうなしその山のそはひらをめく
れは世中になき花の木ともたてりしろ
かねなり色の水山よりなかれ出たりそれ
には色々の玉の橋わたせりそのあたりに
てりかゝやく木ともたてりその中に此
とりてもちてまうてきたりしはいとわろ
かりしかともの給ひしにたかはましかはと此

19a
花をゝりてまうて来るなり山はかきりなく
おもしろし世にたとふへきにあらさりしかとこ
の枝をおりてしかはさらに心もとなく舟に
のりてをい風ふきて四百余日になむ
まうて来にし大願力にや難波より昨日
なん都にまうて来つるさらにしほにぬれ
たるころもをたにぬきかへなてなんこちま

19b
うてきつるとのたまへは翁きゝてうちなけ
きてよめる
 くれ竹のよゝのたけとり野山にも
 さやはわひしきふしをのみ見し
是を御子きゝてこゝらの日ころおもひわひ侍
りつる心はけふなむおちゐぬるとの給ひ
てかへし

20a
 我たもとけふかはけれはわひしさの
 ちくさのかすもわすられぬへし
とのたまふかゝるほとに男とも六人つらね
て庭に出来たり一人の男ふはさみに文
をはさみて申くもむつかさのたくみあ
やへのうちまろ申さく玉の木をつくり
つかふまつりし事五こくをたちて千余

20b
日にちからをつくしたることすくなからすしか
るにろくいまたたまはらす是を給てわろ
きけこに給せむといひてさゝけたり竹取
のおきなのたくみらか申事をなに事そ
とかたふきおり御子はわれにもあらぬけし
きにてきもきえゐ給へりこれをかくや
ひめ聞てこのたてまつるふみをとれとい

21a
ひて見れはふみに申けるやう御子の君千日
いやしきたくみらともろともにおなし所に
かくれゐたまひてかしこき玉の枝をつく
らせ給ひてつかさも給はんとおほせ給き是
をこの比あんする【と】《に》御つかひとおはしますへ
きなりかくや姫のえうし給へきなりけり
とうけ給てこの宮よりたまはらんと申て

21b
給るへきなりといふを聞てかくやひめのくるゝ
まゝにおもひわひつゝ心ちわらひさかへてお
きなをよひとりていふやうまことにほうら
いの木かとこそ思ひつれかくあさましき空
ことにてありけれははやかへし給へといへは
翁こたふさたかにつくらせたる物ときゝつ
れはかへさむこといとやすしとうなつけり

22a
かくや姫の心ゆきはてゝありつる哥の返し
 まことかと聞て見つれはことの葉を
 かされる玉の枝にそありける
といひて玉のえたもかへしつ竹とりのお
きなさはかりかたらひつるかさすかにおほえて
ねふりをり御子はたつもはしたゐるも
はしたにてゐたまへり日の暮ぬれはす

22b
へり出給ぬかのうれへせしたくみをかくやひ
めよひすへてうれしき人ともなりといひて
禄いとおほくとらせ給ふたくみらいみしく
よろこひておもひつるやうにもあるかなと
いひてかへる道にてくらもちの御子ちの
なかるゝまててうせさせ給ふ禄えしかひ
もなくてみなとりすてさせ給ひてけ

23a
れはにけうせにけりかくて此御子は一しやうの
はちこれにすくるはあらし女をえすな
りぬるのみにあらす天下の人の見おもはん
事のはつかしきことゝのたまひてたゝ一所
ふかき山へ入給ぬ宮つかささふらふ人々み
な手【に】《を》わかちてもとめたてまつれとも御し
かりもやし給けむえ見つけたてまつらす

23b
なりぬ御子の御ともにかくし給はんとてとし
ころ見え給はさりけるなりけりこれを
なむ玉さかるとはいひはしめける右大臣あ
へのみむらしはたからゆたかに家ひろ
き人にておはしけるその年きたりける
もろこし舟のわうけいといふ人のもとに
ふみをかきて火ねすみのかはといふなるも

24a
のかひておこせよとてつかうまつる人の中に
心たしかなるをえらひて小野ゝふさもりと
いふ人をつけてつかはすもていたりてかの
もろこしにをるわうけいにこかねをとらす
わうけい文をひろけてみて返事かく火
ねすみのかは衣この国になき物なりをと
にはきけともいまた見ぬものなり世に

24b
世にある物ならは此國にももてもうてきな
ましいとかたきあきなひなりしかれとも
もし天竺にたまさかにもてわたりなはも
し長者のあたりにとふらひもとめんにな
き物ならはつかいにそへてこかねをはかへし
たてまつらんといへりかのもろこしふねき
けり小野ふさもりまうてきてまうの

25a
ほるといふ事をきゝてあゆみとうする
むまをもりてはしらせんかへさせ給時に
むまにのりてつくしよりたゝ七日にのほ
りまうて来たるふみを見るにいはく火
ねすみのかは衣からうして人をいたして
もとめてたてまつるいまの世にもむかし
の世にもこのかはゝたはやすくなきもの也

