高松宮家旧蔵禁裏伝来本『竹物語』


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書誌情報
・高松宮家旧蔵、いわゆる「高松宮家禁裏伝来本」の一つ
・書写年代は「江戸時代ごく初期、おそらくは寛永ごろ」(付属解題・片桐洋一氏)、「江戸初期、寛永頃か」(古典文庫・吉田幸一氏)
 表紙に九本の竹、下部に雲(?)の絵が描かれている
戸川本(流布本系第3類第2種A群)とは極めて近い本文を有する
・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

・片桐洋一編『竹取物語 高松宮蔵』新典社版原典シリーズ6・新典社(1973年)掲載の影印を翻刻した
・公刊された翻刻である、王朝物語史研究会編『竹取物語本文集成』勉誠出版(2008年)を参照した
・注などを末尾に示す
〔◎凡例〕
・丁の表裏:a=表、b=裏
・*:傍記など特記事項が存在することを示す

1a
いまはむかし竹とりのおきなといふも
のありけり野山にましりて竹をと
りつゝよろつの事につかひけり名
をはさかきのみやつことなんいひける
その竹の中にもとひかるたけなん一す
ちありけりあやしかりてよりてみるに
つゝの中ひかりたりそれをみれは三寸
はかりなる人いとうつくしうてゐたりお
きないふやうわれあさこと夕ことにみ
る竹の中におはするにてしりぬ子になり
給へき人なめりとて手に打いれて家

1b
えもちてきぬめの女にあつけてやし
なはすうつくしきことかきりなし
いとをさなけれはこにいれてやしなふ
竹とりのおきな竹をとるにこの子をみ
つけて後に竹とるにふしをへたてゝよこ
とにこかねあるたけをみつくることかさな
りぬかくておきなやう\/ゆたかになり
行このちこやしなふ程にすく\/と
おほきになりまさる三月はかりになる
ほとによきほとなる人になりぬれは
かみあけなとさうしてかみあけさせ

2a
裳きせちやうのうちよりもいたさす
いつきやしなふこのちこのかたちのけ
そうなること世になくやのうちはくら
き所なくひかりみちたりおきな心ちあ
しくゝるしき時もこの子をみれはくる
しき事もやみぬはらたゝしき事
もなくさみにけりおきなたけをとる
ことひさしくなりぬいきほひまうの
物になりにけりこの子いとおほきになり
ぬれは名をみむろといむへのあきたをよ
ひてつけさすあきたなよたけのかくや

2b
ひめとつけつこのほと三日うちあけあそ
ふよろつのあそひをそしけるおとこは
うけきらはすよひつとへていとかし
こくあそふ世かいのをのこあてなるもいや
しきもこのかくや姫をえてしかな
みてしかなとをとにきゝめてゝまとふ
そのあたりのかきにも家のとにもをる人
たにたはやすくみるましきものを
夜はやすくいもねすやみの夜にいて
てもあなあなをくしりかいはみま
とひあへりさる時よりなむよはひとは

3a
いひける人の物ともせぬ所にまとひあり
けともなにのしるしあるへくもみえす家
の人ともに物をたにいはむとていひかゝれ
ともことゝもせすあたりをはなれぬ
君たち夜をあかし日をくらすおほ
かりをろかなる人はようなきありきは
よしなかりけりとてこすなりにけり
その中に猶いひけるは色このみとい
はるゝかきり五人おもひやむ時なくよ
るひる□□けりその名とも石つくり
のみこくらもちの御こ左大臣あへのみ

3b
むらし大納言大伴のみゆき中なこん
いそのかみのまろたりこの人々也けり
世中におほかる人たにすこしもかた
ちよしときゝてはみまほしうする人
ともなりけれはかくやひめをみまほ
しうて物もくはす思ひつゝかの家に
ゆきてたゝすみありきけれとかひあ
るへくもあらすふみをかきてやれとも
返事もせすわひ哥なとかきてをこ
すれともかひなしとおもへと霜月
しはすのふりこほりみな月のてりは


4a
たゝくにもさはらすきたりこの人々ある
時は竹とりをよひいてゝむすめをわれ
にたへとふしをかみ手をすりの給へと
をのかなさぬ子なれは心にもしたかはす
なむあるといひて月日すくすかゝれは
この人々家にかへりて物をおもひいのりを
し願をたつ思ひやむへくもあらす
さりともつゐにおとこあはせさらん
やはとおもひてたのみをかけたりあな
かちにこゝろをみえありく是をみつけて
おきなかくやひめにいふやう我子のほ

4b
とけ變化の人と申なからこゝらおほ
きさまてやしなひたてまつる心さし
をろかならすおきなの申さん事は聞
給てんやといへはかくやひめ何ことをかの
給はんことはうけ給はらさらん變化のも
のにて侍けむ身ともしらすおやとこそ
おもひたてまつれといふおきなうれ
しくもの給ふものかなといふおきな
とし七十にあまりぬけふともあすとも
しらすこのよの人はおとこは女に
あふ事をすおんなは男にあふ事を

5a
すそのゝちなむ門ひろくもなり侍るいか
てかさる事なくてはおわせむかくや
ひめのいわくなんてうさる事はし侍ら
むといへは變化の人といふとも女の身
もち給へりおきなのあらんかきりはかう
てもいますかりなんかしこの人\/のと
し月を経てかうのみいましつゝの給
ふことを思ひさためてひとり\/にあひ
たてまつり給ねといへはかくや姫いわく
よくもあらぬかたちをふかき心もしらて
あたこゝろつきなはのちくやしきことも


5b
あるへきをと思ふはかり也世のかしこき人な
りともふかき心さしをしらてもあひ
かたしとなんおもふといふおきないわく
思ひのことくもの給ふかな抑いかやうなる
心さしあらん人にかあはんとおほすかは
かり心さしをろかならぬ人\/にこそ
あめれかくやひめのいはくなにはかりの
ふかきをかみんといはんいさゝかのことな
り人の心さしひとしかんなりいかてか
中にをとりまさりはしらん五人の人
の中にゆかしきものをみせ給へらん

6a
に御心さしまさりたりとてつかうまつら
むとそのおはすらむ人\/に申給へ
といふよきことなりとうけつ日くるゝほ
とれいのあつまりぬあるは笛をふきある
はうたをうたひあるはしやうかをし
あるはうそふきあふきならしなと
するにおきないてゝいわくかたしけな
くきたなけなるところに年月をへて
ものし給こときはまりたるかしこ
まりと申すおきなの命けふあすとも
しらぬをかくの給ふ君たちにもよく

6b
おもひさためてつかうまつれと申もこと
はりなりいつれもおとりまさりおは
しまさねは御心さしのほとは見
ゆへしつかうまつらんことはそれにな
むさたむへきといへはこれよき事
なりといへはおきないりてかくや
ひめ石つくりのみこには佛のいしの
はちといふ物ありそれをとりてたへ
といふくらもちのみこには東の海に
ほうらいといふ山ある也それにしろか
ねをねとし金をくきとし白玉をみ

