正保三年刊整版本『たけとり物語』


[INDEX] > 正保三年刊整版本『たけとり物語』

書誌情報
・正保三年(1646)の刊行 「竹取」初の整版本
・奥書に次のごとくある
    正保三丙戌三條通菱屋町林甚右衛門尉
 林甚右衛門(=婦屋甚右衛門)は寛永の頃から営業する老舗書肆(書店)であり
 仏教書を多く扱ったという 後に江戸にも出店したらしく、林版の覆刻はよく見られるようである
 (柏崎順子「江戸版考 其三」『人文・自然研究』第4号、一橋大学教育開発センター 2010年)
・本文は流布本第3類第3種:ロ種の崩れたもの
 古活字本は以下のような本文継承関係がある
  古活字十行甲本(慶長頃 初の古活字版)
  →古活字十行乙本(慶長~元和頃 十行甲本本文に註釈が混入?)
  →古活字十一行丙本(元和~寛永頃 十行乙本をほぼそのまま継承)
  →古活字十一行丁本(元和~寛永頃 十一行丙本をほぼそのまま継承)
 正保版本は古活字十一行丁本のほぼ写しであるが、更に独自異文が発生している
 この正保版の版木は広く出回ったらしく、後に絵を加えた長尾平兵衛元禄版(元禄五年)
 茨城多左衛門版など、多くの覆刻版(版木をそのまま流用したもの)を出している
 全て正保版の版木を元にしたものである
 今日伝わる写本・絵巻・奈良絵本の過半数がこの正保本系の転写本であることは
 整版本の流布性を物語っている

・架蔵の正保版本系転写本・中御門家旧蔵本の翻刻データを基に、クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスである
国文学研究資料館蔵正保三年刊整版本の画像を元に校正した
・この本文データ は クリエイティブ・コモンズ 表示 - 継承 4.0 国際 ライセンスの下に提供されていますクリエイティブ・コモンズ・ライセンス

【凡例】
・改行、字下げなど、なるべく原本の通りになるよう努めた
・ページ番号については、上巻を「A」・下巻を「B」、丁の表を「a」・裏を「b」として
 「A-1a」のごとく示した
・濁点は「゛」として分離して翻刻した
・振仮名はその箇所に「*」を付し、末尾にまとめて掲げた

=======================
たけとり物語上

A-1a
いまはむかしたけとりのおきなといふもの有
けり野山にましりてたけをとりつゝよろつの
事につかひけり名をはさるきのみやつこと
なんいひける其竹の中にもとひかる竹なん
一すちありけりあやしかりてよりて見るに
つゝの中ひかりたりそれを見れは三すんはかり
なる人いとうつくしうてゐたりおきな云やう
われ朝こと夕ことに見るたけの中におはする
にてしりぬ子になり給ふへき人なめりとて
手にうち入て家へもちてきぬめの女にあつ

A-1b
けてやしなはすうつくしき事かきりなし
いとおさなけれははこに入てやしなふ竹とり
のおきな竹とるに此子を見つけてのちにたけ
取にふしをへたてゝよことにこかねある竹をみ
つくる事かさなりぬかくておきなやう\/
ゆたかになりゆく此ちこやしなふほとにすく
\/とおほきになりまさる三月はかりになる
程によきほとなる人になりぬれはかみあけな
とさうしてかみあけさせきちやうの内よりも
出さすいつきかしつきやしなふ程に此ちこの
かたちのけそうなる事世になく屋の内は

A-2a
くらきところなくひかりみちたりおきなこゝ
ちあしくくるしき時も此子をみれはくるし
き事もやみぬはらたゝしき事もなくなく
さみけりおきなたけをとる事ひさしくなり
さかへにけり此子いとおほきに成ぬれは名を
みむろといんへのあきたをよひてつけさすあ
きたなよ竹のかくやひめと付侍る此程三日う
ちあけあそふよろつのあそひをそしけるお
とこはうけきらはすよひほとへていとかしこ
くあそふ世界のをのこあてなるもいやしき
もいかてこのかくやひめをえてしかな見てし

A-2b
かなとをとにきゝめてゝまとふそのあたりの
かきにも家のとにもをる人たにたはやすく
見るましきものをよるはやすきいもねすやみ
の夜にもこゝかしこよりのそきかひま見まと
ひあへりさるときよりなんよはひとはいひける
人の物ともせぬ所にまとひありけともなにの
しるしあるへくも見えす家の人共に物をたに
いはんとていひかくれともことゝもせすあた
りをはなれぬ君達夜をあかし日をくらす人お
ほかりけるをろかなるひとはようなきありき
はよしなかりけりとてこすなりにけり其中

A-3a
になをいひけるはいろこのみといはるゝ人五
人思ひやむときなくよるひるきたりけりその
名一人はいしつくりの御子一人はくらもちの
御子一人は左大臣あへのみむらし大納言一人
は大伴のみゆき中納言一人はいそのかみのもろ
たか此人々なりけり世中におほかる人をたに
すこしもかたちよしときゝては見まほしうす
る人たちなりけれはかくやひめを見まほしう
て物もくはす思ひつゝかの家に行てたゝすみ
ありきけれ共かひ有へくもあらす文をかきて
やれとも返事もせすわひうたなとかきてつ

A-3b
かはすれ共かひなしと思へとも霜月極月の
ふりこほりみな月のてりはたゝくにもさはら
すきたり此人々あるときは竹とりをよひ出し
てむすめを我にたへとふしおかみ手をすりの
給へとをのかなさぬ子なれは心にもしたかえ
すとなんいひて月日ををくるかゝれは此人々
家にかへりて物を思ひいのりをしくはんを立
おもひやむへくもあらすさり共つゐに男あは
せさらむやはと思ひてたのみをかけたりあな
かちに心さしを見えありくこれを見つけてお
きなかくやひめにいふやう御身はほとけへんけの

A-4a
人と申なからこれ程おほきさまてやしなひ
奉る心さしをろかならすおきなの申さん事
きゝ給ひてんやといへはかくやひめ何事をか
のたまはんことは承らさらむへんけの物にて
侍けん身ともしらすおやとこそおもひ奉れと
いふおきなうれしくもの給ふものかなといふお
きな年七十にあまりぬけふともあすともし
らす此世の人は男は女にあふ事をす女は男
にあふことをす其後なん門ひろくもなり
侍るいかてかさる事なくてはおはせんかく
やひめのいはくなんてうさる事かし侍らん