25b
昔かしこき天竺のひしりこの國にもて
わたりて侍りける西の山寺にありときゝ
をよひておほやけに申てからうしてかひ
とりてたてまつるあたいのこかねすくな
しとこくし使に申しかはわうけいか物くは
へてかひたりいまかね五十両給るへし舩のか
へらんにつけてたひをくれ金給はぬ物

26a
ならはかの衣のしちかへしたへといへる事を
見てなにおりす金すこしにこそあなれ
うれしくしておこせたるかなとてもろこし
のかたにむかひてふしおかみ給ふこのかは衣
いれたる箱を見れはくさ\/のうるはしきる
りを色えてつくれりかは衣をみれはこん
しやうの色なり毛のすゑには金の光しさ

26b
さゝきたりたからとみえうるはしきことならぬ
へきものなし火にやけぬ事よりもけう
らなることならひなしうへかくや姫このもし
かり給にこそありけれとの給てあなかしこ
とて箱にいれ給てものゝえたにつけて御
身のけさういといたくしてやかてとまり
なんものそとおほして哥よみくはへても

27a
ちていましたりそのうたは
 かきりなき思ひにやけぬかはころも
 たもとかはきてけふこそはきめ
といへり家の門にもていたりてたてり竹と
り出来てとりいれてかくや姫に見すかく
やひめのかはきぬを見ていはくうるはしき
皮なめりわきてまことのかはならんとも

27b
しらす竹とりこたへていはくとまれかくまれ
まつしやうしいれたてまつらん世中に見
えぬかはきぬのさまなれは是をと思給ひ
ね人ないたく侘させ給たてまつらせ給
そといひてよひすへたてまつれりかくよひ
すへて此たひはかならすあはせんと女の心
にもおもひをり此翁はかくや姫のやもめ

28a
なるをなけかしけれはよき人にあはせんと
おもひはかれとせちにいなといふ事なれはえ
しかねはことはりなりかくや姫翁にいはく
此かは衣は火にやかむにやけすはこそまこ
とならめとおもひて人のいふ事にもまけめ
世になきものなれはそれをまことうたかひ
なくおもはんとの給ふなを是をやきて心み

28b
むといふおきなそれさもいはれたりといひて
大臣にかくなむ申といふ大臣こたへてい
はくこのかはゝもろこしにもなかりけるをから
うしてもとめたつねえたるなり何のうた
かひあらんさは申ともはやゝきて見給へ
といへは火の中にうちくへてやかせ給
ふにめら\/とやけぬされはこそこと

29a
物のかはなりけるといふ大臣これを見給
てかほは草の葉のいろにてゐ給へりかく
や姫はあなうれしとよろこひてゐたりかの
よみける哥の返し箱にいれてかへす
 なこりなくもゆとしりせはかはころも
 おもひのほかにをきてみましを
とそ有けるされはかへりいましにけり世

29b
の人々あへの大臣火ねすみのかはきぬもてい
ましてかくや姫にすみ給ふなこゝにやいま
すなとゝふある人のいはくかはゝ火にくへて
やきたりしかはめら\/とやけにしかは
かくや姫あひ給はすといひけれは是を聞
てそとけなきものをはあへなしといひける
大伴のみゆきの大納言はわか家にありと

30a
ある人めしあつめてのたまはくたつのくひ
に五色の光ある玉あなりそれとりて
たてまつりたらむ人にはねかはん事をかな
へんとの給おのことも仰のみをうけ給りて
申さく仰の事はいともたうとしたゝしこ
の玉たはやすくえとらしといはんや龍の
くひの玉はいかゝとらむと申あへり大納言

30b
の給ふてむのつかいといはんものは命をすて
てもをのか君のおほせ事をはかなへむ
とこそおもふへけれ此国になき天竺もろ
こしのものにもあらすこの国の海山よ
り龍はのほるものなりいかにおもひてかな
むちらかたきものと申へきおのことも
申やうさらはいかゝせんかたきことなり

31a
ともおほせ事にしたかひてもとめにまから
むと申に大納言見はらゐてなんちら
か君のつかひと名をなかしつ君のおほせこ
とをはいかゝはそむくへきとの給ひて龍の
くひの玉とりにとていたしたて給この
人々のみちのかてくひ物に殿うちのきぬ
わたのせになとあるかきりとり出てそへ

31b
てつかはすこの人々ともかへるまていもゐを
してわれはをらむ此玉とりえてはかへり
くなとの[給]はせけりをの\/仰承てまかり出
ぬ龍のくひの玉とりえすはかへりくなと
の給へはいつちも\/あしのむきたらんか
たへいなんすかゝるすき事をし給ことゝ
そしりあへり給はせたる物をの\/分つゝ