7a
としてたてる木ありそれ一えた
おりて給はらんといふいまひとりにはもろ
こしにあるひねすみのかはきぬを給へ
大伴の大納言にはたつのくひに五色
にひかる玉ありそれをとりて給へいその
かみの中納言にはつはくらめのもたる
こやすのかひゝとつとりて給へといふ
おきなかたき事にこそあなれこ
のくににある物にもあらすかくかたき
事をはいかに申さんといふかくやひめ
何かからからんといへはおきなとまれ

7b
かくまれ申さんとていてゝかくなん
きこゆるやうに*見給へといへは御子た
ち上達部聞ておいらかにあたりよりた
になありきそとやはの給はぬといひ
てうんしてみなかへりぬ猶この女
みては世にあるましき心ちのし
けれは天竺にある物ももてこぬも
のかはと思ひめくらして石つくりの
御子はこゝろのしたくある人にて
天竺に二となきはちを百千万
里の程いきたりともいかてとるへ

*見給へ……右傍記「本ニ」

8a
きとおもひてかくやひめのもとにはけふ
なん天竺へ石のはちとりにまかるとき
かせて三年はかり大和國とをちの
郡にある山寺にひんつるの前なる鉢の
ひたくろにすみつきたるをとりて錦
のふくろにいれてつくり花の枝につけ
てかくやひめの家にもてきて見せけ
れはかくやひめあやしかりてみれは
はちの中にふみありひろけてみれは
 うみ山のみちに心をつくしはてない
しのはちのなみたなかれきかくやひ

8b
めひかりやあるとみるにほたるはかりのひか
りたになし
 をく露の光をたにそやとさまし
をくら山にてなにもとめけんとてかへし
いたすはちを門にすてゝ此哥のかへし
をす
 しらやまにあへは光のうするかとは
ちをすてゝもたのまるゝかなとよみす
ていてたりかくや姫かへしもせす
なりぬみゝにも聞いれさりけれはい
ひわつらひてかへりぬかのはちをすてゝ

9a
又いひよりけるよりそおもなき事を
ははちをすつとはいひけるくらもちの
御子は心たはかりある人にておほやけには
つくしの國にゆあみにまからんとて
いとま申てかくやひめの家には玉
の枝とりになんまかるといはせてくた
り給につかうまつるへき人\/みな難波
まて御をくりしける御子いとしのひて
とのたまはせて人もあまたゐてお
はしまさすちかうつかふまつるかきりし
ていて給ぬ御をくりの人々みたてま

9b
つりをくりてかへりぬおはしぬと人には
見え給て三日はかりありてこきかへり
給ぬかねてことみなおほせたりけれ
はその時ひとつのたからなりけるかち
たくみ六人をめしとりてたはやす
く人よりくましき家をつくり
てかまとをみへにしこめてたくみ
らを入給つゝ御こもおなしところ
にこもり給てしらせたまひたるかき
り十六そをかみにくとあけて玉の
えたをつくり給くやひめのたま

10a
ふやうにたかはすつくりいてついとか
しこくにはかりて難波にみそかにもて
いてぬ舟にのりてかへりきにけりと殿
につけやりていといたくくるしかりたる
さましてゐたまへりむかへに人
おほくまいりたり玉の枝をはなかひ
つにいれて物おほひてもちてまいるいつ
かきゝけんくらもちの御こはうとん
くゑの花もちてのほり給へりとのゝ
しりけりこれをかくやひめきゝて
われはこのみこにまけぬへしとむね

10b
つふれておもひけりかゝるほとにかと
をたゝきてくらもちのみこおはしたり
とつくたひの御すかたなからおはしたる
といへはあひたてまつる御この給はく
命をすてゝかの玉の枝もちてきた
るとてかくやひめに見せたてまつり
給へといへはおきなもちていりたりこ
のえたにふみそつけたりける
 いたつらに身はなしつとも玉の枝を
*たをりて*さらにかへらさらましこれ
をあはれともみてをるにたけとり

*たをりて……「り」に右傍記「ら」
*さらに……右傍記「たゝイ」

11a
のおきなはしり入ていわくこのみ
こに申給しほうらいの玉の枝をひと
つのところもあやまたすもておはしませ
りなにをもちてとかく申へきたひの
御すかたなからわか御家へもより給はす
しておはしましたりはやこのみこに
あひつかうまつり給へといふに物もいはて
つらつえをつきていみしくなけかし
けに思ひたり此みこいまさへなにかと
いふへからすといふまゝにえんにはひのほ
り給ぬおきなことはりに思ふこの國にみ

11b
えぬ玉の枝なりこのたひはいかていなひ
申さむ人さまもよき人におはすなと
いひゐたりかくやひめのいうやうおや
のゝ給事をひたふるにいなひ申さんこと
のいとおしさにとりかたき物をあさま
しくもてきたることをねたく思ひ
おきなはねやのうちしつらひなとす
おきなみこに申やういかなる所にかこ
の木はさふらひけむあやしくうる
はしくめてたきものにもと申みここ
たへての給うはくさおとゝしのきさらき

12a
の十日ころに難波よりふねにの
りて海の中にいてゝゆかんかたもしらす
おほえしかとおもふ事ならて世中に
いきてなにかせんと思ひしかはたゝむ
なしき風にまかせてありくいのち
しなはいかゝはせんいきてあらんかき
りかくありきてほうらいといへらん山に
あふやと海にこきたゝよひありきて
わか國のうちをはゝなれてありきま
かりしにある時は浪あれつゝうみの
そこにもいりぬへくある時にはかせ

12b
につけてしらぬ國にふきよせられ
て鬼のやうなるものいてきてころさむ
としきあるときにはきしかた行すゑ
もしらすうみにまきれんとしき
ある時にはかてつきて草のねをくひ
物としきあるときはいはんかたなく
むくつけゝなる物いてきてくひかゝらむ
としきある時には海のかひをとりて
いのちをつく旅のそらにたすけ給へ
き人もなき所に色\/のやまひを
して行方空もおほえす舟の行

13a
にまかせて海にたゝよひて五百日といふ
たつの時はかりにうみの中にはつかに
山みゆ舟のうちをなむせめてみる
海のうへにたゝよへる山いとおほきにて
ありその山のさまたかくうるはしこれ
やわかもとむる山ならんとおもひてさす
かにおそろしくおほえて山のめくりを二
三日はかりみありくに天人のよそほひ
したる女山の中よりいてきてしろかねの
かなまるをもちて水をくみありく
これをみて舟よりおりてこの山の