A-4b
といへはへんけの人といふとも女の身もち
給へりおきなのあらんかきりはかうてもい
ませかしこの人々の年月をへてかうのみい
ましつゝのたまふ事を思ひ定めてひとり\/
にあひ給へやといへはかくやひめいはく能も
あらぬかたちをふかき心もしらてあた心つき
なはのちくやしき事も有へきをとおもふ
はかりなり世のかしこき人なりともふかき心
さしをしらてはあひかたしとなんおもふといふ
おきないはく思ひのことくもの給ふかなそも
\/いかやうなるこゝろさしあらん人にか

A-5a
あはんとおほすかはかり心さしをろかならぬ人
人にこそあめれかくやひめのいはくかはかりの
ふかきをか見んといはんいさゝかの事なり
人の心さしひとしかんなりいかてか中にを
とりまさりはしらむ五人の中にゆかしきも
のを見せ給へらんに御心さしまさりたりとて
つかうまつらんとそのおはすらん人々に申
給へといふよき事なりとうけつ日くるゝほ
とれいのあつまりぬ人々あるひはふえをふき
或は哥をうたひ或はしやうかをしあるひはう
そをふきあふきをならしなとするにおきな出て

A-5b
いはくかたしけなくきたなけ成ところに年
月をへてものし給ふ事ありかたくかしこま
ると申おきなの命けふあすともしらぬをか
くの給ふ君達にもよく思ひさためてつかうま
つれと申もことはりなりいつれもおとりまさ
りおはしまさねは御心さしの程は見ゆへし
つかうまつらん事はそれになんさたむへき
といへはこれ能事也人のうらみもあるまし
といふ五人の人々も能事なりといへはおきな
いりていふかくやひめ石つくりの御子には佛
の御石のはちといふ物ありそれを取て給へと

A-6a
いふくらもちの御子には東の海にほうらいと
云山あるなりそれにしろかねをねとしこかね
をくきとし白き玉をみとしてたてる木あり
それ一えたおりてたまはらんといふ今ひとり
にはもろこしに有火ねすみのかはきぬを給へ
大伴の大納言にはたつのくひに五色にひかる
玉ありそれを取てたまへいそのかみの中納言
にはつはくらめのもたるこやすの貝取て給へ
といふおきなかたき事にこそあなれ此国に
有ものにもあらすかくかたき事をはいかに申
さんといふかくやひめなにかかたからんといへ

A-6b
はおきなともあれかくもあれ申さんとて
出てかくなん聞ゆるやうに見給へといへは*御
子たち*上達部きゝてをいらかにあたりより
たになありきそとやはのたまはぬと云てうん
してみなかへりぬなを此女見ては世にあるまし
き心ちのしけれはてんちくに有物ももてこ
ぬ物かはと思ひめくらしていしつくりの御子は
こゝろのしたく有人にて天ちくに二つとなき
はちを百千万里のほといきたりともいかてか
取へきとおもひてかくやひめのもとにはけふ
なん天ちくへ石のはちとりにまかるときかせ

A-7a
て三年はかり大和の国とをちのこほりにある
山寺にひんするのまへなるはちのひたくろに
すみつきたるをとりてにしきのふくろに入て
つくり花のえたにつけてかくやひめの家に
もてきて見せけれはかくやひめあやしかりて
みれははちの中に文ありひろけて見れは
うみ山のみちの心をつくしはてないしのはち
の涙なかれけかくやひめひかりや有と見るに
ほたるはかりのひかりたになし
  をくつゆのひかりをたにもやとさまし
   をくらの山にてなにもとめけん

A-7b
とて返し出すはちを門に捨て此哥の返しをす
  しら山にあへはひかりのうするかと
   はちをすてゝもたのまるゝかな
とよみて入たりかくやひめ返しもせすなりぬ
みゝにもきゝ入さりけれはいひかゝつらひて
帰りぬ彼はちをすてゝ又いひけるよりそおも
なき事をははちをすつるとは云けるくらも
ちの御子は心たはかり有人にておほやけには
つくしの國にゆあみにまからんとていとま
申てかくやひめの家には玉のえたとりになん
まかるといはせてくたり給ふにつかうまつる

A-8a
へき人々みな難波まて御をくりしける御子い
としのひてとの給はせて人もあまたゐておは
しまさすちかうつかうまつるかきりして出給ひ
御をくりの人々見奉りをくりて帰りぬおはし
ましぬと人には見え給ひて三日はかり有てこ
き給ぬかねてことみな仰たりけれは其時一つ
のたからなりけるうちたくみ六人をめし取て
たはやすく人よりくましき家をつくりてかま
とを三へにし籠てたくらを入給ひつゝ御子も
同所にこもり給ひてしらせ給ひたる限十六そ
をかみにくとをあけて玉のえたをつくり給

A-8b
かくやひめの給ふ様にたかはすつくり出つい
とかしこくたはかりてなにはにみそかにもて
出ぬ舟にのりて帰りきにけりと殿につけやり
ていといたくくるしかりたる様して居給へり
むかへに人おほく参たり玉のえたをは長ひつに
入て物おほひて持て参るいつか聞けんくらも
ちの御子はうとんくゑの花持てのほり給へり
とのゝしりけりこれをかくやひめきゝて我は
此御子にまけぬへしとむねつふれておもひ
けりかゝるほとに門をたゝきてくらもちの御子
おはしたりとつく旅の御姿なからおはしたりと

A-9a
いへはあひ奉る御子の給はく命を捨て彼玉
のえた持てきたるとてかくやひめに見せ奉り
給へといへはおきな持ていりたり此たまの枝
にふみそつけたりける
  いたつらに身はなしつとも玉のえを
   たをしてさらにかへらさらまし
是をも哀とも見てをるに竹取のおきなはしり
入ていはく此御子に申給ひしほうらいの玉
のえたを一つの所をあやまたすもておはしま
せり何を持てとかく申へき旅の御姿なからわ
か御家へもより給はすしておはしましたり

A-9b
はや此御子にあひつかうまつり給へといふに
物もいはすつらつえをつきていみしくなけか
しけに思ひたり此御子今さへ何かといふへから
すと云まゝにえんにはひのほり給ぬおきな理
に思ふ此國に見えぬ玉の枝なり此度はいかて
かいなひ申さん人様もよき人におはすなとい
ひゐたりかくやひめの云様おやのの給ふ事を
ひたふるにいなひ申さんことのいとおしさに取
かたき物をかくあさましくもて来る事をね
たく思ひおきなはね屋の内しつらひなとす
おきな御子に申様いかなる所にか此木は候ひ