32a
とるあるひはをのか家にこもりゐあるひはを
のかゆかましきところへいぬおや君と申とも
かくつきなき事を仰給ことゝゆかぬもの
ゆへ大納言をそしりあひたりかくやひめ
すゑんにはれいのやうには見にくしとの
給てうるはしき屋をつくり給てうるしを
ぬりまきゑしてかへし給て屋のうへにはいとを

32b
色々にふかせてうち\/のしつらひにいふへく
もあらぬ綾をり物え【に】《を》かきてまことにはり
たりもとのめともはかくや姫をかならすあ
はむまうけしてひとりあかしくらし給
つかはしゝ人は夜ひる待給ふにとしこゆる
まて音もせす心もとなかりていとしのひて
たゝとねり二人めしつきとしてやつれ給

33a
て難波の邊におはしましてとひ給ふ事は
大伴の大納言殿の人や舟にのりてたつ
ころして其くひの玉とれるとやきくとゝ
はするに舩人こたへていはくあやしき事
かなとわらひてさるわさする舟もなしとこ
たふるにをちなきことする舩人にもある
かなえしらてかくいふとおほしてわか弓の

33b
ちからは龍あらはふといころして頸の玉は
とりてむをそく来るやつはらをまたしと
の給て舟にのりてうみことにありき給に
いととをくてつくしの方の海にこき出給
ひぬいかゝしけんはやき風吹て世界くら
かりて舩をふきもてありくいつれの
方ともしらす舟を海中にまかりいりぬへく

34a
吹まはして浪は舟にうちかけつゝまきいれ
かみはおちかゝるやうにひらめくかゝるに大納言
はまとひてまたかくわひしきめみすいか
ならむとするそとの給ふかちとりこたへて
申こゝら舟にのりてまかりありくにまた
かくわひしきめを見す御舩海のそこに
いらすはおちかゝりぬへしさいはひに神の

34b
たすけあらは南海にふかれおはしぬへし
うたてあるぬしのみもとにつかうまつりて
すゝろなるしにをすへかめるかなとかちとり
なく大納言是を聞てのたまはく舩に
のりてはかちとりの申事をこそたかき
山とたのめなとかくたのもしけなく申そとあ
をへとをつきての給ふ梶取こたへて申神

35a
ならねは何わさをかつかうまつらむ風吹なみ
はけしけれとも神さへいたゝきにおちかゝる
やうなる龍をころさむともとめ給へはある
なりはやてもりうのふかするなりはや神
にいのり給へといふよき事なりとて梶取
の御神きこしめせをとなく心おさなくた
つをころさむと思ひけり今より後はけの

35b
末一すちをたにうこかしたてまつらしと
よことをはなちてたちゐなく\/よはひ
給事千度はかり申給ふけにやあらむや
う\/かみなりやみぬすこしひかりて風
はなをはやく吹かちとりのいはく是はたつ
のしわさにこそ有けれこの吹風はよき
かたのかせなりあしきかたの風にはあらすよ

36a
きかたにおもむきてふくなりといへとも大納
言はこれを聞いれ[給は]す三四日吹てふき返
しよせたりはまを見れははりまの明石
の濱なりけり大納言南海のはまにふ
きよせられたるにやあらむと思ひていきつ
きふし給へり舟にあるおのことも國につけ
たれとも國のつかさまうてとふらふにも

36b
えおきあかり給はて舟そこにふし給へり松
はらに御むしろしきておろしたてまつるそ
のときにそみなみの海にあらさりけりと
思ひてからうしておきあかり給へるを見れは
風いとおもき人にてはらいとふくれこなた
かなたのめにはすもゝを二つつけたるやう
なりこれを見たてまつりてそ國のつかさ

37a
もほゝゑみたる国に仰給てたこしつくらせ
給てやう\/にはなれ給ひて家に入給ひぬる
をいかて聞けむつかはしゝおのこともまい
りて申やう龍のくひの玉をえとらさり
しかはなん殿へもえまいらさりし玉のとり
かたかりし事をしり給へはなんかんたうあら
しとてまいりつると申大納言おきゐて

37b
のたまはくなんしらよくもてこすなりぬたつは
なるかみのるひにこそありけれそれか玉とらん
とてそこらの人々のかいせられなんとしけり
ましてたつをとらへたらましかは又事もな
くわれはかいせられなましよくとらへすなり
にけりかくや姫てふおほぬす人のやつか人
をころさむとするなりけり家のあたり【に】《也》た

38a
に今はとをらしおのことももなありきそ
とて家にすこし残たる物ともは龍の玉をと
らむ物ともにたひつ是を聞てはなれ給
ひしもとの上ははらをきりてわらひ給ふいとを
ふかせつくりし屋はとひからすのすにみな
くひもていにけり世界の人のいひけるは
大伴の大納言は龍のくひを玉やとりてお

38b
はしたるいなさもあらすみまなこにすもゝの
やうなる玉をそへていましたるといひけれはあな
たへかたといひけるよりそ世にあはぬ事を
はあなたへかたとはいひはしめける中納言い
そのかみのまろたかの家につかはるゝおのこ
とものもとにつはくらめのすくひたらはつけ
よとの給ふをうけ給りてなにのようにか

