久曾神甲本『竹とり』


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書誌情報
・久曾神昇氏蔵 1947年に久曾神昇氏と樋口芳麻呂氏によって名古屋で発見された写本群(19部17帖)の中の一帖
 この『竹とり』に奥書はないが、写本群の内の『建春門院北面歌合』の奥書に
慶長三年戌仲秋三五日
 先日連々書之今日終
*功也 也足子素然
同十六朝読合愚推之分少々以朱直付
*非無不審又件本古筆手跡優
美之間仮名遣等近代相違事雖有之
如本写留了
(※但し現本「功」を「切」、「非」を「昨」と誤る)

先日よりずっとこれを書写し、今日ついに終えたものである 也足子素然
同・十六朝を読み合わせ、愚推の分を少々、朱を以て直に付ける
それでも不審が無い訳ではない また、件の本は古筆の手跡が
優美であるため、仮名遣が近頃とは相違するとはいえ
本にあるが如く、写し留めた

 とあり、出家後の中院通勝(1556-1610、法名:也足子素然)が
 慶長3年8月15日(1598年9月15日)に書写した事が記されている
 この「古筆本を慶長3年に書写した」旨、竹取物語の写本(親本)にも言えるとするのが樋口氏であり、慶長3年以前の書写した事を示す、とするのが中田剛直氏である
 中院通勝は武藤本の校正者でもあるが、この頃は細川幽斎の元に身を寄せていたため、樋口氏は「親本は幽斎所持本か」とも想像されている
 なお、久曾神氏が蔵し、ここに掲載する現本は寛文(1661-1673)頃に転写した本である
 筆者(DK)の私見を述べると、所々にある振仮名が尊経閣文庫本(中院通勝はこの本を武藤本に対校している)の本文、および武藤本の振仮名と一致するため、
 少なくとも中院通勝の書写本の転写本と見てよいと考える
・本文は流布本系1類2種本に近似するが、そこに古本・三類一種本などの本文が合流し、更に改竄・意改によると思われる独自異文を持つ、極めて異様な本文である
・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

・『竹取翁物語』(吉田幸一校、古典文庫・第二十二冊、1949年)収載の翻刻本文を「SmartOCR Lite Edition 1.0」によって読み取ったデータを底本とし、
 それを『竹取物語』(久曾神昇編、古典研究会・1974)掲載の『志香須賀文庫蔵 甲本』影印を以て校正した
・空行で区切られた一段落が丁の片面であり、改行、和歌の字下げは可能な限り原本の通りにした
・ミセケチは()で以て示した
・補入は[]で以て示した
・上記二項、および濁点が存する箇所など、全て「*」を付けた

今はむかし竹とりのおきなといふものあり
けり野山にましはりて竹をとりつゝ
よろつのことにつかひけりなをはさかき
のみやつことなむいひけるその竹のなかに
もとひかる竹なん一すし有けりあやし
かりてよりてみるにつゝのなかにひかりた
りそれを見れは三寸はかりなる人いと
うつくしうてゐたりおきないふやう我
あさ夕みる竹の中におはするにて
しりぬ子になりたまふへき人なめり

とて手に打入て家へもてきぬめの女に
あつけてやしなはするにうつくしき事は
かきりなしいとおさなけれはこに入
てやしなふおきな竹をとるに此子を
見つけてのち竹をとるにふしをへたてゝ
夜ことに金ある竹を見つくる事かさな
りぬかくておきなやう\/ゆたかになり
ゆきちこやしなふほとにすく\/とおほき
になりぬ三月はかりになるほとによき
ほとなる人になりぬれはかみあけなとさうし

てかみあけさせもきちやうのうちもいたさす
いつきやしなふこのちこのかたちけさうなる
事世になく屋のうちもくらきところなく
ひかりみちたりおきなこゝろあしくくるしき
ときもこの子を見れはやみぬはらたゝしき事
もなくさみけりおきな竹を取事久しく
成ぬいきほひまうのものになりにけり此子
いとおほきになりぬれは名*をみむろといん
へのあきたをよひてつけさすなよ竹の
かくやひめとつけりこのほと三日うちあけ

*名……傍書「な」

あそふよろつのあそひをそしけるおとこは
うけきらはすよひつとへていにかしこくあ
そふ世中のおとこたかきもいやしきもこの
かくやひめをえてしかな見てしかな
とをとにきゝめてまとふそのあたりのかきにも
家の戸にもをる人たにたはやすくみるまし
き物を夜るはやすきいもねすやみの夜に
いてゝあなをほりかひまみまとひあへるさる
時よりなむよはひとはいひける人の物とも
せぬ所にまとひありけともなにのしるし

あるへくも見えす家の人ともに物をたにいは
んとていひかゝれともことゝもせすあたりをは
なれぬ君たち夜をあかし日をくらす
おほかりおろかなる人はようなきありきは
よしなしとてこす成にけりその中に
猶いひけるは色このみといはるゝかきり五人
おもひやむ時なく夜るひるきけりその*名とも
いしつくりのみこくらもちのみこさ大しん
あへのみむらし大なこん大とものみゆき中
なこんいそのかみのまろたりこの人\/成けり
*名……傍書「な」

世中におほかる人をたに少もかたちよしと
聞ては見まほしうする人とも成けれはかくや
ひめを見まほしうて物もくはす思ひつゝ
かの家に行てたゝすみありきけれと
かひ有へくもあらす文をかきてやれともへん
しせすわひうたなとかきてをこすれとも
かひなしとおもへとしも月のふりこほり
六月のてりはたたくにもさはらすきけり
この人\/ある時はおきなをよひ出てむすめ
をわれにたへとふしおかみてをすりのたま

へとをのかなさぬ子なれはこゝろにもしたかは
すなむあるといひて月日すくすかゝれは
この人\/家にかへりて物をおもひいのり
をし*願をたておもひやむへくもあらす
さりともつゐにおとこあはせさらんやはと
おもひてたのみをかけあなかちにこゝろさし
を見えありく是を見つけておきなかくやひめ
にいふやう我このほとへんけの人と申
なからこゝらおほきさまてやしなひ
たてまつるこゝろさしをろかならすおきな
*願……傍書「ぐはん」	