A-10a
けんあやしくうるはしくめてたき物にもと
申御子こたへてのたまはくさおとゝしの二月
の十日ころに難波より舟にのりて海中に出
てゆかん方もしらす覚しかと思ふ事なら
て世中にいき何かてせんと思ひしかはたゝ
むなしき風にまかせてありく命しなはいかゝ
はせん生てあらん限かくありきてほうらいと
云らん山にあふやと海にこきたゝよひありき
て我國の内をはなれてありき罷しに有時は
浪あれつゝうみのそこにも入ぬへく有時には
風につけてしらぬ國に吹よせられて鬼のやう

A-10b
なる物出来てころさんとしき有時にはこしかた
行すゑもしらてうみにまきれんとし有時には
かてつきて草のねをくひものとし有時いはん
かたなくむくつけけなるものゝきてくひかく
らんとしき有時はうみのかいを取て命をつく
旅のそらにたすけ給ふへき人もなき所に色々
の病をして行方空も覚えす舟の行にまかせ
てうみにたゝよひて五百日と云たつのこく斗
にうみの中にわつかに山見ゆ舟の内をなんせ
めて見るうみのうへにたゝよへる山いとおほき
にてあり其山のさま高くうるはし是やわか

A-11a
もとむる山ならむと思ひてさすかにおそろし
く覚えて山のめくりをさしめくらして二三
日斗見ありくに天人のよそほひしたる女山の
中より出きてしろかねのかなまるを持て水をく
みありく是を見て舟よりおりてこの山の名を
何とか申ととふ女こたへて云これはほうらいの
山なりとこたふ是を聞にうれしき事限なし
此女かくのたまふは誰そととふ我名ははうかん
るりと云てふと山の中に入ぬその山を見るに
さらに上るへき様なし其山のそはひらをめく
れは世中になき花の木共たてり金しろかね

A-11b
るり色の水山より流出たるそれには色々の玉
の橋渡せり其あたりにてりかゝやく木共立り
其中に此取て持てまうてきたりしはいとわろ
かりしか共の給ひしにたかはましかはとこの
花を折てまうて来る也山はかきりなく面白し
世にたとふへきにあらさりしかと此えたを折
りてしかは更に心もとなくて舩にのりておひ風
吹て四百余日になんまうてきにし大願力にや
難波よりきのふ南都にまうてきつる更に塩に
ぬれたる衣たにぬきかへなてなん立まうてき
つるとの給へはおきな聞て打なけきてよめる

A-12a
  くれ竹の世々にたけとり野山にも
   さやはわひしきふしをのみ見し
是を御子聞てこゝらの日ころ思ひわひ侍つる
心はけふなんおちゐぬるとのたまひて返し
  わかたもとけふかはけれはわひしさの
   千草のかすもわすられぬへし
との給ひかゝる程に男共六人つらねて庭に
出来一人の男ふはさみ文をはさみて申くも
むつかさのたくみあやへのうちまろ申さく玉
の木をつくりつかふまつりし事こ國をたち
て千余日に力をつくしたる事すくなからす然

A-12b
るにろくいまた給はらす是を給てわろきけこに
給せんと云てさゝけたる竹取のおきな此たく
みらか申事は何事そとかたふきおり御子は
われにもあらぬけしきにてきもきえゐ給へり
是をかくやひめきゝて此奉る文をとれと云て
みれは文に申けるやう御子の君千日いやしき
たくみらともろともに同所にかくれゐ給ひて
かしこき玉のえたをつくらせ給ひてつかさも
たまはらむと仰給ひき是を此比あんするに
御つかひとおはしますへきかくやひめのえう
し給ふへきなりけりと承て此宮より給はら

A-13a
むと申て給へきなりといふをきゝてかくやひめ
くるゝままに思ひはひつる心地わらひさかへ
ておきなをよひとりて云やう誠ほうらいの木
かとこそおもひつれかくあさましきそらこと
にて有けれははや返し給へといへはおきなこた
ふさたかにつくらせたる物と聞つれはかへさんこ
といとやすしとうなつきをりかくやひめの
心ゆきはてゝありつるうたの返し
  まことかと聞て見つれはことのはを
   かされる玉のえたにそありける
といひて玉のえたも返しつ竹取のおきなさは

A-13b
かりかたらひつるかさすかにおほえてねふり
をり御子はたつもはしたゐるもはしたにて居
給へり日の暮ぬれはすへり出給ひぬ彼うれへ
せしたくみをはかくやひめよひすへてうれし
き人ともなりといひてろくいとおほくとらせ
給ふたくみらいみしくよろこひて思ひつる様
にもあるかなと云て帰る道にてくらもちの御
子ちのなかるゝ迄調させ給ふろくえしかひも
なく皆とり捨させ給ひてけれはにけうせにけ
りかくて此御子一しやうのはち是に過るはあら
し女を得すなりぬのみにあらす天下の人の

A-14a
おもはん事のはつかしき事との給ひてたゝ一所
ふかき山へいり給ぬ宮つかささふらふ人\/
皆手をわかちてもとめ奉れ共御死にもやし
給ひけんえ見つけ奉らす成ぬ御子の御供にか
くし給はんとて年比見え給はさりける也是を
なん玉さかるとは云はしめける左大臣あへの
みむらしはたからゆたかに家ひろき人にて
おはしける其年きたりけるもろこし舩のわ
うけいと云人のもとに文を書て火ねすみのか
はといふなる物かひてをこせよとてつかうまつる
人の中に心たしかなるをえらひて小野のふさ

A-14b
もりと云人をつけてつかはすもていたり彼うら
にをるわうけいに金をとらすわうけいふみを
ひろけて見て返事かく火ねすみのかはころも
此國になき物也をとにはきけ共いまたみぬ物
なり世に有物ならは此国にももてまうてきな
ましいとかたきあきなひ也然共もし天ちくに
玉さかにもて渡りなは若長者のあたりにとふ
らひもとめんになき物ならは使にそへて金を
は返し奉らんといへりかのもろこしふねきけ
り小野のふさもりまうてきてまうのほると云
事を聞てあゆみとうする馬をもちてはしら

A-15a
せんかへさせ給ふ時に馬にのりてつくしより只
七日にまうて来る文を見るに云火ねすみのか
は衣からうして人を出してもとて奉る今の世
にも昔の世にも此かははたやすくなきものな
りけりむかしかしこき天ちくのひしり此國に
もて渡りて侍りける西の山寺にありときゝ及
ておほやけに申てからうしてかい取て奉る
あたひの金すくなしとこくし使に申しかは
わうけいか物くはへてかひたり今こかね五十両
給るへし舟の帰らんに付てたひをくれもし
かねたまはぬ物ならは彼衣のしち返したへと