39a
あらむと申こたへての給ふやうつはくらめ
のもたるこやすの貝をとらんれうなりと
の給ふおのこともこたへて申つはくらめをあ
またころして見るにも腹になきものなり
たゝし子うむ時なんいそかいたすらむはら
くかと申人たにみれはうせぬと申又人
の申やうおほいつかさのいひかしく屋のむ

39b
ねにつゝのあなことにつはくらめはすをくひ
侍るそれにまめならむおのこともをいてま
かりてあくらをゆひあけてうかゝはせんに
そこらのつはくらめか子うまさらんやはさ
てこそとらしめ給はめと申中納言よろ
こひ給ひておかしき事にもあるかなもつ
ともえしらさりけり【興】《けう》あること申たり

40a
との給ひてまめなるおのことも廿人はかりつ
かはしてあなゝいにあけすへられたり殿よ
りつかひひまなく給はせてこやすの貝と
りたるかととはせ給ふつはくらめも人の
あまたのほりゐたるにおちてすにものほ
りこすかゝるよしの返事を申たれは聞
給ていかゝすへきとおほしわつらふに彼つかさ

40b
の官人くらつまろと申翁申やうこやす
かいとらむとおほしめさはたはかり申さむ
とて御前に参たれは中納言ひたいを合
てむかひ給へりくらつまろ申やうこのつ
はくらめこすかいはあしくたはかりてと
らせ給ふなりさてはえとらせ給はしあない
におとろ\/しく廿人のほりて侍れはあれ

41a
てよりまうてこすせかせ給ふへきやうはこ
のあなないをこほちて人々なしりそきて
まめならん人一人をあらこにのせすゑて
つなをかまへて鳥の子うまむあひたにつ
なをつりあけさせてふとこやす貝を
とらせ給はんなむよかるへきと申中納言
のたまふやういとよき事なりとてあなゝ

41b
いをこほし人々なかへりまうて来ぬ中納言
くらつ丸にのたまはくつはくらめはいかなる
時にか子うむとしりて人をはあくへきとの
たまふくらつまろ申やうつはくらめか子
うまむとする時はおをさけて七とめくり
てなむうみおとすめるさて七度めくらむお
りひきあけてそのおりこやす貝はとら

42a
せ給へと申中納言よろこひ給ひて萬の人
にもしらせ給はてみそかにつかさにいまして
おのこともの中にましりて夜をひるにな
してとらしめ給ふくらつまろかく申をいと
いたくよろこひての給ふこゝにつかはるゝ人に
もなきにねかひをかなふる事の嬉しさと
の給ひて御そぬきてかつけ給ふつさらて

42b
夜さりこのつかさにまうて【こ】《よイ》との給てつかはし
つ日暮ぬれはかのつかさにおはして見給に
まことにつはくらめすつくれりくらつ丸
申やうをうけてめくるにあらこに人をのほ
せてつりあけさせてつはくらめのすに手
をさしいれさせてさくるにものもなしと申
に中納言あしくさくれはなきなりと

43a
はらたちてたれはかりおほえむにとてわれ
のほりてさくらむとの給ひてこにのり
てつられのほりてうかゝひ給へるにつはくら
め尾をさけていたくめくるにあはせて手をさ
さけてさくり給に手にひらめる物さはる
時にわれものにきりたり今はおろして
よおきなしえたりとの給ひてあつまりて

43b
とくおろさむとてつなをひきすくしてつな
たゆるすなはちにやしまのかなへのうへに
のけさまにおち給へり人々あさましかり
てよりてかゝへたてまつれり御目はしらめ
にてふし給へり人々水をすくひて入
たてまつるからうしていき出給へるに又
かなへの上より手とりあしとりして

44a
さけおろしたてまつるからうして御心ち
はいかゝおほさるゝとゝへはいきの下にて物は
すこしおほゆれとこしなむうこかぬされと
こやす貝をふとにきりもたれは嬉しく
おほゆるなり先しそくさしてこゝの貝かほ
みんと御くしもたけて御手をひろけ給へ
るもつはくらめのまりをけるふるくそをにき

44b
り給へるなりけりそれを見給ひてあなか
いなのわさやとの給ひけるよりそおもふに
たかふ事をはかひなしといひける貝にもあら
すと見給けるに心ちもたかひてからひつ
のふたのいれられ給ふへくもあらす御こ
しはをれにけり中納言はいゝいけたるわさ
してやむことを人にきかせしとしたまひ

45a
けれとそれをやまひにていとよはくなり
給ひにけり貝をえとらすなりにけるよ
りも人のきゝわらはん事を日にそへてお
もひ給けれはたゝにやみしぬるよりも人
きゝはつかしくおほえ給なりけり是を
かくや姫聞てとふらひにやるうた
  年をへて浪たちよらぬ住の江の