の申さん事は聞たまひてんやといへはかくやひめ
なに事をかはのたまはむおほせをはうけたまはん
へんけの物にて侍けむ身ともしらすおやと
こそおもひたてまつれといふおきなうれしくも
のたまふものかなといふ我七十にあまりぬ
けふともあすともしらすこの世の人はおとこは
女にあふ事をす女はおとこに逢事をす
そののちなんかとひろくも成侍るいかてかさる
事なくてはをはせんかくやひめのいはくなてう
さる事かし侍らんといへはへんけの人といふ

とも女の身もちたまへりおきなのあらんかきりは
かうてもいますかりなんかしこの人\/のとし
月をへてかうのみいましつゝのたまふ事
を思ひさためてひとり\/にあひたてまつ
りたまひねといへはかくやひめいはくよくも
あらぬかたちをふかき心もしらてあたこゝろ
つきなは後くやしき事もあるへきをと
おもふはかりなりよのかしこさ人なりともふかき
こゝろさしをしらてはあひかたしとなんおもふと
いふおきなこゝろのまゝにものたまふものかな

そも\/いかやうなる心さしあらん人にかあはむと
おほすかくやひめのいはくなにはかりのふかきを
かみむといはむいさゝかの事なり人のこゝろさし
ひとしかんやいかてかなかにおとりまさりは
しらん五人の中にゆかしき物をみせ給へら
んに御心さしのまさりたる方につかふ
まつらんさなんおはすらん人\/に申たまへ
といふいとよき事なりとてまつに暮ぬれは
れいのあつまりぬあるひはふえをふきうたを
うたひあるひはしやうかをしうそをふきあふき

をならしなとするにおきな出ていはくき
たなける所にとし月をへて物したまふ
事きはまりなるかしこまりと申す我
いのちのけふあすともしらすあるにかくの給ふ
君たちにもよく思ひさためてつかふまつれ
と申もことはりなりいつれもをとりまさ
りおはしまさねは御心さしのほとはみゆ
へしつかふまつらん事はふかき方になんさた
むへきといふ五人の人\/もよき事なりと
いへはおきな入ていふかくやひめいしつくり

のみこにはほとけの御いしのはちといふもの
ありそれをとりてたまへといふくらもちの
みこにはひかしのうみにほうらいの山あなり
それにしろかねをねとしこかねをくきと
し白玉をみとしてたてる木ありそ
れを一枝おりてたまはらんといふ今ひとりには
もろこしに有ひねすみのかはきぬを給へ
大ともの大なこんにはたつのくひに五色に
ひかる玉ありそれをとりて給へいそのかみの
中なこんにはつはくらめのもたるこやすの

かいひとつとりたまへといふおきなかたき事
ともにこそあなれこのくにゝ有物にもあらす
かくかたきことをいかに申さんといふかくやひめ
なにかかたらんといへはおきなとまれかくまれ
申さんとて出てかくなんときこゆれはみこた
ちかんたちめ聞ておいらかにあたりよりた
になありきそとはのたまはぬといひてうんして
みなかへりぬ猶この女みては世にあるましき
こゝちのすれは天ちくにある物ももてきぬ物
かはとおもひめくらしていしつくりのみこは

こゝろのしたくある人にて天ちくにふたつと
なきはちを百千萬里のほとゆきたり
ともいかてかとるへきとおもひてかくやひめの
もとにはけふなん天ちくへいしのはちとりに
まかるときかせて三とせはかりやまとのくに十
市のこほりにある山てらにひんつるのまへ
なるはちのひたくろにすみつきたるをとり
てにしきのふくろに入てつくりはなのえた
につけてかくやひめの家にもてきてみせけれ
はかくやひめあしかりて見れははちのなかに

文ありとりて見れは
  海やまの道にこゝろをつくしはて
  ないしのはちの涙なかれき
かくやひめひかりやあるとみるにほたるはかり
のひかりたになし
  をくつゆのひかりをたにもやとさまし
  をくらやまにてなにもとめけん
とてかへしいたすはちを門にすてゝこの
うたのかへしをす
  白山にあへはひかりの見するかと

  はちをすてゝもたのまるゝかな
とよみて入たりかくやひめ返しもせす
成ぬみゝにも聞いれさりけれはいひかゝつらひ
てかへりぬかのはちをすてゝ又いひけるより
おもなき事をははちをすつとはいひける
くらもちのみこはこゝろたはかりある人にて
おほやけにはつくしのくにゝゆあみにま
からんとていとま申てかくやひめのもとには玉の
枝とりになんまかるといはせてくたり給に
つかふまつる人みななにはまて御をくりし

けるみこいとしのひてとのたまはせて人もあまた
いておはしまさすちかうまつるかきりしていて
おはしましぬ御をくりの人\/見たてまつり
をくりて帰りぬおはしぬと人には見え給て
三日はかりありてこきかへり給ぬかねてこと
みなおほせたりけれはそのとき世になたかきかち
たくみ六人をめしとりてたはやすく人より
くましき家をつくりてかまとをみへにしこめて
たくみをいれたまひつゝ御子もおなし
ところにこもり給てしらせ給たるかきり十六

人そをかみにくとをあけて玉のえたをつくり
たまふかくやひめのたまふやうにたかはす
つくり出しついとかしこくたはかりてなに
はにみそかにもて出ぬふねにのりてかへりき
たりけりと殿にはつけやりていといたく
くるしかりたるやうしてゐたまへりむかへに
人おほくまいりたり玉の枝をなかひつに入
て物おほひてもちまいるいつか聞けんくら
もちのみこはうとんけのはなもちてのほり
たまへりとのゝしりけりこれをかくやひめ聞て

我はみこにまけぬへしとむねつふれて思ひ
けりかゝるほとにかとをたゝきてくらもちの
みこおはしたりとつくたひの御すかたなから
おはしたりといへはあひたてまつるみこのたまはく
いのちをすてゝかの玉のえたもちてきたるとて
かくやひめに見せたてまつりたまへといへはおきな
もちて入たりこの玉のえたに文そつきたり
ける
  いたつらに身はなしつとも玉の枝
  たおらてたゝに歸らさらまし