13b
名をなにとか申とゝふ女こたへて
いはくこれはほうらいの山なりとこた
ふこれをきくにうれしき事かきり
なしこの女のかくの給ふはたれそとゝ
ふわか名はうかんるりといひてふと山
の中にいりぬその山見るにさらにのほる
へきやうなしその山のそはひらをめ
くれは世中になき花の木ともたて
りこかねしろかねるり色の水山より
なかれいてたりそれには色\/の
玉のはしわたせりそのあたりにてり

14a
かゝやく木ともたてりその中に
このとりてもちてまうてきたりし
はいとわろかりしかともの給しにた
かはましかはとてはなをゝりて
まうてきたるなり山はかきりなくお
もしろしよにたとふへきにあら
さりしかとこのえたをおりてしかは
さらに心もとなくて舟にのりてをいか
せふきて四百よ日になんまうてき
にし大願力にやなにはより昨日なん
都にまうてきつるさらにしほにぬれ

14b
たるころもをたにぬきかへなてなむ
こちまうてきつるとの給へはおきな
きゝてうちなけきてよめる
 くれたけのよゝのたけとり野山に
もさやはわひしきふしをのみゝしこ
れをみこきゝてこゝらの日ころ思ひ
わひ侍つる心はかふなんおちゐぬる
との給て返し
 わかたもとけふかはけれはわひしさの
ちくさのかすもわすられぬへしとの給
かゝるほとにをとことも六人つらね

15a
てにはにいてきたり一人のおとこふ
はさみに文をはさみ*くもむつかさのた
くみあやへのうちまろ申さく玉の木を
つくりつかふまつりしかと五こくをたち
て千よ日にちからをつくしたることすく
なからすしかるにろくいまた給はらすこ
れヲ給てわろきけこに給はせんとい
ひてさゝけたり竹とりのおきなこの
たくみらか申ことをなに事そと
かたふきおりみこはわれにもあらぬ
けしきにてきもきえゐ給へり

*くもむつかさ……線を引いて左傍記「イ」、右傍記「本 つくもところイ」

15b
これをかくやひめきゝてこのたてまつ
る文をとれといひてみれは文に申ける
やうみこの君千日いやしきたくみら
ともろともにおなし所にかくれゐ給
てかしこき玉の枝をつくらせ給ひて
つかさも給はんとおほせたまひきこ
れをこのころあむするに御つかひとお
はしますへきかくやひめのえうし給
へきなりけりとうけたまはりてこの
宮より給はらんと申て給はるへきな
りといふをきゝてかくやひめのくるゝ

16a
まゝに思ひわひつる心ちにわらひさかへて
おきなをよひとりていふやうまことに
ほうらいの木かとこそおもひつれかくあ
さましきそらことにてありけれははや
かへし給へといへはおきなこたふさたかに
つくらせたる物ときゝつれはかへさむこ
といとやすしとうなつけりかくやひめ
の心ゆきはてゝありける哥の返し
 まことかときゝてみつれはことの葉を
かされる玉の枝にそありけるといひて玉
の枝もかへしつ竹とりのおきなさはか

16b
りかたらひつるかさすかにおほえて
ねふりをりみこはたつもはしたゐるも
はしたにてゐ給へり日のくれぬれは
すへりいて給ぬかのうれへせしたくみを
はかくやひめよひすへてうれしき人とも
なりといひて禄いとおほくとらせ給た
くみらいみしくよろこひて思ひつるやう
にもあるかなといひてかへる道にてくらも
ちのみこちのなかるゝまて調せさせ給
ろくえしかひもなくてみなとりすて
させ給れけれはにけうせにけりかくて

17a
このみこは一しやうのはちこれにすくるは
あらし女をえすなりぬるのみにあらす天下
の人の見おもはむ事のはつかしきこと
との給てたゝ一所ふかき山へいり給ぬ宮
つかささふらふ人々みなてをわかちてもと
めたてまつれとも御しにもやし給け
むえみつけたてまつらすなりぬ御子の御
ともにかくしたまはんとて年ころみ
え給はさりけるなりけりこれをなむ玉
さかるとはいひはしめける右大臣あへの
みむらしはたからゆたかに家ひろき人

17b
にておはしけるその年きたりけるもろ
こし舟のわうけいといふ人のもとに文
をかきてひねすみのかはといふなる物
かひてをこせよとてつかうまつる人の
中に心たしかなるをえらひて小野のふさ
もりといふ人をつけてつかはすもていた
りてかのもろこしにをるわうけいにこか
ねをとらすわうけい文をひろけてみ
て返事かく火ねすみのかは衣この國に
なき物なりをとにはきけともいまた
みぬ物なり世にあるものならはこの國

18a
にももてまうてきなましいとかた
きあきなひなりしかれとももし天
ちくにたまさかにもてわたりなはも
し長者のあたりにとふらひもとめ
むになき物ならはつかひにそへて金
をはかへしたてまつらんといへりかのもろ
こし舟きけり小野のふさもりまうて
きてまうのほるといふことをきゝてあ
ゆみとうする馬をもちてはしらせ
むかへさせ給時に馬にのりてつくし
よりたゝ七日にのほりまうてきたる

18b
ふみをみるにいはく火ねすみのかは衣か
らうして人をいたしてもとめてた
てまつる今の世にもむかしの世にも
このかはゝたはやすくなき物なりけり
むかしかしこき天竺のひしりこの
國にもてわたりて侍ける西の山寺に
ありときゝをよひておほやけに
申てからうしてかひとりてたてま
つるあたひの金すくなしとこく
し使に申しゝかはわうけいか物く
はへてかひたり今かね五十両給はるへし

19a
舟のかへらんにつけてたひをくれも
し金給はぬ物ならはかは衣のしち
かへしたへといへることをみてなにおほ
す*金すこしにこそあなれうれし
くしてをこせたるかなとてもろ
こしのかたにむかひてふしをかみ給ふ
このかはころもいれたるはこをみれは
くさ\/のうるはしきるりを色え
てつくれりかは衣をみれはこんしやうの
いろなり毛のすゑには金の光しさゝ
たりたからとみえうるはしきことならふ

*金……右傍記「いまかねイ」

19b
へき物なし火にやけぬことよりもけ
うらなる事ならひなし*うへかくや
ひめこのもしかり給にこそありけ
れとの給てあなかしことてはこに
いれ給てものゝ枝につけて御身の
けさういといたくしてやかてとまり
なんものそとおほしてうたよみく
はへてもちていましたりそのうたは
 かきりなきおもひにやけぬかは衣た
もとかはきてけふこそはきめといへり家
のかとにもちていたりてたてりたけ

*うへ……右傍記「むへ」

20a
とりいてきてとりいれてかくやひめに
みすかくやひめのかはきをみていはく
うるはしきかはなめりわきてまことの
かはならんともしらすたけとりこたへ
ていはくとまれかくまれまつしやう
しいれたてまつらん世中にみえぬかは
きぬのさまなれはこれをと思ひ給ひ
ね人ないたくわひさせ給たてまつらせ
給そといひてよひすへたてまつれり
かくよひすへてこのたひはかならすあは
せんと女のこゝろにもおもひをりこの