45b
  まつかひなしときくはまことか
とあるをよみてきかすいとよはき心にかし
らもたけて人にかみをもたせてくるしき
心ちにからうして書給ふ
  かひはかくありける物をわひはてゝ
  しぬるいのち【の】《を》すくゐやはせぬ
とかきはつる絶入給ぬこれを聞てかくや

46a
姫すこしあはれとおほしけりそれよりなむ
すこしうれしきことをはかひありとはいひけ
るさてかくやひめかたり世に似すめてたき
ことをみかと聞しめして内侍なかとみの
ふさこにの給ふおほくの身をいたつらに
なしてあはさるかくやひめはいかはかりの女
そとまかりて見てまいれとの給ふふさ

46b
こうけ給りてしやうしいれてあへり女に
内侍の給ふ仰事にかくやひめのうちいう
におはすよく見てまいるへきよしの給は
つるになんまいりつる【に】《と》いへはさらはかく申
侍らんといひて入ぬかくや姫にはやかの御つ
かひにたいめんし給へといへはかくやひめよ
きかたちにもあらすいかてか見ゆへきと

47a
いへはうたて[も]の給ふ物かなみかとの御つかひをは
いかてかをろかにせんといへはかくやひめの
こたふるやうみかとのめしての給はん事か
しこしともおもはすといひてさらにみゆへ
くもあらすむめる子のやうにあれといと心
はつかしけにをろそかなるやうにあれとい
と心恥しけにをろそかなるやうにいひけ

47b
れは心のまゝにもえせめす女内侍のもと
にかへり出てくちおしくこのおさなき物
はこはく侍るものにてたいめんすましき
と申内侍かならす見たてまつりてまい
れとおほせ事ありつるものを見たてま
つらてはいかてまいらん國王のおほせ事
をまさに世にすみ給はん人のうけ給り

48a
たまはてありなむやいはれぬ事なし給ひ
そとことははつかしくいひけれはこれを聞て
ましてかくや姫聞へくもあらす國王の
仰事をそむかははやころし給てよかし
といふこの内侍かへりまいりてこのよしを
そうすみかときこしめしておほくの人ころし
てける心そかしとの給ひてやみにけれとなをおほ

48b
しおはしまして此女のたはかりにやまけ
むとおほして仰給ふなんちかもちて侍るかく
や姫たてまつれかほかたちよしときこし
めしては御使を給ひしかとかひなくみえすな
りにけりかくたい\/しくやはならはすへき
と仰らる翁かしこまりて御返事申やう
此めのわらはたへてみやつかへつかうまつる

49a
へくもあらす侍るをもてわつらひ侍さりとも
まかりて仰給はんとそうすこれをきこしめ
して仰給ふなとか翁の手におふしたて
たらむ物を心にまかせさらむこの女もし
奉りたるものならはおきなにかうふりをな
とか給はせさらん翁よろこひて家にかへり
てかくや姫にかたらふやうかくなん御門仰給へ

49b
る猶やはつかうまつり給はぬといへはかく
や姫こたへていはくもはらさやうの宮つかへ
つかうまつらしとおもふをしゐてつかうまつら
せ給はゝきえうせなんすみつかさかうふり
つかうまつりてしぬはかりやおきないらふる
やうなし給そつかさかうふりもわか子をみ
たてまつらては何にかせんさはありとも

50a
なとか宮つかへをし給はさらむしに給へき
やうやあるへきといふなをそら事かとつ
かうまつらせてしなすやあると見給へあ
またの人の心さしをろかならさりしをむ
なしくなしてこそあれ昨日けふみかとの
のたまはん事【を】《に》つかむ人きゝやさしと
いへは翁こたへていはくてんかのことはとあ

50b
りともかゝりともみ命のあやうさこそおほ
きなるさはりなれは猶かうつかうまつるまし
き事をまいりて申さむとてまいりて
やう仰の事のかしこさにかのはらはを
まいらせんとてつかうまつれは宮つかへに
いたしたてはしぬへしと申みやつまろか
手にうませたる子にもあらすむかし山

51a
にて見つけたるかゝれは心かせも世の人に似
すそ侍るとそうす御門おほせたまはく宮
つこ丸御家は山もとちかくなり御かりみ
ゆきし給はむやうにて見てんやとの給は
す宮つこ丸か申やういとよきことなり
なにか心もなくて侍らんにふとみゆきして
御らんせん御らんせられなんとそうすれ

51b
はみかとにはかに日をさためて御かりに出給
ふてかくや姫の家にいり給て見給ふにひ
かりみちてけうらにてゐたる人あり是
ならんとおほしてにけている袖をとらへ給へ
はおもてをふたきて候へとはしめよく御
しつれはたくひなくめてたくおほえさせ給て
ゆるさしとすとていておはしまさむとする