A-15b
いへる事を見て何おほすいまかね少にこそ
あなれうれしくしておこせたるかなとてもろ
こしのかたにむかひてふしおかみ給ふ此かは
きぬ入たるはこをみれはくさ\/のうるはし
きるりをいろえてつくれりかはきぬを見れは
こんし゛やうの色なりけのすゑにはこかねの光
しさゝやきたりたからと見えうるはしき事
並へき物なし火にやけぬ事よりもけうら
なる事限なしうへかくやひめこのもしかり給
ふにこそ有けれとのたまひてあなかしことて
はこに入給ひてものゝえたにつけて御身の

A-16a
けさういといたくしてやりてとまりなんもの
そとおほしてうたよみくはへてもちていまし
たりそのうたは
  かきりなき思ひにやけぬかはころも
   たもとかはきてけふこそはきめ
といへり家の門にもていたりてたてり竹取出
きてとり入てかくやひめに見すかくやひめの
かは衣を見て云うるはしきかはなめりわきて
誠のかはならん共しらす竹取こたへていはく
ともあれかくもあれ先しやうし入奉らん世中
に見えぬかはきぬのさまなれは是をと思ひ給

A-16b
ひね人ないたくわひさせ給ひ奉らせ給ふそと
云てよひすへたてまつれりかくよひすへて此
度はかならすあはんと女の心にも思ひをり此
おきなはかくやひめのやもめなるをなけかしけ
れはよき人にあはせんと思ひはかれとせちに
いなといふ事なれはえしひぬは理也かくやひめ
おきなに云此かは衣は火にやかんにやけすは
こそまことならめと思ひて人のいふ事にもま
けめ世になき物ならはそれをまことゝうたか
ひなく思はんとの給ふ猶是をやきて心見んと
云おきなそれさもいはれたりと云て大臣にかく

A-17a
なん申といふ大臣こたへて云此かははもろ
こしにもなかりけるをからうしてもとめたつ
ね得たる也なにのうたかひあらんさは申とも
はややきて見給へといへは火の中に打くへ
てやかせ給ふにめら\/とやけぬされはこそ
こと物のかはなりけりといふ大臣是を見給ひ
てかほは草のはの色にて居給へりかくやひめは
あなうれしとよろこひてゐたりかのよみ給ひ
ける哥の返しはこに入て返す
  名残なくもゆとしりせはかはころも
   思ひのほかにをきて見ましを

A-17b
とありけるされは帰りいましにけり世の人々
あへの大臣火ねすみのかは衣をもていまして
かくやひめに住給ふとなこゝにやいますなと
とふある人の云かはは火にくへてやきたりし
かはめら\/とやけにしかはかくやひめあひ給
はすといひけれは是を聞てそとけなきものを
はあへなしと云ける大伴のみゆきの大納言は
我家にありとある人をあつめてのたまはくた
つのくひに五色のひかりある玉あなりそれを
取て奉りたらん人にはねかはん事をかなへん
とのたまふをのこ共仰の事を承て申さく

A-18a
仰の事はいともたうとし但この玉たはやす
く得とらしをいはんやたつのくひの玉はいかゝ
とらんと申あへり大納言の給ふ天のつかひと
いはんものは命をすてゝもをのか君のおほせ
事をはかなへんとこそ思へけれ此國になき
てんちくもろこしの物にもあらす此国の海山
よりたつはをりのほる物也いかに思ひてか汝
等かたき物と申へきをのこ共申様さらは
いかゝはせんかたき物成共仰事にしたかひても
とめにまからんと申に大納言見わらひてなん
ちらか君の使と名をなかしつ君の仰事をは

A-18b
いかゝはそむくへきとの給ふたつのくひの玉
とりにとて出したて給ふ此人々の道のかてく
ひものに殿の内のけぬわさせになとある限取
出してつかはす此人々とも帰るまていもゐを
して我はをらん此玉とりえては家に帰りくな
との給はせたりをの\/仰承て罷りぬ龍の首
の玉取得すは帰りくなとの給へはいつちも
\/あしのむきたらんかたへいなんすかゝるす
き事をし給ふ事とそしりあへり給はせたる
物をの\/わけつゝ取或はをのか家にこもり
居或はをのかゆかまほしき所へいぬ親君と

A-19a
申共かくつきなき事をおほせ給ふ事とこ
とゆかぬ物ゆへ大納言をそしりあひたりかくや
ひめすへんにはれいやうには見にくしとのた
まひてうるはしき家をつくり給ひてうるしを
ぬりまき絵して返し給ひて屋の上にはいと
をそめて色々ふかせてうち\/のしつらひに
はいふへくもあらぬあやをり物にゑをかきて
まことはりたりもとのめともはかくやひめを
かならすあはんまうけしてひとり明しくらし
給ひつかはしゝ人はよるひるまちたまふに
年こゆるまてをともせす心もとなかりていと

A-19b
しのひてたゝとねり二人めしつきとしてやつれ
たまひて難波の邊におはしましてとひ給ふ
事は大伴の大納言の人や舟にのりてたつ
ころしてそかくひのたまとねるとや聞ととは
するに舟人こたへていはくあやしき事かなと
わらひてさるわさする舩もなしとこたふるに
をちなき事する舟人にもあるかなえしらて
かくいふとおほしてわか弓の力はたつあらはふ
といころしてくひの玉はとりてんをそくく
るやつはらをまたしとの給ひて舟に乗て海
ことにありき給ふにいと遠くてつくしの方の

A-20a
海にこき出給ぬいかゝしけんはやき風吹世界
くらかりて舟をふきもてありくいつれの方共
しらす舟を海中にまかり入ぬへくふきまはし
て波は舩にうちかけつゝまき入神は落かゝる様
にひらめきかゝるに大納言はまとひてまたか
かるわひしきめ見すいかならんとするそとの給
ふかち取こたへて申こゝら舟に乗て罷ありくに
またかゝるわひしきめを見すみ舟うみのそこに
いらすは神おちかゝりぬへしもしさいはひに
神のたすけあらは南海にふかれおはしぬへし
うたて有主のみもとにつかふまつりてすゝろ