20b
おきなはかくやひめのやもめなるをなけ
かしけれはよき人にあはせんとおもひ
はかれとせちにいなといふ事なれ
はえしひねはことはりなりかくやひめ
おきなにいはくこのかは衣は火にやかむ
にやけすはこそまことならめとおもひ
て人のいふことにもまけめ世になき物
なれはそれをまことゝうたかひなく
思はんとの給なをこれをやきて心みん
といふおきなそれさもいはれたりと
いひて大臣にかくなむ申といふ大臣こ

21a
たへていはくこのかはゝもろこしにもなか
りけるをからうしてもとめたつねえた
る也なにのうたかひかあらんさは申とも
はやゝきてみ給へといへは火の中にう
ちくへてやかせ給ふにめら\/とやけぬさ
れはこそこと物のかはなりけりといふ大臣
これをみ給てかほは草のはの色にてゐ
給へりかくや姫はあなうれしとよろこひ
てゐたりかのよみける哥のかへしはこに
いれてかへす
 なこりなくもゆとしりせはかは衣

21b
おもひのほかにをきてみましをとそ
ありけるされはかへりいましにけり世の
人\/あへの大臣ひねすみのかはきぬも
ていましてかくやひめにすみ給ふと
なこゝにやいますとゝふある人のいはく
かはゝ火にくへてやきたりしかはめら\/と
やけにしかはかくやひめあひ給はすといひ
けれはこれをきゝてそとけなきもの
をはあへなしといひける大伴のみゆきの
大納言はわか家にありとある人めしあ
つめての給はくたつのくひにある玉

22a
あなりそれとりてたてまつりたらむ人
にはねかはん事をかなへんとの給おの
ことも仰のことをうけ給て申さくおほ
せのことはいともたうとしたゝしこの玉
たはやすくえとらしをいはむやたつ
のくひの玉はいかゝとらんと申あへり大
納言の給てむのつかひといはむものは命
をすてゝもをのか君のおほせことをはかな
へんとこそおもふへけれ此國になき天
竺もろこしの物にもあらすこのくにの
うみ山より龍はのほる物なりいかに思ひ

22b
てか*なんちらかたき物と申へきおのこ
とも申やうさらはいかゝせむかたき事
なりともおほせことにしたかひてもとめ
にまからんと申に大納言みわらひてな
むちらか君の使と名をなかしつきみ
のおほせことをいかゝはそむくへきとの
給てたつのくひの玉とりにとていたし
たて給この人\/のみちのかてくひ物に
殿うちのきぬわたせになとあるかきり
とり出てそへてつかはすこの人々とも
帰るまていもゐしてわれはをらんこの

*なんちら……右傍記「き本女」("女"="汝"?)

23a
玉とりえては家にかへりくなとの給
はせけりをの\/仰うけ給てまかり
いてぬ龍のくひの玉とりえすはかへり
くなとの給へはいつちも\/あしのむきた
らむかたへいなむすかゝるすちな
きことをし給ことゝそしりあへり
給はせたる物をの\/分つゝとるあるひは
をのか家にこもりゐあるひはをのかゆかま
ほしき所へいぬおや君と申ともかく
つきなき事を仰給ことゝ*ゆかぬ物ゆ
へ大納言をそしりあひたりかくやひめ

*ゆかぬ……右傍記「事イ」

23b
すゑんにはれい*やうにはみにくしとの給
てうるはしきやをつくり給てうるしを
ぬりまきゑしてかへし給てやのうへに
はいとをそめて色々ふかせてうち\/
のしつらひにはいふへくもあらぬ綾織物に
*絵をかきて*まことにはりたりもとの
*めともはかくやひめをかならすあはんまう
けしてひとりあかしくらし給つか
はしゝ人はよるひるまち給に年こゆる
まてをともせす心もとなかりていとし
のひてたゝとねり二人めしつきとして

*やう……右傍記「のイ」
*絵……右傍記「ゑ」
*まこと……右傍記「間毎」
*め……右傍記「妻」

24a
やつれ給て難波の邉におはしまして
とひ給ことは大ともの大納言とのゝ人や舟
にのりてたつころしてそかくひの玉とれ
るとやきくととはするに舟人こたへて
いはくあやしき事かなとわらひて
さるわさする舟もなしとこたふるにをち
なきことする舟人にもあるかなえしら
てかくいふとおほしてわか弓のちからは
たつあらはふといころしてくひの玉
はとりてむをそくきたるやつはらを
またしとの給て舟にのりて海こと

24b
にありき給にいと遠くてうつくしのかたの
うみにこき出給ぬいかゝしけむはや
き風ふきて世界くらかりて舟を
ふきもてありくいつれのかたともしら
す舟を*海中にまかりいりぬへくふき
まはして浪は舟にかけつゝまきいれ
神はおちかゝるやうにひらめくかゝるに大なこ
む心まとひてまたかゝるわひしきめ
みすいかならんとするそとの給かち
とりこたへて申こゝら舟にのりてま
かりありくにまたかくわひしきめを

*海中……右傍記「うみなかイ」

25a
みす舩海のそこにいらすは神お
ちかゝりぬへしさいわひに神のたすけ
あらは南海にふかれおはしぬへしうたて
あるぬしのみもとにつかふまつりてすゝ
ろなるしにをすへかめるかなとかちとり
なく大納言これをきゝての給はく舟
にのりてはかちとりの申ことをこそたか
き山とたのめなとかくたのもしけな
く申そとあをへとをつきての給か
ちとりこたへて申神ならねは何わさ
をかつかうまつらん風ふき波はけし

25b
けれとも神さへいたゝきにおちかゝるやう
なる*はたつをころさんともとめ給へはあ
るなりはやてもりうのふかする也はや
神にいのり給へといふよきことなりとて
かちとりの御神きこしめせをとなし
心をさなくたつをころさむとおもひけ
り今よりのちは毛のすち一すちを
たにうこかしたてまつらしとよこと
をはなちてたちゐなく\/よはひ
たまふこと*ちたひはかり申給けにやあ
らんやう\/神なりやみぬすこし光

*は……右に線を引き傍記「イ」
*ちたひ……右傍記「千度」

26a
て風は猶はやくふくかちとりのいはく
これはたつのしわさにこそありけれこの
ふく風はよきかたのかせなりあしきかた
の風にはあらすよきかたにおもむきて
ふくなりといへとも大納言これをきゝい
れ給はす三四日ふきてふきかへしよ
せたりはまをみれははりまのあかし
のはまなりけり大納言南海のはまに
ふきよせられたるにやあらんとおもひて
いきつきふしたまへりふねにあるを
のことも國につけたれとも國のつかさま