52a
にかくや姫こたへてそうすをのか身は此国にむ
まれて侍らはこそつかひ給はめいといておはし
かた[く]や侍らんとそうすみかとなとかさあらん
なをいておはしまさむとて御こしをよせ給に
このかくや姫きと影になりぬはかなくくち
おしとおほしてけにたゝ人にはあらさ
りけりとおほしてさらは御ともにはいてい

52b
かしもとの御かたちとなり給ひねそれをみて
たにかへりなんと仰らるれはかくや姫もとの
御かたちになりぬみかと猶めてたくおほしめ
さるゝことせきとめかたしかく見せつる宮こ
丸をよろこひ給まてつかうまつる百官人々
あるしいかめしうつかうまつる御かとかくや姫を
とゝめてかへり給はん事をあかすくちおしく

53a
おほしけれと玉しゐをとゝめたる心ちしてなん
かへらせ給ける御こしに奉りてのちにかくや
ひめに
  帰さのみゆき物うくおもほえて
  そむきてとまるかくやひめゆへ
   御返事
  葎はふ下にも年はへぬる身の

53b
  なにかは玉のうてなをも見ん
これをみかと御らんしていとゝかへり給はん
そらもなくおほさる御心はさらにたちかへ
るへくもおほされけれとさりとて夜を
あかし給ふへきにあらねはかへらせ給はぬつ
ねにつかうまつる人を見給にかくやひめの
かたはらによるへくたにあらさりけりこと人

54a
よりはけうらなりとおほしける人のかれに
おほしあはすれは人にもあらすかくや姫
のみ御心にかゝりてたゝひとりすみし給ふよし
なく御方\/にもわたり給はすかくや姫の
御もとにそ御ふみをかきてかよはせ給ふ
御かへりさすかにくからすきこえかはし給て
おもしろく木草につけても御哥をよみて

54b
つかはすかやうにて御心をたかひになくさめ給
ほとに三年はかりありて春の始よりかく
や姫月のおもしろふいてたるを見てつね
よりも物思ひたるさまなりある人月のかほ
みるはいむことくせいしけれともともすれは
ひとまにも月を見ていみしくなき給七
月十五日の月に出ゐてせちに物おもへ

55a
るけしきなりちかくつかはるゝ人々竹と
りのおきなにつけていはくかくや姫れいも
月をあはれかり給へとも此比となりてはたゝ
事にも侍らさめりいみしくおほしなけく
ことあるへしよく\/見たてまつらせ給へと
いふを聞てかくやひめにいふやうなんてう
心ちすれはかく物を思ひたるさまにて月

55b
を月を見給そうましき世にといふかくやひ
めみれはせけむ心ほそくあはれに侍るなてう
物をかなけき侍るへきといふかくや姫のある
所にいたりてみれはなを物おもへるけしき也
これを見てあるほとけ何事おもひ給
そおほすらむ事なに事そといへは思ふ
事もなし物なん心ほそくおほゆるといへは

56a
おきな月な見給そこれを見給へは物おほ
すけしきはあるそといへはいかて月を見て
はあらむとてなを月出れは出ゐつゝなけ
きおもへりゆふやみには物おもはぬけ
しきなり月のほとになりぬれはなをと
き\/はうちなけきなとすこれをつかふ
物ともなをものおほすことありぬへしとさゝ

56b
やけとおやをはしめてなに事ともしらす八
月十五日はかりの月にいてゐてかくや姫
いといたくなき給ふ人めもいまはつゝみ
たまはすなき給ふこれを見ておやともゝ
なに事そととひさはくかくや姫なく\/
いふさき\/も申さむと思しかともかならす
心まとはし給はんものそとおもひて今まてす

57a
こし侍りつるなりさのみやはとてうち出侍ぬ
るそをのか身は此國の人にもあらす月
のみやこの人なりそれなむむかしのちきり
ありけるによりなんこの世かいにはまうて
きたりける今はかへるへきになりにけれ
はこの月の十五日にかのもとの國よりむかへ
に人々まうてこんすさらすまかりぬへけれは

57b
おほしなけかんかなしき事を此春よりお
もひなけき侍るなりといひていみしくな
くをおきなこはなてうことの給ふそ竹の中
より見つけきこえたりしかとなたねの
おほきさおはせしをわかたけ立ならふまて
やしなひ奉りたるわか子を何人かむかへき
こえんまさにゆるさむやといひてわれこそ

58a
しなめとてなきのゝしる事いとたへかたけ
ななりかくやひめのいはく月のみやこの
人にてちゝはゝありかた時のあひたとてかの
くによりまうてこしかともかくこの國にはあ
またの年をへぬるになんありけるかのく
にのちゝはゝのこともおほえすこゝにもかく
ひさしくあそひきこえてならひたてまつ

58b
れりいみしからむ心ちもせすかなしくのみ
あるされとをのか心ならすまかりなんと
するといひてもろともにいみしうなくつか
はるゝ人\/も年ころならひてたちわかれ
なん事を心はへなとあてやかにうつくし
かりつる事を見ならひてこひしからむ
ことのたへかたくゆ水のまれすおなし心