これを哀とも見てをるにおきなはしり入て
いはくこのみこに申たまひしほうらいの
玉の枝をひとつのところあやまたすもて
おはしませりなにをとかく申へきたひの
御すかたなからまろか家にもよりたかはすおは
しましたりはやみこにあひつかふまつりたまへと
いふに物もいはてつらつえをつきていみしう
なけかしけに思ひたりみこ今さへなにかと
いふへからすとのたまひつゝゑんにはひ
のほりたまひぬおきなことはりにおもふこの

くにゝ見えぬ玉のえたなりこの度はいかていなひ
申さんさまもよき人におはすなといひゐ
たりかくやひめのいふやうおやののたまふ事を
ひたふるにいなひ申さん事のいとをしさに
とりかたき物をかくあさましくもてきたる
事をねたく思ひをるおきなねやのうち
しつらひなとすおきなみこに申やういかならん
ところにか此木はさふらひけんあやしくうるは
しくめてたき物にもと申すみここたへてのたま
はくさをとゝしの二月の十日ころになにはより

ふねにのりてうみの中に出てゆかん方もしらす
おほえしかとおもふことならて世中にいき
てなにかせんと思ひしかはたゝむなしく
風にまかせてありくいのちしなはいかゝはせん
いきてあらんかきりはかくてほうらいといふ
らん山にあふやと波にうきたゝよひありきて
我国のうちをもはなれてありきまかりしに
あるときは波あれつ海のそこにも入ぬへくある
ときは風にまかせてしらぬくにゝふきよせられ
ておにのやうなる物出きてころさんとしき

ある時はきし方行末もしらす海にまきれん
としきある時はかてつきて草のねをくひ物と
しきあるときはいはむ方なくむくつけけなる
物きてくひかゝらんとしきあるときにはうみのかい
をとりていのちをつくたひのそらにたすけ給ふへき
人もなきところにいろ\/のやまひをして
ゆくかたそらもおほえすふねにまかせて海に
たゝよひて五百日といふたつのときはかりに
うみの中にわつかに山みゆふねのうちをなん
せめてみる海のうへにたゝよへる山いとおほきにて

ありその山のさまたかくうるはしこれやわか
もとむるならんと思ひてさすかにおそろしく
おほえて山のめくりをさしめくらして
二三日はかり見ありくに天人のよそひし
たる女山の中より出きてしろかねのかなま
きをもちて水をくみありくこれを見て
ふねより山のなをなにと申ととふ女こたへ
ていはくこれはほうらいの山なりとこたふ
これをきくにうれしくて此女かくのたまふ
はたれそととふわか名ははうかんるりと

いひてふと山の中へ入ぬそのやまみるにさら
にのほるへきやうなしそのやまのそはひらを
めくれは世中になき花の木ともたてり
こんるり色の水山よりなかれ出たりその川いろ
\/の玉のはしわたせりそのあたりにてりかゝや
く木ともたてりそのなかにこのとりてまうて
きたりしはいとわろかりしことものたまひし
にたかはましかはとこの花をおりてまうてき
たるなり山はかきりなくおもしろく世にたとふ
へきにあらさりしかとこの枝をおりてしかは

さらにこゝろもなくて舟にのりをい風ふきて四
百よ日になんまうてきにしさらにしほにぬれ
たるころもをたにぬきかへなてなむまうてき
つるとのたまへはおきなうちなきてよめる
  くれ竹のよゝの竹とりのやまにも
  さやはさひしきふしをのみ見し
これをみこ聞て心地のひころ思ひわひぬる
こゝろはけふなんおちゐたるとのたまひてかへ
し
  我袂けふかはけれはわひしさの

  ちくさのかすもわすられぬへし
との給ひけれはかゝるほとに六人つらねて
庭に出来たり一人のおとこふはさみに
文をはさみて申くはんつかさのたくみあやへ
のうちまろ申さく玉の木つくりつかふま
つりし事五こくをたちて千よ日に力をつ
くしたる事すくなからすしかるにろくいまた
たまはらすろくをたまはりてわろきけこにあた
へんといひてさゝけたりおきな此たくみら
か申事はなに事そとかたふきをるみこは

我にもあらぬけしきにてゐたまへりこれを
かくやひめ聞てこのたてまつる文をとれと
いひてうはひとりて見れはその文にみこの君
千日いやしきたくみらともろ共におなし
ところにかくれゐたまひてかしこき玉のえた
つくらせたまひていまたあたひもたまはらす
これをこのころあんするにかくやひめのようし
たまふへきなめりとおもひてこのみやへまいり
たりいそきたまはらんとありこれを見てかくや
ひめ思ひわつらひつる心ちわらひさかへておき

なをよひていふやうまことにほうらいの木かと
こそ思つれかくあさましきそらことにて
有けれははやくかへしたまへといふおきな
さたかにつくらせたまひたる物なれはかへさん事
いとやすしとうなつきをるかくやひめこゝろ
ゆきはてゝ有つるうたのかへし
  まことかと聞て見つれはことのはを
  かされる玉の枝にそ有ける
といひて玉のえたもかへしつおきなさは
かりかたらひつるかさすかにおほえてねふり

をるみこはたつもはしたゐるもはしたにて
ゐたまへりくれぬれはすへり出たまひぬかの
うれへせしたくみらをかくやひめよひすへ
てうれしくもまかりたるものかなとてろくいと
おほくとらせたまふたくみらいみしくよろ
こひて思ひつるやうにもあるかなといひて
かへるみちにてくらもちのみこちのなかるゝ
まてちやうせさせたまひろくえしかひも
なくみなとりすてさせたまひけれはにけまと
ひにけりかくてこのみこは一生のはちこれに

すくるはあらし女をえす成ぬるのみにあらす
天下の人の聞思はむ事のはつかしき事
とのたまひてたゝ一ところふかき山へ入給
ひぬ宮つかささふらふ人\/みなてをわかち
てたつねたてまつれともはゝなくなりたまひ
つらんえもとめすなりぬみこの御もとにかくし
たまはむとてとしころ見えたまはさりけるこれを
なん玉さかるとはいひはしめけるう大しんあ
へのみむらしはたからゆたかに家ひろくお
はしけるそのとしきたりけるもろこし舟の