26b
うてとふらふにもえおきあかり給はて
ふなそこにふしたまへり松原に御むし
ろしきておろしたてまつるその時に
そみなみのうみにあらさりけりとおもひ
てからうしておきあかり給へるをみれは
かせいとおもき人にて腹いとふくれこなた
かなたのめにはすもゝをふたつつけたるやう
なりこれを見たてまつりて國のつ
かさもほうゑみたる國におほせ給てた
こしつくらせ給てによう\/になはれ
給て家にいり給ぬるをいかてきゝけむ

27a
つかはしゝをのこともまいりて申やうた
つのくひの玉をえとらさりしかは
南殿へもえまいらさりし玉のとりかた
かりしことをしり給つれはなんかんたう
あらしとてまいりつると申大納言おき
ゐての給はくなんちらよくもてこすなり
ぬたつはなる神のるいにこそありけれ
それか玉とらんとてそこらの人々のかい
せられなんとしけりましてたつを
とらへましかは又ともなくわれはかい
せられなましよくとらへすなりにけり

27b
かくや姫てふおほぬす人のやつか人を
ころさむとするなりけり家のあたり
たにいまはとほらしをのこともゝな
ありきそとて家にすこし残りたる
物ともは*龍の玉をとらぬものともに
たひつこれをきゝてはなれ給ひし
もとのうえははらをきりてわらひ給い
とをふかせつくりし屋はとひからすの
すにみなくひもていにけり世界の人の
いひけるは大伴の大納言はたつのくひの
玉やとりておはしたるいなさもあら

*龍……右傍記「たつ」

28a
すみまなこにすもゝのやうなる玉をそへ
ていましたるといひけれはあなたへかた
といひけるよりそ世にあはぬ事をは
あなたへかたといひはしめける中納言いそ
のかみのまろたりの家につかはるゝをのこと
ものもとにつはくらめのすくひたら
はつけよとの給をうけ給はりて*なしの
ようにかあらんと申こたへての給やうつ
はくらめのもたるこやすのかひをとら
むれうなりとのたまふをのこともこ
たへて申つはくらめをあまたころして

*なしの……「し」に右傍記「にイ」

28b
みる*にも腹になきものなりたゝし
子うむ時なんいかてか出すらん*はらく
かと申人たにみれはうせぬと申又人の申
やうおほいつかさのいひかしくやのむね
に*つゝのあなことにつはくらめはすをく
ひ侍るそれにまめならんをのこともをゐ
てまかりてあくらをゆひあけてうかゝは
せんにそこらのつはくらめ子うまさらん
やはさてこそとらしめ給はめと申
中納言よろこひ給てをかしき事に
もあるかなもつともえしらさりけり

*にも……先頭に「○」、右傍記「たイ」
*はらくか……右傍記「如本ら歟」
*つゝ……右傍記(1、左)「つ歟本」(2、右)「くイ」

29a
けうあること申たりとの給てまめなる
おのことも廿人はかりつかはして*あなゝいニ
あけすへられたり殿よりつかひひま
なく給はせてこやすのかひとりたるかとゝ
はせ給つはくらめも人のあまたのほりゐ
たるにおちてすにものほりこすかゝる
よしの返事を申たれは聞給ていかゝ
すへきとおほしわつらふニかのつかさの
官人くらつまろと申おきな申やう
こやす貝とらんとおほしめさはたは
かり申さんとて御前にまいりたれは中

*あなゝい……「ゝ」に右傍記「本イ同」

29b
納言*ひたひをあはせてむかひ給へりくらつ
まろか申やうこのつはくらめこやすかひは
あしくたはかりてとらせ給なりさて
はえとらせ給はし*あないにおとろ\/しく
廿人のひとののほりて侍れはあれてより
まうてこすせさせ給へきやうはこのあなゝい
をこほちて人みなしりそきてまめな
らん人一人をあらこにのせすへてつな
をかまへて鳥の子うまむ間につなを
つりあけさせてふとこやすかひをとら
せ給はんよかるへきと申中納言の給やう

*ひたひ……「ひ」に右傍記「い」
*あない……「な」と「い」の中間に「○」、右傍記「なイ」

30a
いとよき事なりとてあなゝいを
こほし人みなかへりまうてきぬ中
なこんくらつまろにの給はくつはくら
めはいかなる時にか子うむとしり
て人をはあくへきとの給くらつまろ
申やうつはくらめ子うまむとする時
はおをさけて七とめくりてなんうみお
とすめるさて七とめくらんおりひきあけて
そのおりこやすかひはとらせ給へと申
中納言よろこひ給てよろつの人にも
しらせ給はてみそかにつかさにいまして

30b
をのこともの中にましりてよるをひ
るになしてとらしめ給くらつまろ
かく申をいといたくよろこひの給こゝに
つかはるゝ人にもなきにねかひをかなふる
ことの*うれしさとの給て御そぬきて
かつけ給つさらによさりこのつかさにまう
てことの給てつかはしつ日くれぬれはか
のつかさにおはしてみ給にまことにつはく
らめすつくれりくらつまろ申やうをう
けてめくるにあらこに人をのほせてつり
あけさせてつはくらめのすに手をさ

*うれしさ……「さ」に右傍記「きイ」

31a
しいれさせてさくるに物もなしと
申に中納言あしくさくれはなき也と
はらたちてたれはかりおほえんにとて
われのほりてさくらんとの給てこにの
りてつられのほりてうかゝひ給つるにつは
くらめおをさゝけていたくめくるにあは
せて手をさゝけてさくり給に手に
ひらめる物さはる時にわれ物にきりた
り今はおろしてよおきなしえたりと
の給てあつまりてとくおろさんとて
つなをひきすくしてつなたゆるす

31b
なはちにやしまのかなへのうえにのけ
さまにおち給へり人々あさましかりて
よりてかゝへたてまつれり御目はしらめ
にてふし給へり人々水をすくひて入た
てまつるからうしていき出たまへるに
又かなへのうへより手とりあしとりして
さけおろしたてまつるからうして御
心はいかゝおほさるゝとゝへはいきのしたに
て物はすこしおほゆれとこしなむ
うこかれぬされとこやす貝をふと
にきりもたれはうれしくおほゆるなり


32a
まつしそくさしてこゝのかひかほみん
と御くしもたけて御手をひろけ給へる
につはくらめのまりをけるふるくそ
をにきり給へるなりそれを見給て
あなかひなのわさやとの給ひけるより
そ思ふにたかふ事をはかひなしといひ
ける貝にもあらすとみ給けるに心ちも
たかひてからひつのふたのいれられ給ふ
へくもあらす御こしはおれにけり中納言
は*いたいけたるわさしてやむことを人に
きかせしとし給けれとそれをやまひに