A-20b
なるしにをすへかめるかなと梶取なく大納言
是を聞ての給はくふねに乗てはかちとりの
申事をこそ高き山とたのめなとかくたのもし
けなく申そとあをへとをつきての給ふかち取
こたへて申神ならねは何わさをかつかうまつ
らん風ふき波はけしけれ共神さへいたゝきに
おちかゝるやうなるは龍をころさんともとめ給
候へはある也はやてもりうのふかする也はや神
に祈り給へと云能事なりとてかち取の御神
きこしめせ音なく心をさなくたつをころさん
と思ひけり今よりのちは毛一すちをたにうこ

A-21a
かし奉らしとよことをはなちて立ゐなく\/
よはひ給ふ事千度斗申給ふけにやあらんや
う\/神なりやみぬ少ひかりて風は猶はやく吹
梶取のいはく是は龍のしわさにこそ有けれ此
ふく風はよき方の風也あしき方の風にはあら
す能かたに趣てふくなりといへ共大納言は是を
聞入給はす三四日ふきてふき返しよせたり
はまをみれははりまのあかしのはまなりけり
大納言南海のはまにふきよせられたるにやあ
らんとおもひていきつきふし給へり舟にある
をのことも國につけたれ共國のつかさまうて

A-21b
とふらふにもえおきあかり給はて舩そこに
ふし給へり松原に御むしろしきておろし奉る
其時にそ南海にあらさりけりと思ひてからう
しておきあかり給へるを見れは風いとおもき
人にてはらいとふくれこなたかなたの目には
すもゝを二つけたる様也是を見奉りてそ國の
つかさもほうゑみたる国に仰給てたこしつく
らせ給ひてにやう\/になはれて家に入給ひ
ぬるをいかてかきゝけんつかはしゝをのこ共
参りて申様たつの首の玉をえとらさりしか
は南殿へもえ参らさりし玉の取かたかりし事を

A-22a
しり給へれはなんかんたうあらしとて参つる
と申大納言おき居てのたまはくなんちらよ
くもてこす成ぬ龍はなる神のるいにこそあ
りけれそれか玉をとらんとてそこらの人々の
かいせられんとしけりましてたつをとらへた
らましかは又こともなく我はかいせられなま
しよくとらへす成にけりかくやひめてうおほ
盗人のやつか人をころさんとするなりけり家
のあたりたに今はとをらし男共もなあり
きそとて家に少のこりたりける物共はたつの
玉をとらぬ者共にたひつ是を聞てはなれ給

A-22b
ひしもとの上はかたはらいたくわらひ給ふい
とをふかせつくりし屋はとひからすのすにみ
なくひもていにけり世界の人の云けるは大伴
の大納言はたつのくひの玉取ておはしたる
いなさもあらす御まなこ二にすもゝのやうな
る玉をそそへていましたるといひけれはあな
たへかたといひけるよりも世にあはぬ事をは
あなたへかたとはいひはしめける

  たけとり物語上終

=======================

B-1a
 たけとり物語下
中納言いそのかみのまろたかの家につかは
るゝをのことものもとにつはくらめのすくひ
たらはつけよとの給ふを承りてなにの用にか
あらんと申こたへての給ふやうつはくらめの
もたるこやす貝をとらんれうなりとのたまふ
をのこ共こたへて申つはくらめをあまたこ
ろして見るたにもはらになきものなりたゝ
し子うむ時なんいかてかいたすらんと申
人たに見れはうせぬと申又人の申やう
おほいつかさのいひかしく屋のむねにつくの

B-1b
あなことにつはくらめはすをくひ侍るそれに
まめならんをのこともをひて罷りてあくらを
ゆひあけてうかゝはせんにそこらのつはくらめ
子うまさらむやは扨こそとらしめたまはめと
申中納言よろこひ給ひておかしき事にも
有かなもつともえしらさりけりけう有事申
たりとの給ひてまめなるをのことも廿人はかり
つかはしてあなゝひにあけすへられたり殿よ
り使ひまなく給はせてこやすのかひとりたる
かとむかはせ給ふつはくらめもひとのあまた
のほり居たるにおちてすにものほりこすかゝる

B-2a
よしの返しを申けれは聞給ひていかゝすへき
とおほしわつらふに彼つかさの官人くらつ丸
と申おきな申やうこやす貝とらんとおほしめ
さはたはかり申さんとて御前にまいりたれは
中納言ひたひをあはせてむかひ給へりくらつ
まろか申やうこのつはくらめこやす貝はあし
くたはかりてとらせ給ふなりさてはえとらせ
給はしあななひにおとろ\/しく廿人上りて
侍れはあれてよりまうてこす也せさせたまふ
へきやうは此あなゝひをこほちて人みなしり
そきてまめならん人一人をあらたにのせすへ

B-2b
てつなをかまへて鳥の子うまん間につなを
つりあけさせてふとこやすかひをとらせ給ひ
なはよかるへきと申中納言のたまふやうい
とよき事なりとてあなゝひをこほし人みな
帰りまうてきぬ中納言くらつ丸にのたまは
くつはくらめはいかなる時にか子をうむとし
りて人をはあくへきとのたまふくらつ丸申様
つはくらめ子をうまんとする時は尾をさゝけて
七度めくりてなんうみおとすめる扨七度めく
らんおりひきあけてそのおりこやすかひはと
らせ給へと申中納言よろこひ給て万の人

B-3a
にもしらせ給はてみそかにつかさにいまして
をのこ共の中にましりてよるをひるになして
とらしめ給ふくらつ丸かく申をいといたくよ
ろこひてのたまふこゝにつかはるゝ人にも
なきにねかひをかなふる事のうれしさとの
給ひて御そぬきてかつけ給ふつさらによさり
此つかさにまうてことの給ふてつかはしつ
日暮ぬれは彼つかさにおはして見給ふに誠つ
はくらめすつくれりくらつまろ申やうおう
けてめくるあらこに人をのほせてつりあけさ
せてつはくらめのすに手を指入させてさくる

B-3b
に物もなしと申に中納言あしくさくれは
なき也とはらたちてたれはかりおほえんにと
て我のほりてさくらんとの給ひてこにのりて
つられ上りてうかゝひ給へるにつはくらめお
をさけていたくめくるにあはせて手をさゝけ
てさくり給ふに手にひらめる物さはる時に我
物にきりたり今はおろしてよおきなしえたり
との給ひてあつまりてとくおろさんとてつな
をひき過してつなたゆる則にやしまのかなへ
の上にのけさまにおち給へり人々あさまし
かりてよりてかゝへ奉れり御目はしらめにて