わうけいといふ人のもとに文をかきてひねす
みのかはきぬといふものかひておこせとてつかう
まつる人のなかに心たしかなるをえらひてをのゝ
ふさもりといふ人をつけてつかはすもていた
りてかのもろこしにをるわうけいにこかね
をとらすわうけい文をみてかへしすひね
すみのかはきぬこのくにゝなきものなりをとには
きけともいまた見ぬなり世にある物ならはこの国
にもてまうてきなましいとかたきあきなひ物なり
しかれとももし天ちくに玉さかにももて

わたりなはもし*ちやうじやのあたりにとふら
ひもとめんになき物ならはつかひにそへてあた
ひをかへしたてまつらんといへりかのもろこし
ふねきけりをのゝふさもりまうてきてのほる
といふ事を聞てあゆみとうする馬をもち
てはしらせむかへさせたまふ時にむまにのり
てつくしよりたゝ七日はかりにのほりきけ
り文をみるにひねすみのかはきぬからうし
て人をいたしてもとめてたてまつるいまのよにも
むかしの世にもたやすくなきものなりむかし
*ちやうじや……「し」に濁点

かしこき天ちくのひしりこのくにゝもてわたり
侍りける山てらにありと聞ておほやけに申
てからうしてかいとりてたてまつるあたいのこかね
すくなしと申しかはわうけいか物くはへて
かひたり今金五十両給はるへしふねのかへらん
につけてたへもしかねたまはらぬ物ならは
かのきぬをかへしたへといへる事を見てなにかは
いまこかねすこしにこそあなれうれしくをこせ
たるかなとてもろこしの方にむかひてふし
おかみたまふかのかはきぬ入たるはこを見れはくさ

\/のうるはしきるりをいろえてつくれり
きぬをみれはこんしやうのいろなりけの末には
こかねのひかりしたりたからと見えうるはしき
事ならふへき物なしひにやけぬ事よりも
きよらなる事ならひなしかくやひめこのもし
かりたまふもことはりとのたまふあなかしこしと
てはこに入て物のえたにつけて御身のけさう
いたくしてやかてとまりなんとおほしてうた
よみくはへてもちていましたりそのうたに
  かきりなき思ひにやけぬかはころも

  袂かはきてけふこそはきめ
といへり家のかとにもていたりてたてり
おきな出きて取入てかくやひめに見す
かはころもを見ていはくうるはしきかはな
めりわきてまことのかはならんともしらす
おきなとまれかくまれしやうし入たてま
つらん世中に見えぬかは衣のさまなれは
これをめてたまひぬなりとてよひすへたて
まつれりかくよひすへてこの度はかならす
あはんと女のこゝろにもおもひをりこのおき

なかくやひめのやもめなるをなけかしけれはよき人に
あはせむと思ひはかれとせちにいなといふ事
なれはえしゐぬなりけりかくやひめおきなに
いはくこのかはきぬひにやかんにやけすはまことの
かはならめとおもふとなんいふおきなさあらん
とて大しんにかくと申けれは大しんこのかは
はもろこしにもなかりつるをからうしてもとめ
たつねえたる也なにのうたかひかあらんさは申と
もはややきたまへといふ*火のなかにうち*くべ
てやかせたまへはめら\/とやけぬされはこそこと物
*火……傍書「ひ」
*くへて……「へ」に濁点

のかは成けりといふ*大じんこれを見たまひ
てかほは草の葉のいろにてゐたまへりかくやひめ
はあなうれしとよろこひてゐたりかのよみたまへ
るうたのかへしはこに入てかへす
  なこりなくもゆとしりせはかはころも
  おもひのほかにきて見ましを
とそ有けるされはかへりゐましにけり
世の人\/あへの*大じんひねすみのかは衣
もていましてかくやひめにすみ給ふなこゝ
にやいますなととふある人のいはくかはは
*大じん……「し」に濁点
*大じん……「し」に濁点

ひに*くべてやきたりしかはめら\/とやけに
しかはかくやひめあひたまはすといひけれは
これを聞てとゝけなき物をはあへなしとそいひ
けるおほとものみゆきは我家にあると有人
めしあつめてのたまはくたつのくひに五色
にひかる玉あなりけりそれとりてたてまつり
たらん人にはねかはん事をかなへんとのたまふお
のこともおほせのことをうけたまはりて申さくお
ほせのことはいともたうとしたゝしこの玉たは
やすくえとらしをいはむやたつのくひの玉は
*くべて……「へ」に濁点

いかゝとらんと申あへり大なこんのたまふてんの
つかひといふものはいのちをすてゝもをのか君
のおほせをはかなへんとこそ思へけれこのくにゝ
になきからの物にもあらすこの国の海山より
たつはをりのほる物なりいかになんちらかた
き物と申そおのこともいかゝはせんかたきもの
なれともおほせことにしたかひてとりにまからん
と申大なこんわらひてをのれらか君のつ
かひとなをなかしつ君のおほせことをはいかゝ
そむくへきとのたまひてとりにやれりけり

この人\/のみちのくひ物に衣わた銭なと
あるかきりとりいたしてつかはすこの人\/
かへるまていもゐして我はをらんこの玉とり
えすは家にかへりくなとのたまへはいつちも\/
あしのむきたらん方へいなんすかゝるすき
ことをしたまふとそそしりあへるたまはせたる物
ともをの\/わけつゝとるあるひはをのか家に
こもりゐあるひはをのかゆかましきところへ
いぬおや君と申ともかくつきなき事をおほせ
給ふ事もことゆかぬ物ゆへ大なこんをそしり

あひたりかくやひめすへんにはれいのやうには
見にくしとのたまひてうるはしきやをつくり
たまひてうるしをぬりまきゑしてかへし
給て屋のうへにはいとをそめていろ\/に
ふかせてうちのしつらひにはいふへくもあら
ぬあやおり物にゑをかきてうつくしく
しなしたりもとの女ともはかくやひめをかな
らすあはむまうけしてひとりあかしくらし
給つかはしし人はよるひるまちたまふにとし
こゆるまてをともせすこゝろもとなかりていと

しのひてたゝとねり二人めしつきとして
やつれたまひてなにはのへんにおはしまして
とひ給事は大ともの大なこんとのゝ人やふね
にのりてたつころしにまかりたりと聞
たまへと舟人あやしき事かなとわらひて
さるわさするふねもなしとこたふえしらて
かくいふとおほして我弓のちからはたつあらは
ふといころしてくひの玉はとらんをそくくるや
つはらをまたしとのみのたまふてふねにのり
海ことにありきたまひていととをくてつくし