*いたいけ……「た」に右傍記「本いイ」、傍記から線を右に引き右傍記「イ」

32b
ていとよはくなり給にけりかひをえとらす
なりにけるよりも人のきゝわらはん事
を日にそへて思ひ給けれはたゝにやみし
ぬるよりも人きゝはつかしくおほえ
給なりけりこれをかくや姫きゝて
とふらひにやるうた
 年をへてなみたちよらぬ住の江の松
かひなしときくはまことかとあるをよみて
きかすいとよはきこゝろにかしらもたけ
人にかみをもたせてくるしき心ち
にからうしてかき給ふ

33a
 かひはかくありける物をわひはてゝしぬる
命をすくひやはせぬとかきはつるたえ
入給ぬこれをきゝてかくやひめすこし
あはれとおほしけりそれよりなんすこ
しうれしきことをはかひありといひ
けるさてかくやひめかたちのよにゝすめてた
き事をみかときこしめして内侍なか
とみのふさこにの給おほくの人の身を
いたつらになしてあはさるかくや姫はいかは
かりの女そとまかりてみてまいれとのた
まふふさこうけ給はりてまかれり竹

33b
とりの家にかしこまれりしやうしいれて
あへり女に内侍の給おほせことにかくや
ひめの*いうに*おはすよくみてまいるへき
よしの給はせつるになんまいりつるといへ
はさらはかく申侍らんといひていりぬかくや
ひめにはやかの御つかひにたいめんし給へ
といへはかくやひめよきかたちにもあらす
いかてかみゆへきといへはうたてもの給か
なみかとの御つかひをはいかてかおろかに
せんといへはかくやひめのこたふるやうみ
かとのめしての給はん事かしこしとも

*いう……先頭に「○」、右傍記「うちイ同」
*おはす……「す」に右傍記「也イ」

34a
おもはすといひてさらにみゆへくもあらす
むめる子のやうにあれと心はつかしけに
をろそかなるやうにいひけれは心のまゝに
もえせめす女内侍のもとにかへりいてゝ
くちおしくこのをさなきものはこは
く侍る物にてたいめんすましきと申
内侍かならすみたてまつりてまいれと
おほせことありつるものを見たてまつら
てはいかてか帰りまいらん國王のおほせ
ことをまさに世にすみ給はん人のう
け給はりたまはてありなんやいはれぬ

34b
ことなしたまひそとことははつかしく
いひけれはこれをきゝてましてかくや
ひめきくへくもあらす國王のおほせこ
とをそむかははやころし給てよかしと
いふこの内侍かへりまいりてこのよし奏
す御門きこしめしておほくの人こ
ろしける心そかしとの給てやみにけれ
と猶おほしおはしましてこの女のた
はかりにやまけんとおほして仰給なん
ちかもちて侍るかくや姫たてまつれかほ
かたちよしときこしめして御つかひ

35a
を給ひしかとかひなく見えすなりにけり
かくたい\/しくやはならはすへきと
おほせらるおきなかしこまりて御返事
申やう此めのわらはたへて宮つかへつかう
まつるへくもあらす侍るをもてわつらひ
侍さりともまかりておほせ給はんと奏
すこれをきこしめしておほせ給なと
かおきなのおほしたてたらんものを
心にまかせさらんこの女もしたてま
つりたる物ならはおきなにかうふりをな
とか給はせさらんおきなよろこひて

35b
家にかへりてかくやひめにかたらふやう
かくなむみかとの仰たまへる猶やはつ
かうまつり給はぬといへはかくやひめこたへ
ていはくもはらさやうの宮つかへつかう
まつらしと思ふをしゐてつかうまつら
せ給はゝきえうせなんすみつかさかうふり
しぬはかりなりおきないふやうなし
給そつかきかうふりもわか子をみたてま
つらてはなに\/かせむさはありともなとか宮
つかへをし給はさらんしに給へきやうやあ
るへきと猶空ことかとつかうまつらせ

36a
てしなすやあると見給へあまたの人の
心さしをろかならさりしをむなしく
なしてこそあれきのふけふみかとの*給
はん事につかむ人きゝやさしといへはおき
なこたへていはくてんかのことはとありともか
くありともみいのちの*あやうさこそお
ほきなるさはりなれは猶かうつかうまつる
ましきことをまいりて申さんとてまい
りて申やうおほせのことのかしこさにか
のわらはをまいらせんとてつかうまつれは
宮つかへにいたしたてはしぬへしと申み

*給……先頭に「○」、右傍記「の」
*あやうさ……「さ」に右傍記「きイ」

36b
やつこまろか手にうませたる子にもあ
らすむかし山にて*みつけたるかゝれは
心はせも世の人にゝすそ侍ると奏せさす
みかとおほせたまはく宮つこまろか家あ
山もと*ちかくなり御かりみゆきし給はん
やうにてみてんやとの給はす宮つこまろ
か申やういとよき事なりなにか心もなく
て侍らんにふとみゆきして御らんせ
られなんとそうすれはみかとにはかに日
をさためて御かりに出給ふてかくやひ
めの家にいり給にひかりみちて*けう

*みつけたる……「る」に左傍記「〻」(ミセケチ符号)・右傍記「りイ」
*ちかく……「く」に右傍記「か歟」
*けう……右傍記「きよイ」

37a
らにてゐたる人ありこれならんとおほし
て*にけている袖をとらへ給へはおもてをふ
たきてさふらへとはしめよく御覽しけれ
はたくひなくめてたくおほえさせ給てゆ
るさしとすとていておはしまさんとす
るにかくやひめこたへて奏すをのか身は
此國に生れて侍らはこそつかひ給はめいと
ゐておはしかたくや侍らんと奏すみかと
なとかさあらん猶ゐておはしまさむと
て御こしをよせ給にこのかくやひめきと
かけになりぬはかなくくちおしと

*にけている……右傍記「ちかくよらせ給にイ」

37b
おほしてさらは御ともにはいていかしも
との御かたちとなり給ひねそれをみて
たにかへりなんとおほせらるれはかくや
姫もとのかたちになりぬみかと猶めて
たくおほしめさるゝ事せきとめかたし
かくみせつる宮つこまろをよろこひ*給さ
てつかふまつる百官人々あるしいかめし
うつかうまつるみかとかくやひめをとゝ
めてかへり給はん事をあかすくちおしく
おほしけれと玉しゐをとゝめたる心
地してなんかへらせたまひける御こしに

*給……先頭に「○」、右傍記「ひイ」

38a
たてまつりてのちにかくやひめに
 かへるさのみゆき物うくおもほえてそ
むきてとまるかくやひめゆへ御返事
 むくらはふしたにも年はへぬるみのな
に*は玉のうてなをもみむこれをみか
と御らんしていとゝかへり給はんそらも
なくおほさる御心はさらにたちかへへくも
おほされさりけれとさりとて夜をあか
し給へきにあらねはかへらせたまひぬつ
ねにつかうまつる人を見給にかくや姫のか
たはらによるへたにあらさりけりこと人