B-4a
ふし給へり人々水をすくひ入奉るからうして
いき出給へるに又かなへの上より手とり足取
してさけおろし奉るからうして御こゝちは
いかゝおほさるゝととへはいきの下にて物は
少覚ゆれとこしなんうとかれぬされとこやす
貝をふとにきりもたれはうれしくおほゆる也
まつしそくさしてこゝのかいかほ見んと御くしも
たけて御手をひろけ給へるにつはくらめのま
りをけるふるくそをにきり給へるなりけりそ
れを見給ひてあなかひなのわさやとのたまひ
けるよりそ思ふにたかふ事をはかひなしと

B-4b
云けるかひにもあらすと見給ひけるに御心ち
もたかひてからひつのふたに入られ給ふへく
もあらす御腰はおれにけり中納言はいくいけ
たるわさしてやむことを人にきかせしとし
給ひけれとそれをやまひにていとよはくなり
給ひにけりかひをえとらすなりにけるよりも
人のきゝわらはん事を日にそへておもひ給ひ
けれはたゝにやみしぬるよりも人きゝはつか
しく覚え給ふなりけりこれをかくやひめ
聞てとふらひにやる哥
  年をへて波立よらぬすみの江の

B-5a
   まつかひなしときくはまことか
とあるをよみてきかすいとよはき心にかしら
もたけて人にかみをもたせてくるしき心ちに
からうしてかき給ふ
  かひはかくありける物をわひはてゝ
   しぬるいのちをすくひやはせぬ
と書はつるたえ入給ひぬ是を聞てかくやひめ
少あはれとおほしけりそれよりなん少うれし
き事をはかひありとは云ける扨かくやひめ
かたちの世に似すめてたき事をみかときこ
しめして内侍なかとみのふさこにの給おほく

B-5b
の人の身をいたつらになしてあはさるかくや
ひめはいかはかりの女そとまかりて見てまい
れとの給ふふさこ承てまかれりたけとりの家
に畏てしやうし゛いれてあへり女に内侍の給ひ
仰事にかくやひめのうちいうにおはすなり能
見てまいるへきよしの給はせつるになん参り
つるといへはさらはかく申侍らんといひて入
ぬかくやひめにはやかの御使にたいめんし給
へといへはかくやひめよきかたちにもあらすい
かてか見ゆへきといへはうたてものたまふかな
御門の御使をはいかてかをろかにせんといへは

B-6a
かくやひめのこたふるやう御門のめしてのた
まはん事かしこし共おもはすといひてさらに
見ゆへくもあらすむめる子のやうにあれと
いと心はつかしけにをろそかなるやうにいひ
けれは心のまゝにもえせめすないしのもとに
帰り出て口おしくこのおさなきものはこはく
侍る者にてたいめんすましきと申ないしか
ならす見奉りてまいれと仰こと有つる物を見
奉らてはいかてか帰り参らん國王の仰事を
まさに世に住給はん人の承たまはてありなん
やいはれぬことなし給ひそとことははちしく

B-6b
云けれは是を聞てましてかくやひめ聞へく
もあらす國王の仰事をそむかははやころし
給ひてよかしと云此内侍帰り参て此由をそうす
御門きこしめしておほくの人ころしてける心
そかしとのたまひてやみにけれと猶おほしお
はしましてこの女のたはかりにやまけんとお
ほして仰給ふ汝か持て侍るかくやひめ奉れ
かほかたちよしときこしめして御つかひたひ
しかとかひなく見えす成にけりかくたひ\/
しくやはならはすへきと仰らるゝおきな畏て
御返事申やう此めのわらははたへて宮仕

B-7a
つかうまつるへくもあらす侍をもてわつらひ
侍さり共罷ておほせ給はんとそうす是を聞召
て仰給ふなとかおきなのおほしたてたらん物
を心にまかせさらむ此女もし奉りたるも
のならはおきなにかうふりをなとかたはせさ
らんおきなよろこひて家に帰てかくやひめに
かたらふやうかくなん御門の仰給へるなをや
はつかうまつりたまはぬといへはかくやひめこ
たへて云もはらさやうのみやつかへつかうま
つらしとおもふをしゐてつかふまつらせたま
はゝきえうせなんすみつかさかうふり仕てし

B-7b
ぬはかり也おきないらふる様なし給ひそかう
ふりもわか子を見奉らては何にかせんさは有
共なとか宮つかへをし給はさらん死給ふへき
やうや有へきといふなをそらことかとつかま
つらせてしなすやあると見たまへあまたの人
の心さしをろかならさりしをむなしくなして
しこそあれきのふけふみかとののたまはん事
につかん人きゝやさしといへはおきなこたへ
て云天下の事はと有ともかゝりとも御命の
あやうきこそおほきなるさはりなれは猶つか
うまつるましき事を参りて申さんとて

B-8a
参りて申やう仰の事のかしこさに彼わらは
をまいらせんとてつかうまつれは宮つかへに
出したておはしぬへしと申みやつこ丸か手に
うませたる子にてもあらすむかし山にて見付
たるかゝれは心はせも世の人に似す侍ると
そうせさす御門おほせ給はくみやつこまろか
家は山もとちかく也御かりみゆきしたまはん
様にて見てんやとのたはますみやつこまろか
申様いと能事也何か心もなくて侍らんにふ
とみゆきして御覧せられなんとそうすれは
御門俄に日を定て御かりに出給ふてかくや姫の

B-8b
家に入給ふて見給に光みちてけうらにてゐた
る人有是ならんとおほしてにけて入袖をとら
へ給へはおもてをふたきて候へとはしめよく御
らんしつれはたくひなくめてたく覚えさせ
給ひてゆるさしとすとてゐておはしまさんと
するにかくやひめこたへてそうすをのか身は
此國に生て侍らはこそつかひ給はめいとゐて
おはしまし難くや侍らんとそうす御門なとか
さあらむなをゐておはしまさんとて御こしを
よせ給ふに此かくやひめきとかけに成ぬはか
なくくちおしとおほしてけにたゝ人にはあら

B-9a
さりけりとおほしてさらは御ともにはゐてい
かしもとの御かたちとなり給ひねそれを見て
たに帰りなんと仰らるれはかぐやひめもとの
かたちに成ぬ御門猶めてたくおほしめさるゝ
事せきとめかたしかく見せつる宮つこ丸を
よろこひ給ふさて仕まつる百くはん人々ある
しいかめしうつかうまかるみかとかくやひめ
をとゝめて帰給はん事をあかす口おしくおほ
しけれと玉しゐをとゝめたる心ちしてなんかへ
らせ給ひける御こしに奉て後にかくや姫に
  帰るさのみゆき物うくおもほえて