の方の海にこき出たまひぬいかゝしけむはやき
風ふきてせかいくらかりて舟をふきもてありく
いつくのかたともしらすふねをうみなかにまか
り入ぬへくふきまはして波はふねにうちかけ
つゝまきいれかみはおちかゝるやうにひらめくかゝ
*る[に]大なこんはまとひてまたかゝるわひしき
め見すいかならんとするそとのたまふかちとり
こたへていふこゝら舟にのりてまりありくに
またかくわひしきめを見す御ふねうみの
そこにいらすはかみおちかゝりぬへしもし
*る大なこん……「る」と「大」の間(右側)に『に』を傍書で補入

さいはひに神のたすけあらはみなみのうみに
ふかれおはしぬへしうたてもかくつかうまつり*て[すゝ]
ろなるしにをすへかめるかなとかちとりなく
大なこんこれを聞てのたまはくふねにのりては
かちとりの申事をこそたかき山とたのめなと
かくたのもしけなく申けとあをへとをつきて
のたまふかちとりこたへて申かみならねはなにの
わさをつかふまつらん風ふきなみはけしけれとも
かみさへいたゝきにおちかゝるやうなるはたつを
ころさんともとめたまへはなりはやてもりうの
*て……左側に「すゝ」を傍書補入

ふかする也はやかみにいのりたまへといふよき
事なりとてかちとりの御神きこしめせ
こゝろをろかにたつをころさんとおもひ
けり今よりのちはけの一すしをたにうこ
かしたてまつらしとなく\/申給けにやあらん
やう\/かみなりやみぬすこしひかりて
風はなをはやくふきかちとりのいはくこれは
たつのわさにこそ有けれこのふくかせは
よき方の風なりあしき方の風にはあ
らすといふ大なこんこれを聞いれたまはす

二三日ふきてからうしてよせたりはまをみれは
はりまのあかしのはまなり大なこん南海の濱
にふきよせられたるにやあらんといきつき
ふしたまへりふねにあるおのこともくにゝつけ
たれともかの国のつかさまうてとふらふにも
えおきあかりたまはてふなそこにふしたまへり
松原に御むしろしきておろしたてまつるその
ときにそ南海にあらさりけりとおもひてか
らうしておきあかりたまへるをみれは風いと
おもき人にてはらいとふくれこなたかなたの

めにはすもゝを二つつけたるやうなりこれを見て
そのくにのつかさもほをゑみてなかくにゝおほせ
たまひて家にかへり給ふをいかてか聞けん
つかはしゝおのこともまいりて申やうたつの
くひの玉をえとらさりしはなんてんへもえま
いらし玉のとりかたかりしことをしりたまへれは
なんかんたうあらしとてまいりつると申大な
こんおきゐてのたまはくなんちらよくもてこす
なりぬたつはなる神の*たぐひにて有けり
そか玉をとらんとてそこらの人\/かいせられなん
*たぐひ……「く」に濁点

としけりましてたつをとらへたらはわれはかい
せられなましよくとらすなりにけりかくや
ひめてふ大ぬす人のやつか人をころさんとする
なりけり家のあたりたにいまはとをくしおのこ
とももなありきそとて家にすこしのこり
たる物ともはたつをとらぬものともにたひけり
これをきゝてはなれたまひしきたのかたは
かたはらいたくわらひ給いとをふかせつくりし
やは*とびからすのすにみなくひもていにけり
せかいの人のいひけるは大なこんはたつのくひの
*とび……「ひ」に濁点

玉やとりておはしたるいなさもあらすみ*(な)まなこ
にふたつすもゝのやうなる玉をそへていまし
たりといひけれはあなたへかたといひけるより
そ世にあはぬことをはあなたへかたといひける
中なこんいそのかみのまろたりの家につか
はるゝをのこをよひて*つばくらめのすくひ
たらはつけよとのたまふをうけたまはりてなに
のやうにかあらんとこたへてのたまふやうつはくら
めのもたるこやすのかいをとらんやうなりとのた
まふをのこともこたへて申つはくらめを
*みなまなこ……「な」にミセケチ記号(ヒ)
*つばくらめ……「は」に濁点

あまたころしてみるたにもゝはらになき物なり
たゝし子うむときなんいかてかいたすらん人たに
見れはうせぬと申す又人の申やうはおほいつか
さのいひけらく屋のむねにつゝのあなことに
つはくらめはすをくひ侍るかそれにまめならん
おのこともをいてまかりてあくらをゆひあけ
てうかゝはせんにそこらのつはくらめ子うまさらん
やはさてこそとらめしめたまはめと申す中な
こんよろこひ給ておかしき事にも有かな
もろともえしらさりつるなりけうある事

申たりとの給ふてまめなるおのことも廿人
はかりつかはしてあなゝいにあけすへられたり
殿よりつかひのひまなくたまはせてこやすの
かいとりたるかととはせ給ふつはくらめも人の
あまたのほりゐたるにおちてすにものほりこす
かゝるよしの返事を申たれは聞たまひて
いかゝすへきとおほしわつらふにかのつかさの
官人くらつまろと申おきな申やうこやすかい
とらんとおほしめさはたはかり申さんとて
御まへにまいりたれは中なこんひたいを

あはせてむかひたまへりくらつまろ申やうこの
つはくらめのこやすかいにあしくたはかりて
とらせ給ふなりさてはえとらせ給はしあなゝい
におとろ\/しく廿人の人の上りて侍れはあれ
てよりこすせさせ給ふへきやうはこのあなゝ
いをこほちて人みなしりそきてまめならん人の
ひとりをこにのせすへてつなをつけかまへ
て鳥の子うまむあひたにつなを引あけさせ
てふとこやすかひをとらせたまはむなんよかるへきと
申中なこんのたまふやういとよき事なり

とてあなゝいこほち人みなかへりまうてきぬ
中なこんくらつまろのたまはくつはくらめ
はいかなるときにか子うむとしりて人をはあく
へきとの給ふくらつまろ申やうつはくらめ
子うまむとする時はおをさゝけ七度めくり
てなんうみおとすめりさて七度めくらんとき
こやすかいはとらせたまへと申中なこんよろ
こひたまひてよろつの人にもしらせたまはて
みそかにつかさいましておのことものなかに
ましはりてよるをひるになしてとらしめ