*は……先頭に「○」、右傍記「か」

38b
よりはけうらなりとおほしける人の
かれにおほしあはすれは人にもあらす
かくやひめのみ御心にかゝりてたゝひとり
すみし給よしなく御方\/にもわたり
給はすかくやひめの御もとにそ御文をか
きてかよはせ給御かへりさすかにゝくから
すきこえかはし給ておもしろく木
草についけても御うたをよみてつかはす
かやうにて御心をたかひになくさめた
まふほとに三年はかりありて春の
はしめよりかくや姫月のおもしろう出

39a
たるをみてつねよりも物思ひたるさ
まなりある人の月のかほみるはいむこ
とせいしけれともともすれはひとま
にも月をみてはいみしくなき給七月
十五日にいてゐてせちに物おもへるけし
きなりちかくつかはるゝ人々竹とりのお
きなにつけていはくかくやひめれいも月
をあはれかり給へともこのころとなり
てはたゝことにも侍らさめりいみしく
おほしなけくことあるへしよく\/み
たてまつらせ給へといふをきゝてかく

39b
やめにいふやうなんてう心ちすれはかく物
を思ひたるさまにて月をみ給そうとま
しき世にといふかくやひめみれはせ
けん心ほそくあはれに侍るなてうもの
かなけき侍るへきといふかくやひめのある
ところにいたりてみれはなを物おもへる
けしきなりこれをみてあかほとけ
なにこと思ひたまふそおほすらんこ
となにそといへは思ふこともなし物な
むこゝろほそくおほゆるといへはおきな
月なみ給そこれをみたまへは物おほす

40a
けしきはあるそといへはいかてか月をみ
てはあらんとてなを月出れはいてゐ
つゝなけき思へりゆふやみにはものをお
もはぬけしきなり月のほとにな
りぬれは猶時\/はうちなけきな
とすこれをつかふ物ともなを物
おほすことあるへしとさゝやけと
おやをはしめてなにことゝもしらす
八月十八日はかりの月ニいてゐてかく
やひめいといたくなき給ふ人めもいま
はつゝみ給はすなきたまふこれをみ

40b
ておやともゝなに事そとゝひさはくか
くやひめなく\/いふやうさき\/も申
さむとおもひしかともかならすこゝろま
とはし給はん物そと思ひてすこし
侍つる也さのみはとてうちいて侍ぬ
るそをのか身は此國の人にもあらす月
のみやこの人なりそれなむむかし
のちきりありけるによりなんこの世界に
はまうてきたりけるいまはかへるへきに
なりにけれはこの月の十五日にかの
もとの國よりむかへに人々まうてこん

41a
すさらすまかりぬへけれはおほしな
けかむかなしきことをこの春より
おもひなけき侍るなりといひていみ
しくなくをおきなこはなてうこ
との給そ竹の中よりみつけきこえ
たりしかとなたねのおほきさおは
せしをわかたけたちならふまてやし
なひたてまつりたるわか子をなに人
かむかへきこえんまさにゆるさむやと
いひてわれこそしなめとてなきのゝし
ることいとたへかたけなりかくやひめ

41b
のいはく月の宮この人にてちゝはゝあ
りかた時のあひたとてかの國よりまう
てこしかともかくこのくにゝはあまたの
年をへぬるになむありけるかの國の
ちゝ母の事もおほえすこゝにはかくひ
さしくあそひきこえてならひたて
まつれりかみしからん心ちもせすかなし
くのみあるされとをのか心ならすまかり
なむとするといひてもろともにいみし
うなくつかはるゝ人\/もとしころな
らひてたちわかれなん事をこゝろ

42a
はへなとあてやかにうつくしかりつる
ことをみならひてこひしからむことの
たへかたくゆ水のまれすおなし心に
なけかしかりけりこの事をみかと
きこしめしてたけとりか家に
御つかひつかせ給御使に竹とりいてあ
ひてなくことかきりなしこのことを
なけくにひけもしろくこしもかゝま
りめもたゝれにけりおきな今年
は五十はかりなれともものおもふには
かた時になむ老になりにけるとみ

42b
ゆ御つかひおほせことゝておきなにいはく
いと心くるしく物おもふなるはまことに
かとおほせ給竹とりなく\/申この十五日ニ
なむ月の宮こよりかくやひめのむかへ
にまうてくなるたうとくとはせ給此十
五日は人\/給はりて月のみやこの人
まうてこはとらへさせむと申御つかひ
おほせことゝておきなにいはくいと
心くるしく物おもふなるはまことに
かとおほせ給竹とりなく\/申この
十五日になむ月のみやこよりかく

43a
やひめのむかへにまうてくなるたう
とくとはせ給この十五日は人\/たまは
りて月のみやこの人まうてこは
とらへさせむと申御つかひかへりいり
ておきなのありさま申て奏しつる
事とも申をきこしめしての給
一めみたまひし御心にたにわす
れたまはぬにあけくれみなれたる
かくやひめをやりていかゝおもふへき
かの十五日つかさ\/におほせて勅
使少将髙野のおほくにといふ人

43b
をさして六衛のつかさあはせて六千
人の人を竹とりかいゑにつかはす
家にまかりてつい地のうへに千
人やのうへに千人家のひと\/い
とおほかりけるにあはせてあけるひ
まもなくまもらすこのまもる人々
も弓矢をたいしておもやのうちに
は女とも番におりてまもらす女ぬ
りこめのうちにかくやひめをい
たかへてをりおきなもぬりこめ
の戸をさしてとくちにをりおき

44a
なのいはくかはかりまもる所に天
の人にもまけむやといひてやのう
へにをる人\/にいはく露も物空
にかけらはふといころし給へまもる
人\/のいはくかはかりしてまもると
ころに*かはかり一たにあらはまつい
ころしてほかにさらむとおもひ侍る
といふおきなこれをきゝてたのも
しかりをりこれをきゝてかくやひ
めはさしこめてまもりたゝかふへ
きしたくみをしたりともあの國

*かはかり……「か」に右傍記「蚊」

44b
人を*えたゝかはぬなりゆみやし
ていられしかくさしこめてありとも
かの國の人こはみなあきなむと
すあひたゝからむとすともかの國
の人きなはたけき心つかう人も
よもあらしおきなのいふやう御むか
へにこむ人をはなかきつめしてま
なこをつかみつふさむさかかみを
とりてかなくりおとさむさかしり
をかきいてゝこゝらのおほやけ人
にみせてはちをみせむとはら

*え……先頭に「○」、右傍記「は歟」

45a
たちをるかくやひめいはくこはた
かになの給そやのうへにをる人と
ものきくにとまさなしいますか
りつる心さしともをおもひもしらて
まかりなむすることのくちおしう侍
けりなかきちきりのなけれはほと
なくまかりめへきなめりとおもふか
かなしく侍也おやたちのかへりみ
をいさゝかたにつかうまつらてま
からむ道もやすくもあるましき*を
日ころもいてゐて今年はかりの