59a
になけかりしかりけり此事を御門きこ
しめして竹とりか家に御つかひつかはせ
給ふ竹とり出あひてなく事かきりなし
このことをなけくにひけもしろくこしも
かゝまりめもたゝれにけりおきな今年は
五十はかりなれともものおもふにはかた時に
なむ老になりにけるとみゆ御つかい仰事

59b
とて翁にいはくいと心くるしく物思ふなる
はまことにかと仰給竹とりなく\/申
この十五日になん月のみやこよりかくや
姫のむかへにまうてくなるたうとくとはせ
給ふ此十五日は人々給りて月の都の人
まうてこはとらへさせんと申御つかひかへ
り入て翁のありさま申てそうしつる事

60a
とも申をきこしめしての給ふ一見給ひし
御心にたにわすれ給はぬにあけくれみなれ
たるかくや姫をやりていかゝおもふへきかの
十五日つかさ\/におほせてちよくしせう
しやう高野のおほくにといふ人をさし
て六衛のつかさあはせて二千人の人を
竹とりか家につかはす家にまかりてつい

60b
ちのうへに千人屋のうへに千人家の人々いと
おほかりける【か】《に》あはせてあけるひまも
なくまもらすこのまもる人\/ゆみや
をたいしておもやのうちには女共番にお
りてまもらす女ぬりこめのうちにかくや
姫をいたかへてをりおきなもぬりこめの戸
をさしてとくりにをりをきなのいはくかは

61a
かりまもる所に天の人にもまけんやと
いひて屋のうへにをる人々にいはく露も物空
にかけらはふといころし給へまもる人々
のいはくかはかりしてまもる所にかはり一
たにあらはまついころして外にさらんと
思ひ侍るといふ翁これをきゝてたのもし
かりをりこれを聞てかくや姫はさしこめ

61b
てまもりたゝかふへきしたくみをしたり共
あの国の人をえたゝかはぬなりゆみやし
ていられしかくさしこめてありともかの國
の人こはみなあきなんとすあひたゝかはん
とすともかのくにの人きなはたけき
心つかう人もよもあらし翁いふやう御む
かへにこん人をはなかきつめしてまなこ

62a
をつかみつふさむさかゝみをとりてかなくり
おとさんさかしりをかきいてゝこゝらのおほ
やけ人にみせてはちを見せむとはらたち
をるかくや姫いはくこはたかになの給そや
のうへにをる人とものきくにいとまさなし今
すかりつる心さしともを思ひもしらてまかり
なむすることのくちおしう侍けりなかきち

62b
きりのなかりけれは程なくまかるへきなめり
とおもふるかなしく侍るなりおやたちのかへり
みをいさゝかたにつかうまつらてまからむ道
もやすくもあるましきに日ころも出ゐて
今年はかりのいとまを申つれとさらに
ゆるされぬによりてなむかくおもひなけ
き侍る御心をのみまとはしてさりなんこ

63a
とのかなしたへかたく侍る也かのみやこの人は
いとけうらにおいをせすなんおもふ事もな
く侍るなりさる所へまからんするもいみしく
も侍らす老おとろへ給へるさま見たてま
つらむこそこひしからめといひてをきなむ
ねいたき事なし給そうるはしきすかたし
たるつかひにもさはらしとねたみをりかゝる

63b
ほとによひうちすきてねの時はかりに家の
あたりひるのあかさにもすきてひかりたり
もち月のあかさを十あはせたるはかり
にてある人のけのあなさへみゆるほと也お
ほ空より人雲にのりており来てつ
ちより五尺はかりあかりたるほとにた
ちつらねたり是を見てうちとなる人の

64a
人ともものにをそはるゝやうにてあひたゝか
はんこゝろもなかりけりからうしておも
ひおこして弓矢をとりたてんとすれと
も手にちからもちからもなくなりてなえ
かゝりたり中に心さかしきものねむして
いんすれともほかさまへいきけれはあれも
たゝかはて心ちたゝしれにしれてまも

64b
りあへりたてる人ともはさうそくのきよ
らなる事ものにも似すとふ車一くした
りらかいさしたりその中にわうとおほ
しき人家に宮つこまろまうてことい
ふにたけく思ひつるみやつこ丸もものに
ゑひたる心ちしてうつふしにふせりいは
くなむちをさなき人いさゝかなるくとく

65a
をおきなつくりけるによりてなんちかた
すけにとてかたときのほとゝてくたししを
そこらの年【の】<ころ>そこらのこかね給て身を
かへたるかこと成にたりかくや姫はつみをつ
くり給へりけれはかくいやしきをのれか
もとにしはしおはしつるなりつみのかきりはて
ぬれはかくむかふるをおきななきなけくあ

65b
たはぬことなりはやいたしたてまつれとお
きなこたへて申かくや姫をやしなひたて
まつる事ともよねんに成ぬかた時との
給にあやしくなり侍ぬ又こと所にかく
やひめと申人そおはすらんといふこゝに
おはするかくやひめはおもきやまひをし
給へはえおはしますましと申せはその返