たまふくらつまろかく申をいといたくよろ
こひのたまふこゝにつかはるゝ人にもなきにねかひ
をかなふる事のうれしきとの給ふ*御ぞぬき
てかつけたまひさらによさりこのつかさにまう
てんとの給ひてつかはしつくれぬれはかの
つかさにおはして見給ふまことにつはくら
めすくひけりくらつまろ申やうをうけてのほ
るにあらたに人をやりてつりあけさせて
さくるに物かなしと申に中なこんあしく
さくれはなき也とはらたちてたれはかり
*御ぞ……「そ」に濁点

おほえんにとて我のほりてさくらんとの給て
こにのりつられのほりてうかゝひたまへるつは
くらめおをさゝけていたくめくるにあはせて
手をさゝけてさくり給にてにひらめる物さはる
に我物にきりたる今はおろしてよおきな
しえたりとのたまふあまりとくおろさんとて
つなを引すくしてつなたゆるすなはちに
やしまのかなへのうへにあけさまにおちたま
へり人\/あさましかりてよりてかゝへたり
御めはしらめにてふしたまへり人\/水を

すくひ入てからうしていき*いでたまへるに又
かなへのうへよりてとりあしとりしてさけ
おろしてからうして御心地はいかゝおほさるゝ
ととへはいきのしたにて物はすこしおほゆ
れとこしなんうこかれぬされとこやすかいは
ふとにきりたるはうれしくおほゆれとのたま
ひてしそくさしてまつかいのかほみむと御
くしもたせて御手をひろけ給につはくら
めのまりをけるふんをにきりたまへるなりけり
それを見たまひてあなかいなのわさやとの給
*いで……「て」に濁点

けるよりおもふにたかふ事をはかひなしとは
いひけるかいにもあらすみたまふに御こゝちも
たかひてからひつのいれられたまへらんもあらす
御こしはおれにけり*中なごんはやうなき
わさしてくやむことを人にきかせしとし給ひ
けれとそれをやまひにていとよはく成給ひ
にけりかひをはとらすなりにけるよりも人の
きゝわらはむことを日にそへて思ひ給けれ
はたゝにやみしぬるよりも人きゝはつかしく
おほすなりけりこれをかくやひめ聞てとふ
*中なごん……「こ」に濁点

らひにやる
  としをへて波立よらぬ住のえの
  まつかひなしと聞はまことか
とあるを見ていとよはきこゝろにかしら
もたけて人にかみをもたせてくるしき
こゝろにからうしてかきたまふ
  かいはなく有ける物をわひはてゝ
  しぬるいのちをすくいやはせぬ
とかきてたえ入たまひぬこれを聞て
かくやひめ少あはれとおほえけりそれより

なんすこしうれしき事をはかひありとは
いひけるさてかくやひめかたちのよににす
めてたきことをみかときこしめして内侍
中臣*のぶふさにのたまふおほくの
人の身をいたつらになしてあはさなるかくや
ひめはいかはかりの女にあるそまかりて見て
まいれとの給ふ*のぶふさうけたまはりてまか
れりおきなの家にかしこまりてしやうし
入てあへりかしこくもみかときこしめして
かくなんといへはおきなはやかの御つかひに
*のぶふさ……「ふ」に濁点
*のぶふさ……「ふ」に濁点

たいめんしたまへといへはかくやひめよきかたち
にもあらすいかてかみゆへきといへはうたて
ものたまふかなみかとの御つかひをはいかてか
おろかにせんといへはかくやひめのこたふるやう
みかとのめしてのたまはん事かしこしとも
おもえすといひてさらにみゆへきともいは
すうめる子のやうにもあらす心はつかしけ
におろそかなれはこゝろのまゝにもえせめす
と申内侍かならす見てまいれとおほせ事
ありつる物を見たてまつらてはいかてかかへり

侍らんこくわうのおほせことをまさに世に
すみたまはむ人のうけたまはりたまはてありなん
やいはれぬ事なのたまひそとことはつかし
くいひけれはこれを聞てかくやひめ聞入
へくもあらすこくわうのおほせことをそむかはや
ころし給てよかしといふ内侍かへりまいり
てこのよしをそうすみかときこしめして
おほくの人ころしけるこゝろそかしとの
たまひてやみ給にけれとなをおほしめし
てこの女を見すつれなきにまけしと

おほしてなんちかもたるかくやひめたてまつれ
かたちよしときこしめして御つかひたひし
かとかひなく見えす成にけりかくたい\/し
くやはならひすへきとおほせらるおきなかし
こまりて御返事申やう此めのわらはゝた
へて宮つかへつかうまつるへくもあらす侍る
をもてわつらひ侍るさりともまかりておほせ
たまはむとそうすこれをきこしめしてなとか
おきなのてにおほしたてたらん物をこゝろに
まかせさらむこの女もしたてまつりたる物ならは

おきなにかうふりをなとかたまはせさらんお
きなよろひて家にかへりてかくやひめに
かたらふやうかくなんみかとのおほせらるゝなり
なをつかふまつりたまへといへはかくやひめこた
へていはくもはらさやうのみやつかへつかう
まつらしとおもふをしゐてつかうまつらせ
たまはゝきえうせなんす御つかさかうふりつ
かうまつりてしぬはかりなりおきないらふる
やうなしたまふつかさかうふりも我子を見
たてまつらてはなにかせんさはありともなとか

みやつかへをしたまはさらんしにたまふへき
やうやあるといへはなをそらことかとつかう
まつらせてしなすやあると見たまへあまた
のこゝろさしをろかならさりしをむなしく
なしてこそあれきのふけふみかとのいはんことに
つかん人きゝやさしといへはおきなこたへていは
く天下の事はとありともかゝり*とも[御]いのち
のあやうきこそおほきなるさはりなれはなを
かうつかうまつるましきことをまいりて申
さんとてまいりて申やうおほせ事のかしこさ
*とも[御]いのち……「も」と「い」の間に「御」を補入