*を……左傍記「〻」(ミセケチ符号)、右傍記「に」

45b
いとまを申つれとさらにゆるされぬ
によりてなむかく思ひなけき侍る御心を
のみまとはしてさりなんことのかなしく
たへかたく侍るなりかの宮この人はいとけ
うらにおいをせすなむ思ふ事もなく
侍る也さる所へまからんするもいみしくも
侍らす老をとろへるさまをみたてまつら
さらんこそこひしからめといひておき
なむねいたき事なし給そうるはし
きすかたしたるつかひにもさはらしと
ねたみをりかゝるほとによひうちす

46a
きてねの時はかりに家のあたりひるの
あかさにもすきてひかりたりもち月
のあかさをとをあはせたるはかりにて
ある人のけのあなさへみゆるほとな
くおほそらより人雲にのりてお
りきてつちより五尺はかりあかりた
るほとにたちつらねたりそれをみ
てうちとなる人のこゝろとももの
にをそはるゝやうにてあひたゝかはむ
心もなかりけりからうしておもひを
こして弓矢をとりたてむとすれと

46b
もてにちからもなくなりてなえかゝり
けり中に心さかしきものねん
していむとすれともほかさまへ
いきけれはあれもたゝかはて心ち
たゝ*しれてまもりあへりたてる人
ともはさうそくのきよらなる
ことものにもにすとふ車ひとつく
したり*らかいさしたりそのなかにわう
とおほしき人家に宮つこまろまう
てこといふにたけくおもひつるみやつこ
まろもものにゑひたるこゝ地してうつ

*しれて……先頭に「○」、右傍記「しれにイ」
*らかい……「い」に右傍記「はイ」

47a
ふしにふせりいはくなんちをさなき
人いさゝかなるくとくをおきなつくりける
によりてなんちかたすけにとてかた
時のほとゝてくたししをそこらのとし
ころそこらのこかね給て身をかへらるか
ことなりにたりかくやひめはつみを
つくり給へりけれはかくいやしきを
のれかもとにしはしおはしつるなりつ
みのかきりはてぬれはかくむかふる
をおきなはなきなけくあたはぬこ
となりはやいたしたてまつれと

47b
いふおきなこたへて申かくやひめを
やしなひたてまつること廿餘年に
なりぬかた時との給にあやしくな
り侍ぬ又こと所にかくや姫と申人そ
おはすらんといふこゝにおはするかくや
ひめはおもきやまひをし給へはえ
おはしますましと申せはその返事
はなくてやのうへにとふ車をよせて
いさかくやひめきたなき所にいかてかひ
さしくおはせんといふたてこめたる
ところの戸すなはちたゝあきに

48a
あきぬかうしともゝ人はなくしてあ
きぬ女いたきてゐたるかくやひめとに
いてぬえとゝむましけれはたゝさし
あふきてなきをり竹とり心まとひて
なきふせる所ニよりてかくやひめいふこゝ
にも心にもあらてかくまかるにのほらんを
たにみをくり給へといへともなにしに
かなしきにみをくりたてまつらんわれ
をいかにせよとてすてゝはのほり給そく
してゐておはせねとなきてふせれは
御心まとひぬふみをかきをきてまからん

48b
こひしからんおり\/とり出て見給へと
てうちなきてかくことはゝこの國にむ
まれぬるとならはなけかせたてまつらぬ
程まて侍らてすきわかれぬることかへ
す\/ほいなくこそ侍れぬきをく
きぬをかたみとみ給へ月のいてたらん
夜は見をこせ給へみすてたてまつりて
まかる空よりもおちぬへき心ちすると
かきをく天人の中にもたせたる箱あ
り天の羽衣いれりまたあるはふしの
くすりいれりひとりの天人いふつほな

49a
る御くすりたてまつれきたなき所の
物きこしめしたれは御くちあしからん
物そとて*もちよりたれは*いさゝかなめ
給てすこしかたみとてぬきをくきぬ
につゝまんとすれはある天人つゝませす
*みそをとりいてゝきせんとすその
ときかくやひめしはしまてといふきぬ
きせつる人はこゝろことになるなりといふ
物ひとこといひをくへきことありといひ
て文かく天人をそしと心もとなかり給
かくやひめ物しらぬ事なの給そとていみ

*もちより……「ち」に右傍記「てイ」、「て」に合点
*いさゝか……右傍記「わつかイ」
*みそ……右傍記「御衣」

49b
しうしつかにおほやけに御文たてまつ
り給あはてぬさまなりかくあまたの人を
給ひてとゝめさせたまへとゆるさぬむ
かへまうてきてとりいてまかりぬれは
くちおしくかなしきこと宮つかへつか
うまつらすなりぬるもかくわつらはし
き身にて侍れは心つよくうけ給はら
すなりにし事なめけなる物におほ
しめしとゝめられぬるなん心にと
まり侍ぬとて

50a
 いまはとてあまのは衣きるおりそ君
をあはれ思いてけるとてつほのくすり
そへて頭中将よひよせてたてまつら
す中将に天人とりてつたふ中将と
りつれはふとあまのはころもうちき
せたてまつりつれはおきなをいとおし
かなしとおほしつる事もうせぬこ
のきぬきつる人は物思なくなりにけれ
はくるまにのりて百人はかり天人
くしてのほりぬそのゝちおきな女ちの
なみたをなかしてまとへとかひなし

50b
あのかきをきし文をよみきかせけれ
となにせんにかいのちもおしからんたか
ためにかなに事もようなしとてく
すりもくはすやかておきもあからてやみ
ふせり中将人々*くしてかへりまいりて
かくやひめをえたゝかひとめすなりぬる
事こま\/とそうすくすりのつほに
御文そへてまいらすひろけて御覽
していといたくあはれからせ給ても
のもきこしめさす御あそひなとも
なかりけり大臣上達部をめしていつ

*くして……「く」に右傍記「ひき」

51a右下
れの山か天にちかきとゝはせ給にある
人そうすするかの國にあるなる山なん
この都もちかく天もちかく侍ると奏
すこれをきかせ給て
 あふ事も涙にうかふわか身には
  しなぬくすりもなにゝかはせん
  かのたてまつるふしのくすりに
   またつほくして御使に
   給はす勅使
       にはつきの
    いはかさと
        いふ人をめして

51a左上
する
 かの
  國
にあなる
  山の
いたゝきに

51b
もてつくへきよしおほせ給
   みねにてすへきやうをしへ
    させ給御文ふしのくすりの
     つほならへて火をつけ
     てもやすへきよし
おほせ給そのよしうけ給てつはもの
ともあまたくして山へのほりけるよ
りなんその山をふしの山ととは名
つけゝるそのけふりいまた雲のなか
へたちのほるとそいひつたへたる