B-9b
   そむきてとまるかくやひめゆへ
御返事
  むくらはふ下にも年はへぬる身の
   なにかは玉のうてなをも見ん
これを御門御らんしていかゝ帰り給はんそら
もなくおほさる御心は更にたち帰るへくもお
ほされさりけれとさりとて夜を明し給ふへき
にあらねはかへらせ給ひぬつねにつかうまつる
人を見給ふにかくやひめのかたはらによるへ
くたにあらさりけりこと人よりはけうらなり
とおほしける人のかれにおほし合すれは人にも

B-10a
あらすかくや姫のみ御心にかゝりてたゝひとり
過し給ふよしなく御かた\/にも渡り給はす
かくやひめの御もとにそ御文をかきてかよは
させ給ふ御かへりさすかににくからすきこえか
はし給ひて面白く木草に付ても御哥をよみ
てつかはすかやうにて御心をたかひになく
さめ給ふ程に三年はかり有て春の初よりかく
や姫月のおもしろふ出たるを見てつねよりも
物思ひたる様也有人の月かほ見るはいむ事と
せいしけれ共ともすれは人まにも月を見ては
いみしくなき給ふ七月十五日の月に出ゐて

B-10b
せちに物思へるけしき也ちかくつかはるゝ人
人竹取のおきなにつけて云かくやひめれいも
月をあはれかり給へ共此比となりてはたゝ事
にも侍らさめりいみしくおほしなけく事有
へしよし\/見奉らせ給へといふをきゝてか
くやひめに云様なんてう心地すれはかくもの
を思ひたる様にて月を見給ふそうましき世に
と云かくやひめ見れは世けん心ほそく哀に
侍るなてう物をかなけき侍るへきと云かくや
ひめの有所にいたりて見れは猶物思へるけし
きなり是を見て有佛何事思ひ給ふそおほす

B-11a
らん事何ことそといへは思ふ事もなし物
なん心ほそくおほゆるといへはおきな月な見
給ふそ是を見給へは物おほすけしきは有そと
いへはいかて月を見てはあらんとて猶月出れ
は出居つゝなけき思へり夕やみには物思はぬ
けしき也月の程に成ぬれはなを時々は打なけ
きなきなとす是をつかふものともなを物おほす
事有へしとさゝやけと親をはしめて何事とも
しらす八月十五日はかりの月に出居てかくや
ひめいといたくなき給ふ人目も今はつゝみ給
はすなき給ふ是を見て親共も何事そととひさ

B-11b
はくかくや姫なく\/云先々も申さんと思ひ
しかともかならす心まとはし給はんものそと
思ひて今迄過し侍りつる也さのみやはとて打
出侍りぬるそをのか身は此國の人にもあらす
つきの都の人也それをなんむかしのちきり有
けるによりなん此世界にはまうてきたりける
今はかへるへきに成にけれは此月の十五日に
彼もとの國よりむかへに人々まうてこんすさら
す罷ぬへけれはおほしなけかんかかなしき事
を此春より思ひなけき侍るなりといひていみ
しくなくをおきなこはなてう事をの給ふ

B-12a
そ竹の中より見つけきこえたりしかとなたね
の大きさをおはせしをわかたけたちならふま
てやしなひ奉りたるわか子を何人かむかへ聞
えんまさにゆるさんやと云て我こそしなめと
てなきのゝしる事いとたへかたけ也かくやひめ
云月の都の人にて父母ありかた時の間とてか
の国よりまうてこしかともかく此國にはあま
たの年をへぬるになん有ける彼国の父母の
事も覚えすこゝにはかく久敷あそひきこえ
てならひ奉れりいみしからん心地もせすかな
しくのみあるされとをのか心ならす罷りなんと

B-12b
するといひてもろともにいみしうなくつかは
るゝ人も年比ならひて立わかれなん事を心
はへなとあてやかにうつくしかりつることをみ
ならひてこひしからん事のたへかたくゆ水のま
れす同し心になけかしかりけりこの事を御
門きこしめして竹取の家に御使つかはさせ給ふ
御使に竹取出あひてなく事限なし此事をな
けくにひけもしろくこしもかゝまり目もたゝ
れにけりおきな今年は五十はかりなりけれ
とも物思ひにはかたときになん老になりにけ
りとみゆ御つかひおほせ事とておきなに云

B-13a
いと心くるしく物思ふ成は誠にかと仰たまふ
竹取なく\/申此十五日になん月の都より
かくや姫のむかへにまうてくなるたうとくとは
せ給ふ此十五日には人々給はりて月の都の人
まうてこはとらへさせんと申御使帰り参りて
おきなの有様申てそうしつる事共申を聞
召ての給ふ一目見給ひし御心にたに忘れ給
はぬに明暮見なれたるかくやひめをやりてい
かゝ思ふへきかの十五日つかさ\/におほせて
ちよくし少将高野のおほくにと云人をさして
六ゑのつかさ合て二千人の人を竹取か家に

B-13b
つかはす家に罷てつゐ地の上に千人屋の上に
千人家の人々おほかりけるに合てあけるひま
もなくまもらす此まもる人々も弓矢をたいし
ておもやの内には女ともはんにおりて守らす
女ぬりこめの内にかくや姫をいたかへており
おきなもぬりこめの戸さしてとくちにおり
おきなの云かはかり守る所に天の人にもまけ
むやといひて屋のうへにおる人々にいはく露も
物そらにかけらはふといころし給へまもる人
人のいはくかはかりしてまもる所にかはり一た
にあらはまついころして外にさらさんと

B-14a
おもひ侍るといふおきなこれをきゝてたのもし
かりおり是をきゝてかくやひめはさしこめて
まもりたゝかふへきしたくみをしたり共あの国
の人をえたゝかはぬなり弓矢していられし
かくさしこめて有共彼國の人々はみなあきな
むとす相たゝかはんとす共かの国の人きなは
たけき心つかう人もよもあらしおきなの云様
御むかへにこん人をは長きつめしてまなこを
つかみつふさんさかしみをとりてかなくりお
とさんさかしりをかきいてゝこゝらのおほやけ
人に見せてはちを見せんとはらたちおるかく