にかの女をまいらせんとてつかうまつれはみや
つかへに出したてはしぬへしと申みやつ
こまろかてにうませたる子にもあらすむか
し山にて見つけたりかゝれは心はせも
世の人にゝす侍るとそうすみかとおほせ給
みやつこまろか家に山もとちかくなり
御かりみゆきしたまはむやうにて見てんやと
のたまふみやつこまろ申やういとよき事
なりなにかこゝろもなくて侍らんにふと
みゆきして御らんせられなんとそうすれは

みかとにはかに日をさためて御かりに出給ふ
てかくやひめのいゑに入たまひて見たまふに
ひかりみちてきよらにてゐたる人有これならん
とおほしてちかくよらせ給ふににけている袖
をとらへたまへはおもてをふたきてはしめよく
御らんしつれはたくひなくめてたきとおほ
せたまひてゆるさしとすとていておはしまさん
とするにかくやひめこたへてそうすをのか身
はこのくにゝむまれて侍らはこそつかひたまは
めいとゐておはしましかたく侍らんとそう

すみかとなとかさあらんなをゐておはしま
さんと御こしをよせたまふにこのかくやひめ
きとかけになりぬはかなく口おしとおほして
けにたゝ人にはあらさりけりさらは御ともに
はゐていかしもとの御かたちとなり給ねそ
れを見てたにかへりなんとおほせらるれは
かくやひめもとのかたちになりぬみかとなを
めてたくおほさるゝ事せきとめかたしかく
みせつるみやつこまろをよろこひ給ひ
さてつかうまつる*官人あるしいかめしう
*官人……傍書「くわんにん」

つかうまつるみかとかくやひめをとゝめてかへり
たまはむことをあかすくちおしくおほしけれ
と玉しゐをとゝめたるこゝちしてなん
かへらせ給ひける御こしにたてまつりて
のちにかくやひめに
  かへるさのみゆき物うくおもほえて
  そむきてとまるかくやひめゆへ
御かへりこと
  むくらはふ下に年はへねぬるみの
  なにかは玉のうてなともみん

これをみかと御らんしていかゝかへりたまはむ
そらもなくおほさる御こゝろはさらにたちかへ
るへくもおほさる御こゝろさりとて夜をあかし
たまふへきにあらねはかへらせたまひぬつねに
つかうまつる人を見たまふにかくやひめのかた
はらによるへくたにあらさりけりこと人
よりはきよらなるとおほしける人もかれに
おほしくらふれは人にもあらすかくやひめ
のみ御こゝろにかゝりてたゝひとりすみ
し給ふよしなく御かたにもわたりたまは

すかくやひめの御もとにそ御文をかきてかよ
はさせたまふ御かへりさすかににくからす
きこえかはしたまひておもしろく草木に
つけても御うたをよみてつかはすかやうに御
こゝろをたかひになくさめたまふほとに三とせ
はかりありてはるのはしめよりかくやひめ
月のおもしろう出たるを見てつねよりも
物かもひたるさまなりある人の月のかほみるは
いむことにせいしけれともともすれは人まにも
月をみてはいみしくなきたまふ七月十五日

の月も出ゐてせちに物おもへるけしきなり
ちかくつかはるゝ人\/おきなにいはくかくやひ
めのれいも月をあはれかりたまへともこの心
となりてはたゝことにも侍らさめりいみしく
おほしなけく事あるへしよく\/見たて
まつらせたまへといふを聞てかくやひめにいふ
やう*なんでう心ちのすれはかく物を思ひたる
やうにて月を*見給ぞうとましき世にと
いふかくやひめなに事をかは物をもはんとまき
らはしたまふのち\/なを月を見て
*なんでう……「て」に濁点
*見給ぞ……「そ」に濁点


物おもはしきけしきなれはおきないかなる事
そといへは思ふ事なし物なん心ほそくおほ
ゆるといふおきな月なみたまひそといふ
いかてか月を見てはあらんとて月出けれは
いてゐつゝなけきおもへりこれをみな\/つ
かふ人いかなる事そとつふやけともおやをはし
めていかならんともしらすある時おきななに
事そととひさはくかくやひめなく\/のた
まふやうとく申さんとおもひしかとかなら
すこゝろまとはしたまへらん事のいたしく

ていまゝて過し侍るなりさのみやはとて打
出ぬるそをのか身はこのくにの人にもあらす
月のみやこの人なりそれをなんむかしの
契りありてこのせかいには又きたるなり今は
かへるへきになりけれはこの月の十五日に
かのもとのくによりむかへに人\/まうてくる也
かゝれはおほしなけかんかかなしき事をこの
春より思ひなけき侍るなりといひて
いみしくなくおきなこはなてうことの給ふ
そ竹の中より見つけきこえさらにいと

けなかりしを我たけならふまてやしなひ
たてまつりたなり我子をなに人かむかへき
こえむまさにゆるさんやといひてわれこそ
しなめとてなきのゝしる事かきりなし
かくやひめのいはく月のみやこの人にて
父母になりかたときのあひたとてかのくに
よりまうてこしかともこのくにゝはあまたの
としをへぬるになん有ける久しくおや子の
契りにかゝつらひていまさらかなしくのみ
なんあるされとをのか心にまかせぬ事なれは

かひなしともろともにいみしくなくつかう
人\/にもとしころなつさひわかれなん
事を思ひなけくこの事みかときこし
めしておきなかいゑに御つかひありまかり
てかくなん申おきなこの事をなけくに
ひけもなをしろくなりこしかゝまりて
めもたゝれにけりかくかしこきおほせ事
をたひ\/のたまはす身にあまりてなん
この十五日に月のみやこよりかくやひめむ
かへにくなりといふかならす人\/たまはりて

月のみやこのものまからはふせかんと申す
御使かへりまいりてこのよしそうすきこし
めして一めみたまひし御こゝろにたにれ
すられかたきにまして明くれ見なれたる
をはなちていかゝ思ふへきかの十五日つかさ
\/におほせてちよくし少将高野の
おほくにといふ人をおきなか家につかはす
いゑにまかりて*ついぢのうへに千人屋のうへ
に千人いゑのうちにもそこらつとひゐ
たりこのまもる人\/もゆみやをたいし
*ついぢの……「ち」に濁点
 但しほぼ「ち」と「の」の間にあり