66a
事はなくて屋のうへにとふ車をよせてい
さかくや姫きたなき所にいかてか久しく
おはせんといふたてこめたるところの戸す
なはちたゝあきにあきぬかうしともゝ人
はなくしてあきぬ女いたきてゐたるかく
や姫とに出ぬえとゝむましけれはたゝ
さしあふきてをり竹とり心まとひてな

66b
きふせる所によりてかくや姫いふこゝに
もいにもあらてかくまかるにのほらむを
たに見をくり給【ふ】<へ>といふともなにしに
かなしきに見をくりたてまつらむわれ
をいかにせよとてすてゝはのほり給そく
してゐておはせね【は】《と》なきてふせやは御
心まとひぬ文をかきをきてまからんこ

67a
ひしからんおり\/とりいてゝ見給へとて
うちなきてかくことはゝこの國にむまれぬ
まとならはなけかせたてまつらぬほとまて
侍らて過わかれぬる事返々ほいなくこ
そおほえ侍れぬきをくきぬをかたみと
見給へ月出たらむ夜は見おこせ給
へ見すてたてまつりてまかる空より

67b
もおちぬへき心ちするとかきをく天人
の中にもたせたる箱あり天のはころも
いれりまたあるはふしのくすりいれり
ひとりの天人いふつほなる御くすり奉れ
きたなきところのものきこしめしたれ
は御心ちあしからむ物そとてもちよ
りたれはいさゝかなめ給てすこしかた

68a
見とてぬきをくきぬにつゝまむとすれは
ある天人つゝませす【み】《御歟》そとり出てき
せんとすそのときにかくや姫しはしまて
といふきぬきせつる人は心ことになるなり
といふ物一こといひをくへき事ありけ
りといひてふみかく天人をそしと心もと
なかり給かくや姫ものしらぬことなの給ひそと

68b
ていみしくしつかにおほやけに御文奉りた
まふあはてぬさまやかくあまたの人をた
まひてとゝめさせ給へとゆるさぬむかへ
まうて来てとり出まかりぬれはくちお
しくかなしき事みやつかへつかうま
つらすなりぬるもかくわつらはしき身
にて侍れは心えすおほしめされつらめとも

69a
心つよくうけたまはらすなりにし事な
めけなるものにおほしめしとゝめられぬ程
なん心【ち】にとまり侍りぬとて
 いまはとてあまのは衣きるおりそ
 君をあはれとおもひいてける
とてつほのくすりそへて頭中将よひよせ
てたてまつらす中将に天人とりてつたふ

69b
中将とりつれはふとあまのはころも
うちきせたてまつりつれはをきなをいと
おしかなしとおほしつる事もうせぬこ
のきぬきつる人はものおもひなくなりに
けれは車にのりて百人はかり天人
くしてのほりぬそのゝちをきな女ちの
なみたをなかしてまとへとかひなしあの

70a
かきをきし文をよみきかせけれはなにせ
むにか命もをしからんたかためにかなに
事もようなしとてくすりもくはす
やかておきもあからてやみふせり中将
人\/ひきくしてかへりまいりてかく
やひめをえたゝかひとめすなりぬるこま
\/とそうすくすりのつほに御ふみ

70b
そへてまいらすひろけて御らんしていと
いたくあはれからせ給ひてものもきこし
めさす御あそひなともなかりけり大臣
上達部をめしていつれの山か天にち
かきとゝはせ給にある人そうすするか
の国にあるなる山なんこのみやこもち
かく天もちかく侍るとそうすこれをき

71a
かせ給て
 あふ事もなみたにうかふわか身かは
 しなぬくすりも何にかはせむ
かのたてまつるふしのくすりに又つほ
くして御つかひにたまはす勅使には月の
いまかさといふをめしてかの國にあなる
山のいたゝきにもてつくへきよしおほ

71b
せ給峯にてすへきやうをしへさせ給ふ
御文ふしのくすりのつほならへて火を
つけてもやすへきよし仰たまふその
よしうけたまはりてつはものともあま
たくして山へのほりけるよりなんその
山をふしの山とはなつけけるそのけふり
いまた雲のなかへたちのほるとそいひつ

72a
たへたる

72b

元亀元年庚午正月
        臨江斎書之


◎注など:丁単位で示す
・18オ「うかむるか」:『本文集成』「うかむるり」(p183)
	 		「り」ではなく「カ」と判読した
・26オ「なにおりす」:『本文集成』「なにおはす」(p199)
	 		「ハ」ではなく「り」と判読した
・39オ「いそか」:『本文集成』「いかてか」(p300)
			「カて」のようにも見えるが、「そ」と判読した
・41オ「々な」:『本文集成』「みな」(p314)
			「ミ」ではなく「々」と判読した
・41ウ「々な」:『本文集成』「みな」(p317)
			41オに同じ