B-14b
や姫いはくこはたかになのたまひそ屋の上に
おる人共のきくにいとまさなしいますかりつる
心さしともを思ひもしらて罷なんする事の
口おしう侍りけりなかきちきりのなかりけれは
程なく罷ぬへきなめりと思ひかなしく侍る也
親達のかへり見をいさゝたにつかうまつらて
まからん道もやすくも有ましきに日比も出ゐ
てことし斗のいとまを申つれとさらにゆる
されぬによりてなんかく思ひなけき侍る御心
をのみまとはしてさりなん事のかなしくたへ
かたく侍也かの都の人はいとけうらにおひをせ

B-15a
すなん思ふ事もなく侍るなりさる所へまか
らんするもいみしく侍らす老おとろへ給へる
さまを見奉らさらむ事こひしからめといひて
おきなむねいたき事なし給ふそうるはしきす
かたしたる使にもさはらしとねたみおりかゝる
程によひ打過てねのこく斗に家のあたりひる
のあかさにもすきてひかりたりもち月のあか
さを十あはせたる斗にて有人の毛のあなさへ
見ゆる程なり大空より人雲にのりておりき
てちより五尺はかりあかりたる程にたちつらね
たり内外なる人の心とも物におそはるゝやう

B-15b
にて相たゝかはん心もなかりけりからうして
思ひおこして弓矢をとりたてんとすれ共手に
力もなくなりてなへかゝりたる中に心さかし
きものねんしていんとすれ共ほかさまへいき
けれはあれもたゝかはて心地たゝしれにしれて
まもりあへりたてる人共はさうそくのきよら
なる事物にも似すとふ車一くしたりらかいさ
したり其中に王とおほしき人宮つこまろ
家にまうてこといふにたけく思ひつるみやつこ
まろも物にゑひたるこゝちしてうつふしにふ
せりいはく汝おさなき人いさゝか成くとくを

B-16a
おきなつくりけるによりて汝かたすけにとて
かた時の程とてくたしゝをそこらの年比そこ
らのこかね給ひて身をかへたるかことくなり
にけりかくやひめはつみをつくり給へりけれ
はかくいやしきをのれかもとにしはしおはし
つるなりつみのかきりはてぬれはかくむかふ
るおきなはなきなけくあたはぬ事也はや返
し奉れといふおきなこたへて申かくやひめ
をやしなひたてまつる事廿余年に成ぬか
た時との給ふにあやしく成侍りぬ又こと所に
かくや姫と申人そおはしますらむと云こゝに

B-16b
おはするかくやひめはおもき病をし給へはえ
出おはしますましと申せは其返事はなくて
屋の上にとふ車をよせていさかくやひめきた
なき所にいかてか久敷おはせんといひたてこめ
たる所の戸則たゝあきにあきぬかうし共も
人はなくしてあきぬ女いたきてゐたるかくや
姫とに出ぬえとゝむましけれはたゝさしあふ
きてなきおり竹とり心まとひてなきふせる所
によりてかくや姫いふこゝにも心にもあらて
かくまかるにのほらむをたに見をくり給へと
いへとも何しにかなしきに見をくり奉らん我

B-17a
をいかにせよとてすてゝはのほり給ふそくして
ゐておはせねとなきてふせれは御心まとひぬ
文を書置てまからんこひしからん折々取出
て見給へとて打なきて書ことはは此國に生れ
ぬるとならはなけかせ奉らぬほとまて侍らて
過わかれぬる事返す\/ほゐなくこそ覚侍れ
ぬきをく衣をかた見と見給へ月の出たらん夜
は見をこせ給へ見捨奉りてまかるそらよりも
落ぬへき心ちすると書をく天人の中にもたせ
たるはこ有あまの羽衣いれり又あるは不死の
くすり入りひとりの天人云つほなる御くすり

B-17b
奉れきたなき所の物きこしめしたれは御心地
あしからん物そとてもてよりたれはいさゝか
なめ給ひて少かた見とてぬき置ころもにつゝ
まんとすれはある天人つゝませす御そをとり
出してきせんとすその時にかくやひめしはし
まてといひきぬきせつる人は心ことに成なり
といふもの一こといひ置へき事ありけりと云
て文かく天人をそしと心もとなかり給ひかく
や姫物しらぬ事なのたまひそとていみしくし
つかにおほやけに御文奉り給ふあはてぬさま
なりかくあまたの人を給ひてとゝめさせ給へと

B-18a
ゆるさぬむかへまうてきてとりいて罷ぬれは
口おしくかなしき事宮仕つかうまつらす
なりぬるもかくわつらはしき身にて侍れは
心得すおほしめされつらめとも心つよく承は
らすなりにし事なめけなるものに思召とゝ
められぬるなん心にとまり侍りぬとて
  今はとてあまの羽ころもきるおりそ
   君をころもとおもひいてたる
とてつほのくすりそへて頭中将をよひよせて
奉らす中将に天人とりてつたふ中将とり
つれはふとあまの羽ころも打きせれりつれは

B-18b
おきなをいとをしかなしとおほしつる事も
うせぬ此きぬきつる人は物思ひなくなりに
けれは車にのりて百人はかり天人くして上
りぬ其後おきな女ちのなみたをなかしてまと
へとかひなしあの書をきし文をよみてきかせ
けれと何せんにか命もおしからんたかためにか
何事もようもなしとてくすりもくはすやか
ておきもあからてやみふせり中将人々ひき
くして帰りまいりてかくや姫をえたゝかひと
とめす成ぬるをこま\/とそうすくすりのつ
ほに御文そへて参らすひろけて御覧して

B-19a
いとあはれからせ給ひて物もきこしめさす
御あそひなともなかりけりた゛いし゛ん*上達部を
めしていつれの山か天にちかきとゝはせ給ふ
にある人そうすするかの國にあるなる山なん
此都もちかく天もちかく侍るとそうすこれを
きかせたまひて
  あふこともなみたにうかふ我身には
   しなぬくすりも何にかはせん
かの奉る不死のくすりに文つほくして御使に
給はすちよくしには月のいはかさといふ人
を召てするかの國にあなる山のいたゝきにもて

B-19b
つくへき由仰給ふみねにてすへきやうをしへ
させ給ふ御文ふしのくすりのつほならへて火
をつけてもやすへきよし仰給ふそのよし承て
兵者もあまたくして山へのほりけるよりなん
其山をふしの山とは名付ける其けふりいま
た雲の中へたちのほるとそいひつたへたる

  たけとり物語下終
   正保三丙戌三條通菱屋町林甚右衛門尉

=====================

【振仮名】
[A-6b]
*御子:振仮名「みこ」
*上達部:振仮名「かんたちめ」
[B-19a]
*上達部:振仮名「かんたちめ」