てかたはらには女ともをはんにをきてまもら
す女ぬりこめのうちにかくやひめいたきて
をるおきなもぬりこめの戸をさして戸口
にをるおきないはくかはかりまもるところ
に天の人もまうてこんやとのゝしりをる
人\/つゆほとも物空にかけらはふといころ
さんといふおきな聞てたのもしく思ひける
かくやひめこれを見きゝてさしこめてまも
りたゝかふともあのくにの人をえたゝかはぬ
なりゆみやをさしていられしかくさしこめ

てあなるともをのれあきなんあひたゝかはんと
するともかの人のきなはこゝろつかふ人もよも
あらしかくやひめとしころのなしみ又
おやともにかう\/*そのさすしてかへらんなこり
をおもひなく事かきりなしおきなむねいた
くうるはしき人きなんともよもとらはれし
といひをるかゝるほとによひ過てねのとき
はかりに家のあたりひるのあかさにもまして
ひかりたりもち月のあかさを十あはせ
たるはかりにて人のけのあなさへみゆるほと
*そのさす……傍書「本ノマゝ」。
字形からして、「たのまず」か。

なりおほそらより人雲にのりておりきぬ
これを見て*内外なる人のこゝろとも物に
おそはるゝやうにてあひたゝかはむこゝろも
なかりけるからうして思ひをこしてゆみ
やをとりていんとすれともてにちからもなく
てなへかゝまりぬ中にこゝろさかしきもの
ねんしていんとすれともかなはすたてる人
\/のしやうそくのきよらなる事物にも
にすとふくるま一ちやうたてりその中に
わうとおほしき人家にきてみやつこ丸に
*内外……傍書「うちと」

こといふにたけく思ひつるみやつこまろも
物にゑひたる心ちしてうつふしにふせりいはく
なんちとくあるによりかたときのほととて
くたしたるなりとしころこゝら金給て
身をたすけたなりかくやひめはつみを
なししによつてかくいやしきところにし
はしおはするなりつみのかきりはてぬれは
かくむかふるをなけく事あたはぬ事なり
はや出したてまつれといふおきなこたへて
いはくかくやひめをやしなひたてまつる事

二十とせあまりなりかたときのあひたと
のたまふ事あやしくなりにて侍る事
ところにかくやひめと申人そおはすらん
といふこゝにおはするかくやひめはおもき
やまひをしたまへはえいておはすまし
きといふその返事はなくてくるまを
よせいさかくやひめきたなきところに
いかてか久しくおはせんといふたてこめたる
ところの戸すなはちたゝあきにあき
たりかうしともゝ人はなくしてあきぬ

女いたきてゐたるかくやひめとに出ぬえとゝ
むましけれはたゝさしあふきてなきをり
おきなふせるところにかくやひめよりてこゝろ
にもあらてかくまかるにみをくりたにたまへと
いへともなにしにかなしきにみをくり
たてまつらんわれをいかにせよとてうちすてゝ
はのほり給そくしておはせねとなきて
ふせれは御こゝろまとひぬ文をかきをきて
まからんこひしからんおり\/とり出て見たまへと
てうちなきてかくことははこのくにゝむまれ

ぬるとならはなけかせたてまつらぬほとまてあら
めわかれたてまつる事かへす\/ほいなくこそ
侍れぬきをくきぬをかたみと見たまへ月
の出たらむ夜はみをこせたまへわれもそらより
おちぬへき心地せんとかきをき給ふ天人
の中にもたせたるはこありあまのはころも
いれり又あるはふしのくすりいれりひとり
の天人いふつほなるくすりたてまつれいふ
せきところのものきこしめしたれは
御心ちあしからんとてもてよりたれはいさゝか

なめたまひてすこしかたみとてぬき
をくきぬにつゝませすみそかにきぬをき
せんとすそのときかくやひめしはしまち
たまへといふきぬみせつる人はこゝろことに
なるといふ物一こといひをくへき事あり
といひて文かく天人をそしとこゝろもと
なかり給ふかくやひめいみしくしつかに
おほやけに御ふみ書をきたまふあはてぬ
さまなりかくあまたの人をたまひてとゝめ
させたまへとゆるさぬむかへまうてきてとりいて

まかりぬれはくちおしくかなしき事みや
つかへもつかうまつらすなりぬるもかくわつらは
しき身にて侍れはこゝろえすおほし
めされつらめとも心つよくうけたまはらすなり
にしことなめけなる物におほしめしとゝめ
られぬるになんこゝろにとまり侍りぬとて
  今はとて天のはころもきるおりそ
  君をあはれとおもひ出ける
とてつほのくすりそへて*頭中将よひて
たてまつらす中将に天人とりてつたふ
*頭中将……傍書「とうのちうじやう」

あまのはころもうちきせぬれはおきなを
いとおしかなしとおほしつる事も
うせぬこのころもきつる人は物思ひなく
成にけれはくるまにのりて天人くして
のほりぬそのゝちおきなふうふちのなみたを
なかしてまとへともかひなしかきをきし
文をよみてきかせけれともなにせんいのち
もおしからんたかためになに事もえうも
なしとてくすりものますやかておきも
あからてやみふせり中将かへりまいりて

かくやひめをえとゝめすなりぬる事こまか
にそうすくすりのつほに御ふみそへ
てさゝけたてまつるとりて御らんして
いといたくあはれからせ給て物もきこ
しめさす御ゆなともなし*大臣かん
たちめをめしていつれの山か天にちか
きととはせ給ふにある人そうす*するがの
くににあなる山なん天にちかく侍ると
そうすこれをきかせたまひて
  逢事も涙にうかふ我身には
*大臣……「臣」に傍書「じん」
*するが……「か」に濁点

《白紙》

  しなぬくすりもなにゝかはせん
かのたてまつるふしのくすりに又つほ
くして御使にたまふ御つかひにはつき
のいはかきといふ人をめしてするかの
くにゝにあなる山のいたゝきにもてまいるへ
きよしのたまはせみねにすへてすへき
よしやうをしへさせ給ふ御ふみふしの
くすりのつほならへてひをかけてもやす
それよりなんそのやまを*ふじのやまとは
いひけるけふりいまた雲のなかへたちのほる
*ふじ……「し」に濁点

とそいひつたへたる